本の読める店

読書日記(63)

Entry diary63

12月9日

夜、ふと『ションベン・ライダー』のヤクザの組長だったか、威勢のいいおっさん、財津一郎とのこと、ドラゴンズのユニフォームのようなボーイスカウトのような格好をさせた若い衆たちを並ばせた威勢のいいおっさんは大声で訓示を垂れる、それをふと見たくなった、その様子のせめて画像でもあがっていないかと検索をしたがさっぱり当たらなかった、しかし関連の検索結果みたいなもので『台風クラブ』や『風花』のメインビジュアルみたいなやつが表示されて目に入って、その瞬間猛烈に相米慎二の映画を浴びたくなった。
それが昨夜で、今朝、大谷翔平のエンゼルス入りのニュースを見て、エンゼルス! と思った。今回の「ヤンキースが本命! ヤンキース即脱落。パドレスかマリナーズだろうか! エンゼルス!」という一連の流れはとても面白かった。

パソコンを買い換えるということはデータの移行みたいな作業をすることになる、それについて調べていたらなんだかどんどん憂鬱になっていった、Time Machineというものでバックアップを取るのか、取っておこう、と思って外付けHDDを入れてバックアップを取ろうとしたところあやうく音楽ファイルを全部消しそうになった、空っぽのHDDじゃないとダメということだろうか、わざわざ移行用に買う必要があるのか、だるい、直接つなげて移行というやり方をすればいいのだろうか、それにしてもきっとなんにしても面倒なんだろうな、いろいろアカウントがどうのこうのとかよくわかっていないいろいろにぶつかるんだろうな、そう思うと面倒になった、次の休みの日にパソコンを買って、それで移行作業をする気でいたけれど、きっと時間もたくさん掛かるのだろう、そんなことに休日を費やしてはならない、そう思い、だから買うのは違うタイミングがいい、買ったらきっとしたくなる、オンラインで買って届くのを待つくらいでいいかもしれない、営業中にダラダラダラダラと移行したらいいのではないか、今日みたいな、なにもやることのない、過度に暇な日に、やればいい、今手元にあればよかったのに、そう思っていた。
しかたがないので多和田葉子の『エクソフォニー』を読んでいた、そのあと『ボビー・フィッシャーを探して』を読んでいた。そのあとまたMacのことを調べ始めた、MacBook Proの16GBというやつでもう決定だろうとは思っている、もうそれをポチったらいいのではないか、見に行く触りに行く必要なんてないんじゃないかと思っている、明日の朝アップルストアに行って買ってきちゃおうか、そんな気がもたげている、どうしてこんなにほしいのだろう、それがなければやれないことなんてなにもないのに、なんで早くほしいのか、あたらしいおもちゃ。それにしても生きているとなんでこうもお金が掛かるのだろうなとも思う、先月いろいろと店のものを買うのにお金をたくさん使って、一段落したと思ったらまた出費だ、もう買い換えないと仕方がないのだから年内に買っちゃうというのは合理的な判断だとは思うが、なんとなく怖じ気みたいなものはある、お金がどんどん減っていく。友だちに聞いたらMacBookのフルスペック、と言っていた、すると21万にもなるということだった、大金持ちだと思った、MacBook Proの13インチはフルスペックな感じにすると31万にもなった、さらに大金持ちだと思った、プロセッサであるとか、というのは、そんなに違いが出るものなのだろうか、そもそも僕のような用途で16GBというのはあるべきなのか、というかMacである必然性はなかった、しかし慣れたものの外に出るというのはさらにコストの掛かることではあった、だからMac

とここまで打ったあとに立て込む時間ができ、なんだかんだというところでいいところに着地した、疲れた、うれしかった、夏くらいまでは「週末なら当然超える数字」というふうに設定していた数字が、今は「どうにかこうにか達してくれという数字」になっている。そしてちゃんと疲れる数字にもなっている、慣れていないということを体が告げてくる、呆けてパソコンを眺めながらビールを飲み、夕飯を食べ、帰り、ウイスキーを飲み、『エクソフォニー』を読むと読み終えた。リービ英雄の解説の途中で寝た、あと2ページで終わると思いながら、眠気に屈した。

