本の読める店

読書日記(14)

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12月31日

2時半ごろに目が覚めてトイレに立つと階下の明かりが階段を伝って廊下の端まで届いていた。消し忘れたのかと思い1階に下りて見れば居間の電気もつけたままで、中に入るとヒーターもステレオも電源のランプを灯していた、と、何かが動いた気配があり見ると息子が頭までこたつの中に入って眠っていた。起こすと寝ぼけたふうでもなくすっと起き、iPhoneで時間を見ると朝までそこで過ごしきらなかったことに何か喜びを覚えた様子で、私がすべての電源を落としていくとすまんねと言った、彼はメガネを掛けて丸善のブックカバーのついた分厚い本を抱えて1階の廊下を向こうまでいって左に折れて部屋に入った。ふたたび眠気がやってくるまで本の続きを読もうと思ったらしいが、二間続きの和室の片方では彼にとって叔父にあたる私の弟が寝ており二室をひとつのヒーターであたためていたためふすまは全開になっていた、本を読むために明かりをつけるためにはふすまを閉めなければいけなかったが、固く、何度か試みてうまく閉まらないため諦めることにしてそのまま寝入ることにしたらしかった。彼は重い布団の重みを感じながら、つめたさに怯えるように体をまるめ、ときおり足を伸ばしてみるもすぐに突き当たるつめたさにまた戻し、また伸ばし、少しずつあたたかさの圏域を拡大しようとするかのようだった、前夜にほとんど寝ていなかったらしくほどなくしてまた眠りに落ちた。彼が眠りに落ちたところで雨戸の閉ざされた真っ暗のその部屋の様子が変わったわけではなく寝息がひとつ増えただけだった。横の間で眠る弟がいびきを響かせた、その音は真上の天井を抜けて私に届き私のうちに反響し私もまたいびきをひとつかいた。

8時間ずつ眠らなければ気が済まない身であるならば、前日2時間の睡眠だった僕はこの日は14時間眠る予定だった、寝たのが12時だったとするならば14時までということだった、だが不思議と9時には目が覚めたため目をそのまま覚まして体も起こした。晴れた日だった。コーヒーを淹れた、栗山監督の言葉を胸に刻んだ。そうしているうちにAmazonの荷物が届き、年末年始は荷物がたくさんで配送の人たちが大変がっているというような話題が最近あったためなんだか悪いことをしたような気になった、しかしそんな必要はあるのか。わからないが、わからないながらにデジタルカメラを使うためにはSDカードが必要でそれは添付されていないということが届いて開いて初めてわかったためまたポチったため明日、それはこの家に届けられるだろう。ただ今日のうちはカメラは使えないため充電だけすることにしてふたたび栗山監督の言葉を胸に刻んだ。

レアードはお気に入りの寿司屋や焼鳥屋のことを「あの店を知ってるか?あそこはこんな店で……」とよく説明してくる。
それにしても、あの明るさはなんなんだろう。
シーズン終盤から、何度か試合前に円陣を組んで、選手たちの前で話をする機会があったが、レアードはいつも一所懸命聞こうとしている。そのときは横に通訳もついていないので、意味はわかっていないはずなのに、ウンウンと頷きながら聞いている。
そして、話が終わって目が合うと、いつも必ずニヤッと笑って「グッジョブ!」とか言ってくる。
なんなんだろう、あの明るさは。
(…)クライマックスシリーズで、ライン際に打球が飛んでファウルになったことが2回くらいあった。そのときも打球を追いもせず、「ファウル」という3塁塁審のジェスチャーを真似て、ケタケタ笑いながらこっちを見てくる。だから「おまえは審判か!」って、こっちもジェスチャーで返してやった。
緊迫した試合中に、一瞬、ベンチのみんなの力が抜けた。
本当になんなんだろうな、あの明るさは。 栗山英樹 『 「最高のチーム」の作り方 』(p.233,234)

車を借りて昨日同様ショーゾーに行くことにした。運転するのは1年ぶりだろうけれどすぐに慣れるというか運転し慣れたような感覚で運転できるようになるものでそれでそういう手つきで運転していた。通りからなにもない土地を挟んで向こうにシャッター4つくらいに分けて「○○肥料店」と書かれた大きな倉庫があってシャッターは気持ちのいい錆び方をしていてそこに光がさんさんと当たっていた、輝いていた。ショーゾーまでの道のりはもうナビに頼ることもないため適当に向かった、「国道4号」という表示が、僕をうれしくさせた。何がどううれしいのかはわからないが、それは僕をたしかにうれしくさせた。
途中で広い、だだっ広い駐車場のある敷地の先ほどとはまた別の倉庫のような建物の横に柑橘の濃い黄色い実のなった木が立っていた。下に2つ3つ、実が転がっていた。広い駐車場に停められた車は一台だった。倉庫は、フォークリフトが荷物を上げ下げするようなそういう場所のように見えた。天井というか鉄の梁のところから何本も何本も、金色やメタリックな赤色の紙テープのようなぴらぴらがたなびいていた、それがやはり太陽を受けて、その景色全体をチラチラした光の点滅するものにしていた。用途はまったくわからなかった。
車中で僕はどこにいるときよりも自由になる。自由を与えられるとこんなにもひょうきんな人間があらわれる。僕は一人でゲラゲラ笑いながらその隙間から溢れてくる悲しみみたいなものを噛み締めているように感じた。僕はずっと歌ったり会話を続けたりしていた。slackのhot cakesを、大きな声で、うたわなかった。音楽は、流れてはいなかった。ロードサイドドライバーがじろじろと僕に目を向けてはこなかった。hot cakesを僕は、大きな声でうたわなかった。

