fuzkue(フヅクエ) - 一人の時間をゆっくり過ごしていただくための静かな店

読書日記(49)

Entry diary49

9月2日

雨が降って歩こうかと思ったら大体やんで自転車で来て少ししたらすっかり晴れて、それでも涼しかった。昨日の夜は涼しさではなく寒さだった。季節が移ろっていく。少しずつ、というよりはガクン、といういびつな感じに移ろっていく。半袖の次に何を着たらいいのか。セーターだろうか。さすがに早いか。早い。
あとひと月で読書日記を始めて丸一年になる。続いたなとも思うし、続くよなとも思うし、開店の一番最初からやっていたかったな、とも思う。後悔したところで取り返しはつかない。

お客さんの入りは悪いというわけではないしQSには届きそうな感じだったが体感としてすごくすごく静かだった。光の具合が違ったせいかもしれない。秋っぽい白っぽい明るさが室内を満たしていて、それが雪の日のような静けさを作り出したのかもしれない。
それで、動きとしても静かで、なので本を読もうと『寝相』の三編目、「楽器」を読むことにして開き、少し読んで、コーヒーを飲みながら読もうと淹れた。4時くらいだったろうか。そこから一気に動き出した感じがあって忙しい土曜日になった。けっきょくコーヒーを飲み終えることはなかったしそれから座ることもほとんどなかった。11時半前に全員帰られたのでC.O.S.AとKid Fresinoの『Somewhere』を大きな音で掛けながら明日の準備を猛烈な勢いでおこなった。アストリアで目を覚ました俺は仲間以外に回す愛は持ち合わせないし勤勉でできるかぎり善良で気遣いのある人にだけ踊ってもらうために音楽を鳴らしている。
食べるものがなかったのでラーメンを食べることにしてラーメン屋に入って大ライスとラーメンを頼んだ、味は濃い目にしてもらった、音楽が掛かっていた、一昔前のJPOPで、二曲目でブリリアントグリーンの曲が流れていてそれはカバーだった。細い高い女の声が少しテンポの速くなった演奏の上で歌っていてこんなのは誰も幸せにしないんじゃないか、と思いながら聞いていた。このカバーにまつわるすべての会議が薄ら寒いものだろうなと思いながら聞いていた。それでラーメンがうまかったので満腹になったのでゼアウィーーービーラブゼアーゼーウィービーラゼー愛する〜、と鼻歌を歌いながら帰った。とても名曲だった。

寝る前は『富士日記』。

9月3日

朝、自分の笑い声に目を覚ました。昨日は何かを叫ぶ声で目を覚ました。それは何も悪夢とかを伴わない、ただの怯えた叫び声で、出ていた声と自分の感情とのギャップが鮮やかだった。今朝も夢を見ていたわけではなかったが笑っていた。それを引きずったのか朝から愉快な心地で、いつもよりいくらか早く出てたくさんしなければいけない仕込みを一気にやっていった。穏やかな、ほとんど幸せな気持ちだった。疲れが溜まっているのかもしれない。

今日はギリギリQSは達成したものの後を継いだ投手たちが軒並み失点を重ね、最終的には試合は負けた。つまり暇な日曜日になった。夕方から「楽器」を読んでいた。これはこのまま読み終えてしまうなと思ったが、9時くらいから他にやることを思いついたためそれ以降は本を開かなかった。「楽器」も面白く、面白い気分で読んでいた。しかし本を手放してからは気持ちはどんどん何か悄然としたものになっていった。お先真っ暗、という気分だった。

