本の読める店

読書日記(38)

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6月17日

夜中に駅前を歩いていたら「あー生姜焼きね俺も生姜焼き食べる予定今のところ」と電話で話している男性とすれ違って、どういうわけだったのか知らないが僕もちょうど生姜焼きを食べようと思っていたところだったのでシンクロニシティと思った、それが昨夜だった。
昨夜は神宮球場の11番入り口からあがるとまだ明るいグラウンドにそれでも照明が煌々と照りつけていてそれは暗くなっていったん席を外してまた上がったときに見るとがぜん「球場」と思わせるものだったし、ずいぶん見やすいいい席だったが前が通路というのは簡単なように思えていつでもビールの売り子たちが前を通るから目を遮られるということが頻繁に起きるということも今回、学んだ。渋谷から外苑前までの銀座線の車内にはヤクルトファンではなく日ハムのユニフォームを着た人を何人か見かけて、その一人であるファミリーの男の子が座りたいと親に具申したがこれから立ちたくなっても長いこと座ってなくちゃならないんだから今は立ってなさい、と言われ、立っていたしその発言の一分後には外苑前に着いていた。なんせ渋谷からは二駅だった。
外苑前から球場に着くまでのところでプレミアムモルツ——「仕事終了。家帰ってプレモル飲もう」というツイートを最近見かけた——をどこの馬の骨とも知らない出店から買って飲み終えて球場に入ると僕はまだ一人だった、着いた、と友だちから連絡があり中田翔の打席で、通路に立ってこの一球を見たら迎えに行こうと見た一球を中田の振り抜いたバットが捉えて鋭いライナーでレフトスタンドに届いた。一閃、という具合だった。それを見ることができたので僕は感謝して、機嫌よく友だちを迎えにおりた。
これで二人になった。途中で僕らの席の横にスーツ姿の男性二人組がやってきて、座る途端に僕は「ご相談があるのですが」と話し掛けた、僕らは127,128で、彼らは129,130の席だった。131のですね、席がですね、僕らの連れなんですね、差し支えなければ一つ席を交換していただいてもかまわないでしょうかとそう相談したところ快く了承してくださり僕は感謝した。最初は二人で行く予定だったが、終わったあとに飲みにでも行こうと誘った友だちが俺も野球も行きたいと言ったので席を取ろうとしたらもうその一席しか残っていなくて、まあ替わってもらえるでしょうよほどの頑固者でなければ、という臆断のもとチケットを購入していたのだった、僕がトイレと喫煙で席を外しているあいだにその友だちは来ていて座っていた。これで三人だった。

大学時代の数年間ルームシェアをしていて住んでいたマンションの名前はコルビュジェ湘南台といった。その107号室だったか、忘れたが住んでいた。他に暮らしているのはだいたいファミリーで、そのうちのどれかのちびっこ兄弟といくらか仲良くなったりもした、そういう部屋で二人はメンバーがずっと固定していてそれは僕と次に来た人で、三人目のメンバーは三年ほどのあいだで四回くらい入れ替わった、そのうちの一人が三人目に来た人だった(彼がまさか野球を見たいと言うとは思わなかった。実際、話していると「大谷翔平」という名前も一度も聞いたことがないということだった。そんなことは可能なのか、と思った。去年は10勝して20本打った、というとそれはすごいねと感心した声を出していた)。だからこの日の野球観戦は元ルームメイトたちとのものとなり、なんというか愉快だった。で、三塁を守っているレアードが投球のあいだあいだで三塁側の客席のほうをよく見ていて多くが手を振ると手を振り返してみせたりして愉快だったし、ランナーや審判と何か話しているような様子を見ていても愉快だった。ヤクルトがグリーンと荒木の代打ホームラン2本というずいぶんなあらわざを見せたり井野が6年ぶりのヒットを打ったり、日ハムも矢野が代打で2点タイムリーを打ったり西川が三盗含む3盗塁をしたりと、なにかと見どころの多い愉快な試合で負けたが愉快に見ていた。
ところで途中はすぐに眠くなっていて危なかった。球場に向かう途中で飲んだプレモルと、試合開始後に飲んだ一杯でなんだか酔っ払ってしまったらしく、それで眠くなって試合終了までもつのだろうかと不安になったりしたがそれから試合中はビールを飲まないという過ごし方をしていた。どうしてこんなあっけなく酔っ払うのか。途中から寒くもなった。しかし5−8というわりと点の取り合いになった試合にも関わらず両チームとも四球が少なかったからなのかテンポよく進んだ試合は9時前に終わって、無事最後まで愉快に見ることができた。それから三人で飲みに行くことにして千駄ヶ谷の方に歩いていたがどこに行くかで意見がまとまらず驚くほど立ち往生して、新宿三丁目に行くことにして電車には乗らずタクシーが選ばれた。僕は地図を見たらこんなのは歩いたら気持ちがいいのではないか20分程度だしと思ったが、立派に働いている人たちは簡単にタクシーに乗るからすごいなと思った。そうしたら890円で着いたので三人でそれならタクシーが正解だという気になった。