12月10日

もしかして128GBでなくて256GBのほうを選ぶべきなのだろうか、なぜなら128GBの現在残り要領は20GBとかになっていて、決して潤沢に余っているわけではないからだ、と思い、しかし、何がそんなに、と思って調べていったところ30GBほど消すことができた、というかEvernoteを削除したらそれだけで20GBくらい空いた、それで50GB以上余っていることになった、128GBで十分ということだろう、それにしてももともと50GB以上あった「システム」というもの、今は30GBくらいになったが、これは30GBもなにに使っているのだろう、これがそこに該当するものなのかわからないがDockerが8.5GBとかあって、大きいものなんだなあ、と知った。Docker、いまだにこれがなんなのかさっぱりわかっていない。
というか、データを移行すれば済むと思っていたが、そういえば、このDockerとかそういうなにか、パソコンのなかにパソコンと友だちが言っていたそのWeb開発環境というのか知らないけれど店のWebをいじるためのなにかしらのなにかというのも、移すだけで済むのだろうか、やってくれた友だちはけっこう長い時間を掛けてこのパソコンのなかにパソコンをなにか作るというようななにかをしていた、それもさっと済むものなのか。

わりに長い時間、『ボビー・フィッシャーを探して』を読んでいた。アメリカでチェスの天才かもしれない子どもを持つということ、その興奮と憂鬱、という感じの内容が続いていくというか、深まっていく、勝てば勝つほど幸せだが、しかしその先にあるものがまるで明るくない、チェスでアメリカで食っていくことはほとんど不可能だ、グランドマスター級の人たちがタクシーの運転手をして生計を立てている、公園での賭けチェスで食いつないでいる、そういうなかで親はどういうスタンスでいたらいいのか、というような、悩んでいる感じが書かれていた、しんどそうだった。

