fuzkue(フヅクエ) - 一人の時間をゆっくり過ごしていただくための静かな店

読書日記(58)

Entry diary58

11月4日

松坂の退団のニュースがあり、コメントを見ると冷たい、罵倒であったり揶揄であったりばかりで、驚きはしなかったしそういうものなんだろうなとは思ったが、愉快なことではなかった。僕はただただ復活する姿を見たい。

夜、しばしば来てくださる方に定食を持っていったところ机に置かれたスマホの画面の中で何かが動いていて目をやると野球だった、中継ですか? と聞くとそうだというから今はどうなっているか問いただしたところ横浜が勝っていると。3点取って逆転したらしかった。それからスコア速報を見たり、ちょうどそのお客さんの斜めに立てている中継中の画面が僕の位置からどうにか見えたので熱視線を送ったりしながら(本どけて! 見えない! とか時に思いながら。彼は保坂和志の『季節の記憶』を読んでいるらしかった。『カンバセイション・ピース』でなくてよかったのだろうか)、進行を追っていた。今永が投げ続けていた。6回2死2,3塁、投げぬき、90球くらいだったか、7回も投げぬき、110球くらいだったか、なんと8回も上がり、長谷川に打たれたところで降板した、そして出てきたのは井納だった! というので痺れ、そして抑えるからさらに痺れ、ビリビリ、そこから砂田、パットン、と続いて最少失点で切り抜けた。そして9回、山崎が上がり、内川が同点のホームランを放った! これで延長だった。サファテは9回からマウンドに上がっていたし、ソフトバンクはそこまでに細かい継投をしていた、残っていたのは中田、寺原、武田、という先発陣だけだった。一方今永を引っ張った横浜はエスコバー、三上、三嶋、須田、濱口、という面々がまだ残っていた。多分どの人も日本シリーズなりCSなりで投げている人たちだった。これはわりと横浜チャンスがあるかもしれないな、と思ったらサファテが2イニング投げ、そしてなんと、3イニング目も立っていた!
そう思ったら10回を投げたエスコバーも続投だった。エスコバー、今年の途中に日ハムから横浜にトレードで行って、なんというかよかったね、活躍できたね、と思った。しかし2回めは精彩を欠いたようで1死は取ったものの二つの四球を出して降板だった。大ピンチ。そこで三上。

誤って『降伏の記録』を持ってくるのを忘れたため夜はなにもすることがなかった。スープを作る材料を買ってくればよかった。明日はスープを作ってみたい。

11月5日

野球が終わってしまった、という喪失感が今朝あった。春まではもう、ストーブリーグ的な記事しか上がってはこない。悲しい。

白いんげん豆と鶏肉とゴロゴロ野菜のスープと紅玉のシロップを今日は、三連休の最終日なので作ろうと思ってそれをやりながら営業していた。
スープを作りたいという気分は何で芽生えたのだろうか。とりあえずなにか作りたいような気はしていたがそれがスープであったのはなんでだろうか、と考えると昨今あたたかいものを食べたく、鍋を食べにいきたいと思っていろいろ調べたりしていた、そういうこともある気がするし、野菜ゴロゴロのスープで思い出すのは昨日ちょうどそれが読まれているところを見た『季節の記憶』だった。夜ごと、父は翌朝に息子と食べるためのスープを作った。あたたかで気楽なスープ。幸せなイメージだった。

それで十二時ごろ読むのをやめて明日の朝のスープのジャガイモとニンジンとタマネギとカリフラワーと豚肉を切って火にかけた。男親と子どもという生活をしていると野菜が不足するという観念がいつの頃からか植えつけられているから、僕は毎朝野菜のたくさん入ったスープを食べることにしていて、そのスープをいつも夜のうちに作り、息子も子どものくせにどういうわけかニンジンでもピーマンでも食べるから僕のスープをたいてい喜んで食べる。それで三、四十分でスープを作り終わってベッドにもどると息子ははじめ寝た格好から九十度横になっていたり完全に僕の寝場所に移動していたりしているのだが、そのままにしておいて、もうしばらく、だいたい二時まで本を読んでいると息子が一度オシッコをしたくなって起きることになっていて、息子が起きなければ僕が起こしてトイレに連れていく。一年ぐらい前から息子は自分がオシッコをしているあいだずっと僕に見られていないと怖がるようになったから僕はトイレの戸を開けてそこに立つ。 保坂和志『季節の記憶』(p.43,44)