9月4日

昨日までの光はどこか乳白色めいていたというか黄色が入っていたと雨が少し降ったり基本的にはどんよりと曇っている今日思って、やはりさんさんと明るい方が静けさがぐっと強まるように思った。
14時過ぎまで営業しつつ一所懸命仕込みをおこなったところ今日やるべきことはほとんど片付いたため残りの10時間はひたすら本を読んでいればいい、ということになって、それはそれでどうなんだろうと思った。どうなんだろうと思ったところで本は読むので「楽器」を読んだ、昨日営業後にもう終わるかなと思いながら読んでいて、終わらなかったのでキリのいいというか章が変わるところで閉じて持ち越したのだった。キリなんて、章が区切られていなかったらまったくないような小説で、本当だったらじんわりじんわりとたゆたうようにというか頭でリズムを取りながらというかリズムにならない音の運動に合わせて体を動かしながら、終わるまで読んだ方がいい、そういう小説ではあった、途中で閉じてしまうのは音楽を曲の途中でポーズして翌日そこから聞く、そういうことだった、そういう小説だった。

きよ子の作家活動はほぼ休止状態に入った。しかしそれはきよ子以外の人にとってはもちろん、きよ子自身にとっても問題はなかった。というのも、目さえ開いておけば、常に誰かの絵画が現れる状態にいつからかなり、次第に目を閉じている時でさえ絵が見えるようになりはじめていた。きよ子にとっては、視覚的に思い出されるものが絵であり、実際に目の前にあるものはどんなに平面的であってもそれは彫刻だった。その状態が恒常化してからは、自分が作品をつくって他の人に見せようという気は起きず、さらに言えば、自分の視界に次々とこれまでに観た絵や、もしかしたら観ていない絵までもが現れているその状態、目を開いて何かを見るという自分の行為をこそ、自分の作品と呼びたかった。 滝口悠生『寝相』(p.205,206)

肌寒い。エアコンをどういう調子にしていればいいのかわからない。出る飲み物も飲みたくなる飲み物もホットで、だから店に到着した直後と、『寝相』を終えるぞとなったとき、金井美恵子を始めるぞとなったときの三回、今日は自分の分のコーヒーを淹れた。とてもとてもとても暇。
なんでだか「とてもとてもとても」と打っていたら「Très très très」と頭のなかで言っていて、たぶん金井美恵子を読んでいてフランス人の俳優の話なんか、出たっけか。

「小説家の「幸福」」というタイトルの原稿依頼の手紙をいただいた時、私はたまたま谷崎潤一郎の『瘋癲老人日記』の一部を、連載中の小説に引用したくなり、記憶しているものと原文が一致しているかどうか出典にあたるべく、昭和四十九年に上梓された中央公論社豪華普及版(と、なんとなく形容矛盾という感じもする)谷崎全集十九巻を読んでいた最中で、この小説の冒頭部分には、主人公の老人が新宿の第一劇場へハイヤーで歌舞伎見物に行くのだが、折しも、六〇年の反安保運動が昂ぶりを見せていた最中、デモ隊とぶつかるのは避けられないために、早目に家を出る必要があると運転手に言われ、しかたなく、そうするということが書かれている。 金井美恵子『カストロの尻』(p.9)

という一文から始まるのが金井美恵子の『カストロの尻』でこれは「「この人を見よ」あるいは、ボヴァリー夫人も私だ/破船」という章なのか一編なのかで、エピグラフにはプルーストの『サント=ブーヴに反論する』の言葉が引かれているというかそのあとも途中で挿入されるこういうものはエピグラフという呼び方でいいのか。それでだからフランス語が僕の口から漏れたとしても不思議ではなくて、とてもとてもとてもと言った以上は暇とも言いたくなったのでグーグル翻訳に「暇」と入れると「Temps libre」と出てきて、フランス語は暇なんていう簡単な言葉を言うのに二つも単語が必要なのか、と思って違うんじゃないかと思って、ところでこれを入れ替えると「フリータイム」と訳された。自由の時間。次に「とても暇」で打つと「Très occupé」となって、これを入れ替えると「非常に忙しい」となった。これは不思議なことだった。「非常に暇」は「Extrêmement tranquille」で、入れ替えると「非常に静かな」となり、それをさらに入れ替えると「Très calme」、ここで安定した。
それでだから非常に暇で非常に静かで、このあと後藤明生のことがたびたび書かれるというか『この人を見よ』というのが遺作だそうで、それから武田泰淳の名前がちらっと出てきたし、なんという言葉によってだったか忘れたが滝口悠生というか『寝相』と響き合う何かが一瞬あった、すべての読書は響き合う。というのは言い過ぎにしてもそういうところでというか僕は何か書物が扱われるというか引用されたり登場人物が本を読んでいたりというそういうものにとても気持ちが躍るから喜びながら読んでいて、途中から話というか言われていることが頭に入ってこなくなった、像を結ばなくなった、眠かった。