中華料理屋に入った。僕はそこで「同じわだちを踏む」と発言していた。今朝それに思い至ってそれはやはり「てつ」の間違いだった。同じ轍でもわだちではなくてつだった。それで恥ずかしい思いをしたので恥ずかしい思いをしたときはいつだってそうするように物を一つ破壊してどうにか気を静めた。全部お前のせいだ。そうわめきながら大切な物を一つ破壊して、それで気が済んだ。よかった。
ぷらぷらと、暇な土曜日で、仕事をしながら、昨日の夜のことを僕は思い出していた。ザーサイであるとかきくらげであるとかを食べながら僕はずいぶん調子のいいようなことを話していた気がするが思い出してみたらそれらの発言はすべて嘘だった。まったくの嘘で、僕はここのところ嘘以外のことを言うことが口も指もできなくなっているようだった。しょうがないことだった。
それにあれから10年近くが経ってそれぞれがそれぞれにあれこれを思いながら生きているというそれだけでなんというか昨夜は満ち足りた気になったし楽しかった。

それが昨日で今日は体がまったく疲れていないで夜にもなったので『本の未来を探す旅 ソウル』を今日も読みながら営業していて読みながらというか韓国にてあれこれ始めていった人たちの話を聞きながら触発されるというかあれこれ思うというか思わざるをえない。なんかどの人もかっこいいしエネルギーある。今晩から『ピンポン』を読み始めそうな気がしている。

6月18日

完封負けのような、そういう日曜日で雨が夕方からずっと降っていたが雨のせいに簡単にしたくなるが雨の影響でここまでお客さんの足、つまり客足は変わっただろうか、と思い返すとこんなに極端なことはないので、ただ単に極端に暇な日曜日だった。バジェットの半分以下だった。本当にやることがなく、ずっとインターネットを見ていた。あるいは『本の未来を探す旅 ソウル』を読んでいた。それでぼやぼやと考え事をしたりしていた。なんというか本当に何もしていなかった。

夜はだから、『ピンポン』を読み始めることにした。初めての韓国小説。なんというかとてもいい具合で、これはとても読み続けたい、となった。

ポン。ピン ポン。世界が再び動きはじめたのは、僕らがラリーを始めてからだった。最初は無言で——そして、やがて動作に慣れてくるとあるときから会話が始まった。それは奇妙な体験だった、球を打ち返した瞬間に言葉が出て、球がネットを越えた瞬間に言葉が終わる。それは一小節一小節正確なテンポを刻み、だからまるで歌をやりとりしているような気分だった。長く話したいときはもう一拍待たなくてはならない。体の動きに合わせて言葉が出てくるから、相手が同意してくれないうちに球を打ち返そうとしても、言葉が自然に途切れてしまうんだ。だから公平な感じがする。あ、これが会話なんだな。初めて僕はセクラテンの言ったことが理解できた。やってみればすごく平凡な会話にすぎないのだが、僕ははっきりとそれがわかったのだ。 パク・ミンギュ『ピンポン』(p.55)

