本の読める店

読書日記(79)

Entry diary79

3月31日

忙しくなってオーダーが立て込んでいくらか緊張した、なにか張りつめた感じの気分になったとき、『物の所有を学ぶ庭』のハリツメ先生のことを思い出して、そうか、これから僕は張りつめるたびにあの演劇のことを思い出せるのだな、と思うとうれしかった。当麻先生。
3月の最後の土曜日も無事というか、忙しいことになった。始まりが忙しく、夕方以降すっかり暇で、今日はもう終わりかな、と思っていたら9時くらいからぐんぐんと忙しい時間が生じた。へとへとになった。終わって数字をはじき出して、そうだね、ここに着地するんだね、という数字を見た、それは見たことのなかった水準だった、3月。

4月1日

朝、C.O.S.A.のEPを聞きながら準備をしていた、するとその優しさみたいなもの力強さみたいなもの弱さみたいなもの誠実さみたいなものに、感動して、涙が出た。そのあと野球のニュースを開いたらイチローがすばらしい守備を見せた、という記事があり、動画があったので見たらホームランをもぎ取っていた、感動して、涙が出た。

べらぼうに忙しい始まりだった、完全にテンパるという、それなりに珍しいことになった、ああ、ええと、ええと、ええと!!! というような。煮物が午後2時になくなった、これは、まさかの事態だったし、開店前に仕込んでもよかった残量だったとも言えた。せず、のんびり準備していた開店前の自分の様子を思い出しながら、愚かさ、甘さ、そういったものに泣きそうな、やたらに悔しい気持ちを覚えていた、減る煮物を見るたびに。
と、おおわらわののち、今ならやれるかもしれない、今始められたら夜には出せる、と思い、煮物に着手した。すると無事煮物を仕込むことができた、ぐらぐらと煮えてくれ、あとは時間がすべてを解決してくれるから……

今日はスタートダッシュでおしまいの日のようだった、夜は着席する時間が長くあった、『STUDIO VOICE』を開いた、「Documentary / Non-Fiction 見ようとすれば、見えるのか?」。
順繰りに読んでいった、最初の三浦直之の文章からすごくよかった、順繰りに読んでいった、ワイズマンとロバート・フランクじゃなくてロバートロバート、ルート1の、
ダメだった、調べた、ロバート・クレイマー。の対談。もよかった。ジャ・ジャンクーのインタビューがなんだかすごくよかった、中国あたりの映画を見たい気になったというか、なにか郷愁のような、胸焦がれる感じで、ああ、見たい、というような、つまり嗚呼、であるとかあゝ、であるとか噫、であるとか、見たい、というような、キュンとしながら見たい気分になった。ガーデンシネマでやっていた上海のやつはきっともうとっくに終わっているだろう、香港だったか、とにかくそういう映画が見たかった。ジャ、ジャンクー。順繰りに読んでいった、どれも本当に面白い、読みたい本が出てくる、『ルポ川崎』読みたくなった、他にも、なにか。

夜、閉め、体が疲れ切っていた、本当に、これまで、ひきちゃんだけだったとき、どうやって働き続けていたのかまるでわからない、と思った、疲れ切っていた、ふくらはぎとかがしっかりと単純に疲労を起こしていた、体全体が疲れだった、どうやっていたのだろう、と思ったあと、すぐにわかった、疲れながら、疲弊しきりながらやっていたんだった、疲れ果て、朝になり、疲れながら働き、疲れ果て、朝になり、疲れながら働いていたんだった、それならたしかに可能だった、不健全で、そして可能だった、そうやっていた、それを思い出した。
風呂だ、と思い大黒湯に行った、ゆっくり、熱い湯に浸かった、洗濯機のまわる音が鳴り響く外のベンチで、ビールを飲んだ。
ラーメン、だった、気分はラーメン。もう完全に一風堂、白丸でご飯大盛りで、替え玉して、あ、麺は普通でお願いします、そういう綿密な計画プランができあがっていた、近づいても、明かりが見えない、と思うと目の前に一風堂、入り口の電気が消えている、中はついているが、しかし入り口の電気が消えている、これはあきらかに閉店している、営業時間が見当たらなかったので調べると1時までとあった、平気で2時3時までやっていると思っていた! 激しく悄然とした。もう飯食わず寝るかなとも思った、酒だけ飲んで寝るかなとも思った、しかし、というところでトボトボと、松屋入って、松屋かあ、俺はラーメンが食いたかったの、と思いながら、もしかしたらそれは白丸に一番近いということだったのだろうか、「ネギたっぷりネギ塩豚カルビ丼」を頼んだ、もちろん大盛り、貪り食った、飽き足らず、コンビニでポテチを買って帰ったが、意外に満腹で、開けなかった、それに、ミックスナッツは少し食べてみたとき、やはり、知っていた、と思ったが、乾いたものではなくて湿った、あたたかいものを、俺は欲していた!