スープができた。何度も何度も味見をした、それはおいしくてもっと口に入れたいときに起こる行動だった。今日はバゲットも買ってきたのでこれでパンとスープのセットみたいなことで出せる。やってみないとわからないことでやってみていない今はわからないなと思う筆頭のことはどのくらい盛ればいいのか、ということだった。どのくらい具を入れ、どのくらいスープを入れたらバランスよく減っていくのか、ということだった、それはやってみないとわからないことだった。

スープは何食かさっそく出した。シロップも仕込んだ。ショップカードを久しぶりに作ろうと思いイラレをいじった。いろいろなことに取り組めてとてもいい日だった。一人の時間なんてもう、必要とされていないのだろうか。あるいはただフヅクエが必要とされていないということか。なんていう暗いことは思わなかった。思わなかった。
スープを作っていて、スープを通常メニューというかいつもあるメニューとして出すようにするならばル・クルーゼをもう一つ買った方がいいと思って、でもさすがにまだ買いはしなかった、ただ二つあると便利なんだけどなと思う機会はこれまでもあり、だから買ってもいいのかもしれなかった、買うかもしれなかった。ずっと欠品していたウイスキーをポチった。けっこう高いやつだったしめったに言われないこともありずっと品切れという状態だった、それをポチった。売上がずっと悪くて、11月もどうやらそういう様子で、お金が減っていくようなペースになっていて、そういうとき、僕はわりとお金をむしろもっと使いたくなるようなところがあって、ル・クルーゼ買っちゃおうかな、というのもそれと関係している気がする。無駄遣いというわけではもちろん全然ないしむしろ健全な投資くらいのものだけれども、減るならもっと減らしてしまえ、というような後押しがされるところがある気がして、ショップカードもイラレをいじっていたら「これは片面白黒だけでいいのではないか、それでいいとしたらそれって名刺と同じことで、めっちゃ安く作れるぞ」と思ったが、多分片面モノクロ片面フルカラーで、ちゃんとした紙で、作るだろう。と、打っていて、ずいぶんちまちましたことで「調子が悪いので逆にお金を躊躇なく使う俺」みたいなことを言っているものだと笑ってしまったが、

ここまで打ったあと、植本一子を読み始めたところ、そういえばエルドラドがなくなったんだった、とエルドラド・デメララ・ラムというラムをポチり、印刷されている文言に間違いがあるのをずっと直していなかったためこの機会に印刷し直そう、と思ったときに、ちょっといいジンとテキーラもこのコーナーに置いておこう、と思ってジンは最初から決まっていてフィンランドのキュロ・ディスティラリーのナプエで、これは大好きなジンだった、テキーラはアネホなもので900円くらいで出せるものならどれでも、と思いながら探したところ、キャンペオンというやつにした、その二本をポチった。テキーラを思い出したのは昼間にちょうど一年前の読書日記を少し読んでみたときだった、その時期はちょうどWebの改修工事に完全に没頭していたり、それが済んで虚脱状態になったり、そういうことをしている時期だった、11月8日あたりにメキシコ料理屋さんに行った、そこでテキーラはこんなにおいしかったのか、というテキーラを飲んだ、それを昼間に思い出していた。
それでポチったあと印刷しようと、印刷する文言を作ったりしていたところ、IWSCつまり「International Wine & Spirits Competition」のページを見に行って今年の受賞したジンを探して見ながら「知らないお酒がいくらでもあるものだなあ」と思ったり、そのあとそういえばキュロ・ディスティラリーのWebはやたらかっこいいんだよな、ということを思い出して見に行った、すると、かっこよさは残りつつ、前ほどかっこよくはなくなっていた、特にかっこよかったのが蒸留所のメンバーのページの写真で、5人くらいいて、みな圧倒的にいい顔をしている、素晴らしい性格俳優みたいないい顔をしている、そういうページだったのだが、規模が大きくなっているのだろう、載っている人数が何倍にも増えて、そして普通の写真になっていた。成長するってこと。成長するってことは、涙見せたっていいんだっけか。