12月11日

開店前の時間、家族が店に来た、両親と姉とその娘と4人が来て昨日1歳の誕生日を迎えたという姪っ子は歩くようになっており楽しそうに歩いたり這ったりして途中から疲れて静かに抱かれていた、それを見たあとに働いた、今日やっておくべきことがいろいろとあり、それをやっていた、珍しい日でお客さんがコンスタントに来られた、いい時間が流れていた、ソファでビールとチーズケーキとともに読書を楽しむ方や、おそらく母子で来られたのであろうお二人はまったく別の席に座ってそれぞれ本を読んでいたり、それからスマホで海外ドラマかなにかを流しながら編み物をする方、そこには午後の光が当たっていて、なんというかそれは幸せな時間そのもののように見えた、僕はうれしかった、仕込みを進めた、4時を目標に僕は店を出るつもりだった、しかし仕込みが終わらない、手がすかない、そういうところで出る時間は後ろに後ろにずれていった、下北沢に行って、下北沢なのでトロワシャンブルに行って『ボビー・フィッシャーを探して』を読んで、それからB&Bに行ってなにかを買って、それから飲みに行くというようなつもりでいた、4時には店を出ようと思っていた、しかしまだ出られない、まだ出られない、としているうちに悲しみのゲージのようなものが高まっていった、これはいいことだ、平日とは思われない感じにコンスタントにお客さんが来てくだすった、仕込みがいろいろと発生する、これはいいことだ、そうよくよく理解しているはずなのに、この事態に気持ちが追いつかないで、悲しかった、4時に店を出て、トロワシャンブルに行って、B&Bに行く、それはよく練った末の作戦だった、それが崩れたそのことをどうにも処理できなかった、5時20分くらいだったろうか、店を出た。
なんとなくそこにあるということを知っていたコーヒー屋さんに行ってコーヒーを飲んで軒先でいくらか『ボビー・フィッシャーを探して』を読んで、それからまだ少し時間があった、ケージというのだったか、檻の公園みたいなところの椅子に座って煙草を吸いながら本のタイトルを考えていた、「読書日記 東京 初台 フヅクエ」。
B&Bに行って、なにか、と思ってうろうろしていた、B&Bは数日後には移転なのでこの場所は見納めだった、すぐの場所なので人力で本を運ぶとのことで本屋機能は一週間くらいなくなって、日々徐々に本が減っていく、そういうなかで夜のイベント営業だけは最後までやるということだった、最後、本のなくなった書店、という空間が出現するということだった、それはなにかすごいことのように思えた、棚をうろうろとしていた、小説はわからない、それで、島尾ミホの評伝『狂うひと』、ずっと気になっていたがなにか怖じ気のようなものがあり結局は買っていなかったこの本が、なぜ今がそのタイミングなのかはわからなかったが、買われることになった、でも他の可能性も、と思いながらうろうろしていた、するとNumabooksのというかB&Bのというか、内沼さんが来られ、そのあと装丁の緒方修一さんが来られ、僕は本を買い、出た。
3人で打ち合わせというか飲みというか打ち合わせ飲みのような催しの日だった。
これまでは白水Uブックスのサイズで考えていたが、もしかしたら四六判の可能性も、という説が浮上し、箱に入れるという説も浮上した、緒方さんが持ってこられた緒方さんが手掛けられた月曜社の片山廣子/松村みね子の『燈火節』という本はなんというか、すごいかっこうがよかった、俺はこれがいい、と思うようだった。それからあれこれと話して、タイトルのことなども話し、内沼さんの案に僕はそれはよいなあと思ったり、していた。本にとってタイトルとはなんなのか。どれだけのものなのか。
楽しく飲んだ。僕は緒方さんに対して「緒方さんそういうふうにおっしゃいますけどなにか偽悪的な感じがどこかするというか、本当はそんなこと思ってないんじゃないの〜とか思っちゃったりするんですよね」というようなことを言って、帰りながら考えた、偽悪的なのは僕だ、目上の人という意識が高まれば高まるほど僕はなにか生意気な口をきいてみたくなるところがある、「率直さ」みたいな発言をぶん投げてなにかを試すというか、試すではないけれども、どういう模様の波紋ができるのか、見てみたくなる、これはたぶん本当の率直さとは異なるものだった、率直さらしきもの、率直さと普通呼ばれそうなもの、を演じているような気配がある。
ともあれ僕はそういった、なにか率直なというか、忌憚のないというか、生意気なというか、好きなことを話していた、楽しい時間だった、気が張っていたところがあったのか、ビール3杯でなんだかすっかり酔っ払って、眠くなっていった、目が塞がっていくのを何度も感じた、お二人のグラスも空いたくらいのタイミングで僕は眠くなりましたと申告して散会の運びとなった。

緊張。というものについて考えながら帰った、僕はやはりなにかとても全体に軽薄な気がする、なにかに真面目に向き合うということを本当にせずにここまで生きてきた気がする、今回は向き合ってみるチャンスであるはずな気がする、真面目に、緊張して、取り組みたい、と思い、あまり食べていなかったというか炭水化物が必要だった、一風堂に入って、見ると白丸のシンプルという小さいサイズのものがあることが知れ、食べた、するとすぐに食べ終えて替え玉を申請した、小さいものを頼んでおいて替え玉なんてしてもいいのだろうかと思って、なにかズルをしたような気になった。
僕は読書で本当に深刻に打ちのめされるということにならない。楽しくなったりドキドキしたり重苦しい心地になったりはすれど、それで本が手につかなくなるようなことはない、読み終わったら次に手が伸びる、なにより、つまらなくても基本的に読み通す、それは全体に吝嗇だし、なにかやはり僕にとって読書というのは食べるであるとか寝るであるとかと同じような生活を構成する動詞の一つとして安定してあるということなのだろう、軽薄で、それは悪くない処世の態度であるとも思うけれども、突き詰める人間ではない、その浅さにいまさら暗くなるようなことはない、なんせそれで暗くなれるような人間であればその浅さの中にはいまい。