営業後、ウイスキーをなんとなく飲んでいたらインターネットを見ていたら知ってDOMMUNEを見たらすごかった。凄かった。

9月5日

ひきちゃんと歓談したのちパドラーズコーヒーに行ってフヅクエで働きたいと申し出てくだすった方と会ってお話をする。気持ちのいい方かつフヅクエへの共感度および理解度が高い方で話していて気持ちがよかったのでよかった。終わって別れ、昨日からガパオが食べたかったので近くのタイ料理屋さんに行ってガパオ等を食べたらおいしかったのでよかった。終わって、皮膚科に行って薬を処方してもらったらすぐに終わったのでよかった。休会していたフィットネスクラブに行き退会の手続きをしたらすぐに終わったのでよかった。病院に行って先週の健康診断結果をもらったら健康ですねと言われたのでよかった。
渋谷に向かう途中で自転車に乗っているとタクシーを呼び止めようとする人が手をあげていてその横を通り過ぎるときいつもそうしたくなるようにハイタッチをしたくなった。暑くなく、自転車が気持ちよかった。酒屋に寄ってジンを買う。本坊酒造のやつで、おそらく去年とかにプロトタイプを立て続けに出していたやつが結実したものなのだろうやつを買った。それで喫茶店に入った。アイスコーヒーを頼んで金井美恵子を読むことにした。引き続きずーっと目が滑っていく。たぶん僕は金井美恵子の括弧書きを乗りこなせないというか金井美恵子の括弧書きで踊れない、脆い、今にも崩れそうなできかけの像をそっと手に乗せて運ぼうとするが括弧書きにぶつかって全部落としてしまう、そういう感じになっている気がする。ずっと何がなんだかわからないまま読む本を片手で持って澄ました顔をしているのが途中から滑稽だった。
喫茶店は人気だった。喫茶店の人は無気力そうだった。力感なくすいすいと粋に流れるように動いているというよりも、ただ動きや表情や発語に生気がない、というだけに見えた。店は、簡単に死ぬ。本に目を戻してページをめくると「シテール島へ、」という章の最初に見開きで出てきたコラージュ作品がかっこうよくて、岡上淑子というコラージュ作家の作品が各章ごとに一つ出てきているから、これもそうなのだろう、そう思って本の後ろの出典みたいなものが書いてあるコーナーを見に行ったらこのページについては何も書かれていなかった。金井美恵子の手によるものなのだろうか。それからその次のページをめくると「使用紙銘柄」というのが書かれていて、「本分/オペラクリアマックス 四六Y 五八kg」とか「カバー/NTラシャ(濃赤) 四六Y 一〇〇kg」とかある、それが楽しい。6種類の紙が使われているとのこと。

外に出るとゆっくりと空が暗くなっていく途中の時間で仕事を終えた人たちが大勢歩いていた。彼らは飲みに行ったか。それとも帰ったか。僕はヒューマントラストシネマ渋谷に入り、まだ三十分くらいあった、発券後エスカレーターでひとつくだったところにある待ち合いのソファで待ちながら『カストロの尻』を眺めながら、映画のあと餃子屋さんに行って夕飯と飲酒と読書の時間にしたい、しかしこんなに目を滑らせ続けている金井美恵子を読むというのはなんというか楽しみに待つ予定にならない、今晩は違う本がいい、しかし映画が終わったら9時、もう丸善ジュンク堂はやっていない、どうしたものか。Hmm。と、そのとき、そうだ、帰路にはSPBSがあった!という素晴らしい気付きを得た。これで万事が解決だった。映画が終わったら、SPBSに寄って、何かお酒の傍らで気分よく読めるような、軽いエッセイであるとか、そういうものを買って、それで餃子屋さんに行こう。そう思ったら夜が一気に華やかな、がぜん楽しみなものになった。それで時間になったので『パターソン』が始まった。

