fuzkue(フヅクエ) - 一人の時間をゆっくり過ごしていただくための静かな店

読書日記(33)

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5月13日

17時、腹が減った。昨日もそうだった。一日店を開けていると11時頃に朝ごはんを食べてから次の食事まで13時間とかがあるから夕方になるとお腹がだいたい減る。キットカット等で繋いではいるが、それでも減る。今だから減っている。雨降り、静かな土曜日。特に仕込むものもなく、本を読む気も起きず、ブログを書いたりしてなんとなく過ごしている。

「燕・山田、愛媛でイヨイヨ完全復調ヤ」

5月14日

15時、腹が減った。昨日もそうだった。一日店を開けていると11時頃に朝ごはんを食べてから次の食事まで13時間とかがあるから夕方になるとお腹がだいたい減る。キットカット等で繋いではいるが、それでも減る。今だから減っている。雨降り、静かな土曜日。特に仕込むものもなく、本を読む気も起きず、ブログを書いたりしてなんとなく過ごしている。

同じだと思ったので途中から打つのはやめてコピペをしたところ違う点がいくつかあった。まずキットカット等の繋ぐものが今日はないというところが何よりも違う。あと9時間、どうやってしのいだらいいのか皆目見当もつかない。それから今日は「曇り、静かな日曜日」だ。今日も静かでつまり暇で、「暇」と書くより「閑」と書いたほうが優雅な感じがする。おっとりしている。お腹が減った。

昨日はWIREDにあった「「カフェでコーヒー飲み放題」会員制サーヴィス上陸──グーグル出身者が「サブスクリプション型」の店を開いたワケ|WIRED.jp」という記事を読んでからなんでだかずーーーっとこのことを考えていた。いまいち具体的にどんな内容のサブスクリプションなあれなのかがわからず、プレスリリースを見たり関係ありそうな言葉でググってみたり、いろいろしていた。そのなかで「元Googleマーケターが作ったコーヒーショップ「ALPHA BETA COFFEE CLUB」、自由が丘にオープン - T-SITE LIFESTYLE[T-SITE]」という記事があったので「違う角度からも検討してみよう」と見てみたらびっくりした。びっくりするくらいにプレスリリースの文言を切り貼りして作られた記事で、プレスリリースで使われていない言葉を探す方が難しいのではないか、というものになっていた。プレスリリースにある言葉でマーカーを引いていったらほぼ全部塗られるんじゃないか。これはすごいなと思ったというか、プレスリリースで伝えたいことを伝えてほしい形で書いておくことというのはすごく重要なんだろうなと思った。ところでこの切り貼りに僕は勝手にびっくりしたのだけどもしかしたら普通のことなのかもしれない。普通のことだとして、なんの意味があるのかはわからないが。こんな記事なら一行だけ書いて「続きはプレスリリースでどうぞ」でいいんじゃないのか。どうなのか知らないが。

5月15日

何をやっているんだろう。夕方からぐっすりと暇のため、これまで完全に寝かせたままにしてしまっていた売っている本の売り方をどうにかしようというかちょっといろいろ変えようと思ってひとまずはブックカバーだ、というところでブックカバーをつけることにした。スタンプを作ってそれをクラフト紙にぺったんぺったんする方式にした。それでイラストレーターでデータを作って先日領収書用のスタンプを作ったはんこ屋さんで店名だけのスタンプを発注した。それから紙について調べていたがよくわからなくなって紙屋さんのお知り合いの方にうかがってみたところすぐに返信があって「感謝」と思った。それによると紙屋さんで切るらしい。大ごとである。そんな大ごとにしたいわけではないのでどうしようかと思っている。次に置くポップをどうしようかというかどう置こうかということも考えて、置いている棚の奥行きがそもそも短いため、自由度が低いというかどうしようということになって、本はスタンドで立ててポップは下にぺったり置くようなのがよい気がしたが、どうするか。その場合も印刷して切っただけのペラい紙を置くのでは格好もつかなかろうと、どうしようという気になっている。ものすごい浅い角度のカード立てみたいなものがあったらいちばんよいのだろうか。ほんのかすかに立体感があれば多分それでいいはずだと、思っているのだがそういうものでもないのだろうか。そもそもそんな角度の都合のいいものがあるのだろうか。5度くらいを所望している。明日東急ハンズに行こうか。でもハンズは疲れるのでそんなに行きたくもないし面倒くさい。とりあえず夕方からそういうことをやっていた、る。