なんだかとってもいいですよ。なので際限ななくなりそうだったので横になってからは『ゲンロン0』を読んでいた。ウイスキーを飲んでいた。『ピンポン』はビールとともに読まれた。しばらくすると眠ったのだが、なんというかこんな夜はひさしぶりだったような気がする。翌日起きる時間が遅いわけでもなんでもないが3時くらいまでだらだらと本を読んでいるその時間の過ごし方はなんだかひさしぶりだった気がする。
これは、疲れていない、ということだった。なぜ疲れていないか、暇だったから、ということだった。なんという単純なことだったのだろう、と思った。そして、困ったな、と思った。やはり週末は疲れるべきだった。疲れると疲れるので困る、しかし疲れないと稼げないので困る。ということだった。

6月19日

昨日の暇を挽回しようとするかのような、昼から忙しいというか、変な月曜になっている。なんというか、変だ。とても忙しいわけではないが、平日の昼間というのはこういうふうではなかった、なのに、という感じだった。平日のバジェットというのは当然、低く設定されているというか週末と比べたら低く設定されている。週末の半分以下で設定されているわけだけど、今日は夕方4時の時点でその目標値にほぼ届く、ということだった。ここからどれだけ伸ばし、昨日マイナった分を取り戻せるのか、ということだった。もちろんそれに向けて僕にできることは何もない。祈るほかない。祈りなど無駄? 右手にはブッダ? 左手ではじきだすライムコンピュータ? さあね〜、どうでしょうね〜、と言った。
なので『本の未来を探す旅 ソウル』を、仕込みがだいたい終わったので読んでいた。すると読み終わった。なんとなくこんなにするりと読み通すとは思っていなかったので意外だったしとても面白かった。韓国に独立系の書店がすごい増えている、というところで、大学を卒業しても就職できないしなーみたいなものが背景にあるとのことで、なら小商いだな、ということで、韓国の人はとりあえずやってみるという気質があるらしくてそれはなんというか素晴らしくいいよねと僕もとりあえずな人間なので共感とともに思ったし、僕も何かをとりあえず始めてみたくなった。それがなんなのかはまったくわからなかったしだからいつだって欲望こそが大事だった。

『ピンポン』読んで『ゲンロン0』読んで寝る。毎日これを繰り返す。ポン。ピン ポン。という感じがある。

6月20日

暇というわけでもない日で突如数字のことが気になってExcelとイチャこく時間になった。すると余計にいろいろなことがわからなくなったのではてブのホッテントリを上から下まで舐めるように見ていった。そうしたらどうでもいい気分になった。今自分に何が必要なのかがわからない。

今朝はわかっていた。昨日空焚きというのか電子レンジを何も入っていない状態でチンしてしまい、気付かずにいたら「ぶおおおおお」という音が聞こえてなんだなんだとキョロキョロしたのちに電子レンジを見ると側面のなにかのところが変に光っており、慌てて止めた、変な匂いがした。すぐに忘れてそののちレンジを使う局面がありチンしたところ同じ音が聞こえ、壊れたことが決定された。それで、電子レンジは営業上だいぶ必要なものであり、Amazonだと水曜日着となっていたので困るためヨドバシカメラだと店舗で受け取れるというか会計もその場だしそれは店舗で買えばいいだけのような気もするがネットで注文して店舗で受け取れるということだったのでそれをして、だから今朝はそれを取りにいかなければならなかった。だから早起きをしてヨドバシカメラに行って電子レンジを買ってよいこらよいこらと持ってきた、それがだから今朝、したかったことだった。
なんというか完全に不注意から壊したわけだけどちょうど昨日ガスレンジのオーブンの焼き板の新しいやつが届いたところで、これはなんだか最近煙がやたら発生するようになって危ないというか不便だし危ないというところで買い替えたのだけど、その矢先に今度は電子レンジだった。重なるというか「出費」と思った。稼がないといけない。稼がないといけない。稼ぎ続けなければいけない。誰しもが、誰しもというか、働いている人たちに降りかかるこの「稼ぎ続けなければいけない」というか「働き続けなければいけない」というかは、なんというかけっこうな破壊力があると思う。おでことのところに手でひさしを作って目を細めて「え? どこまで?」とのんきに言ってみたあとすごい深い絶望ではないけれどなんというか、遠い、この遠さはすごい。それとも稼がないといけないということ自体なにかの固定観念みたいなものに縛られているだけなのだろうか。