ジム・ジャームッシュの映画をこれまで、面白いであるとかかっこいいであるとかを感じたことは何度もあったとは思うのだけど、本当に好き、という作品はひとつもなかったんじゃないか。心のベストテンに入るようなそういうものはなかった。だから『パターソン』は初めて僕がジャームッシュの作品で本当に好きと思う作品となったということで、見ているあいだとても幸福だった。
ノートに綴られていく詩の言葉が、書くリズムで発声されていく、その声。同じテンポで白い字が画面に置かれていく、乗っているのが自身が運転するバスであってもパターソンの移動のテンポは歩行のそれとほとんど変わらないように見える、時間や景色や会話や記憶が溶けて混ざり合って詩になっていく、夫は目を覚ますと妻の肩や額に唇を当てる、歩く先々でパターソンは詩人と出会う、コインランドリーラッパー、シークレットブックを持ち歩く少女、スーツ姿の日本人、言葉数の多くはないパターソンはただ寡黙な男であるわけではなく必要な言葉であるならば十分に確かに他者に与えようとする、静かで熱のある社交性みたいなものを備えている、この映画には一人として悪い人が出てこない、みな、できるかぎり善良で気遣いを持とうとする人たちだ、それが見ていて本当に心地がいい。
何も起きないで、そう思いながら僕は彼らの日々が過ぎていくのを眺めていた。
エンドロールの最後に「In Memory of Nellie」とあった。マーヴィンは最高だった。
本当にこれはなんというか素晴らしい美しい映画だった。

とてもうれしい心地で映画館を出て、外は肌寒さがあった。どんどん、どんどん、寒くなっていくのだろう。とてもそれはすごいことだ。自転車を取るとスクランブル交差点を抜けて東急百貨店の横を通って神山町のほうへ進んだ、次第に人の数が減っていく、SPBSに入った。仕事が終わったあとであるとかに、家に帰る前であるとかに、本屋に立ち寄り、なにか一冊を探している人たち。その人たちのなかにいたら心地がよい、うれしい。それぞれがそれぞれのやり方で幸せにあるいは大丈夫に暮らしていけたらいい。
簡単なエッセイ、楽しいエッセイ、そんなものが読みたいような気がしながらウロウロとしていたら、一冊の本が目に入った、『ウォークス 歩くことの精神史』という左右社から出ている本だった、どこかで何かのときにこの本のことを見かけたことはあった気がしたが実物を見たのはたぶん初めてだった、それは500ページ近くありそうな分厚い本で、値段は4500円だった。その本が気になってしかたがない。たぶん、映画の歩行のようなリズムと、それから『オープン・シティ』、『10:04』と続けて読んだというかたぶん『10:04』を初めて読んだ冬以来ずっとある遊歩への興味というか親しみのようなもの、それからこの夜は帰ってから散歩に出ようとしていたこと、そういういくつかのことが絡み合って歩くことの精神史を歩くような速度で読みたいということはたしかに思った。が、今晩ほしいのはにぎやかな場所で餃子を食べながらビールを飲みながら、片手でなんだかペラペラと読むような、その夜のうちに1/3くらいは読んじゃうような、つまりその本に関わる時間の1/3くらいは今晩餃子屋でのものになるような、そういうものだった。『ウォークス』はまったくそういうものではなかった、それに、僕は本の値段は4,000円を越えると怯むようになっている、3,000円台までは外国文学というものが好きである以上はなんとなくそういうものだと思っていて抵抗がないが4,000円を越えるとジャッジメントというかよく考えたほうがいいというか、よほど読みたいものではないと怖いようなそういう怯みがある。そんな、ぽっと出の本に4,500円、消費税を入れたらほとんど5,000円だ、5,000円も払っていいものなのか、そのあとぐるぐると他の本をパラパラしながらうろついていたときに考えていたのはそれら持った本の可能性というよりは「ウォークスにしてもいいですか?」というそれだけのような気がした。買った。
ところでいくらうろうろしてみても思考が『ウォークス』に釘付けになって他のものにまるでいかなかったのはもしかしたらずっと流れていたクラムボンの曲のせいというか日本語の歌のせいのような気もした。読もうとしても読む意識を遮られるところがある。その結果5,000円くらいの本が買われたのだから悪いことではないのかもしれないが、普段、本屋で日本語の歌は流れてはいなかったのだな、ということが流れていることで初めて知れた気がした。