心は動揺し始め、休息しているときにひとつの同じ心象が取りつくようになった。その心象は報告書のいろいろなところで繰り返し語られているもので、少しずつわたしの中へ入り込んできて、立ち上がって、部屋の限られた空間、仕事机と寝棚の間を歩き回りはじめると完全にわたしのこころを占有してしまうのだった。取りつかれたように、わたしがその中尉であるかのように、先住民の小屋に突然乱入し、わたしの冷酷な手で生後数ヶ月の赤子の踝をひっ掴んでから、高く持ち上げて一回ごとに速度を速めながら空中でぐるぐる回転させた。それは、そこから石が投擲されるダビデの投石器のようであり、両親や幼い兄弟たちが恐れ戦いて見ている眼の前で、すさまじい速度で赤子を空中で振り回し、ついには突然その頭は小屋の柱に激突するのだった。爆発するように赤子の頭を破裂させ、四方八方に脳髄を撒き散らし、踝を掴んで空中で回転させた。そしてようやく、わたしはわれに返って、激しく振り回している自分の腕をもう少しで寝棚の背に叩きつけるところだったことに気づいたのだ。なぜなら、わたしはどこの小屋にもいたわけではなく、〈精神静養の家〉の小さな部屋におり、大虐殺の只中にあって生まれて間もない赤子の頭を柱に叩きつけて破裂させた中尉ではなく、報告書の中で絶えず繰り返されるその証言を読んで精神的に動揺している校閲者だったからだ。そのときわたしは、汗をかき神経をぴりぴりさせながら再びコンピューターの前に座り、原稿の校閲をやりつづけざるを得なかった。時間が迫っていたので、取りつかれたように作業しつづけ、時間の経過につれてついに集中力が衰弱してしまい、もう一度同じ心象によってわたしのこころは占有されてしまった。わたしは立ち上がって、虐殺のために派遣された小隊を指揮する将校、オクタビオ・ペレス・メナ中尉になった。そこでわたしが再びそのいまいましい先住民たちの小屋に入り込み、赤子の踝を掴んで空中で振り回し、肉の柔らかいその頭を木の柱に叩きつけるのを見たとき、先住民たちは初めて自分たちを待ち受けている地獄が何たるかを理解しただろう。そして、わたしをわれに返らせたのは、散らばってぴくぴく動いている脳髄の断片だった。わたしは、興奮し、汗を流し、赤子を空中で振り回したときのぐるぐる回転する動きによる目眩いに襲われながら部屋の真ん中にいる自分に気づいた。だが同時にわたしはある軽さの感覚を味わった。それは、頭上の荷重が取り除かれたような感覚であり、生まれて間もない赤子の頭を柱に叩きつける中尉に変身することが、千百枚の原稿の中に蓄積された苦痛からわたしを解放してくれるような感覚だった。そして、すぐにわたしは、同じ不気味な幻想のために間隔を置いて継続される集中の、反復される周期の中へ再び沈んでいった。 オラシオ・カステジャーノス・モヤ『無分別』(p.135-137)

5月16日

訳者、裏表見て「松本けんじか、」となった謎
新宿の酒場、大阪の人も新宿で飲むんだな
ずっとケラケラ読んでいた。精神静修の部屋でやっと深刻な、行き場の失った狂気みたいなものを感じた。それまでは出口があったし逃げ場があった、抜けというか開放感というと違うが、広がりというか。町があったし風通し
それが、森もあるし広々してるのだけどあてがわれた部屋にこもって仕事をしている、そこで取り憑かれる狂気はいちばん狭苦しかった
単純にやっと根を詰めて仕事に取り組んでるからかも

新しいリズムを見つけないといけない。鬱々している

同じ人がいた

おたくらが使ってるシャーペンあっただら
こんなんじゃなくてさ、万年筆タイプの
私物なんですよ、あそうなの
例を言えよ、一歩かわいい
仕出し屋。法事。給食とはチガウ