『ピンポン』読んで『ゲンロン0』読んで寝る。毎日これを繰り返す。ポン。ピン ポン。という感じがある。

6月21日

休日だったので午前中から昼に掛けて取材を受けてそのあと三軒茶屋に出てカフェに入って数時間仕事をした。僕はとにかくひたすら全身全霊で幸せですべての存在に感謝したいそういう気持ちに毎日なるようになって僕はだからとても幸福で幸福でしかたがなかった。カフェの前に中華料理屋に入ってラーメンと丼物を食べた。夜には雨が決して降らない。いや夕方まではずっと雨が降っていた。
雨が降っていた。だからお足元にお気をつけながら坂道をくだって僕は歩いていたが風が強かったのでリュックが濡れて財布が濡れて紙幣が濡れていたことに中華料理屋で支払いをするタイミングで気がついた。昨日は千円札がどんどんとなくなっていく日で、三度、一枚も千円札がない、という状況が生じた。もっともひどいときには五百円玉16枚でお釣りを払わせていただいたというケースが生じた。それは僕は笑ったし重いものを持たせた。それを中華料理屋で一万円札で払うなかで思い出した。まだ雨は降っていたし強くすらなっているようだった。
だからいくらか千円札を作らないといけないと思った昨夜は閉店後にコンビニを回ってパンツ、煙草、煙草、ポテチ、だった。そうすると千円札が16枚、五千円札が4枚できたので上出来だった。16枚をお渡ししたことに伴って薄くなった五百円玉もいくらか回復させられた。それが僕の主な業務内容だった。五十年後、今際の際にそう回想した。

三軒茶屋は雨がやはり降っていて僕はムーンファクトリーコーヒーだった。三軒茶屋に用事があるときはだいたい行っている気がしたし僕はとてもそれを好いていたから昨日もお邪魔してだからそこで仕事をしていたら雨がとても斜めに降ったり風が強くなったりして、流れていた音楽が気になってシャザムに聴取させたが応じないのでお店の方にうかがったところAldous Hardingという方だった、よかった。
まだ暮れないが雨はやみ、風があってシアタートラムに行った。てっきり上のところにあるところかと思っていてそこだったら僕は大学時代になんだったか、ニブロールだ、ニブロールの舞台を見に行ったことがあってそこだと思っていたらそこではなくて、一階だった。一階だったそこはそういえば大学時代になんだったか、あれはなんだったか、ベケット、保坂和志、なんだったか。ベケットの何かの何かで、そのあとのトークに保坂和志が出て、その朝だったか小島信夫が亡くなったその夜だったはずだった。それを見に行って、それはゼミの人たちと何人かで見に行って、日ハムがクライマックスシリーズを戦っているときで、終わったあとにゼミの人たちととんかつ屋さんかなにかに行って、そこにテレビが置いてあって野球中継が流れていたそれを僕は人々との会話は放っておくことにして見ていたはずだった。森本稀哲であるとか。
そこにだから十年近く振りということだった、行ってチェルフィッチュの『部屋に流れる時間の旅』を見た。製作に一般社団法人チェルフィッチュとあって、青柳いづみはいつも本当に強度という感じだった、椅子に座った人が少しずつ踊っていた、手がスカートを掴み寄せたりテーブルの上で運動していた、光ったり風が吹いたり水がポコポコといったり回ったり、していた。延々と発し続けられる問い掛けはなんというか凄かった、覚えてない? そうじゃない? あれからどう変わったか教えて? ねえ、そうでしょう?
死者は忘れるということはもうしないのだろうか。追い詰められるような気分になりながら見ていた。問いの声はいつかやむのだろうか。
それでもちろん、そうなって、いくらかのビールと焼き鳥等を食べることによって夕飯とし、帰ってシャワーを浴びながらそれまでの時間ずっと我慢していた青柳いづみごっこ、つまりそうじゃない? 覚えてない? とあの声で言うごっこを延々としていたら喉が透き通っていくような気配があった。部屋。部屋のことをだから、昼間は部屋のことを考えていた日だったから夜に部屋のことが語られる演劇を見られた。