4月2日

大谷翔平が初登板し、勝利をおさめた。

疲れて、今週は水曜日を閉めることにした、まあ、よかろう、しょうがない、と思ってそうすることにした。
今日は劇的に暇で、やることもたいしてなく、すぐに済み、長いあいだ椅子に座って本を読んでいた、『夜のみだらな鳥』、それから『スタジオボイス』。『残響のハーレム』読んでみたい。
読み疲れて、さみしい、こころもとない気分になって、夜になった、『スタジオボイス』に感化されたのか、カメラを出して無人の店内を撮りまくる遊びをおこなった。心細い。
こんなことなら水曜開けようかなと思ったが、撤回するのもバカみたいだし、まあいい、休もう、と思った、言い聞かせた。

それにしても今日はすさまじい。3人しか来られていない。午後に2人来られ、16時から19時までは誰一人いない時間が続き、夜1人来られ、21時半、先ほど、帰られた。
そんな日で、この30分くらい、肩が途端に重くなって苦しくなってきた。肩が、じんじんと重い。目をつむって肩に意識を集めてみると、じーん、じーん、という音が聞こえてくるような、そういう重さがある。ふざけているのか、いやこれが堆積なのか。

そのまま終わり。やっぱり水曜日開けようか、みたいな気が強くもたげてきて困る。店を休むことはいろいろな点でなんというかあまりやっぱりしたくない。ひとつはなんとなく本を読みたい人をいつでも迎えられる店でありたいというか、そういうなんか店のありようとして、の点で、もうひとつは売上の点で、もうひとつは仕込みであるとかのあんばいがわからなくなる点で、日々流れているとリズムみたいなものというか、そういうのがわかるというか、なにか体が理解するようなところがあるのだけど、そこに一日ぽっかり休止が入ると、途端に混乱する。これの仕込み、どうしたらいいんだっけ、というような。そのコストが僕にとっては高い。どうしようか、夜までとかで開けようか、ちゃんと休もうか、どうしたらいいものか。なんだか深く憂鬱になっている。

あまりにも淀んだ一日だった、静けさにもほどがあるというか、いたところで誰も喋らなかろうとも、人の気配を感じて一日を過ごすことと、無人の店内で一日を過ごすことでは感じ方が全然違った。あまりにも、静寂にあてられた。人のざわめきみたいなものに触れたい、ビールも飲みたい、それで店のあと、タラモアに向かった、すると閉まっていた、だいたい開いているのかと思っていたが、こういうこともあるのだろう、もしかしたら新年度初日、貸し切りであるとかがあったのかもしれない、とにかく、あては外れた。帰宅し、Googleマップを開いたところ、とつぜんウォーリーが画面の端に現れた。探すまでもなく、現れたウォーリー。いろいろな場所をウォーリーが旅をしているという、各地のウォーリーを、探そう、というゲームが突如アナウンスされ、始めることにした。それでウォーリーを探した。なつかしいあの絵柄。ウォーリー…… 意外に簡単に見つかり続け、最後はケネディ宇宙センターのところから、宇宙の場面だった。面白かった…… と思ってマップに戻り、今いるケネディ宇宙センターから、ピンチアウトというのか、地図を広げていくと、知らない場所の地図というのは面白いもので、縮尺のイメージがないから、ぐん、ぐん、ぐんと、まだあった、まだあった、まだあったと、認識がアップデートされていくというか、裏切られ続けていく、あ、まだ拡がった、あ、まだ拡がった、あ、こんなところか! というような。地形の、位置づけの認識、予期、みたいなものが裏切られ続ける。気持ちがいい。