混迷期、と思ったら2冊さっと買った

ウェイター。用途不明の瓶、汚いこびりついたグラす。ウェイターの風情

5月17日

訳者あとがきを読んでいるとモヤとシンポジウムか何かで知己になり新宿の酒場で飲んだ、そんな話が書かれていて訳者は誰だったっけなと思って、カバーを巻かずに所持していたためすぐに見られるため表紙と裏表紙を見たところ、先入観が何かの文字列を「松本健二」と読ませて、そうかやはり松本健二か、と思った。新宿の酒場というものを勝手にゴールデン街と思い、大阪の方もゴールデン街で飲んだりするんだな、と思ったりしていた。よくよく見てみれば松本健二ではなく細野豊だった。

5月17日。5月16日が休みだった。東急百貨店前のバス停で降りるとカレー屋さんでカレーを食べた。それで丸善ジュンク堂に行って、なにも買う当てはなかったのだがなにかを買わないとならないようなそんな気でいた、それで海外文学のあたりにいこうとすると同じ人がいた。先週来たときにもいた、棚の前の椅子に座って顔の高さに持ったスマホを目のすぐ前でずっと見ている男性がいた。
同じ人がいた、と思ってからラテンアメリカ文学等の棚を見た、水声社のフィクションのエル・ドラードで新しいやつが出ていた、のは前にも見かけた、がそのときは買わなかった、このときは買うことにした、そのあとでその裏側に回り込んだ、それで前から少しだけ気になっていたクレスト・ブックスで出ている『人生の段階』を取った、ジュリアン・バーンズ、それはすぐに泣くことになりそうな本だった、それも買うことにした、その直前、「混迷期だ」と思っていた。読みたい本がわからない、そういうモードがたぶん最近モヤを久しぶりに読ませ、その前はハリ・クンズルを久しぶりに読ませたのだと思う、新たに読みたい本がわからない、これは混迷期だと、そう思っていた5分後に2冊の本を手にしていた、そのまま手は、いくつかのマスキングテープとメモパッドを捉え、さらにブルータスをつかむこともした、それらをレジに持っていった。
会計をしていると老年の男性がズカズカとその横のレジにいた店員の女性の方に向かっていって、「おたくらが使ってるシャーペンあっただろ」と言った、女性は持っているボールペンをボールペンであることを伝えてから渡した、てっきりそれを強奪に近い形で借りようとしているのかこの男性は、と思ったがそうじゃなかった。「こんなんじゃなくてさ、万年筆タイプの。すごくよかったからそこで買いたくてさ」と言った、女性はスタッフが持っているペンはそれぞれ私物である旨を伝えた、すると男性は「あそうなの」とだけ言ってその場を離れていった。礼くらい言えよ!と僕は思いながら一方で「あのシャーペンほしいなあ、よかったんだよなあ、そうだ、聞いてみよ」と思って聞きにいった老年男性の気持ちを考えるとかわいいなと思って、どっちつかずの気持ちになった。いや、かわいいという感情のほうが上回っていたことを認めねばならないだろう。かわいかった。