6月22日

そうです、でもそうじゃないんです、そういうこともありますが、そればっかりじゃないんです、そうですそういうことです、そう言いながら目を覚ましたところまだ3時過ぎだったから1時間も寝ていなかった。しょうがないので『ゲンロン0』を読んで、そうしたらまた眠ることができて次は朝だった。そうなんです。

とても暇だったのでイラレをずっと見つめていたら目が疲れた。あと肩も疲れた。生きているだけで疲れる。それにしても本当にずっとイラレを見つめていた気がするというかイラレをいじる以外に今日はいったい何をやっていただろうかというところで、思い浮かばない。Excelも少し触っていた。あとは、何かやっていたっけか。忘れちゃったな。

『ピンポン』読んで『ゲンロン0』読んで寝る。毎日これを繰り返す。ポン。ピン ポン。という感じがある。

6月23日

開演前の、開演時間は19時半だったのだけど、開演前の時間の劇場のざわつきが、あるいは静寂が、質を変える瞬間というのがあって、照明が落ちたわけでも役者が姿を見せたわけでもないけれど「ふっ」と静けさがたぶんどこかを中心にしてあるいはいくつもの地点から波紋みたいにさざなみみたいに広がっていったんだと思う、静けさの質が変わったと感じて、それで時間を見てみたら19時半だった、それで多くが少しのあいだかたずを飲むというほどではないが構えのようなものを持ちながら待っていたのだけどすぐにそうはならなくて、またポツポツといくつかの場所で話が続けられて、でもそれはもう前のようにはいかなくなっていることにみなが気づいていた、どうであろうとももう数分のうちになにかが始まるのだから、これまでと同じ調子で話していたら崖みたいな、断絶みたいなものが生まれるような気がしてそれを恐れた、だから一度起きた静けさの変質のあとに元に戻ったように見える会話というのはそれは会話を続けるためではなく会話をまた「ふっ」と終えるためにおこわれる会話だった、そのことに全員が自覚的だった。

そうそう、そうなんだよね、そう、だからそうそうそういうこと、そうなんだな〜と僕は言いながら仕事をしていた、誰もいなかったから声を出すことは自由だったというか自分の裁量に委ねられていた。それで今日もだから僕はテキストエディタとイラレとプレビューの画面を何度も行ったり来たりして、今週はずっとこのことをやっていた気がする。メニューというか説明書きの修正で、大した変更ではなく、いろいろなものの簡略化のつもりだった。簡略化のはずが、文章量自体は長くなったので笑った。いろいろなものの簡略化。理解の簡略化というところだろうか。余計な思考コストを与えかねない箇所はできるだけ削り、統合できるものは統合し、そうやって読む人の思考コストの軽減をしようとしているらしかった。なんのためだろうか。誤解されたくないためだろうか。イライラしたくないためだろうか。何をやろうと注意を払わない人は注意を払わないのだから、こんなことは余計なことかもしれなかった。

夜にほんの一瞬だけ大忙しの時間があり、その一瞬の大忙しによりちゃんと疲労をし、やはり疲労は必要なことだと思って店を終え、それから印刷機を回して数日掛けて作っていたPDFを印刷し、印刷し、印刷し、まとめ、ホチキスで留め、製本テープを四苦八苦しながら貼り、差し替える。それをおこなっているあいだZack Villereという人の『Little World』というアルバムを聞いていた、頭にずっと流れる音楽でとてもおもしろかった。この人のことは何も知らない。ではどの人のことは知っているのだろうか。生活、が始まる。帰って『ゲンロン0』を読みながら眠りに流れ込んでいった。最後の章で、もう終わるところだったか、もう終わったか、どうだったか。

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