11月6日

昨夜帰宅後、『降伏の記録』読み終え。最後の章が始まって、日記ではなくなった、最初のうち僕は俺はやっぱり日記がいいなあ、日付けという枠組みがほしい、といくらか物足りなさを覚えながら読んでいたが、結局そんな物足りなさはすぐに忘れ去っていた、息を止めるようにしながら文字を追いページをめくり、そうだろうと思いながらも開くと奥付が見えたとき、鋭く強く息を吐いた。それで思い出したが土曜日、日本シリーズをスマホで流していた彼は、10回だったか11回だったかの横浜の攻撃、二死1,2塁だったか、のチャンスで迎えた柴田の打席が凡退に終わったとき、体から空気を抜くように息を吐いた、それを僕は後ろから目撃しており、笑った。それと同じ息の吐き方をだから寝床でおこなって、言葉を失うような途方に暮れたような感覚になりながら本を閉じた。

今日も店をこれからどうするのか、ということであるとか、もっと具体的かつ身近なことというか、食器棚の使い方みたいなことを検討したり、まじめに働いていた。頭がずっと店についてのことでオンになっている状態で、それはいいことというか、働くということだった。本が読み終わってしまったことも関係しているのかもしれないが。
途中、新しい方がいろいろできるようになってきたこともあり、30分出てきます、もし作るの不安なオーダーとかがあったら30分後には戻ってくるんでとお伝えしてください、と言って出て、皮膚科に行った。これは数日前から楽しみにしていたことだった、月曜は、途中で抜けて皮膚科に行くぞ、というのが楽しみだった、営業の途中で抜ける! という、それはすごいことだった、これまでは全部休日に詰め込んでいたことを、こうやってできるようになっていく、のだろうきっと。それはいいことだった。

夜になって、やることもないし読む本もない。そう思いながら、今週受ける取材でお題が「ラテンアメリカ文学の話」ということで、おすすめの小説であるとかをピックアップしておいてくださいということで考えていたら、ふいにセルヒオ・ラミレスの『ただ影だけ』をまた読みたくなった。読もうか、いま読み始めようか、というところまでいって、また店のことに関する作業を始め、没頭していた。今日もよく働いた。

11月7日

朝、仕込み。出汁が取れるまでのあいだ、本棚から『ただ影だけ』を取り出してソファで読んでいた。ニカラグア。ソモサ。サンディニスタ。コントラ。このまま読みそうな予感があった。

いつにもまして果てしない荒野のように見える海岸、物陰に廃墟だけ残して火事に焼き尽くされた鉄枠のような岬から岩間を飛び越え、黒粉のような砂地をスリッパで踏みしめながら、遠すぎるあの岩を目指して必死に走っていても、彼がスピードを上げれば上げるほど海は遠のいて波の響きも聞こえず、手に持ったアタッシュケースが重くのしかかり、クルーザーは最初の襲撃を聞きつけるとすぐに大きな泡のカーブを描いて逃げ去っていったが、それでも、無我夢中で走り続ける彼の足下に波が打ち寄せて靴下を濡らし、スリッパの底からは水が滲みてくるものの、そんなことを気にしている暇もなく、背後から「止まれ」という声、荒い息遣い、そして水筒が武器に当たる金属音が続けざまに聞こえたかと思ったのも束の間、突如奴らは両側から岩を飛び越えて姿を現し、一人が砂地に膝をついてライフルで狙いを定めたのを見ると、ついに観念して彼は足を止め、アタッシュケースを持ったまま両手を上げたが、すぐに意気消沈してそのまま崩れ落ち、ズボンが裾から細波さざなみに洗われた。 セルヒオ・ラミレス『ただ影だけ』(p.15)

冒頭の一文で十分にテンションが持ち上げられた。それで昼、スパイラルの上のところにミナペルホネンのカフェがあってそこでスープが食べられると聞いたため行ったところ月曜火曜はスープはなくておにぎりの日ということでおにぎりランチをいただいた、最上階ではなかった気がしたが屋上みたいなところが広々としていて日当たりがとてもよかった、スパイラルの雑貨屋さんというのかお店でスープ用のスプーンを買った、それで青山ブックセンターが近くにあったので行った、久しぶりに入った気もするし、そこまで久しぶりではない気もしたが、本を眺めながらうろうろと歩いている時間がいつにもまして楽しかった、ABCってこんなに楽しかったっけか、とちょっと驚いた、それでタイミングが来たような気がしたためエリック・ホッファーの『波止場日記』を取って、それからうろうろ、うろうろ、としていた。本がどれもなんだかとても新鮮に目に入ってくるようなところがあり、楽しかった。植本一子の写真展がおこなわれていたので見た。なんというかすごい胸に迫るものがあった。娘さん二人がほんといい顔していた。