ショーゾーに着くと最初は昨日と同じく満席の黒板が出ていたため名前を記入するために名前を記入するところに行くと僕の前に待っている人たちの名前は「アクツ」だった。それで僕もその下に「アクツ」と書いた。栃木県北部、アクツはまったく珍しくない名字だという認識は持っているが、それでもアクツが二つならぶリストは僕は初めて見た。僕の人生に親族以外にアクツという名前を持つ人間が関わったことはなかった。すぐに呼ばれて二階の客席にあがった。昨日とは違う席に通された。そこは、隅っこ感のある好きな席だった。カフェオレを頼みパソコンを開き読書日記の更新をした。それからコーヒーとチーズケーキを頼み『煙の樹』を読んだ。懸念とは異なり『戦地の図書館』の強い誘惑に駆られることはなかった。それは今日栗山監督の本とともに少しだけ開かれた。写真が何枚もあった。そこではおそろしい光景が写されていた、ドイツでおこった焚書の光景だった。書物大虐殺、とあった。ビブリオコーストとルビが振られていた。僕はそれに対してすごく悲しい怒りのような念を覚えた。本を焼くなんてほんとうになんというかすっごくいけないと思った。いちばん憎んだし悲しいことだった。誰かが成し遂げた何かが消されてしまうことを僕は総じて悲しい思いで見た。履歴、足跡、そういうものは消されたくはなかった。たとえば消されてしまったブログを見ると悲しかった。せっかくの、と僕はいつも思った。吝嗇なんだろうと思った。もったいない、といつも思う。吝嗇なんだろうと思った。

すっかり暗くなりきった道を細い細い上弦の月をときおり眺めながら帰路についた。夜間の運転は明るい時間の運転よりは緊張感があって何度も衝突する音と衝撃を口と体で表現した。お守りみたいなものだった。昨日は一度も付けられていなかったテレビが帰ると付けられていた。テレビは音によって僕らの注意を根こそぎにするように設計されていた。どうしても気になってしまうようになっていた。サッカーボールを蹴り合っていた、テニスボールを打ち続けていた、野球ボールを投げていた、それからゴルフボールを打っていた!ゴルフボールを打っている松山と石山と石川と松川が見事なことをおこなっていた!それから格闘家の二人が戦っていた!そのあとでボクサーの二人が戦っていた!戦いには潮目のようなものがたしかにあるように、それを見ていると感じた。日本人のボクサーはタイ人のボクサーを次第次第にやっつけていきタイ人のボクサーは打たれないだけの距離を縮めるというかもう密着の距離まで寄せること以外に取る手を見つけられない様子に見えた、それから何度も殴られた腹が限界を迎えたのか、よろよろっ、としたダウンは、気持ちがいいというよりは慄然とするようなダウンだった。そして立ち上がった。タイ人を応援する気配が僕のなかで起こった。立ち上がった彼は最後の抵抗で何度か強いパンチを繰り出したがこれまでそうだったのと同じようにそれは有効ではなかった、そしてまた殴られて、よろよろっ、と同じ調子でダウンして、それから嘔吐した。心と体、人間の全部、というオリンパスのCMで宮崎あおいの声を通して聞かされるそのフレーズは僕は好んだ。

『煙の樹』は二段組でなかなかページがめくられることがない、それに600か700ページはありそうな厚みと重みのため、「いいポジション」というのを上手に探り当てなければならない、うつ伏せになってiPhoneを置くと安定した、11時半くらいに寝床についた僕はそれを読みながらどこかのタイミングで寝入った。

1月1日

重厚な布団で汗をどっしりとかいて5時過ぎに目が覚めて、寝ようかとも思ったが、静かなうちに起きるのもまた一興だと思った。それに眠くなったら寝ることがいつでも許される日というのも貴重なため眠くなくなった今は起きることが楽しい選択のように思った。頭のなかでずっとChance the Rapperの「Same Drugs」が繰り返されていた。起きてコーヒーを淹れて『煙の樹』を読んだ。まだ暗かったが、少ししたら明るかった。三夜連続で雨が降らなかった。

三夜連続で雨が降らなかった。うだるような暑さの家にはいられず、人々はダムログにある唯一の小クリートの地面であるバスケットボールコートで横になり、どんよりとした黒い空を見上げ、ほとんど言葉も交わさずに夜明けをっていた。 デニス・ジョンソン 『 煙の樹 』(p.109)