ウイスキーを飲んで、ドノソを読んで、おとなしく寝た。

4月3日

図らずも連休になった。店に行き、ひきちゃんといくらか歓談し、外階段で一服しながら『日本の名随筆 日記』を開いたところ、井上ひさしのページだったので読んだ。「日記と年賀状」というタイトルで、もらった年賀状のことが書かれていて、家系協会というところから来た年賀状の文言が書き写されていた。そこに「社会も落着き物質的な満足が得られている今」とあり、「社会も落着き」なんていうことが渦中で述べられるような時代があったのか! と思っていくらかびっくりした。びっくりしたすぐあとで井上ひさしが「そんなに結構なご時世でしょうか」と文句をつけている。「大いに疑問」と。だからそんなことはなかったのだな、と思った。そんな時代はきっとないよな、と思った。それから「現地調査・文献調査を行ない三百年位のご先祖の姿を浮き彫りに致します」とあり、なんというかある程度かしこまったというかオフィシャルなというか丁寧さをまとった文章で「三百年位」という「くらい」が使われていることに新鮮さを感じた。「くらい」は今だと丁寧な文章に入れられる言葉ではなくなっているというか、あるていど雑な言葉という感じがするけれども、たしかに「位」という文字を見ても、もともと別に雑な言葉ではないはずだよな、という感じはして、そうか、と思った。この「位」については特に疑問を付されてはいなかった。それにしてもパッと開いて一服のあいだで読んだこの一編、とてもよかった。なんか「名手」という感じがした。

それで店を出た、新宿に向かい、紀伊國屋書店に寄って、『スタジオボイス』を読んでいたら読みたくなった『残響のハーレム』を買おうとした、すると在庫なしだった、それで磯部涼の『ルポ川崎』を買った、丸亀製麺に行って冷たいうどんとかき揚げを食べながら読み始めた。面白い。
TOHOシネマズ新宿に行き、映画まで1時間近くあった、シネマイレージデイ、そして多分春休み、人はたくさんいた、ソファは空いていなかった、途中で空いたので座った、『ルポ川崎』を読み進めた、川崎のやんちゃだったり、やんちゃを通り越して犯罪に手を染めたりしている若者たちの、町で起きる事件に対する楽しみ方、みたいなものが、どんな日常なんだこれは、という感じですごかった。すごみあり。

『レディ・プレイヤー1』と、それから『ジュラシック・ワールド/炎の王国』。これからスピルバーグの作品を見ようとしていたら予告編で2本もスピルバーグの新作が流れた。どういうことなんだ、映画作りすぎだろう、と思った(今調べたら『ジュラシック・ワールド』は別の監督だった)。
それで『ペンタゴン・ペーパーズ』を見た。もう、なんというか、感動して震えて声漏らしそうになるほど泣いた。1970年だったか71年のアメリカ、ワシントン・ポスト。その時分、新聞はこうやって作られていたのか、という、記事の一行とか数行ずつの版みたいなものを作ってそれを手で並べて構成して、印刷。ぐんぐん新聞が印刷されていく、その様子が事細かに映されていて、面白かった。それにしても感動しすぎて震えて、声が漏れそうになるほど泣いた。危うかった。
これはなんというか、いやなんというか僕は、スピルバーグであるとかイーストウッドであるとか、ハリウッドの巨匠たちの作品が、新たに出れば、楽しみで見に行きたいと思っているし、行くのだけど、行っても、まあ、さすがにやっぱり面白いね、すごいね、匠だね、すばらしかった、そんなふうに思って、すぐに忘れてしまう、そういうことが多かった気がしていた、人生に影響を与えてくるようなことはけっきょく、大してないような、人生に影響どころか見て数時間後にはだいたい忘れるくらいの、そういう立ち位置のような気が、結局のところそんなふうになってしまう気が、していた。だから大した期待は持たないで見に行ったというか、2時間楽しませてくれたらいいや、くらいのところだったのだけど、これだってすぐ忘れるかもしれないけれど、ちょっと異質の、激しい感動を食らった。
女の子が大人たちにレモネードを売る、25セントだったところを50セントに値上げする場面、それで作られた札束、急いで配給されるサンドイッチ、なんでだか、そんなところが感動した。それから新聞社のオフィスで、みんな聞いて、と、受話器を耳に当てながら大きな声で同僚たちに呼びかける女性、聞いたままを、繰り返す、それで歓喜に湧く、その歓喜のときの、細身の背の高そうな女性のたおやかな拍手のしかた、泣きそうになりながら電話の言葉を伝えて、最後に少しだけ震える唇。新聞各紙をテーブルに並べ、ふむ、という表情のトム・ハンクスとメリル・ストリープ!