ソファでいくらか眠った、そのあと起きてシャワーを浴びたらすっかり起きた、しかし日記を書く状態にはならなかった、明日はMacを買いにいこうと思った、移行作業のことを思うと暗い気持ちになった、『ボビー・フィッシャーを探して』を読んで寝た、ちょうど「ボビー・フィッシャーを探して」という章だった、ボビー・フィッシャーは見つからなかった。

12月12日

起きたら11時で、12時にアラームを掛け直し、起きたら13時半だった、とても久しぶりになにも考えずに寝続けた、頭の片隅にはもちろんずっとパソコンを買いに行く、移行作業をする、ということはあった。それで家を出てコーヒーを飲みながら日記でも書こうと思い、コーヒー屋さんに行った、初めて行ったところだった、すがすがしい接客だった、ラフでも丁寧でもなんでもいい、その人間がそこにあればそれがいい接客だと僕は思う、それがあったと僕は思った、接客でなければないほどいい接客だと思う、どうしようもなくリスクを抱えた態度こそが正しい接客だと思う、だと、僕は思っている。いやほんとうにそう思っているだろうか。
おいしいと言われてそれにしたコーヒーはおいしかった、小さな机にパソコンを置いて日記を書いている、前の道を車がひっきりなしに通る、僕はこれからヨドバシカメラに行って、パソコンを買うだろう、その前に丸亀製麺でうどんを食べるだろう、それから、フヅクエに行って、移行作業をするだろう、うまくできるだろうか、楽しみではない、不安だ。

買えなかった。メモリ16GBのものはオンラインでしか取り扱いがないということだった、アップルストアでも同じで、どのみち別注になるので日が掛かるということだった、教えてくださった方も先週同じものを買ったところということで、彼はファイナルカットで動画編集をおこなうので16GBのほうにした、軽いイラレ使いくらいであれば8GBでいいのではないか、そう言いながらアクティビティモニタを見てみると6GB近くが使われており、やはり8GBなんて簡単に食うのではないか、16GBの余裕があったほうが、なんのためにかはわからない、わからないが、いいのではないか、そう思ってお礼を言うとその場を辞し、丸亀製麺でうどんを食べてからフヅクエに向かった。
端の席で『ボビー・フィッシャーを探して』を読んだところ読み終わった。最後、少年ジョッシュが全米選手権でがんばる、その様子が実にスリリングに描かれていてドキドキしながら読んだ。とても面白かった。若島正の訳者あとがきを読むとジョッシュはそのあと太極拳に目覚め、すごいことになった、ブラジリアン柔術もすごい、ということだった、著書が同じみすずから出ていて『習得への情熱 ─チェスから武術へ─ 上達するための、僕の意識的学習法』とのことだった。それからその全米選手権の決勝の相手だった、学校に通わずにチェスを学び続けるかなりアウトサイダーな感じの少年ジェフは、子を学校に通わせないであるとかで児童虐待の疑いが持たれた親と切り離されどこかの施設に入れられ、子はそこから逃げ、ポーランドだったかに渡って不動産業を始めた、しっかりやっている、ということだった。ハッピーエンドと言わずしてなんと呼んだらいいのかわからない、そういうハッピーなエンディングだった。