あるいは「沈む夕日が雲の下に姿を現し、雲を照らし出し、突如として街全体が深紅色に脈打っているような光景になった」とか、なんでもない簡潔な描写だけでなんだかいちいちぐっとくるようなところがある。これはベトナムのどこか村かなにかの場面で、ここを読んでいたら去年のいつだかに見た動画でアジアのどこかの国の動画で、暗い広場で、向こうが明るくて、ステージみたいなところがあって、というなかに人々がゆっくりと座ったり寝そべったりして向こうの光が彼らの面を白くさせているような、あるいはピンク色とか緑色とかに明るませるような、静かな動画、なんだったか、それを思い出して、それはよい思い出しだった。
読んでいるうちに眠気がやってきて眠ったり、それから起きて元旦のご飯を食べ、お屠蘇を飲んだりお節をつまんだりお雑煮を食べたりした。御屠蘇御節御雑煮。御御御付。なににでも文末に「サー」をつけるような感じだろうか。

「心理作戦。あんたと同じく。あのトンネルを心理的精神的拷問ゾーンに変えちまおうってわけ(…)クーチー地区のそこらじゅうにあるベトコンのトンネルだよ。俺は考えてるんだ。無臭性の精神作用剤とか、スコポラミンとか、LSDあたりをさ。トンネル網をそいつで満たしちまう。あのクソ野郎ども、一線越えた脳味噌で穴って穴から出てくるぜ(…)心理作戦っていうのは尋常じゃない思考がキモなんだよ。アイデアが破裂しちまうギリギリのとこまで膨らますわけ。俺たちは現実そのものの切っ先にいるんだ。現実が夢になるまさにその場所だ」 デニス・ジョンソン 『 煙の樹 』(p.201)

そうやって一日は流れていった、ゆるやかでしずかでおだやかだった。

イカレ中尉は、一メートル離れたところでデズモンド・デッカーのカリブのリズムに合わせて踊っているゴーゴーダンサーの膝元に夢中になっているようで、ストーム軍曹が彼の耳に大声で叫んでいた。「こいつに勝とうが負けようがクソほどでもねえよ。俺たちは後ゴミ期に生きてんだ。マジで短い十億年になるぜ。エクトプラズムの回路んとこじゃさ、人類のリーダーたちは知らず知らずのうちにお互いとも大衆ともつながってんだよ、そこじゃもう世界規模で満場一致で、この惑星を捨てて新しいのに乗り換えようって決定が出てんだ。この扉を閉めたら別んとこが開くってな」中尉には聞こえていないようだった。 デニス・ジョンソン 『 煙の樹 』(p.207)

父親が心配になるくらいに「数解」という数字を埋めていくゲームブックに向かい続けていて、頭の体操みたいなところなんだろうけれどそれにしても心配になるくらいに暇さえあればその本を開いて鉛筆を手に奮闘していた。数日前に父と叔父のあいだにこんなやり取りがあった。
「僕は初級だから」「初級とかあるんだ。なんか電車でやってる人とかいるよな」「いるな。お母さんは中級だから」「そりゃ馬鹿にされちゃうな」「しょうがないんだ」
本に読み疲れたとき、僕も一度試してみようと母の中級のレベル5のやつをやった。するとたいへん難儀して、すごく時間がかかってなんとか解けた。手詰まりだと思って長いあいだ停滞していたあとにふとわかる瞬間がやってきて、ひとつ埋まるといくつかが続けてわかるようなとき、それは気持ちがよかった。解けて、次はもう少し要領よくやれるのではないか、と思った。つまり、こうやってハマっていくということは想像ができた。もう二度とやらないように気をつけた。ずっと何かを食べ続けていた。

ジェームズに分かる限りでは、ハンソンも入れて六人の兵士が、斜面のすぐ上の茂みに腹這いになっていた。
下の山への爆撃が一段落したとき、ハンソンは静かに口を開いた。グリーンでのパッティングという、緊迫した場面を中継するアナウンサーのような口調だった。「ハンソンは姿勢を低くする。ハンソンは背筋を汗が伝うのを感じる。ハンソンの親指は安全装置にかかってる。指は引き金にかかってる。もし来たら、心底やられたって敵は思うことになる。ハンソンは奴らの顔を吹っ飛ばす。ハンソンの指はクリちゃんみたいに引き金を舐める。ハンソンはアソコみたいに銃を愛してる。ハンソンは家に帰りたい。ハンソンは清潔なシーツの匂いを嗅ぎたい。アラバマのシーツだ。ベトナムの臭いやつじゃない」
誰もハンソンの相手をしなかった。敵は殺し屋で、自分たちはほんの子供にすぎず、もう死んだのだ、と誰もが分かっていた。この瞬間のことが理解できて、この瞬間を生き延びれるような口調でハンソンが喋っていることを、皆がありがたく思っていた。 デニス・ジョンソン 『 煙の樹 』(p.305)

このハンソンの実況中継のくだりは覚えがあった、今回もやはりここは実に格好がいい場面だった。それにしてもこの戦闘の場面全体が本当にすごい。1968年、49年前のベトナムの正月であるところのテトの時期に起こったことだった。

