読書日記(11)

2016.12.17
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#12月10日 12時過ぎにうかがいます、と言ってやはり13時過ぎになります、と言ってけっきょくファーマーズマーケットに着いたのは13時半だった。晴れた日で山手通りを下り富ヶ谷を左に折れまっすぐ下り代々木公園の真ん中を突っ切るように上がりそこは少し前まで、「ゾーン」みたいな感じで冷たくて重みというか実体というかのっぺりした形のあるような冷気が左から体に当たって貼り付いてくる場所だったがすでにデフォルトが冷気なのでこの日はそういうことはなかった上りきりそこから表参道を両サイドにたくさんのうごめく人々をみやりながら一気に下りまた上がり右に折れ青山通り少し行く。自転車が気持ちいい。
だいたい空っぽのリュックサックにレモン2キロと生姜1キロと柚子1キロが詰め込まれ渋谷駅のど真ん中を通り道玄坂を上がり酒屋で500ccのジンを買い山手通り上がり下がりしながらスーパーに寄りまたリュックにいろいろと詰めこみ最後に坂を上がり八百屋に寄り店に着く少し汗ばむ冷たい水を飲む。 5キロ以上の荷物を背中におぶって自転車に乗っていると小さな子を持つ親のことを「体力がある」「とてもすごい」「誰よりもがんばっている」と思った、とても重かった、今朝、姉に子供が生まれた。
木曜日くらいから、来月から土日を12時オープンにしてみたらどういうことになるのか、というのをたぶん想像しているようで、その場合はこの時間までにこれが済んでいて、金曜のうちにここまではやっておいちゃって、あれはこのぐらいは出せるように準備しておいて、とか、頭の片隅でぼんやりと考えている。土曜日、今日もまた起床したのは12時過ぎだった。先週と同じようにまず読書日記の更新作業をしていた。前回が14,000字とかで、今週はずっと短い日ばかり続いて短いと思っていたらけっきょく1万字くらいになっていた。それだけの文字数になると推敲というか誤字脱字であるとかのチェックも時間が掛かるようになって、今書いているscrivenerというソフトだと引用や書籍のリンクとかでいろいろタグがあって見にくいのでとりあえず更新してしまってそれを見ながらチェックして手直しして再更新してまた見つかって、という感じになっているのだけど、元カレに似ているホストとめっちゃタイプの女の会話のところを構成と呼べるようなものでもないけれど流れ等から見直す感じにしていたらより時間が掛かった。マヨララ。ウルスラ。昨日から、年末年始はガルシア=マルケスなんじゃないかという気になってきている。『百年の孤独』。もしそうなったら読むのは4回目くらいになるだろうか。寺尾隆吉を読んでいたら、予想通りにラテンアメリカの小説をまたいろいろ読みたいような気になってきた。フアン・ルルフォの『ペドロ・パラモ』を今ふいに読みたくなってきた。
『百年の孤独』を最後に読んだのは2012−2013の年越しのときだと思っていた。2013−2014がボラーニョの『2666』で、2014−2015がパワーズの『舞踏会へ向かう三人の農夫』だとばかり思っていた。そうしたら記録を調べてみたところどうやら違った。2009−2010だった模様。ずいぶんな記憶違い。それでは2012−2013はいったい何を。そしてその前の2010−2011は、2011−2012は、何を読んだのか。
2010年の最後の読書は伊藤計劃の『ハーモニー』で12月29日に終えられていて、2011年は1月22日に米澤穂信の『春期限定いちごタルト事件』が一番最初の読了になっている。そのあいだいったい何をやっていたのだろうか。2011年はそこから夏期限定、秋期限定、『犬はどこだ』と米澤穂信を立て続けに読んでいる。わかった。2月11日にピンチョンの『メイスン&ディクスン』の上巻を終えている、これを年末年始は読んでいて、疲れて米澤穂信に浮気していた模様。下巻は3月4日にやっと読み終えている。
2011年は最後の一冊が長谷川町蔵と大和田俊之の『文化系のためのヒップホップ入門』で、2012年の最初は2月21日のピンチョンの『逆光』の上巻で、だから年越しはこれを読んでいたのだろう。2011年の6月に岡山で店を始めて、最初の一年間くらいは本当に本を読めていなかったように記憶しているけれど、それにしたって最初が2月21日とは、本当に読めていなかったんだなというのが知れる。下巻に至っては6月28日に終えたらしい。
