fuzkue(フヅクエ) - 一人の時間をゆっくり過ごしていただくための静かな店

フヅクエ、パソコンわりと使えなくなるってよ

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フヅクエご乱心〜〜〜〜〜といったところですが、これはわりとご乱心案件だろうという感じですが、ともあれ、こうなります。

下記ができなくなります。
・ハードウェアキーボードの持続的なタイピング
・静音マウス以外のマウスのご使用
・連続的なクリック
(なお、持続的なタイピングについてはたまにであれば大丈夫です。たまにというのはご滞在中5分10分程度、「あ、あのメール返しとかなきゃ」のようなものを指します。なお、それ以上の時間しばらくガッツリ打ちたいぞ、というときは外の階段あたりでのご使用をお願いします。これはこれで青空パソコン感が微妙にあってよかったりもするのではないかと思ったりも)

パソコンが使えない、ではなく、これらの項目についてはご遠慮いただく、ということにご留意ください。パソコン憎し、目の敵、親の仇、みたいな感じでパソコンをこの店の机から排除したいわけではいささかもない、ということです。
その上で、で、そうなると、どうなる。書きもの、プログラミング、持続的なタイピングを要する資料等の作成、みたいな過ごし方はできなくなる、という感じです。じゃあパソコンと一緒にはどういう過ごし方ができるのってなると閲覧(検索とかは大丈夫です)と言葉を打つ機会があまりない資料等の作成とかそういう感じでしょうか。結果として実質的にはわりと使えなくなる、というところです。

まず言わないといけないのはこれまでフヅクエにてパソコンを用いて書きものであるとかお仕事であるとかをされてきてこれからも来てくださるおつもりだった方、ごめんなさい、ということで、ごめんなさい、それわりとできなくしちゃいました。
これを読んでくださっているような方々は僕が「こういう方々がいる以上は禁止みたいなことにはしたくないんだよなー」と思っていた方々である確率が高いように思われ、だからこそ心苦しい決定だし、ごめんなさい、というところなんですけど、よかったらこれからは何か違う用途で来てくださればうれしいです。

で、いったいなんでなの、という敬意、あ間違えた、経緯みたいなのが以下。

フヅクエは、もちろん読書のための最高の環境を提供しようとしている店であるわけなんだけど、じゃあ読書以外はごめんなさいね、ということをしているわけでは当然ない。それは僕は気持ちが悪いと思っていて、気持ち悪いし窮屈だとも思っていて。追究すべきなのはひたすら「読書ができる環境」を作り維持することであり、それは「読書しか受け付けない場所」ではない。それに、読書をしにきた人だって読み疲れたり読み飽きたりしてちょっと他のことをしたくなったりとか、あるわけだから、そのときに、「いやーごめんなさいねーうちは読書以外はしてもらったらちょっと困るんでね」みたいなのは僕は無理。ちょっと頑迷すぎて何言ってるんだかわからない、と感じる。
総じて、静かに過ごす方の快適な時間を損なわないもの、気持ちよく共存できるものは何も排除したくないと思っている。(そういう点で「おしゃべり」は気持ちよく共存することが不可能だと思っているからダメになっている)

だからもちろん手紙や日記を書いたりだって歓迎だしスマホやタブレットで何かを見ているのだって勉強するのだってそうだ。パソコンもそれと変わらない。というか、「パソコンは禁止にしちゃってもいいのでは」という声をいただいたこともあったけれども、僕にはパソコンを禁止にしていい理由がわからなかった。「え、なんで?ブログ書くのはダメで紙に日記書くのはオッケーってどういう理路で?それはどう違う行為なの?」とか、「え、電子機器ゆえに的な?じゃあタブレットは?もっといえばスマホは?それからKindleはどうなるの?え、じゃあスマホでKindleアプリで読むのは?パソコンでKindleアプリだってありうるでしょ?」とか、そういうことを言い出すときりがないし、パソコンはダメみたいなのは素朴すぎると僕は思っていて。

そんなわけだからパソコンのご使用についてもずっと開かれていたわけだけど、野放しでそうしてきたわけではなかった。気持ちよく共存できる場合に限っては大丈夫であり、静かに過ごしている人にとって脅威となりうるものについては必要に応じて制限を加えていく、なぜならそれは必要なことだから、という態度だった。それはパソコンに限った話ではなくて勉強であれなんであれそうだった。
それは具体的にはwebの「すごしかた」のページで書かれていた「強いエンターキーの打鍵とか響く音についてはお声がけすることがあるし人によってはパソコン使うには窮屈かもしれませんよ〜」というような文言であるとか、メニューの説明書きでのあれやこれやで明示していた。
なお冒頭で三つ「今回できなくなること」として書いたが、正確には今回変わったのはタイピングに関することだけで、マウスの使用やタッチパッド上での頻繁なクリックについてはすでにご遠慮項目として書いていた。(すでに、といっても半月前くらいから。「頻度が高いとマウス同様に意識をトントンと叩いてくるところがあります。環境設定等からタップでクリックするように変更できるはずですのでご変更ください」みたいなことを書いていた。環境設定を指し図する店wwwという)
そういうあれこれはこの場所の環境の維持というか、静かに過ごす方の体験の質を毀損しないためにはとても大事なことで、だから「これはちょっと響くかもな〜」と思ったときは手をペラペラやりながら近寄っていって「ちょっとそれ響くかもです」とか下に向けた指10本をピラピラやりながらできるだけチャーミングな感じに言う・親指と人差指を丸めて片目薄めて「ちょっと」を表現する、とか、そういうことをしてきたわけだった。(「なにこれメニュー?知らね。コーヒー。はい仕事仕事」みたいな人には極めて愛想のない注意の仕方をしたりもしていたが)