ハーモン曹長が後ろにやってきた。下で着弾したロケット弾の、突然神々しい光の中、背筋を伸ばして歩いてきて、助かったんだ、と兵士たちは思った。(…)
「(…)俺についてこい。明るくなったら伏せて前を見ろ。暗くなったら見えてた所に動くんだ」彼はかがみ、ジェームズの肩に触れた。「呼吸が深すぎるぞ。鼻から浅く息をしろ、そうすれば大丈夫だ。こういう状況では過呼吸になるな。手や指が痙攣する」
「オーケー」とジェームズは言ったが、何のことなのか分からなかった。
「行くぞ!」と曹長は言って、出ていった。ゆらめく光の煙を引いた照明弾が谷の上空を漂い、煙から離れ、ゆらゆらと落ちていく。煙っぽい薄明かりで、ジェームズは移動しながら自分の足を見ることができた。前進している限り、殺されることはなかった。(…) 彼の周りの茂みの至るところを、銃弾がチュンチュンとかすめていった。誰かがやられ、泣き叫び、止むことなく喚いていた。すぐ前のところでは、ヘルメットを弾で飛ばされた男がひざまずいていて、頭の傷で頭皮がめくれている——いや、ヒッピーの衛生兵だ、頭にハンカチを巻いて、モルヒネの応急注射器を二本のタバコのようにくわえ、叫んでいる男の上に膝をついている——曹長だ。「曹長、曹長、曹長!」とジェームズは言った。「よしいいぞ、話しかけろ。気絶させるな」と衛生兵は言って、注射器を噛み、曹長の首に刺した。だが、曹長は赤ん坊のように泣き喚きつづけ、ひたすら声の限り叫んでいた。「ちょっとぶっ放してこいよ、な?」と衛生兵は言った。ジェームズは体を屈めて、ブラックマンのところによたよたと歩いていき、下の銃光目がけて発砲した。人を殺していることは分かっていた。動いていること、それが秘訣だった。動いて殺して、素晴らしい気分だった。 デニス・ジョンソン 『 煙の樹 』(p.305,306)

夜になるとSDカードが届けられたためカメラを使う練習をした、それで部屋にいる人たちつまり父や母を撮った。親しいあいだがらの人の瞬間を切り取っておくというのはなんだかとてもいいものかもしれないなと、上出来に見える写真を見ながら思った。そこにはおだやかな空気が写っていたし人に銃口を向けることはおそろしいことだった。

クーティーズの黒人は、スイス製多目的アーミーナイフで男の腹をえぐりながら、講釈を垂れているようだった。(…)
カウボーイが声を掛けた。「そのマンコ野郎にかましてやれよ。もっと泣き叫ばせてやれ。そうだ、このカス。曹長はそんな具合に叫んでたんだ。泣き叫びやがれ」彼の顔は怒りで紫になっていて、泣いていた。
「このボロカスウンコ野郎に見てもらいてえものがあんだ」今度はアーミーナイフのスプーンを出して男の目に近づけていった。
「やれよ、やっちまえ」とカウボーイ。
「この野郎にマジで……じっくりと……見てもらいてえ」とクーティーズの男は言った。捕虜の叫び声に「いい調子だ。女の子の赤ん坊みてえな声だぜ」と彼は答えた。彼は足下の血溜りにナイフを捨て、視神経だけでぶら下がっている男の両眼をつかみ、血走った眼球を回転させ、瞳が空の眼窩と頭蓋骨の髄を見るようにした。「自分をよーく見るんだな、このクソ野郎」(…)
大佐はコンテナから飛び降りて(…)吊り下げられた捕虜のこめかみを撃った。(…) カウボーイは大佐に面と向かい合った。「あんたは声が枯れるまで曹長が泣き叫んだのを聞いてねえんだ。そんなことが一回二回あったら、こんなクソもう楽しくもなんともねえよ」

死体はすぐにだらりとなり、脳の切れ端が顔の片側から落ちていった。(…)
大佐はピストルをホルスターに戻して言った。「反共産主義のためなら俺はたいていのことはやる。いろいろな。しかし神かけて、限度ってものがある」
ミンは大佐の甥の笑い声を聞いた。スキップ・サンズは立っていられないくらい笑い転げていた。テントに片手をかけて、引き倒さんばかりだった。 デニス・ジョンソン 『 煙の樹 』(p.315,316)

1月2日

目を閉じると暗いトーンの浜辺が広がっていて波打ち際には肘から先で切断された腕が何本も打ち上げられていた。暗い調子のなかで切断部は鮮やかに赤く、指のほうに行くにしたがって黒い斑点があらわれて先は完璧に黒ずんでいた。昨日と同様に汗をじっとりとかいて早い時間に目が覚めてそのまま起きた。6時半だった。自然光のしっかりと入る時間のカメラの練習をしようと思い遺影を撮った。もうまったく使われない、かつては居間として馴染みのあった今は仏壇がある部屋という認識の居間の続きの部屋に祖母と祖父と大叔母、それからおそらく曽祖父と曾祖母の遺影が並んでいた、ガラスの面にカーテン越しの光が当たって、去年亡くなった大叔母の顔の近くに花が写りこんでいた。