それから2012年。12月31日に佐々木敦の『批評時空間』、翌2013年1月13日にピンチョンの『LAヴァイス』を読み終えている。だからやっぱりピンチョンを読んでいたらしい。
全然そんな記憶がなかったけれど、ガルシア=マルケス、ボラーニョ、パワーズ、だと思っていたところ、ガルシア=マルケス、ピンチョン、ピンチョン、ピンチョン、ボラーニョ、パワーズだった。なお2015−2016はバルガス=リョサの『つつましい英雄』だった。
伝票——といってもA4のプリント用紙を半分に切ったものにどんどん書き入れていくだけのやり方なのだけど——だけを見ればとても忙しいナイスな日、にしか見えないのに、妙にぽっかり時間があいたりして、それで寺尾隆吉を読んだりしていた。
『別荘』の成功で虚栄心を満たされたドノソは、妻との神経症的生活を乗り越えるとともに、肩の力を脱いて創作を楽しむようになり、『ロリア侯爵夫人の失踪』(1980)や『隣りの庭』(1981)といった佳作を発表しながらも、次第にピノチェト軍事政権下にあった祖国チリへの帰国を望むようになった。81年にサンティアゴに落ち着いて以降のドノソは、とくに軍事政権からにらまれることもなく、長編『絶望』(1986)などの執筆を進める一方で、創作教室などを開いて後進の指導にあたり、名声を手にした国際的作家として比較的静かな余生を送った。
なんだかここで妙にぐっときてしまった。ホセ・ドノソというと他の作家への妬み嫉みでがんじがらめになっていろいろ鬱屈というイメージしか持っていなかったので、そのあとはこんななんか穏やかな感じだったとは知らず、なんかとてもよかったね、と思った。軍事政権下でも問題視されずにいけたとか、創作教室とか、なんか「あーすごいなんかほのぼのってこともないだろうけどこちらとしてはなんかほのぼの」という気になり、ぐっときた。
そんなこともあるだろうとは思っていたけれど、「チョコレート狂いになっている」と書かれた日記が更新されてしまえば、もう狂わなくていい、みたいなところがあるのかもしれない。チョコレートを食べない夜になった。それで甘いものからしょっぱいものへというところでトルティーヤチップスをぼりぼり貪りながらビールとウイスキーを飲みながら寺尾隆吉をやっつけようとしていたところ、やっつけたらヘミングウェイにこの夜、行こう、そう思っていたところ
回想録の隆盛は、黄金時代のラテンアメリカ小説に親しんできた読者や文学研究者に心地よい読書体験と有益な情報を提供する反面、バルガス・ジョサがヘミングウェイの回想録『移動祝祭日』について巡らせた論考に従えば、作家たちの「衰弱状態」を如実に映し出す現象でもあった。
とあり、思わぬ方向から「今宵行け、ヘミングウェイに」という声を聞いた。ところで部数の話がいろいろとびっくりする。
日本や欧米の先進国ではすでに、ベストセラーといえば数十万単位の売り上げを意味していたこの時代に、『澄みわたる大地』や『都会と犬ども』、『石蹴り遊び』といった作品でさえも、発売から10年でようやく数万部を売り上げた程度であり、『百年の孤独』ですら100万部までの到達に数年を要した事実をみれば、ブームといっても、その及ぶ範囲がいかに限定的であったかわかるだろう。
ボラーニョに至っては。
『はるかな星』は、発売直後に一部批評家から高い評価を受け、後に述べるとおり、現在ではボラーニョの最高傑作と評されることすらあるものの、売り上げをみるかぎり、96年951部、97年816部、98年818部と、決して芳しい成績を収めたわけではない。
それで、そのため、ヘミングウェイを読み始めた。1929年に発表された『武器よさらば』は初版31,000部だった模様。
書き出しはこんなふう。
あの年の夏の終わり、ぼくらの暮らしていた家は、川と平野をへだてて山々と向き合う村にあった。川床は小石や丸石でうずまり、日を浴びて白く乾いていた。幾筋にも分かれた水流は、青く澄んで、素早く走っていた。家の前を部隊が進み、道路を遠ざかっていった。彼らのまきあげる埃が、木々の葉に粉のように降りかかって、木々の幹も埃にまみれた。あの年は葉の落ちるのが早く、道路を進む部隊を見ていると埃が舞いあがり、風に揺れる葉がおちるなかを兵士たちが行進して、彼らの去った路上はただ白っぽく、木の葉だけが散らばっていた。