花椒がほしかったので、もしかして、と思ったところに向かった。幡ヶ谷の、タイ料理屋さんの向かいにあるスーパーみたいなところが、いなたくて、それからタイ料理屋さんの向かいということもあって、なにか近い配色という感じもあって、もしかしてあれこれスパイスとかが売られているところなのではないか、と前々から思っていた、そこに行ってみた。すると、まったくもって普通のというか、ごくごく規模の小さいスーパーマーケットで、スパイスのスの字もないようなところだった、むしろボンカレー。普通に、地元の人がなにか買いに来る、というそういうお店だった、びっくりした。もう3年以上のあいだ、あそこに行けばスパイスがあるのでは、と思っていただけに、びっくりした。
びっくりしながら、もう少し『ルポ川崎』を読もうと思い、パドラーズコーヒー。アイスのアメリカーノを注文し、外で。いくらか読んだ。気持ちのいい風が吹いていた。午後のパドラーズはもっとにぎやかかと思っていたが、静かで、落ち着いた穏やかないい時間が流れていた。
ところで花椒がほしかった。代々木上原のスーパーとかに行けばあったりするだろうか、スパイス充実、マダムも喜ぶ、みたいなところで、あるだろうか、と思い、西原の坂を気持ちよくくだり、代々木上原駅に向かい、駅の中のスーパーにまず入った、お店の人に聞いたところ「ホワジャオってわかる?」みたいな感じで一人増え二人増え最後は三人体制で探す、みたいなことになって恐縮だった、なかった。「ホワジャオでしょ」みたいな感じでスパイスコーナーを見てくれた方があったが、しかしなくて、あの自信のありそうな足取りは、なんだったか、かつてあった記憶があったか。ともあれ、なく、豆腐とひき肉と長ネギだけ買った、他にも野菜を買おうかと思ったが、高いのねえ! いやあ、毎日ここで買い物する人たちそんなにリッチなの! というかそんなにリッチな人たちしかここいらには住んでいないの! という感じの高さで、おののいたこともあり買わなかった。かなわない。
カルディに行った、すぐに「花椒塩」は見つかった、でもなあ、塩はなあ、入ってなくていいんだよなあ、と思いながら、今度はチャイニーズペッパーみたいな名前の、「麻辣ペッパー」だった、ガリガリ引くタイプの、これは「唐辛子、唐山椒、食塩、生姜」ということで、やっぱり塩だったし、花椒は入っていなかった、唐山椒は似たものだったりはしないだろうか、いや、しかし、と思っていたところ、あった! あったあった、というまさにザ・花椒なものがあり、喜び勇んで買った。チャイニーズ・ペッパーはこちらで、瓶に「CHINESE PEPPER」とあった。

それで満足して、帰り、キャベツのごま油とにんにくな感じのコールスロー、玉ねぎと人参と卵の鶏ガラのスープ、麻婆豆腐、をこしらえた、作っているあいだにビールを3本飲んだ。食べた、劇的にうまかった。そうだよ、これが食いたかったんだ、というおいしさで、大満足だった。もう1缶ビールを飲んだ、今日はなんというかペールなエールとかじゃなくてすっきりキリッとしたものが飲みたかったらしく、アサヒスーパードライをひたすら飲む、ということにした。発泡酒じゃなくてビールだぜ、ご褒美だぜ、という心地だった。酔っ払った。
どういう気分で検索していたのだったか、MLBの動画サイトかなにかの「CUT4」でだったか、「What should Shohei Ohtani's nickname be?」という投票コーナーがあるのを見かけ、その候補が「The Sho/Sho Time/The Say Hei Kid/Brotani/Sho-bae/Throw-tani」というものだった。

『ルポ川崎』を開き、すぐ寝た。10時にもなっていなかったか。

4月4日

期せずして、図らずも、連休というものになってしまった。昨日は昨日も劇的に暇だったみたいだった。大丈夫なのか、4月のフヅクエ、という4月のはじまりになった。

昼前に起き、ボーッとし、店に行き、ちょっとだけの用事を済ませ、家に帰り、ボーッとし、いくつか返信すべきものに返信し、それから返信に時間の掛かることに時間を掛けていたらずいぶん時間が掛かり、夕方近くになった、うどんを茹で、ざるうどんにして食べた、そのあたりからパソコンを離れ、『ルポ川崎』を開いた、食べ終え、きりのいいところまで読んだら本を閉じ、パソコンを開き、昨日今日の日記をこうやって書いている。