午後にショーゾーに行った。行きの車では柴田聡子の「カープファンの子」をエンドレスに歌っていた。カープの選手は誰かこの曲を登場の際の曲に使ったら盛り上がることは間違いないはずだが使われていないのだろうか、あるいは応援歌として使われていないのだろうか、それを聞くあるいは歌う無数のカープファンのあの子はどれだけ気分が盛り上がるだろうか。もっともっとひどいことを考えておかなくちゃ。なんて楽しいのだろうか。じゃない?と僕は助手席に向かって言った。おどろいたことに誰もそこにはいなかった。頭のなかに常に響いているその声がもう、リアルすぎてわけがわからないな。

もうリアルすぎて訳分かんねえ、いやリアルさが足りねえのかな、とジェームズは誰かに言っていた……いや、誰かにそう言われたのか……。 デニス・ジョンソン 『 煙の樹 』(p.346)

ショーゾーではカフェオレとコーヒーを飲んだ。この4日間で3回、僕はこの場所に来ていた。仮に、と思った。仮に僕が栃木の家で暮らすようになったら、いったいどんなふうに暮らすのだろうか。週1回とかこうやってショーゾーに来て、店の人ともよく知り合いになって、どうも、とか言うのだろう。このあたりにはだいたいツタヤと一緒になっているハートブックスという地元のチェーンの書店がいくつかあって、つまりこのあたりには書店は一店たりともなかったし本は一冊たりとも売っていないということだった。だから本は全部Amazonで注文するだろう。そうなると水声社マジふざけんなとか思うのだろう、御社の本をAmazonで買わせてください、それとも大型書店にアクセスできる人だけが買えればそれでいいのでしょうか?と僕がここで暮らす場合は苛立つだろう。映画は、映画館は栃木県内にはあるのだろうか。宇都宮にはありそうだし小山とかにもありそうな気がなんとなくするが、それもどうせ微妙なシネコンだろう。小さい映画を見られる場所は一つもないような気がする。茨城には水戸があるし群馬には高崎があるから、なんとなくそういう機会はありそうなイメージがあるのだけど、栃木県にはそういうイメージがひとつもない。映画についてはツタヤディスカスを使ってあるいはネットフリックスとかを使って家の視聴環境をきっと整えて、なんなら防音とかもしっかり作って、それで納得させるのだろう。それであらかた満足できてしまうかもしれない。あとは、あとはなんだろうか。もしかしたらそれだけで、僕の欲求は満たされるのかもしれない。あとは、あとはなんだろうか。ともあれ僕がここで暮らすことはきっとないだろう。大宮に住んでいる両親は今年中にこの家に居を移すと聞いている。彼らは何をして暮らすのだろう。いろいろと趣味のある二人だから、きっと何かをして暮らすのだろう。

スキップは門の向こうの道路を見つめた。母のことはまったく考えなかった。後で考えることになるのだろう。母を亡くした経験などなく、どういう順番でこうした感情が生起するのか、予想することはできなかった。親しい人間を亡くしたこともなかった。物心つく前に、父は死んでいた。戦争に倒れた仲間たちは言うまでもなく、叔父フランシスは若くして息子を亡くしていた——ケープ・コッド沖をヨットで走っていて溺死したのだ。スキップ自身、木の枝から吊り下げられた男を大佐が撃つのを目撃していた。何だと思う?人が死んだ。この瞬間を独りで受け止められずに済んだら、と願った。彼には無意味な瞬間だった。叔父が戻ってきて、隣に座ってくれたのでありがたかった。 デニス・ジョンソン 『 煙の樹 』(p.404)

帰りは「「「「メレディス・モンクの真似をしながら運転中」とどちらかというと向井秀徳っぽくもあるフロウで歌っていると次第にそれはシャウトになっていく」とメレディス・モンクの声音をなお真似をしながら車中で言っております」とここまでを落ち着いた口調でナレーションしております」と言いながら運転をした。それはひどく楽しかった。今年一番楽しかった。夕方、景色はこんじきに輝いていた。完璧だった。

夜に一度読むのに疲れたこともあったのか2016年のよかった本ベスト10をブログ用に書いていた。それをやっていると今年一番楽しかった。それで楽しく過ごした。

1月3日

箱根駅伝は5分見ているだけで泣くことができるようになっている。
ただ走るだけ、ただ現在が連綿と続いていくだけ、それがこれだけのドラマになるということは、僕たちはよくよく覚えておいたほうがいいように思う。回想は必要ない、ただ力強い現在が連なれば力強い画面ができあがると、僕たちはよくよく覚えておいたほうがいいように思う。過去に、物語に支えてもらいたくなったとき、僕たちは箱根駅伝を思い出すべきだと思う。

今日も早く起きた。最初に目が覚めたのは1時半で、うんざりした。次に目が覚めたのは4時で、さすがに早かった。次が7時だったので、起きた。『煙の樹』が500ページを越え、残りはおそらく150ページくらいなんだろう。二段組で残り150ページ、決して少ないページ数ではない、二段組で150ページ分の小説なんていくらでもあるだろう、ここからすべてが始まってもいいくらいだろう、だけどこれだけ長い小説だと、残りがこれだけになると我々はもう終わりを感じながら読んでいる。すべてが崩壊に向かっていく。