ソール・ライターを見ようと思って、それもあって丸善ジュンク堂に寄ったのだった。それで会計が済むと上の階に行き、Bunkamuraの棟に移るためにレストランフロアをうろうろとしていたところ法事であるとか葬儀であるとかのあとの食事のときのような匂いが漂っていた。それは給食の匂いとは違った。と思ったのでメモをした。それでエレベーターで地下に出るとソール・ライターの展示を見にいった。
ソール・ライター。その名前を知らないものはいないであろうほどに有名なこの写真家、となんとなく打ってみたが僕はこの展示の情報を知るまでは一度も聞いたこともなかったのだが、なんだかかっこいいという話を聞いたというか空気が醸成されていた感じがあったので行ったわけだったが、なんだかかっこうよかった、それにしても1950年代とか40年代とかのアメリカの人々がたくさん写っていて、みんなハットかぶってるのねえとか、コートがあたたかそうねえとか、コーラやペプシやセブンアップはこの頃から飲まれているのねえとか、なんというか、かつてたしかにいた人たち、かつてたしかにここで生きていた人たち、という人たちの様子として僕は写真をずっと見ていた。70年とかが経っているわけだけど、変わるところもあればそんなに変わらないのなあと思うところもあり、僕はなんだかそれがただただ面白かった。それから人が他のところと比べて圧倒的にまばらになっていた絵画が並んでいるところで絵画を見たところ、かっこうよかった、なんだか写真と同じように見えた、というのは目が何かに慣れていっていたのだろう、その何かとはどういうものなんだろうか、ライターの何かの見方みたいなものがなにかそれまでの写真を見てきた流れで見る者のなかに蓄積されていって、それで通じるように感じたのだろうか、とにかくその色彩というか配置というかあれこれは、なんだかかっこうがよかった。ウェイター、パリ。カフェのウェイターのいかつい老年の男性がテラスの席のあいだをトレイを片手に持つというか片手に乗せている写真があった、一人ウェイターを呼び止めようとしている男性がいる。ウェイターの手のトレイの上にはソーサー、カップ、ワイングラスみたいな形のグラス、用途不明の瓶、そういったものがあって、それになんだか目を奪われた。グラスも瓶も、アンティーク屋さんで売っているもののように内側が曇っていて、何が入っていれば短時間であんな汚れのこびりつき方がするのだろう、と思ったが答えはわからなかった。僕は写真と絵を見ている1時間とかあるいはもう少しの時間のあいだとても頭が楽しくなっていて、これは楽しく見られていてよかったと思った。

いつも行くカフェに移動して、いつもそうしようとするように小説を書こうとしたところそのファイルが開かれることもなく、イラストレーターをずっと触っていた。本の売り方を変えることにしてポップをどうしようかということをずっとやっていた、前夜、とてもいいアイディアが浮かんだのでそれを形にしようとしていた、それで夢中になっていてそれだけをやっていた。
今までは本の前にカードサイズのポップを立てていたのだが、それだとそれを読もうとするとかがまなければならず、見づらい、という声をいただいたことがあった。それもそうだなと思うと同時にその下の本とかも全部かがまないといけないんだからかがまないといけないからといっていけないということもないのではないか、あるいはその下のやつとかはかがまないといけないがゆえにかがまないということだろうか、と思ったわけではなかったが、たしかにかがまないといけなかった。今回は真上から見えるようにしようということで、ペタッと置くことにした。最初は同じカードサイズのものをただペタッと置くだけにしようかとも思ったのだが、板面の奥行きがちょうど単行本の高さと同じほどしかないため、ペタッと置くためにはカードをその横に添えなければならなかった。あるいは、と思ってブックスタンドで本を立たせてみると、売っている本の存在感が異様に大きくなってしまって、なんというかそんなにアピールしたいわけでもないし、品もないように思え、何より空間のなかでバランスをなにか壊すような、どんなバランスのうえで成り立っている空間なのかは知らないが、そんな気がしたため却下だった。
横に置く。どうしたら格好が悪くならないか、と思った時に、ポップが本の高さと同じような縦長のものだったらバランスが悪くないのではないか。本の幅の1/3くらいの幅で、と思いついた。ではそのサイズで作ったとして、それもカードサイズのときと同じように厚紙に貼るような感じにするべきだろうか、それをペタッと置いたらいいだろうか。そもそも厚紙に貼るという工程がやや面倒というのもあったし、そのサイズの厚紙をまず調達しないといけないというのもネックだったカードサイズだったら名刺を使えばいい。どうせそう使う機会もないのだし)。でも印刷しただけの紙を置いてもたぶんひらひらするばかりだし、無様だろう。縦長、ひらひら、貼りたくない。本に挟んで横から顔をピョッと覗かせるような感じだったらどうか。手元にあったペラい紙を折って試しに見てみたがへんてこだった。
サイズ感を見るために折られた紙、それが本に挟まれている様子を見て思いついた。しおりにするのはどうだろうか。本を買った方にそのまましおりとして渡せるポップ。B5のクラフト紙の半分の大きさに印刷して、それをまた折る。すると表面の片側にはポップ的な惹句的なものと作家名タイトル値段が書かれ、その裏にはフヅクエのロゴが書かれ、開くと僕がその本のなかで好きだった部分の引用が印刷される、そんなのはどうか、と前夜に考えて、それはとってもいい、と前夜に考えた、それをだからカフェで、イラストレーターとじゃれ合って作っていた、それに夢中になっていた。