けっこう長いこと本屋にいて、それから労基署に書類を届けに行った、先週行ったときに郵送での手続きを所望したところ返信用封筒を入れて送ってくださいと言われ、「へ、返信用封筒を入れて…!?」というので、返信用封筒を入れるのってどうしたらいいのかわからないという、すごいレベルの低い感じのする戸惑いから、直接行くことにした。人生をすり減らす。そこは神南で、そこから代々木公園に入っていった。緑と赤と、黄色と、いろいろであり、すでに落ち葉はたくさん道にあり、もっともいい時期のような気すらした、雲ひとつ見当たらない快晴で空気はあたたかで、落ち葉を踏みしめながら進んだ。売店は「PARKS」という名だった、いい名だった、そこでビールを買った、向こうの公園エリアに入るために歩道橋に上がると、やけに幅が広く、今までよりも近い高さに色づいた木々の葉が広がり、噴水が上がり、下がった、その景色全体がにわかには東京のものとは、というよりは近所の公園のものとは思われないきれいさで目を見張った。
公園には人がパラパラと寂しくない程度にいた、適当に歩いていくとぽっかりと空いたベンチとテーブルがあってそこに座ってビールを飲んでいた、静かで、鳥の鳴き声や木々のざわめきしかなかった、ビルも見えなかった、光が濃くなり、揺らいでいた、そこはいくらか天国のような場所だった、次第に暗くなっていった、原宿門に出るためにぐるっと歩いていると、影になった人々はいまだ芝生に座ったり、バドミントンをやったり、切株に立って写真を撮りあったり、走ったり、犬を連れて歩いたり、していた、暗がりのなか、暗がりだからこそだろうか、牧歌性のようなものが過激なまでに増幅されているように感じた。多幸感だけがあった。

11月8日

スープをまた作った。今度は豚のブロック肉を買ってきて、それと赤レンズ豆と玉ねぎ人参セロリしめじマッシュルーム、ということになった。赤レンズ豆はケミカルなオレンジ色で、この色がどう出るのか、トマトも入れてこのオレンジが目立たないようにした方がいいのだろうか、と思っていたところ、火が通るといかにもレンズ豆といった雰囲気の柔らかい黄色というかコーン色みたいな色に変わって感激した、これならいくらでも使える感じがする。そして今回もおいしかった。そして検討をし始めた。これを本当に続けるのならば、ル・クルーゼをもう一つ、ということだった。そこで検索すると4万円近くすることがわかり、いや、いいんだよ? 払うよ? 今だったらなんでも払うよ? ちょうどよくそういうモードだよ? と思って、そのあと「そういえばストウブとかとル・クルーゼとかはどう違うのか」と思って調べていたらストウブにしてみようかなというような気も起きていって、シャスール、バーミキュラ、いろいろあるらしい、ホーローの鍋の比較のような記事を見て、ストウブにしてみようかなというような気も起きていって、それから出ている商品の値段を見ると半額くらいに安く、Amazonとあり、Amazonだとここまで安くなるの、、と思って見に行ったらたしかにそうだった。ル・クルーゼの22cmのココットは公式サイトは3万9千円だったがAmazonで見ると2万円だった。ストウブの22cmは1万5千円ほどだった。だいぶ気分が違う、と、いいよ? 4万? 買うよ? 出すよ? とやけっぱちに思っていた僕も、だいぶ気分が違うと、ずいぶん気が楽だと、そう思ったから、何が「出すよ?」だったのだろうと思った。しかし店に必要なものを買うだけなのになにがやけっぱちなのか。