高円寺に行った。店に寄ってチーズケーキや鶏ハムの仕込みをしてから行った。もともとあった予定が消えて途方に暮れたため連絡を取った友だちが新年会みたいなものをやっているというので行った。それは先週の映画の会の人たちとだいたい同じような人たちの集まりで、先週僕は映画見るよりもどこかで集まって飲むとか、宅飲みだったらなんかなおのこと、そんなだったらとてもいいのに、と思っていた、ということを書いたけれどこの日のそれはまさにそれだった、それで鍋を食べたりした、それは気楽で、愉快で、いい場だった。特に失言みたいなものもなかったように記憶しているのでそれもまたいいことだった。
帰宅後に明日更新しようかと思っているベスト10なブログの推敲というかリストを見やすいようにするためにぐちゃぐちゃのtableを作ったりであるとかリンクを貼ったりであるとか細かいどうでもいいようなことをちまちまとやっていた。それをやっていると今年一番楽しかった。それで楽しく過ごした。

1月4日

パクチーとタコと水菜のサラダ、満月玉子という味噌漬けにした黄身とクリームチーズとかを和えたディップとクラッカー、カブの和え物、トマトとレタスのサラダ、生ハム、カマンベールチーズと鱈と白菜とベーコンの鍋、そこに追加でサワークリームをつけて食べるペリメニという水餃子、〆に鍋に追加で古代小麦のスパゲッティ、持っていったカルダモンのビスコッティとミニマルのチョコレート、ビール、ワイン赤白、焼酎、マンデリンのコーヒー。 大宮の友だちの家で新年会みたいな会をおこなった、ここ数年年末か年始のどこかでお邪魔していつもごちそうしてもらう、今回はワインを飲みたいねということになったのでチーズなものをたくさん用意してくれた、用意されたそれらは毎回そうであるように今回もどれも見事なまでにおいしくて、見事なまでにおいしいと思いながら舌鼓を打った。11時半から始めて僕は途中で酔っ払って2時間ほど眠った。友人夫妻の子供は2歳近くになり、一年前は見るだけで泣かれるので見られないようにしたものだったがもう泣かなくなったどころかスタスタと歩いていた、子供と接し慣れていない僕は彼女ときわめて楽しく遊んで、遊べば遊ぶだけ僕の心はほぐれるような、とても楽しい交流だった。
夜になって外に出て初詣をしに神社に向かった。暗い、住宅の並ぶ道を歩いて、それから競輪場やサッカーのスタジアムや野球場がある公園のわきを歩いて、その駐車場を突っ切った。そのルートはフヅクエを準備している時分によく通った道だった。2014年の夏は大宮と初台の往復だった。自転車なり電車なりで大宮駅に出て、初台に行って工事をして、帰った。大宮駅から家までを、自転車の日はもちろん自転車で、歩きの日も電車を使わないで歩いて帰ることが何度となくあった。歩くと50分くらいだった、参道を通り、スタジアムのわきを通り、公園の駐車場を突っ切り、それからまっすぐ、市営球場やプールや畑が左右にある道を下がり、上がりしながらまっすぐ歩いていった。それは夏の花火大会の日になれば車両の通行は不可になり両脇に屋台が出るメインのストリートになるところで、そこを僕らはさまざまな思いを抱えて歩いたものだった、その道も普段は街灯の数は少なくて暗闇がしっとりとあたりを満たすようで、歩道は充分な広さであるとはいえ、後ろからやってきた車が急に横で止まり僕を襲撃してまた走っていった。その道を歩くたびにそれは起こった。僕はそのつど、暗く草の生えた道端に倒れ、殴打された部位の痛みを噛みしめるように体を丸め、朝が来て散歩者が第一発見者となり救急車および警察車両がやってくるまでその姿勢を維持した。僕の横たわる道のすぐ横に広く広がる畑の向こうに線路があって、光をたなびかせながら走っていった。年内に両親が大宮からはいなくなるから、その道を歩くことはこれから先おそらくなかった。それを少し考えていた。
9時ごろの神社は人はほとんどいなくて、静かにお参りをおこなった、みんなで写真を撮った。企業名や個人名が書かれた提灯がおびただしい数、びっしりと吊るされていて、白白とあかるく砂利を照らした。子供は欄干を見て「あか」と言った。参道の入り口で一家と別れ、一緒だった友だちともう店じまいをしている暗くなった屋台のあいだを歩いていった。新宿まで出て、少し飲んで、それで別れて帰った。
寒い部屋に帰るとビールを飲んだところ『煙の樹』が読み終えられた。そのような満足は不用かつ不毛ながら12月31日から1月4日、ちょうどほぼ冬休みの日をきれいに塗るような格好で650ページの小説を読み終えられたことに気分のよさがあった。それからもう1缶ビールを開けたところ『戦地の図書館 - 海を越えた一億四千万冊』が再開された。面白くなるのだろうか、と少し不安に思った、とても真面目な人が書いているように感じたらしかった。