それが5月16日で5月17日が今日で水曜日で朝だった、起きたのは。
店に着くと昨日ポチっていたA3のクラフト紙が届いていた。それはブックカバーになるものだった。準備をしていると配達の方が荷物を届けてくだすった、サインをして受け取った、それは先日発注した店のロゴのスタンプだった。試しにブックカバー的に巻き、スタンプを押してみた、するとまるで書店のブックカバーのようだったしスタンプはいい出方をした。
店が始まってからはイラレを引き続きいじり印刷をし、両面だとずれが発生したりするのでそれをかなりアナログな調子で調整して、それでテンプレートを完成させたのち、表面の惹句と中面の引用のテキストを流し込み、印刷し、カッターで裁ち落とし、折った。するとポップができていった。夕方に昨日ポチっていたベン・ラーナーの『10:04』と多和田葉子の『百年の散歩』が届いた、どちらも遊歩文学だった、その2冊と、これまでも売っていたモヤの『無分別』と岸政彦の『断片的なものの社会学』の2冊で計4冊を置いて、ポップを並べ、完成した、満足した。大満足。

満足したためプロ野球の様子を見ると1回表に日ハムが5点を先制していて幸先がこのうえなくよかった。中田の3ラン、それから大田の2ランだった。これはなんというか、うれしい顔ぶれだった。日ハムファンは全員中田のことをどの選手よりも頼りにしているし、日ハムファンは全員大田にその素質を北海道で花開かせてほしいと期待しているし、それに日ハムファンは全員、大田のことをもうとても大好きな選手とみなしている。だからこの二人という顔ぶれはうれしい顔ぶれだった。先発はここのところとても頼りになる投球をしているらしい加藤だ。そう思っていたら少ししてまた見たところ5−6と逆転されていた。2回に一挙6点を取られたらしかった。久しぶりに見に行ったら5−10とリードを広げられていた。7回に一挙4点を追加されたらしかった。
今年の楽天の強さというのはいったいなんなんだろうか。なによりも、茂木英五郎の本塁打数8というのはなんなのだろうか。最後に見たら6-15だった。

5月18日

昨夜未明、ジュリアン・バーンズの『人生の段階』を読み始めた。表紙の何かの文言か何かで妻に先立たれた夫が回想録というか「悲しい…」ということを書く話、みたいになんでだったか、思い込んでいたため、気球乗りの男や女の物語というかおそらく史実が断章な感じでずっと続いている状態に一定の戸惑いを覚えながら読んで、眠くなったところで眠った。サラ・ベルナール。サラ・ベルナールというと自動的にパワーズの『舞踏会へ向かう三人の農夫』が思い出されるというか、そこで描かれたことしか僕がサラ・ベルナールについて知っていることはない。さらにそこで何が描かれていたのかはすべて忘れてしまったので、つまり僕はサラ・ベルナールについて何も知らないということになる。この生涯においてそのことで困ったことはないので構わなかった。女優、ということくらいは知っている。しかし『人生の段階』を読んでいると気球に乗ることをセレブな遊びとして楽しんだ、それを手記としてしたためた、ということが知れた。

昨夜閉じたところを開いてみると、サラ・ベルナールの楽屋にイギリス人の軍人でこちらも気球狂いの男性バーナビーさんが訪れている場面が描かれていた、「だが、1870年代半ばのパリで、二人は出会っていなかったろうか」。その短い場面をもう一度、あるいは初めて読んだところそれはとてもよかった。「で、あなたの戦争は?」というベルナールの問いもいいし、「で、この話の要点ですが——衛兵に言ったとおり、騒動を起こすつもりはない、私がパリで求めるのは平和、それだけです」というバーナビーの答えもいい。訳者は土屋政雄。訳者を見たのはたぶん「で、この話の要点ですが——衛兵に言ったとおり、騒動を起こすつもりはない、私がパリで求めるのは平和、それだけです」というセンテンスにぐっときたからだろう。今晩も読むのが楽しみになっているのでこれはいい兆候だ。