とても久しぶりの店休日というか今年初めての店休日で、起床後に店に行ったとき、昼間だけどオフの店、という状態のなかに久しぶりに、年末以来だった、身をおいたのだが、なんともいえない寂しさみたいなものがあった、後ろめたさみたいなものもあった、学校をズル休みした、無駄に布団には入っている、明るい午後、下校してきた子どもたちが外で遊んでいる声が窓ガラスを隔ててくぐもって聞こえてくる、そういう侘しさみたいなものを感じもした。

野球のニュースを見に行くと、大谷がホームランを打った、ということが知れた、動画を見たところ、たしかにホームランを打っていた。ダッグアウトに帰ってくると、チームメイトたちは素知らぬ顔でグラウンドを見ていた、ヘルメットを取った大谷は「え、ねえねえ」、それからちょこちょこ手を上げて「ヘイヘイ」という感じでいくらかアピールして(そのちょこちょこ手を上げる感じは、『Stop Making Sense』の「Once in a Lifetime」のときの「お〜い! 腕がおかしな感じで動いちゃうよ〜!」になっているデヴィッド・バーンみたいだった、いや、違うか、「これは僕の妻じゃない!」と言っているところか、いや、やはり違うか)、そのあとチームメイトの一人の肩に抱きついて「ねえねえ! 僕打ったよ! ねえねえ!」という感じで揺さぶり、抱きつかれたほうも笑いをこらえきれなくなって振り返ってそこから祝福の輪ができる、という流れの、大谷の抱きつきがものすごくかわいくて、それもあって、何度も何度も繰り返し見た。見るたびに、その箇所で声を出して笑った。そのあとも単打を2本打ったらしく、その動画も見た。ツイッターで「ohtani single」で検索しているとmphとかkphとか、打球速度についての言及ばかりが目に入った、アメリカでは今はほんとに打球速度とか角度とかそういうやつになっているのだな、と肌で感じた瞬間だった。
ところでダッグアウト、という言葉を打って、思い出した、『ブッチャーズ・クロッシング』で出てきた、半地下の小屋みたいな意味だった、ダッグアウトってそういうことだったのか、と読みながら思った、それを思い出した。
と、今調べたら「塹壕、退避壕」とある。そうだったのか。

それから他の記事を読んでいると、ホームランボールを青年2人がキャッチし、それを近くの少年にあげた、その少年は大谷にとって記念のボールだからと返すことにした、すると大谷は少年にバットをプレゼントし、それから青年2人には彼らが持っていた背番号17のユニフォームにサインをした、ということが書かれていて、いい話だなあ、と思っていたところ、また別の記事を開いたら写真があった、中央に大谷、その前に肩に大谷の手が置かれた、バットを持った少年、二人の背後にお父さん、それから両サイドに17のユニフォームを広げた青年2人、という写真だった、それを見た瞬間になんというか、なんだか吐き気がするくらいに感動した、なにに感動したのだろうか、この、善意みたいなものによってだけ構成されている場面に感動したのか。ボール、どなたか持ってます? 僕持ってるよ! どうします? 僕決めた、オータニに返すよ! オッケー、そしたらまずはいったんあずかりますね、それで試合終わったら案内するから一緒に来てくださいね。 うん、わかった、ねえ、このボール、最初に捕ったのは僕じゃなくてお兄さん2人なんだ、それは知っておいてもらったほうがフェアなんじゃないかと僕思うんだ。お、そうなんですね、ありがとう、ボール捕った方、ボール捕った方、いますか〜? あ、それってもしかして僕らのことかな。そうだよ彼らが僕にボールをくれたんだ! あの、お二方もよかったら試合終わったら案内するので一緒に来てもらえますか? かまわないけど、僕らはただ最初にボールを捕っただけだぜ、今ボールはあの少年のものだ、でも、そう言うならもちろんついていくよ、このユニフォームを持ってね!
という、善意の出発点である青年2人にもちゃんと配慮がなされている、ということに感動したような気がする。