1月5日

仕事始め。仕込みをして時間がまだあったので12月の伝票を打ち込んだりしていたら余計なことを考えだした。余計なことというか、フヅクエがどうあるべきかということというか、大切なことなんだけど、えーそれ、ほんと!?と思う思いつきがやってきて一日それにとらわれて過ごした。寝際に『戦地の図書館』を3ページくらい読んだ。

1月6日

働いた。明日からの営業時間変更がいろいろと不安というかどういうふうになるものなのかまったく見当がつかない。基本的には暇だろうけれども、ご飯を食べる方が多いのか、茶をしばく感じになるのか、軽食なのか、さっぱり見当がつかなくて、これはやってみないとわからないのでやってみるほかないのだけど、わからなすぎて何を用意しておけばいいのかがわからないのがやりづらい。途中で何か仕込みに必要になって買い出しに出ることができない、というのが一番不安で、よほど先手先手で準備しておかないといけなくなる、が、何が出るのかわからないから下手な手もそんなに打てない、そういうところで「まあやってみないとね」と思っている。
昨日から考えている、昼の定食屋をやめて全日昼からフヅクエとしてやるほうがいいのではないか、ということを今日も考えていた。昼の労働が収益の土台みたいになっているので、けっこうこれは勇気のいる変更になるのだけど、どうなんだろうか。いろいろと試算をしてみたところ、どうにかなるような気もするし、そんなふうにはいかないような気もするし、わからない。この今の自分のモードを見る限りこれもどこかのタイミングで試すことになるのだろうなと思う。それは店のためでもあるし一見労働のセルフブラック化のように思えて実のところは自分の働き方をコントロールするためという面もあるのだけど、いずれにせよ大きな変更には違いなくて、マジかよと思う。安定した状態に落ち着くなんてことには決してならないらしい。 本は今日も寝際に開くだけだ。

読書日記なので年が済んだところで読書してきた履歴を貼ったらそれらしいような気がしたので、読書日記を始めたのは10月からですが2016年の読書履歴を下記に。日付けは読了日。