昨日今日は変則的で、昨日は僕は夕方から休みになって、今日は夕方まで休みだった、それで夕方に店に行ったわけだったが、不思議な感覚だった、そろそろトンプソンさんが入る日は僕も離れつつあって、どこかに買い物に出たりということをやっているけれども、いずれ完全に離れるとなると、週2日3日はこういう日ができるということだった、それはなんというかすごい不思議な感覚になりそうなことだった、とにかく今の売上ではそういう体制をずっと続けていくことはできないので、どこかで「あ……」となるので、どうにかなってほしいのだが、それはそれとして、今日はだから夕方まではひきちゃんがいて、5時にバトンタッチした格好だった、夜は、まったくの暇でやるべき仕込みもなかった、もっぱら本を読んでいた。昨日買った『狂うひと』を読んでいた。
第一章では戦時下で奄美の島で特攻部隊の隊長としておもむいた島尾敏雄と学校の教師をやっていたミホの出会いと関係の深まりが書かれていて、なんというかすごかった。その前に、死に面する環境というか、いつ死んでもおかしくはないという状態についての感覚として、島尾敏雄のこの感じというのは腑に落ちるというのは変だけれども、なにか凄みみたいなものと、共感みたいなものを同時に覚えるものだった。

遠からずやってくる死が免罪符になってくれると考える一方で、文筆への思いは止みがたいものがあった。後年、小説家の小川国夫との対談集『夢と現実』(昭和五十一年刊)の中で、島尾は当時の心境について「死ぬことは非常につらかったけれども、しかし気がおかしくなるぐらいにいやだという方向にはゆかなかったですね」と述べた上で、「けれども、この変な生活が書けないで死んでゆくのはもったいないな、という気持ちがあった」「こういう体験は書けるのにな、戦争が済んで、もし命があれば、これを書けるのにというむなしさ、それだけは強かった」と語っている。 梯久美子『狂うひと ——「死の棘」の妻・島尾ミホ』(p.70)

去年の暮れ、ずっと戦争系のものを読んでいたような記憶があった、どうやって人々は死と接しながら生きるなんていうことをしていたのだろうか、すぐに死ぬかもしれないというなかを生きるとはどういう感覚なのだろうかと、そう思って読んでいた、『キャッチ=22』であるとか、『武器よさらば』であるとか、読んでいた、『キャッチ=22』の戦争からの全面的逃亡みたいな態度はすごくすっとするものだった、それを思い出した。気がおかしくなるくらいにいやだという方向にはいかない、というのはなんだかすごい。書けないことへのもったいなさ、というのはなんだか、わかるというか、似た感覚をどこか持っている気がするというか、少なくとも持ったことのある感覚のように思った。

島尾敏雄もミホも手紙であるとか日記であるとか、わりとなんでもかんでも残しておく人だったようで、豊富な資料をもとにこの評伝はどうやら書かれていくようなのだけど、それにしてもこの恋愛の最初期の、好き好きにゃーんというようななんというか手紙のやり取りであるとか、完全に相手にしか向けていない手紙がこんなふうに公開されるというのはなんというか、想像するだけで勝手に恥ずかしくなる。なるのだけど、それにしても面白い。今晩9時に、塩焼き小屋に来てね、という敏雄のリクエストに応えてミホは向かったが、満潮だった。そこをミホは「胸まで海水に浸かり、ほとんど泳ぐようにして進むしかなかった」

アダン並木の下を越えたらしく、足先に感じてゐた砂浜が石ころに変り伸ばした両手の先には蠣貝の群がり付いた岩肌が触れ、岩場に来たことがわかりました。手足に力をこめて岩を攀じ登り前後左右に伸ばした手の先にさはるのは棘ばかり、タハンマの山裾にはびこる野棘の中に這入り込んだのでせう。手をあちこちに伸ばして探り這ひながら、この四つ這ひの姿は明りに照らし出されたらさぞかしをかしい格好でせうと、思はず笑つてしまひました。でも隊長さまにお目にかかるためならみじめな姿を曝すことも、又蠣や貝殻や荊で肌を傷つけ血を流すことも、物の数ではないと思ひました。(...)
隊長さま、ミホは参りました。
暗闇の磯を這ひ、方角がたしかめられずに恐ろしい思ひをした夜の海を泳いでも、遂に来ました。
隊長さまのお申し越しを蔑ろにしたのではありません。さう思ひながら開けていく瑠璃色の空を仰いでゐるうちに涙は乾きました。 梯久美子『狂うひと ——「死の棘」の妻・島尾ミホ』(p.83,84)