だから昨日は新大久保に移動して、いつも行くハラルフード屋さんでなにか買おうと思って寄った。豆がいろいろあった、Toor Dal、Moong Dal等々、検索して、なるほどキマメ、なるほど緑豆、となった、レンズ豆がなんとなくほしかった、それはMasoor Dalだった、しかし赤い、というかケミカルなオレンジ色で、これは茶レンズ豆ではなく赤レンズ豆だろう、赤い。赤い、と思って、どうしようか、この赤は色としてどうなんだろうか、等々ずいぶん悩んだが、安かったし、ダメだったら家で使えばいいようにも思ったし、買うことにしたし、それで今日は「えいや」とスープに入れてみたら色が変わってそれはかなり予期していなかった完全な朗報だった。
ベトナム料理を食べた、どれもおいしかった、バインセオというあれこれを巻いて食べるやつと、それから牛肉のフォーが特においしかった、いや他の、揚げ春巻きもおいしかったしきくらげとかミミガーとかの煮凝りのハムもおいしかったし、揚げ豆腐をレモングラスとかでどうこうした炒め物もおいしかった、ビールばかり飲んで、歩き出したら歩けるもので、家まで歩いて帰った。
1時間半近く歩いて、ぐんぐんと南におりていき、参宮橋駅にぶつかり、そこからぐねぐねと歩いていたら大通りにぶつかって、しかしまったく見た覚えのない道で何度も何度も仰天した声を出した! しかし結局それはよく知った道だった、山手通りだったし位置もほぼ初台だった、しかしまったく見覚えがなく、仰天した声を出した! 今思い返すとそれは『デス・プルーフ』の女の一人の、しゃっくりみたいなあの声のようでもあった。コンビニで白ワインを買って、いくらか飲んで、『ただ影だけ』を読んですぐに寝た、11時もなっていなかったのではないか、それが休日だった、その翌日が今日だった、スープを作った、他には何をしていたか、仕事をまっとうにしていた時間が長かった気がしたが、そうでもなかったか、夜は『ただ影だけ』をいくらか読んでいた。ニカラグア。
『波止場日記』は、ウルフの日記がそうだったように、『富士日記』もそうだったように、寝際にちまちまと読みたいと思って、それを思うと心がいくらか躍るようだった。

11月9日

座間の事件を受けてOMSBはなにかツイートしていないかな、というろくでもない気になりがしばらくあって、でもろくでもないからすぐに忘れていた、今思い出したので見に行った、するとレーベルを始めていることを知った、ろくでもない気になりもいいことをもたらすものだった、心躍った。Zama City。

開店前、新しい方であるところのトンプソンさんの、店のWebのスタッフのページの写真用に、友人のカメラマンに来てもらって撮ってもらった。その途中だったか、Amazonの荷物が届いた、そこにはミルクパンと『スープとパン』という本が入っていた。冷水希三子。トンプソンさんから借りて読んでいたところこれはいいなと思ったのでポチった本だった。パン。今日は一日パンのことを考えている。スープにはパンで、パンを、作る、という選択肢について考えているというか、考えている。これはたしか月曜に思いついたことだった。ふらふらと外を歩きながら、あるいはオペラシティのつやつやしたベンチに腰掛けて首都高を見上げながら、午後の光のなか、パン、と思ったのだった。今はバゲットを買って添えているけれど、小さい丸パンなのではないか、小さい丸パン二つとかが一番いいのではないか、それは、作るということなのではないか、そんな考えが啓示のようにやってきたのだった。パン。パンを作るという選択肢について考えている。というか作る。とりあえずは作る。パン。
その思いつきを月曜に僕は発語したらしかった。トンプソンさんは今日はパンの本を持ってきていた。パン。イーストが少ないから発酵に時間が掛かるから遊びがあるから営業中でもこの感じなら作れるのではないか、という話だった。パン。さらに今朝焼いたというパンを持参されていて、いただいたところ、とてもおいしく、これでもういい、というパンだった。だが彼女はこれは固くてうまくいかなかった、と言った。であるならばこれが下で、あとはこれ以上においしいしかないということだったから、パンの未来は圧倒的に明るかった。パン。強力粉。富澤商店の強力粉のページを見ていた。スープを作った。そしてパンを作る。そうだ今日はそれからストウブを注文した。いま使っているル・クルーゼは22cmで、なんとなくどうせなら大きくと思って24cmの黒いやつにした。明日届くだろう。スープを作った。パン。今朝届いたミルクパンはスープの温め直し用で買った。スープを作った。これからも作ろうとしている。そしてパンを作ろうとしている。パン。頭がぼんやりしてきた。ずっとしている。パン。『ただ影だけ』をいくらか読んだ。ニカラグア。昨夜は『波止場日記』を読み始めた、これは楽しいのだろうか、今のところわからない。スープを作った。パン。すぐに楽しいというものではなかった。これから楽しくなったらよかった。店では『ただ影だけ』だった。ニカラグア。パン。パン食ってるか? スープを作った。人民はパン食ってるか? サンディニスタよ、あなたたちはパンを食っているのか? パン。