それで餃子屋に着くとまさかのウェイティングの紙がアクティブという状態であり、俺はこの店で待つのかーwと思いながら待ったら10分も掛からずに入れたのでよかった、カウンターの隣の中年男女の男はきっと博識であったりするような感じなのだがずいぶんと偉そうな話し方をする人で「あなたにはまだ理解できないかもしれないけどさ」であったり相手の言葉を遮って強い、ほとんど苛立ちに近い口調で相手の言葉を潰すように畳み掛けたり、そういう話し方をする人だった。女の人はめげるでもなくカラカラとそれに返していたから、そういう調子が普通の長い付き合いなのかもしれない。僕はビールと焼き餃子と鶏皮の何かと人参の何かとご飯と、それからビールと焼き餃子と豚ミミ、それらをグビグビやパクパクしながら『ウォークス』を読んだ。

歩行のリズムは思考のリズムのようなものを産む。風景を通過するにつれ連なってゆく思惟の移ろいを歩行は反響させ、その移ろいを促してゆく。内面と外界の旅路の間にひとつの奇妙な共鳴が生まれる。そんなとき、精神もまた風景に似ているということ、歩くのはそれを渡ってゆく方途のひとつだということをわたしたちは知らされる。新しい考えもずっとそこにあった風景の一部で、考えることは何かをつくることではなく、むしろ空間を旅することなのだと。 レベッカ・ソルニット『ウォークス 歩くことの精神史 』 (p.14)

500ページもあれば重い本であり、肘をついた左手で掲げるように持っていると手が疲れていくようなところがあったので置いたり、また持ったりしていた。
ビール2杯でなんだか酔っ払った僕は店を出て遊歩していた。路地を歩いて存外に特別裕福層というわけでもない家屋のコンクリート塀から百日紅が桃色のすきまのある花を咲かせている様子を見たり、空に突き出た銭湯の煙突の青とピンクのネオンが隣の建物の壁で紫色に混じっている様子を眺めたり、それから坂を上がったり下ったりしていると高級そうな住宅がひしめくエリアを通り、異様な高い石塀とその奥の木々、建物はどこにあるのかという巨大な邸宅を笑って、坂を上がりきると雨が降り始めた。大通りにぶつかって折れ、緑道の公園では頭上の桜の木の葉が傘の代わりになって、そこを抜けるころには雨は小降りになった。坂を下った。取り壊される前の、誰も住んでいないはずのアパートの前を歩くとその暗い部屋の窓の内側に動く気配があった。それからまた上がり、中の覗けない工事中の敷地の真ん中では途方もなく重いであろうものを吊った重機が夜の景色を静かに彩るというか夜の色をまとって止まっていた。すべり止めのぽつぽつのある急坂を下ったらもう眠くなっていた。