昨日昼、日本語をおそらくほぼ解さない、英語が主な使用言語かと思われる男性が昼飯を食いに来てくださり、その方がベン・ラーナーの『10:04』を取ってきて「これ僕好きなんですよね〜」というようなことをおっしゃったので僕は頓狂な声を出して「本当に〜?俺もめっちゃ好きで今年読んだ小説だとベストだったんだよね〜(アイライクベストディスイヤー)」と答えた。お帰りの際に「あなたはここのオーナーなんですか?」というような「イエス」というような問答、「あなたは書く人ですか?それとも読む人ですか?」というような「リーディング」というような問答、そのあとで今度は『ストーナー』を指して「僕あれもめっちゃ好きなんですよね〜」というようなことをおっしゃったので僕は頓狂な声を出して「ほんとに〜?俺もめっちゃ好きで一昨年とかで読んだ小説だとベストだったんだよね〜(アイライクベストトゥーイヤーズアゴ)」と答えた。ということはなかった。「ワーオ」くらいだったか。あるいは「アー……(「わかりすぎるわ…」の意の笑顔とため息)」だったか。
それで「日本人であなたがいちばん好きな作家を教えてください」ということだったので紙に「KAZUSHI HOSAKA」と書いた。「メイビー、ノートランスレイティド」と加えることも忘れなかった。知らないが。
その方が今日も来てくださり、僕は嬉しがった。彼は今日は本をしばらく読んでいた。
という、特定のお客さんのことを書くのは僕には珍しいことだ。これはあれだろうか、日本語がわからないから読まれる恐れがないから、なのだろうか。なんというか、だとしたらずいぶんと貧しい基準だなと思った。
ともあれ、そういえば昨日お伝えしそこねたなと思ったため「ヘイ」と言い(僕は英語であれば少しだけなら店内で話してもいいとでも思っているかのようだった)、「見せたい写真があるんだよね〜(アイウォントトゥショウアピクチャー)、昨日言った保坂和志なんだけどさ、すごく村上春樹に似てるんだよね(カズシホサカルックスライクハルキムラカミ)」そう言ってiPhoneで写真を見せる、ということをしたいなとなんでだか思ったが(クールジャパン)、しなかった。

今日も一日じゅう暇で、売る本のしおりというかポップをいろいろ作っていたり、なんやかんやと仕事をずっとしていた印象だったので日までも悲しくはなかった。しかし今週はずっと暇だった。大丈夫というか、なんというか、と思ったというかなんというか、と思いながら夜はジュリアン・バーンズの『人生の段階』を読んだ。これは、悲しいやつだ、となった。悲しいことに突き当たることが怖い。続けることに対して少し怖気づいている。

死・嘆・悲・哀・苦を表すには、古くからの言葉や言いまわしでなければしっくりこない。わかってはいた。現代風の曖昧表現や医学用語ではだめだ。悲しみは人間的な状態であって、医学的な状態ではない。悲しみを——ついでに何もかも——忘れさせてくれる薬はあるが、治してくれる薬はない。悲しみに沈む人は鬱なのではなく、理由があって、正当に、数学的に(「大切さと痛みが正確に比例」して)悲しんでいる。 ジュリアン・バーンズ『人生の段階』(p.88)

結局、年齢・性別・結婚状況など、境遇が同じ者どうしのほうがよく理解しあえると思うではないか。だが、その認識は甘かった。あるとき、私とほぼ同年齢で、全員既婚者の友人三人とレストランで会食した。あのときの「食卓での会話」を私は忘れない。三人とも妻とは長い知り合いだった。合計すれば八十年とか九十年の知り合いだ。それに、尋ねれば、三人とも異口同音に妻を大好きだったと答えたはずだ。だが、私が妻のことを口にしても、誰も反応しなかった。もう一度やってみた。また無反応。三度目になると、私も彼らの不作法と怯懦にむかつき、たぶん意図的に挑発したと思う。それでも乗ってこない。三人は三度妻を否定し、そんな三人を私は悪く思った。 同上(p.90-91)

むしろ、夜より昼をどう乗り切るかが問題だった。二番目の、何でも好きなことができるという点は……私の場合、何かをするというのは、たいてい妻と一緒にすることを意味していた。独りで何かをすることもないではなかったが、それは半ば、あとで妻に話して聞かせる楽しみがあったからだ。 同上(p.100)