『ただ影だけ』を読んでいても胸騒ぎを覚え、すぐに閉じる。イラレをいじる。なにかやらないといけないことってなかったっけ? なかったっけ? と思うが、またどうでもいいニュース記事を読みに行ったりしてしまう。なにかやらないといけないことってなかったっけか。なにもなかったっけか。なにをしたらいいんだっけか。まったくわからなくなっている。なにか。ありませんか。だれか。人違いの処刑。ニコデモ司令官はつまらないことを言った。

歴史を押し進めるのは、そうした細部ではなく、事件の全体なのだ。革命のように、様々な出来事がめまぐるしく展開する一大事件ともなれば、そうした小さな過ちや行き過ぎ、不当行為は忘却に葬り去られる、英雄的偉業も同じだ、歴史は恩知らずで忘れっぽいからな、歴史を押し進めるような偉業だって、誰も証人がいなければ後世に語り継がれることもない。 セルヒオ・ラミレス『ただ影だけ』(p.112)

11月10日

家に帰れば暗い情けない弱い気持ちは、シャワーを浴びれば、布団に入れば、だいたい消えるもので、『波止場日記』は二日目にして一気に心地いいものになった、なんとなく勝手にイギリス人だと思っていたらアメリカ、カリフォルニアの人ということだった。

七月九日
リリーおよび息子と数時間楽しくすごした。息子の成長は早く、もう道理をわきまえてきた。冷凍のボイスンベリータートをとてもおいしそうに食べていたが、きちんとした食べ方をする——まずプレートの上のベリーにとりかかり、それをたいらげてからタートにとりくんだ——のを初めて目にした。私は、食べ物や飲み物と同じように彼との交渉を味わっている。リリーは相変わらずで、具合の悪いことは何も起こりそうにない。私たちのすることはすべて適切であり、言うことすべてに意味があり、見るものすべてが忘れがたい。 エリック・ホッファー『波止場日記 —— 労働と思索』(p.31,32)

私たちのすることはすべて適切であり、言うことすべてに意味があり、見るものすべてが忘れがたい。すごい。すごいフレーズに出会った。

朝、早めに店に行ってスープとパンの朝ごはんを食べ、コーヒーを飲み、それから取材を受けた。上手にしゃべることはまるでできず、いいのかなこんな感じでと思うが、上手にしゃべれたら嘘になるようなこともいろいろとある気がするのでこれでいいような気もした。

トンプソンさんがパンの試作を作って持ってきてくれた。昨日、僕がパン、パン、と言っているのを聞いていたらいろいろ作りたくなって帰りに富澤商店に寄って強力粉を買って作ってみたとのことで、なんとまあ、という、なんとまあ頼もしい、ありがたい、と思う。
春よ恋という強力粉で普通にこねて作ったもの、やわらかくこねて作ったもの、それからスーパーキングという強力粉のもの、という3つのバージョンだった、質感は春よ恋のやわらかバージョンが、粉の味はスーパーキングのやつが僕は好きだった。パンを作るのに必要な材料を教わって富澤商店のオンラインショップで注文した。ペストリーボードであるとかイーストであるとか。強力粉はキタノカオリとテリア特号を1kgずつ選んだ。テリア特号というのが名前がとにかくよかった。ストウブが届いた。ストウブを買った以上、スープは継続的に作らないといけないというか、作るということだった。

夜、とてもとても久しぶりにワタワタと忙しい様子になった。とてもとても久しぶりだった。うれしかった。日々このくらい働きたい、と思った。それで仕込みであるとかがいろいろと詰まって、閉店後もピクルスを作ったりハムを作ったり氷を砕いたり、いろいろすることになった。昨日も聞いていたYOUNG-Gの『PAN ASIA VOL.1 : UNKNOWN WORLD OF ASIAN RAP』というアルバムを流しながらやっていた。アジアンのラップだった。かっこいい。

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