そういうことによってだいたいこの店の秩序は維持されていたんじゃないかと思うし、実際、よく来てくださるお客さんにお聞きしてみたときも「これは気になりそうかなというときはだいたい言いに行ってくれていたので」みたいなことを言ってくださった方もいた。なのでいい調子に機能していたはずだった。
じゃあなんでこうすることにしたのか。
といえば、ご乱心ということなんですけど、心を乱すのにもう疲れちゃった、というのが一番で。 音もなく、あるいはなめらかな音色を奏でるように、あるいは「お、これは?」となったとしても一度お伝えして以降はまったく静かに、平和に穏やかにタイピングしてくださる方がいくらでもいらっしゃる以上、禁止みたいなことはしたくない、と思ってここまでやってきたわけなんですが、頭を悩ますことや気をもむことにもう疲れ切っちゃった、というところで。

先ほども書いたように、読書も仕事も勉強も書きものも編み物も考え事もお絵かきもなにもかも、「居合わせた他の人の快適さを損ねるようなことはしない」という最低限の敬意を持ち合って気持ちよく共存できるならそれで全然よくて、だから誰もが気持ちのいい状態を維持したくて、誰もがというのはパソコンを使っている方も当然含む話で、だから、不必要な注意はしたくなくて、パソコンを使っている人もそうでない人も気持ちがいい状態であるならばそれはそのままでいいわけで、響くかなこれはという場合にだけそれを抑えたいのであって、そうしようとしてきたわけだけど、心は、つまり、こう乱れた。
「んーこれは響くかなー微妙なところだよなーいやーどうかなーあーでも今のチャッとか響く系だよなーいやーでもたまーにチャッくらいだったら大丈夫かなーそれ以外は問題なさそうだよなーエンターキーとかも別に強い感じもしないよなーいやそもそもあのチャッていうやつって押し方の問題というよりキーボード自体の問題の気もする系だよなーいやでも責任の所在関係なく他の人にどうかって話だからなーいやでも大丈夫かなー気をつけて打ってくれてる感じはするよなーあーまたチャッって鳴ったなーチャッ来たなーこの頻度だとやっぱりきついかなーいやでもそもそも意外に大丈夫かなーやーしかしなーどうなんだろうなーえー気なるかなーならないかなーやーわからんなーというか絶対いろいろご理解いただいたうえで静かめにやさしめに打ってくれてるんだよなーこの感じって絶対そうなんだよなーそれで言うのとかすごいはばかられるよなーそもそも他の人にとっても全然大丈夫って説だって全然あるわけで俺が気にしすぎっていう説もそうとうあるしなーここで音気になったことないですよていう人も何人もおられるしなー俺の耳がどんどん敏感になってる説マジであるよなーいやいやわからんよーそんなのはわからんよー同じようにうーん気が散るぞーって思ってる方おられる説だって絶対あるわけだからそんなのはダメなんだからダメなもんはダメだよなーでも誰もそうは思っていないかもしれないわけでなーいやーわからんなーわからんなーいやーーーーー」

日々、というほどではないけれど折々に、こんなふうに心は千々に乱れていたわけで、もうほんとわからなくなっちゃって、判断できませんという感じで、それに疲れちゃって、というところで。
それと、先日の振り返り記事でちょっとスタッフ募集かなーということを書いたけれども、今もひきちゃんというスタッフがいてくれて「どうよひきちゃんパソコンどうよ」みたいな話をしたりするわけだけど、そこに人がこれから増えたりしていったことを考えたときに、これまでのルールでやっていた場合、つまり各々が「本を読む等静かに過ごしている人にとってこの音は気になるものかどうか」を判断しなければいけないままである場合、その人は同じように気にできないといけないし、気にできてしまったとしたら同じように苦しい。という、あ、このままじゃいけないんだ、や、というか、今ひきちゃんにそういう思いをさせてるんだ、このままじゃいけなかったんだ、そもそも、ということに気がついて。
明確な判断基準を僕が持てない以上、気にしないことにしてまったくスルーするか、そういう状況が限りなく起こらないで済むように環境を整えるか、しかない、となった。
で、この店は誰のために開かれた場所なんだ、というのを考えたとき、言わずもがなでそれは「本を読む等静かな時間を楽しむ人」であり、そういう方々へのヒアリングの結果「響いて気になるときは気になる」という方は一定はおられたわけで。その人たちの時間を守れなかったらこの店の存在価値なんてどこにもなくなってしまうわけで。そういうわけにはいかないので。「一人の時間をゆっくり過ごしていただくための静かな店」が嘘になる瞬間を作ってはならないので。より確実に守られた時間を作っていくことはこの店の価値の向上にもきっとつながるはずなので。本当に本が読める店としてより先鋭化していくのもまた一興なので。なのでこの変更。

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