そのあと『万葉集』だったかからの歌が置かれている、それがミホの手紙で、敏雄も『古事記』であったりを引き、そこにあるものと二人を重ね合わせながら手紙を書いた。吉本隆明であるとかがミホを巫女的な少女的なものとして捉えているが、ミホは高度な教養を持った人だった、とあり、それはスリリングだった。しかしなんというか、狂うひとたちは強烈に演じるひとたちでもあったのかもしれないと思いながら読んでいる、演じているその先に狂いみたいなものが待つこともあるだろう。とにかくなんというかすでにしてなにか、『死の棘』を読んでいたときのゴワゴワとした感覚になっている気がする。すごく怖かった記憶がある、読んでいる時分におかしな夢を見た記憶がある。戦が済んだら、浜辺に僕はごろんとなって、ミホに歌をうたってもらいます。けっきょく今日やったのはゆるんでいたトイレのドアノブを締め直すことくらいだったような印象がある。

夜、せっかく新しいパソコンになるのだからきれいな状態から始めたい、移行する前に今のパソコンをできるだけきれいにしよう、いらないもののない状態にしておこう、というのでUlysses以前に使っていたScrivenerを捨て、写真であるとかをどこかに移管しておこうと、最初iCloudに入れて、そうしたらそれはストレージを食うみたいで、いや本当に食うのか、だとしたらクラウドの意味がわからない、ともあれiCloudではなくGoogle Driveに入れることにして、4GB分くらいを入れた、残り1時間とあった、翌朝来たら終わっているだろう、と思って店を出ることにした。
次にどうにかしたいのは「音楽制作」の1.84GBと「写真」の1.67GB、「iTunes」の2.95GBで、それぞれが何のファイルを指すのかわからなかった、それを全部0にできたら7GB開けられて、そうしたい。
寝る前、『狂うひと』。

12月13日

着々と一年が終わりに向かっていた、あと2日で12月も折り返す、朝、パドラーズコーヒー。気持ちいい朝だった。
ターミナルでガレージバンド関連のなにかを消すコマンドだか何かがあるということで打ち込んだところ「音楽制作」は0になった。なにを消したのかもよくわかっていない。それから「iTunes」も、なんでだか外付けHDDではなくてパソコン本体に保存されている音源があって、それを外付けに移したりしたところ0になった。間違って5lackの『夢から覚め。』を消してしまい、どうしようかと思った。どこにも見当たらなくなった。これで61.4GBまでの残り容量が増えた。20GBだったわけだから、上等だった、ここらでやめるべきだ。でもなにか、まだなにか、きれいにできるのではないか、そんな気がしてしかたがない。なにをしたいのかもう、わからない。

75.57GB。夜になってやっと飽きてくれて、それで『狂うひと』を読んでいた。僕はこれはすごく面白いようで、ずいずい読みたくなっている、ミホチャンチャン、とてもかわいいmiho chan chan、晒されるウキウキした手紙の数々…… これはなんというか、ほとんど性器をというかハメ撮り動画を公開されちゃいました、みたいなそういうエグさがあるように思うが、どうなのか、そもそもハメ撮り動画を公開しちゃいましたみたいな小説を書き続けた人なのか。