夜になった。外に出た。店に寄って、本当に些細な用事を済ませ、新宿に出た。西口側で、ということで、新宿でも西口側なのか向こうまで行くのかでだいぶ違いがある、ルミネとニュウマンのあいだを渡るのか、渡らないのかで、気分が違った。西口側で、友人と落ち合い、白銀屋という干物であるとかが食べられるという店に行った、そこで魚の串のおまかせ5本セットのようなものと、鶏のステーキのようなものと、いくつかのつまみを頼み、ビールを飲んだ、『ペンタゴン・ペーパーズ』のことを話したら話しだした瞬間になにか泣きそうになっていた。
会計をお願いしたら安く、やたら安く、これはさすがに安すぎるのではないかとレシートというのか、注文したものが印刷されている紙を仔細に見たところ、飲み物がビール3杯になっていた、実際は、僕がビール3杯、彼がビール2杯とハイボール1杯だったから、3杯分入っていないことになっていた、それを伝えて、まっとうな額を払った、自分たちの健やかさを思った。
店の斜向いくらいにあったバーに入ってカイピリーニャを飲んだ、友人のあたらしい仕事の話を聞いた、それは僕はとてもおもしろく聞いた、会計をしようとリュックから財布というか金の入った袋を出そうとすると、見つからなかった、まさか、と思って先ほどの店に行くと、「あ〜〜〜、よかった〜〜〜!」というリアクションで金の入った袋を渡してくだすった。ありがたかった。
これで2日連続だった。財布が壊れたため、財布なんて要らないんじゃないか、というところで、百均でチャックのついた袋を買って、そこに金とレシートと各種カードを入れる、という運用を始めてみたのが先週くらいで、まだ慣れないせいなのかもしれなかった、この袋をアクティブに使う状況に慣れていないのかもしれなかった、アクティブに使う、というよりはあの袋をバッグに戻す、という所作だろうか、というか、金を払ったときにあの袋が出ている、ということがうまくつながっていない。昨日は初台のATMに置いてきた、そして今日は居酒屋に置いてきた。さらに、もうひとつあった、今そういう袋が、運用の揺れから2袋あることになっていて、その1袋は今日夕方店に寄ったときに店に置いてきてしまっていた。まったく慣れていないらしかった。

もう少し飲みたいような気もしたし、気持ちのいい日だった、アーバンチルをすることにしてコンビニでビールを買い(ハイネケンを買ったのは愉快さのあらわれのように思われた)、大ガードを臨む歩道橋というのだろうか、一年前もそこで飲んだ、その歩道橋のうえで、向こうに大ガード、きらびやかな新宿の町、わりとカオティックに流れたり詰まったりする車のテイルランプ、横を走り抜けていく電車の、車窓の向こうには町並みの光が見える。歩道橋は、車が通るたびにぐらぐらと揺れる。そこでビールを飲み、大谷のホームランの動画を見せた、いや、ホームランというよりは、見せたかったのはダッグアウトに戻ってからの大谷の、あまりにチャーミングな様子だ。愛されて育った。

4月5日

西新宿の高層のビルディングをふと見上げながら、気づいたら迷っていた、どこかわからない、しかしビルはいくつもの光をはらみながら、私を見下ろしてくれる、その光は導きはしてくれないが、安らぎを与えてはくれる、適当な道をゆきながら、春の夜の心地よい夜気を存分に吸い込んでいた、道。くだりの、その坂道を進み、明治神宮や代々木公園の外苑というのか、外苑とはどういう意味だったか、外側を進んでいるといつだって冷気にあてられた、霊気みたいなことを言いたいわけではなかった、しかし他とは異質の冷たい空気がいつだってあった、それを浴びた、そば、小さい丼とそば、それ食って帰って寝転んだ、その布団で私は『ルポ川崎』をおおむね読み切ったら寝た。