9月6日

まだ転んでいないこととして歩くことがはじまり、と幼児の歩行について書かれていた。まだ転んでいないこととして。なんだか随所にパンチライン。「パンチライン」と打つのに5回も6回も変換し直した。どうしても「ぱんちら」か「ぱんちらい」くらいのところでタブを押してしまって、半端な変換になって全部デリートして(なんでか、「らいん」は「LINE」のままにしておきたい、「ライン」と覚えさせたくないという気が起きた)、また間違える、それを繰り返した。なぜなのか。

開店前の時間に入れていた予定はなくなって仕込みをしながらコーヒーをたくさん飲んでいた。それが午前中のことで、それから営業し、何をやっていたのだろうか、昨日は悲惨な一日だったみたいで伝票を見ると3人の方しか来られなかった。今日はそこまで惨めなことにはならなかったが暇な日ではあった。だから『ウォークス』を引き続き、時間が空いたら読んでいた。今はふわふわした気分でいる。暇であれなんであれ、生きていれば疲れるは疲れる。
フアン・ガブリエル・バスケスの『密告者』が9月23日に出る、ということを昨日検索してみたら知った。出る出ると聞いて7月くらいからツイッターで検索していたが8月になった、9月になった、新しい情報は見当たらなかった、ツイッターはそのままだったがAmazonで検索したら9月23日予定で出ていた。5,000円くらいして、それでとても長いのだと知った。ページ数は見ていない。なんでだか、待ったせいかとても楽しみになっている。9月23日。

夜は『富士日記』。

四時半に帰り支度をする。あじの干物といかの生干しを買った。天城を越えるところは真暗だった。遠くの下の方に、町の灯りが散らばっている。プラネタリウムに入ったように星が満天に全部出ている。走っているのは私の車だけだ。空と海と山と平地の色は真暗闇の同じ色で、町の灯りは星とつながってしまっている。すすきばかりの高原を走りに走り続けていると、そのまま空に上っていってしまいそうな頼りない具合になってくる。ガソリンスタンドもドライブインもぴったりと閉って灯りを消している。仙石へ下るまで一台の車にも会わない。有料道路のゲートも人がいないところがあった。ときどき兎や、兎よりもっと大きな、タヌキかキツネのようなものの影が道を横切る。あれ、私は何でこんなところを一所懸命走っているのだろうと夢からさめたように思う。
九時、山に戻る。灯りという灯りを全部つけた、谷底に浮かんだ盆灯籠のような家に向って、私は庭を駆け下りる。むろあじを焼いて冷たい御飯を食べた。主人は生干しのいかを焼いて、それだけ食べた。食べながら、今日見てきたことや、あったことをしゃべくった。帰って来る家があって嬉しい。その家の中に、話をきいてくれる男がいて嬉しい。 武田百合子『富士日記(下)』(p.125,126)

なんというかここは文章の緊密さというかテンションがすごいなと思った。それで気分よく眠ろうと思ったら左腕がモヤモヤしてうまく寝つけない。寝つけないでいるとだんだん鼻が詰まったような気になって呼吸をがんばってしていた。うっすらと意識を持ちながら寝たり起きたりを繰り返していたら朝になった。途中で怒った声と「メロンパン」という声が自分の口から発せられたのを聞いて起きたがあれは本当に自分の声だったのか。

9月7日

左肩が重い。健康診断結果の数値をExcelに入力した。すると基準値から外れている赤血球数とMCHの値は過去からほとんど変わりなく同じあたりで基準値から外れていることがわかり、また、気になる点がひとつあった。それはASTとALTで、過去3年17,20,17だったASTが24に。15,13,14だったALTが20になっている。ASTは10〜40が、ALTは5〜45が基準値なのでまったく基準値内ではあるが、変化といって差し支えはないようなものではあった。肝臓系の何からしい。肝臓。気をつけないと、と思ったのでデータとして取っておくと便利だなと愉快になった。