5月19日

ロッテの連敗が終わったようだ。伊東監督はどういうコメントをしたのだろうか。ここまでずっと負けがこんでいるときのコメントを読んできたが「プロとして」というような言い方が多かった。8連敗目となった昨日の記事を見ると「「笑いしか出てこなくなった」「やることはやって、これ以上手の打ちようがないくらいやっている」「意地を見せてほしい」「プロとしての自覚を持ってやってもらいたい」という言葉があった。良し悪しではないが栗山監督とはだいぶスタンスが違うのが面白い。栗山監督はこんなふうだった。「俺が悪い」「すべて俺の責任」「いい結果を残させてあげられなかった」「誰よりも野球が好きで、野球をできることを喜んでやってもらいたい」

先日の休みの日に「今月他にどこか入れる日あったりする?」とスタッフのひきちゃんに尋ねてみたところ「今週の金曜夕方からならいけますよ」とのことだったので、金曜は忙しくなる可能性もあるしどうだろうと思っていったん保留したのだが、火曜日にやるべきことをやれなかったのでお願いすることにして、そうしたら6時に来てくれたのでそこでバトンタッチをして僕は渋谷のいつものカフェに行った。自転車が気持ちよかった。
今日はだから形としては半休だったのだけど意識としては「別の場所で仕事をする」という感覚になっていて、3時間くらいのあいだひたすら仕事というかやるべきことを真面目にやっていた。「真面目」というのをどう定義するかによるが。途中で可笑しな気分になったので両手で顔を抑えて笑っていた。
休みではなく別の場所で仕事、の意識はそのまま行動にもあらわれて酒も飲まず、11時過ぎに店に戻り、ひきちゃんが帰ったあとに少し仕込みをし、夕飯を食べ、それからやっとビールを飲んだ。 寝る前に『人生の段階』の続きを読んだ。

二年目は一年目ほどひどくないはずだ、と思う。堪えなければならない苦痛は、どれも一年目に遭遇ずみだ。だから、二年目を迎える用意はできている、と思う。二年目はただそれを繰り返すだけ、と。だが……繰り返しだからといって、痛みが和らぐ保証がどこにあるだろう。そして実際に繰り返しが始まり、私は今後やってくるすべての繰り返しのことを思う。悲しみは愛情の裏返しだ。長年にわたる愛情の積み重ねがあるのなら、悲しみにも同じことが起こって不思議ないのではないか。 ジュリアン・バーンズ『人生の段階』(p.110)

会場の暗さと悲しみの暗さが重なり合うなかで、突然、この芸術の嘘っぽさが消えた。人々が舞台に立ち、互いに歌い合うことがまったく自然になった。思えば、高さと深さの両方において、歌唱は話し言葉より根源的な伝達手段だ。ベルディの『ドン・カルロ』では、主人公がフォンテーヌブローの森でフランスの王女に出会い、たちまちその前にひざまずいで、「わが名はカルロ、あなたを愛します」と歌い出す。そうだ、と私は思った。それでいい。それが人生のあるがままの姿であり、あるべき姿だ。 同上(p.113)

私も絶えず妻に話しかけている。それがごく自然なことのように思うし、必要なことでもある。いま何をしているか、今日一日何をしたかを語り、感想を述べる。運転中に何か目につけば指し示してやり、妻から返ってくる答えを声にする。失われた二人だけのやりとりを復活させる。私が妻をからかい、妻がからかい返す。もうすべてそらんじている。妻の声は私の心を静め、勇気を与えてくれる。いま、あそこにあるデスクの上の小さな写真の妻は、表情がなんだかいぶかしげだ。だから、私は何だろうと思い、その問いかけに答えてやる。家の中のつまらない問題でも、短いやりとりで楽しくなる。あのバスマットはもうみっともないから捨てていい、と妻も同意する。こんなやりとりは、外部の目には奇妙で、病的で、自己欺瞞にも見えるだろうか。だが、外部の目とは、すなわち悲しみを知らない目のことだ。私の内部にはすでに血肉化された妻がいて、いまでは簡単に、自然に、外に投影できる。妻の不在を私が四年間も堪えぬけたのは、その四年間、妻の存在を感じていたからにほかならない。 同上(p.127)

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