島尾はおそらく忌み言葉であることを承知の上で、ナスという名を主人公の妻に与えたのだろう。
ミホは内心傷つき、怒ったに違いないが、この時期の島尾はそうしたことに頓着していない。事情が変わったのは、島尾の情事の発覚によってミホの狂乱が始まってからである。以後、島尾はつねにミホの眼を意識して作品を書くようになり、彼女が気に入るように何度も書き直したものもあることを、島尾自信が認めている。
書かれることが喜びであった時期、書かれることに耐えねばならなかった時期、さらに、書かれることによって夫を支配した時期—— 「書かれる女」としてのミホの人生は三つの時期に分かれる。それは島尾が描いたミホ像の変容に対応しているのである。 梯久美子『狂うひと ——「死の棘」の妻・島尾ミホ』(p.167)

そのなかで『死の棘』が書かれたということがなんというか凄い。そこまでしてどうしても書かなければ気が済まないということがとにかく凄い。覚悟なのか、覚悟なんていうたいそうなものではなくてただのなにかろくでもないなにかなのか。『「死の棘」日記』をがぜん読みたくなってきた。
寒くて、いつもは水割りで飲むウイスキーをストレートで続けて飲んで、満足して寝た。

12月14日

寒さなのか眠たさなのかなかなか布団から出る気が起きず、行くのが遅くなった、朝ごはんを食べ損ねた、17時、ドトールに退避して朝ごはんとしてミラノサンドを食べた。退避、スタッシュ、と思ってstashの意味を見ると「こっそりしまう、隠す、蓄える」とのことで僕の思っていたものとだいぶ違った。git stash、というコマンドでstashという言葉は覚えて、一時的にどこかによけておくというような意味かと思っていた、僕はその意味でのstashが好きだった、だから仕込みをするときであるとかも、ここまではいっぺんにやって、オーダーが入ったらそこでスタッシュする、というような、そういう感覚を持って生きていた、断じて隠すやこっそりしまうという意味ではなかった!

通りに人の姿は見当たらず、階段を数段上がって玄関の扉という、僕のイメージのブルックリンの住宅のようなそういう家が並ぶ通りを歩いていたが人の姿は見当たらず、いくつかの家のそのポーチというのか階段の途中にはMacが放置されていた、りんごマークはあかりをともしていただろうか。あのプロジェクトのチームの彼らも、きっと消えてしまったのだろうと思った。メモに「塗装、内装、バイト」とあるがなんのことかは不明。覚えているのはそういった道を通って戻った実家かなにかの家は近づいたら電気はなにもついておらずまったくの無人ということが知れていくらか残念に思ったか苛立たしく思った、中に入って、廊下を通って居間の扉を開けると電気がついていて父や母がソファに座っていた、横の部屋から姉も顔を出した。間違いなく彼らは僕が到着するときにいなかった、あわててあかりをつけてソファに座ってあたかもこれまでもこの格好で過ごしていたというような顔をしているけれど、それは嘘だ、僕はそう思った。
塗装、内装、バイト。
なかなか起きられず、起きられないながらも夢の感触を手放したくなくてメモをしたが、役に立たないメモだった。塗装、内装、バイト。なにをしていたのか。

変に忙しい日で、変にバタバタしていた、それはとてもいいことだった、そのなかでスープを作ったり煮物を作ったりしていた、しばらくスタッシュ、と思って店を出てドトールに来た、夢のことを書くため、それから『狂うひと』を読むためだった。日記を、島尾夫妻は半ば共有物のように扱っていたという、夫は机に日記を開いたまま外に出る、それを妻は見る、敏雄は妻への裏切りの記述のある日記を半ばわざと見せ、反応を誘発しようとしたのではないか、すべては小説のために、というようなことが書かれていた、これにはドキドキしたし、腑に落ちるというか、なにかしっくりきていなかったものというか、バレるよね、と思っていたその思いが腑に落ちる、著者は何かしらを仮定しながらすぐに決めつけることはしないで丹念に資料を追っていく、その感じは探偵小説を読んでいるようだ、スリリングだ、それにしても、島尾夫妻が現在の人たちだとしたらどういうふうにこじれた遊びをしたのだろうか、フォローしあっているわけではないがお互いに知っていることは知っているアカウントで浮気の件をツイートするであるとかだろうか、妻はそれをリツイートしただろうか。
ドトールでは、働いている人たちがパソコンで仕事をしたり電話をしたりしている、あ、佐藤です〜、おりまーす、おります〜、すぐ向かいます〜。玉村様の契約書は後日郵送いたしますので。また折り返させていただいてよろしいでしょうか。みな電話していた。電話というものはこんなに活用されているのだなと知る。
夜は完膚なきまでに暇。ブログを書こうとしたがさっぱりしっくりこず10時過ぎて諦めて『狂うひと』。とにかく不健康という感じを受けながら読むというか、とにかく面白い。