極めて暇で4時まで誰一人として来られなかったのでオムレツのサンドイッチを作って食べてコーヒーを淹れて『ウォークス』を読んでいた、すると4時を過ぎて二人続けて来られたのでうれしかった。そのすぐあとに、話し声をあげながら入ってくる女二人があり、「そこにも書いてあるんですけどおしゃべりできない店なので」と言って退かせた、するとまた入ってきて「ご飯食べるだけはいいですか、ご飯ありますか、しゃべらなければいいんですよね」と言ってきて、もし他に誰もいないときであれば入らせてメニュー読ませて判断させてもよかったのかもしれないけれども他におられる状態で、はっきりと「自分たちはこの場所に興味はない者だ、当然、ここで過ごしている人たちの過ごし方に共感も何もしない者だ」と宣言するような話し方をする人たちを中に入れていいわけがなかった、だからそのときに僕が答えるべき答えは「ご飯はないです」だったのだが、「あ、ええと、大丈夫なんですけど、えーと」となったあとに「そこの横のやつは読まれました?」「え、読んでないです」「読んでから入るかどうか考えたほうがいいと思います」と言った、扉が閉まる前に何かあきれのようなトーンで「やめよっか」と聞こえ、なんだか毎週こういうことを書いている気がするが、こういうことでなんとなくいちいち傷つく。
なんというか自分が価値があると思って「これぞ」と思って提供していることを目の前で「そんなものはどうでもいいんです」と言われているような感じがある。可視化される必要のない他者の無関心が可視化されるような感じがあり、いや違うか、人が階段を上がってきて入ってこようとするとき、そこには常に「幸福なマッチングの可能性」というのが宙づりになって存在していて、そのもっともうれしいイベントの可能性が「実は無興味無関心者でした」という鈍器で目の前で粉砕されるような感じかもしれない。単純に、上げて下げられるというだけの話だった。こういうときは毎回萎える。毎回傷ついて、毎回萎えたらいいとも思う。なにも感じなくなる方がいけないことのような気もする。ともあれこの店においてマッチングの精度を上げるというか、あるいは無関心を可視化させないであるとか、そういうことは日々考えられている気がする。前者においては双方の幸福を願っており、後者においてはお客さんおよび僕たち働く者の心の平安を願っている、無関心でも別にいい、他の人にそのバッドでダルなヴァイブスを見せなければいい、退屈な時間を勝手に過ごして金を置いていけばいい。

パターソンからニューヨークの中心部までは車で30分ほどで着く。歩くと7時間ほどだ。
『ウォークス』を読んでいると歩行の歴史というか文化としての歩行の歴史みたいなものが今はたぶん語られていてそれは1,700年代に、詩人のワーズワースのめっちゃ徒歩旅行、で花開いた、というのがよく言われていたことだけれどもその前段階があった、それは庭だ、人はまず自然を模し、それからその外に自然を見出した、という話で、何でだったか庭を自然っぽくしたがる貴族みたいな人たちが出てきてどんどんめっちゃ広大で自然みたいになっていき、その果てに、はて、これは作るのではなく本当の自然のなかに見出せばいいのでは、ということになって敷地の外に出ていくようになった。それまでは歩いてどこかに行くというのはなかなか野蛮なことであり、賊もいるし道路も整備なんてされていないし、ということだったそうで、旅行の馬車での道中とかも、道中は余計なものであり目的はあくまで目的地にあった。それが道中の見渡す景色それ自体が目的にもなるような、そういう方法と美意識が作られていった。最初のころはいかに景色を見るかの指南書、景色をどう読んだら優雅かの指南書みたいなものまであった。嗜みだった。そういうことが書かれていた気がした。

当時の小説には歩くことが動詞ではなく名詞として頻出することも指摘に値する。(...)
これらは歩くことを「歌」や「食事」のような、ひとまとまりの意味を備えた振舞いとして表現している。すなわち歩きに出かけることは単に両脚を交互に動かすということではなく、長すぎも短すぎもしない、ある程度の継続する歩行を意味し、心地良い環境に身をおき、健康や楽しみ以外に余計な生産性のない行為に勤しむということを表現している。こうした言葉づかいには、日常的な振舞いを純化し洗練することへの意識を読み取ることができる。人はいつでも歩いていたが、その型式に常にこうした意味を託していたわけではなかった。そして、その意味はさらに拡張されてゆく。 レベッカ・ソルニット『ウォークス 歩くことの精神史 』(p.166,167)