0101 マリオ・バルガス=リョサ『つつましい英雄』(田村さと子訳、河出書房新社)
0102 岸本佐知子, 三浦しをん, 吉田篤弘, 吉田浩美『『罪と罰』を読まない』(文藝春秋)
0114 ドストエフスキー『罪と罰(上)』(工藤精一郎訳、新潮社)
0122 キルメン・ウリベ『ムシェ 小さな英雄の物語』(金子奈美訳、白水社)
0122 ドストエフスキー『罪と罰(下)』(工藤精一郎訳、新潮社)
0125 平出隆『ウィリアム・ブレイクのバット』(幻戯書房)
0205 ドストエフスキー『悪霊(上)』(江川卓訳、新潮社)
0205 星野道夫『旅をする木』(文藝春秋)
0212 平出隆『白球礼賛 ベースボールよ永遠に』(岩波新書)
0218 ドストエフスキー『悪霊(下)』(江川卓訳、新潮社)
0222 青木淳悟『学校の近くの家』(新潮社)
0225 管啓次郎『本は読めないものだから心配するな』(左右社)
0229 佐々木敦『ゴダール原論: 映画・世界・ソニマージュ』(新潮社)
0301 フアン・ガブリエル・バスケス『コスタグアナ秘史』(久野量一訳、水声社)
0308 平出隆『ベースボールの詩学』(講談社)
0310 フアン・ガブリエル・バスケス『物が落ちる音』(柳原孝敦訳、松籟社)
0315 中沢新一『アースダイバー』(講談社)
0316 アレハンドロ・サンブラ『盆栽/木々の私生活』(松本健二訳、白水社)
0319 多和田葉子『言葉と歩く日記』(岩波書店)
0323 柴崎友香『パノララ』(講談社)
0330 トラヴィス・ソーチック『ビッグデータ・ベースボール 20年連続負け越し球団ピッツバーグ・パイレーツを甦らせた数学の魔法』(桑田健訳、角川書店)
0401 滝口悠生『死んでいない者』(文藝春秋)
0403 保坂和志『プレーンソング』 (中央公論社)
0405 保坂和志『草の上の朝食』(中央公論社)
0419 西村佳哲『自分の仕事をつくる』(筑摩書房)
0422 スティーヴ・エリクソン『ゼロヴィル』(柴田元幸訳、白水社)
0423 ダン・バーバー『食の未来のためのフィールドノート・上: 「第三の皿」をめざして:土と大地』(小坂恵理訳、NTT出版)
0427 都築響一『圏外編集者』(朝日出版社)
0507 スティーヴ・エリクソン『黒い時計の旅』(柴田元幸訳、白水社)
0507 ダン・バーバー『食の未来のためのフィールドノート・下: 「第三の皿」をめざして:海と種子』(小坂恵理訳、NTT出版)
0515 保坂和志『カンバセイション・ピース』(新潮社)
0516 都築響一『ヒップホップの詩人たち』(新潮社)
0519 都築響一『夜露死苦現代詩』(筑摩書房)
0527 舞城王太郎『淵の王』(新潮社)
0528 速水健朗『東京β: 更新され続ける都市の物語』(筑摩書房)
0529 仲谷正史、筧康明、三原聡一郎、南澤孝太『触楽入門 ——はじめて世界に触れるときのように』(朝日出版社)
0603 保坂和志『季節の記憶』(中央公論新社)
0606 エドゥアルド・ハルフォン『ポーランドのボクサー』(松本健二訳、白水社)
0610 石原豊一『もうひとつのプロ野球』(白水社)
0611 傳田光洋『驚きの皮膚』(講談社)
0612 ドナル・ライアン『軋む心』(岩城義人訳、白水社)
0621 ダニエル・アラルコン『夜、僕らは輪になって歩く』(藤井光訳、新潮社)
0626 L.P.デイヴィス『虚構の男』(矢口誠訳、国書刊行会)
0705 ダニエル・アラルコン『ロスト・シティ・レディオ』(藤井光訳、新潮社)
0712 蓮實重彦『伯爵夫人』(新潮社)
0715 レイ・カーツワイル『シンギュラリティは近い』(NHK出版)
0716 旦部幸博『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』(講談社)
0726 アリエル・ドルフマン『南に向かい、北を求めて––チリ・クーデタを死にそこなった作家の物語』(飯島みどり訳、岩波書店)
0803 ケヴィン・ケリー『〈インターネット〉の次に来るもの―未来を決める12の法則』(服部桂訳、NHK出版)
0808 『atプラス28』(岸政彦編集協力、太田出版)
0809 ロベルト・ボラーニョ『第三帝国』(柳原孝敦訳、白水社)
0817 スティーヴン・ミルハウザー『エドウィン・マルハウス あるアメリカ作家の生と死』(岸本佐知子訳、河出文庫)
0823 夏目漱石『それから』(新潮社)
0827 夏目漱石『門』(新潮社)
0902 ジョン・クラカワー『信仰が人を殺すとき(上)』(佐宗鈴夫訳、河出書房新社)
0903 ジョン・クラカワー『信仰が人を殺すとき(下)』(佐宗鈴夫訳、河出書房新社)
0904 J・G・バラード『殺す』(山田順子訳、東京創元社)
0909 岸政彦『街の人生』(勁草書房)
0913 仲島ちひろ『かんたんなのに、ほとんどの人がやっていないお店にファンをつくるウェブ発信の新ルール』(角川書店)
0924 岸政彦、雨宮まみ『愛と欲望の雑談(コーヒーと一冊)』(ミシマ社)
0924 苫野一徳『勉強するのは何のため?―僕らの「答え」のつくり方』(日本評論社)
0924 林伸次『バーのマスターは、「おかわり」をすすめない 飲食店経営がいつだってこんなに楽しい理由』(DUブックス)
1002 アン・ウォームズリー『プリズン・ブック・クラブ ––コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年』(向井和美訳、紀伊國屋書店)
1009 雨宮まみ『東京を生きる』(大和書房)
1018 ウィリアム・フォークナー『八月の光』(加島祥造訳、新潮社)
1023 アンソニー・ドーア『すべての見えない光』(藤井光訳、新潮社)
1025 速水健朗『東京どこに住む? 住所格差と人生格差』(朝日新書)
1027 ウィリアム・フォークナー『死の床に横たわりて』(佐伯彰一訳、講談社)
1111 スティーヴン・ウィット『誰が音楽をタダにした?──巨大産業をぶっ潰した男たち』(関美和訳、早川書房)
1111 保坂和志『地鳴き、小鳥みたいな』(講談社)
1114 ジョン・ファンテ『満ちみてる生』(栗原俊秀訳、未知谷)
1114 最果タヒ『きみの言い訳は最高の芸術』(河出書房新社 )
1119 パトリシア・ハイスミス『アメリカの友人』(佐宗鈴夫訳、河出書房新社)
1127 アーネスト・ヘミングウェイ『移動祝祭日』(福田陸太郎訳、土曜社)
1130 W.G.ゼーバルト『アウステルリッツ』(鈴木仁子訳、白水社)
1207 アレホ・カルペンティエール『方法異説』(寺尾隆吉訳、水声社)
1208 レイナルド・アレナス『襲撃』(山辺弦訳、水声社)
1211 寺尾隆吉『ラテンアメリカ文学入門 - ボルヘス、ガルシア・マルケスから新世代の旗手まで』(中央公論社)
1213 雨宮まみ『まじめに生きるって損ですか?』(ポット出版)
1214 アーネスト・ヘミングウェイ『武器よさらば』(高見浩訳、新潮社)
1217 フアン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』(杉山晃・増田義郎訳、岩波書店)
1218 山内マリコ『あのこは貴族』(集英社)
1220 植本一子『かなわない』(タバブックス)
1221 アーネスト・ヘミングウェイ『日はまた昇る』(高見浩訳、新潮社)
1225 武田砂鉄『芸能人寛容論 テレビの中のわだかまり』(青弓社)
1228 ジョーゼフ・ヘラー『キャッチ=22(上)』(飛田茂雄訳、早川書房)
1230 ジョーゼフ・ヘラー『キャッチ=22(下)』(飛田茂雄訳、早川書房)
1231 栗山英樹『「最高のチーム」の作り方』(KKベストセラーズ)

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