12月15日

パンを焼く以外の仕込みもないし、ちょっと任せてみようか、昨日みたいに忙しい日中になったらだいぶ大変だろうけれど、昨日が忙しかったということは今日は暇だから、出てみようか、そう思って13時ごろ「じゃ」と言って店を出た、すると行くところもなかった、そのため家に帰った。
家に着くとパソコンを出して経理の作業をした、こうやって外に出るようになるとやはりパソコンの持ち歩きが生じて、持ち歩かなくてもいいが、持ち歩きたいときがあるので、持ち歩きが生じて、今はたちまち電池が切れるので電源も持たないといけない、新しければその必要はなくなるだろう、だからパソコンを新調したことは正しかった、と思うことにした、いや、というか、もう限界だから、正しいと思うことにするもなにも正しかった。経理はしばらくすると済んだ、ルイボスティーを淹れた、それで『狂うひと』を読むことにした、ソファで寝そべりながら読んでいた、引き続きずっと面白かった、『死の棘』で不倫相手として登場した、あるいはほぼ登場しなかった、まったく存在感を抹消された女性がどの人だったのかが突き止められた、もしかしたら自殺をしたらしかった、島尾敏雄がかつて自身の「業の浅さ」を嘆いている文章があった、大震災でも戦争でも、けっきょく何にもならなかった、なにか、なにかが起きたら、僕の文学もまた、偉大なものになるかもしれない、そんなことを書いていた、その男はなにかを引き起こすことに成功したということだった、そのゆがみみたいなものはなにか覚えのあるものだった。
直接聞き取った証言や、手紙や日記や、それから島尾敏雄論的な論考であるとか、そういうさまざまなアイテムによってこの本はあれこれを考えていくわけだけど、引かれていた論考のタイトルに「赤線地帯の島尾」というものがあり、吉行淳之介によるものだった、赤線地帯の島尾。「みんな好き勝手しゃべるなあw」と思った。
ミックスナッツを食べた、ルイボスティーをもう一杯飲んだ。眠くなっていった。それで毛布をかぶり、アラームをセットして寝ることにした、すると何度かアラームを掛け直し、けっきょく1時間半ほども昼寝をした、頭の芯がしびれるようだった、暗くなっていた、寝起きのような調子で店に行った、6時になるところだった、すると今日の日中もいい日だったようで、どうしたかな、と思った、うれしい誤算だった、トンプソンさんはきっと大変だった、バトンタッチして、僕は夜は暇だ、座って本でも読んで暮らそうと思っていた、そうしたら動きが途絶えることがなかった、どうしたかな、と思いながら、6時から12時までけっきょくまったく座る時間もないまま過ぎた、つまり、すばらしくメリハリのある一日というか、昼間は本を読んで昼寝をして夜は働いていっしょけんめい働いた、そういう日になった、6時間の労働とは思えないほど体は疲れた、それはとても素晴らしいことだった、ただしく労働をした、という感じだった。
夜の深い時間になってからパンを焼き、スープを作り始め、閉店後、鶏ハムを仕込み、ショートブレッドを焼き、スープを完成させるあいだに夕飯を食べてビールを飲んで日記を書いている、今はまだ煮ている、1時半だった。

「読書日記」の他の記事