起きたのは昼前だった、コーヒーを淹れて、まずは仕事をしようと、原稿みたいなものを書いていた、だいたい書いた、いいのではないかと思った、それからうどんを茹でた。気づいたら2日半の休日みたいになっている、シフトの都合でそうなった、なんだこの大型連休はと思った、安らぐ。ゆっくりと眠り、休み、体はずいぶんと元気だった、ざるうどんを食らいながら、昨日だったか一昨日だかにポチった、中村寛の『残響のハーレム』を読み出したか? いやそうじゃない、うどんを食いながら読んだのは「Number web」の記事だった、大谷が今日もまた、ホームランを打った、そのことがすでに、Numberの記事になっていた、Numberがなぜこんなに、速報的なタイミングで記事を上げるのか、俺は知らない。知らないが、喜んで読んだ。
そうだ、それが食い終えられてからだ、『残響のハーレム』を読んだ、マルコムXであるとか、が出てきた。アフリカン・アメリカンのムスリムたちの語る彼らの歴史。1章を読んだ、そうするとなんだか眠気みたいなものがやってきた、昨日は10時間以上寝た、眠気みたいなものはしかしやってきた、それでタオルケットをかぶり、『夜のみだらな鳥』を読んだ、畸形たちの町。
少しだけうとうとした。起きて、買い物をして店に向かった、2日半ぶりに店に立つ、そのブランクを大きなものに感じた、向かいながら、いくらか緊張していた。これだけ、嫌いでもなんでもない仕事を、むしろ好きであろう仕事をしながらも、2日空いたらなにか緊張のようなものを覚えるのだから、日曜になると月曜を憂う人たちの憂いというのは、大変なものだろうと思った、その憂いを僕もかつては持っていた、もう何年前だろうか、もう忘れた。いや本当に忘れたか。それで僕は思ったが、毎週土日を休むからいけないのではないか、毎週毎週連休なんていうものがあるから、食らうのではないか。水日くらいでいいのではないか、人々の休みは。どうか。

夜は、やることも多くあり、お客さんもコンスタントにあり、忙しく、ノンストップに働いた。月曜火曜と惨憺たる4月だったから、今日の様子には安堵のようなものをはっきりと覚えた。続いてくれ。こんな日々が続いてくれ。
12時の閉店までには終わらず、1時半くらいまであれやこれやをやっていて、終えて、たらふく飯を食って、帰った。寝るのが妙に惜しく感じた。寝る前、『夜のみだらな鳥』。

4月6日

カレーを食べに行った、幡ヶ谷の、六号通り商店街の、わきの細い道を歩いた、向こうからやってきた初老という感じの女性に「今、なんでそんなことしたんですか!」みたいなことをわめかれた、動作からすると、僕がずれた眼鏡をかけ直したのが、彼女への攻撃、侮辱と映ったらしかった。すれ違ったあともわりと長々となにか言葉を発していた。
幡ヶ谷のそちら側、つまり北側を歩くのは久しぶりというわけではなかったが日中は久しぶりだった、店舗物件を探しているときに幡ヶ谷はいくつか物件が出てきて、見た、それを思い出した、あそこや、あそこや、あそこも見たな、という建物があった、今どうなっているのかは知らなかった。幡ヶ谷の物件は同じ広さでも初台に比べると5万は安い、という印象だった、でも町は、雑然としているというか、雑然というよりはエネルギーが放出され続けている感じがずっとあり、そこに身を置き続けるのは疲れそう、と思った。初台は静かだった。いいチョイスだった、と今日改めて思った。
青い鳥でカレーを食べた。チキンカレーとうどと豆のココナツのカレーを食べた。やたらおいしくて感動した。喜んだ。途中、5lackのラップが聞こえた、聞いたことのない曲だった、なんですか、と問えばよかった。いかつい曲や、荘厳な曲や、おだやかな曲が掛かっていた。

帰り、パドラーズコーヒーでコーヒーをテイクアウトし、とことこと帰った、風の強い日だった、店の看板が心配になった、帰って、気づいたらずいぶん溜まっていた、1月中旬から手がついていなかったレシートの入力作業をした、けっこう時間が掛かった、時短テクニックをひとつ獲得した、そのあと昨日の夜に送った原稿が、面白がってもらえた旨のメールを編集の方から受け取り、僕は、僕にとっては、自分が書いた文章を面白がってもらえることがいちばんうれしいことかもしれない。
夕方、少しだけ『残響のハーレム』を読む。ハーレムってどこだっけ、と思ってグーグルマップで調べると、セントラル・パークの少し北のエリアらしかった、星がひとつついていた、それはモーニングサイドパークで、テジュ・コールの『オープン・シティ』の語り手の住まいが多分このあたりだった、彼が襲撃されたのは、ハーレムでのことだったか。

夜、店。忙しくなった、よかった。なんとなくうら悲しいような心地がつきまとった。風がずっと強かった、雨が少し降った、いっとき、強く降った。

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