名詞としての歩行。それを読んで思い出したのは『10:04』で、主人公とアレックスの散歩も最初、名詞として語られていた。

(...)and we began our walks——walks through Prospect Park as light died in the lindens; walks from our neighborhood of Boerum Hill to Sunset Park, where we would watch the soft-singed kites at magic hour; nocturnal walks along the promenade with the looming intensities of Manhattan glittering across dark water. Six years of these walks on a warming planet, although walking wasn't all we did, (...) Ben Lerner『10:04』(p.7)

僕はこのあたりのくだりをとっても好いた。私たちは私たちの散歩を始めた。
地図を見ていたらパターソンのぐるりを流れるパセーイク川のすぐ近くにプロスペクト・パークがあった。ニュージャージー州。もしかしたらプロスペクト・パークというのは一般名詞に近いような名前なのだろうか。自然公園、くらいの。prospectというのは将来とか見通しとか見晴らしとか景色という意味があるのか。眺望公園。

9月8日

「今日のダーリン」を読んだら「「わたしは、こういうのが好きだ」と、人に言えるようなやり方で、勝ちたいものだよねぇ。」とあり、とてもそうだなと思った。それから「「そういうのが好きか?」は、とても大事なことだ。勝つことが目的だったとしても、とても嫌いなやり方で勝つというのは、その試合に勝てたとしても、うれしいことなのだろうか。」ともあり、とてもそうだなと思った。というか、そうじゃないと僕はできないなと思う。

開店前に両親が来て梨と礼服と『考える人』数冊を置いていった。厨房の区画の中は冷蔵庫のファンの音であるとかで意外に音が通ってこないもので、何をしゃべっているのかよく聞き取れないまま相槌を打ったりしていた。

○母の話
家のリフォームに伴って大掃除をしていたらたくさんの古い瓶が出てきた。家を建てた24年前に漬けられた梅酒や、はちみつや、塩で溶けきった梅干しや、何がなんだかわからないもの、そういう瓶が30本くらい出てきた。捨てるために縁側の下のところに置いておいたら植木屋さんが「持って帰ってもいいか」というから差し上げた。全部持っていってくれるということで全部あげた。持って帰って開けてみたところ梅干しやはちみつはおいしかったとのこと。梅干しは毎日食べるとのこと。お礼にビールをケースで買って持っていった。植木屋さんはガレージにそういったものをたくさん貯めこんでいるらしく、家のすぐ前がゴミの集積所だからダメだったらダメですぐに捨てられる。

暇だったので夕方、お腹が減ったので店の入口に「5分で戻ります」と貼り紙をして鍵をして、コンビニに走って、いや歩いて、6枚切りのパンを買った。それをマヨネーズとベーコンとチーズでトーストして食べることを二度おこなった。コーヒーを飲みながら今日も『ウォークス』を読んでいた。楽しいらしくずいぶん勢いよく読んでいる。6時過ぎくらいから忙しくなり、夜は忙しい夜になったので万歳を三唱した。慌ただしくパタパタとオーダーをこなしたり洗い物を進めたりしながら、おおかた埋まった席の静かな、本を読む人たちの集合としてのこの空間に流れる時間を、すごく美しいものに感じた。この店は美しい。そう思ってから「人生は美しい」と、あれはアンゲロプロスの『永遠と一日』のセリフだった、それを思い出していた、青灰色の明け方に、たしかつぶやかれた。
閉店し、ショートブレッドを焼き、それから冷凍庫で作っていた氷を砕いた。氷はこれまで36時間かかっていたからこの時間でよかったはずなのだが、思った以上に凍ってしまって膨張していて危ない。またすぐに氷を作っているケースが割れてしまうかもしれない。

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