アーネスト・ヘミングウェイ 『武器よさらば』 (p.8)
静か!きれい!端正!とポストアレナスの時代を生きる私は思った。
それにしてもすごく面白い。第一次大戦のイタリアの部隊に入ったアメリカ人が語り手で、他の人たちはみなイタリア人なのでグラッパを飲んだりスパゲティを食べたりする。
チーズをいくつかの断片に切って、マカロニの上にのせた。

「こいつを囲めよ」ぼくが言うと、みんな、それを囲んで、待った。ぼくは指先をマカロニにつっこんで、もちあげた。ひとかたまりがほどけた。
「高くもちあげるんですよ、テネンテ」
腕がのびる限りもちあげると、ほどけた分が宙にぶらさがった。その端のほうから口中にたらし、するっと吸い込んで、先端を噛み切る。すこし噛んでからチーズを一切れ味わい、ワインを飲んだ。ワインは錆びた金属のような味がした。ぼくは水筒をパッシーニに返した。
「ひどい味ですよね」彼は言った。「あんまり長いあいだ水筒に入れといたもんで。車にのせといたんですが」
みんな夢中で食べていた。鉢すれすれに顎を寄せてから頭を背後に引いて、マカロニの先端を吸い込む。ぼくも口いっぱいに頬張り、チーズをすこし食べてから、ワインで口をゆすいだ。何かが外に落下して、地を揺るがした。
「420ミリ砲か、迫撃砲だな」と、ガブッツィ。
「420ミリ砲なんか、あの山中にはないだろう」ぼくは言った。
「シュコダ製の大型の砲を持ってるんですよ、あいつらは。着弾した穴を見ましたがね」
「350ミリ砲だな」
ぼくらは食べつづけた。だれかが咳き込むような音、汽車が走りだしたときのような音がしたと思うと、爆発音がして、また地を揺るがした。
「この塹壕、あまり深くありませんね」パッシーニが言った。
「迫撃砲だったな、いまのは」
「ええ」
ぼくはチーズの端をかじり、ワインをがぶっと飲んだ。他の音にまじって、また咳き込むような音がした。と思うと、チャ、チャ、チャ、という音がして、溶鉱炉の戸が突然パッとあけ放たれたような閃光がひらめいた。と同時に発した轟音は、最初、頭の中で白く鳴り響き、ついで赤く共鳴し、突風の中でいつまでも鳴り止まなかった。なんとか呼吸しようとしたのだが、息をつけない。自分が体の外に吹き飛ばされたような感じがした。外へ、外へと、風にのって吹き上げられていく。そのうち、とうとう、自分が丸ごと、あっけなく宙に浮かんだ心地がして、おれは死んだのだ、と思い、そう思うそばから、そんなに簡単に死ぬものか、とも思った。それから僕の魂は宙に浮かんだ。
が、そのまま漂いつづける間もなく、何かに引きもどされるような気がした。ぼくは息をついた。そして意識をとりもどした。地面は無惨に引きむしられていて、頭の先に折れた梁材の破片が転がっていた。混乱している頭の中に、だれかの泣き声が割り込んできた。悲鳴をあげているのだ、と思った。体を動かそうとしても、まったく動かない。川の対岸や川沿いの一帯で機関銃や小銃の銃声が響いていた。大きく水しぶきのあがる音がした。照明弾が打ちあげられて炸裂し、白い尾を引いて漂っていく。信号弾があがり、砲弾が炸裂した。すべては一瞬の出来事だった。
アーネスト・ヘミングウェイ 『武器よさらば』(p.91-93)
また戦争だ、戦争に絡んだものばかり最近読んでいる気がする、そう思いながら、ページは進み、夜も進んでいった。酔っ払いたかったからウイスキーをがぶがぶ飲んだ。どれだけ虚しさがべったりと貼り付いていようとも夜は、この夜だけは、うつくしいと、そう思いながら本を読んでいた。
##12月11日 起きてからご飯を2杯食べたらもう1杯食べたくなったので計3杯食べてから雨宮まみの『まじめに生きるって損ですか?』を少し読んだ。このコーナーに愚痴を僕も放ちたいと、それで雨宮まみに何か言ってもらいたいと、そう思った。体と気持ちが妙に疲れていた。仕込みをおこない、体と気持ちが妙に疲れているのがとても実感され、それでどうしようもない気になったため銭湯に行こうと思い立った。3時が開湯時間だった。開湯、と言うのだろうか。営業は4時からなので、準備を全部終わらせ、3時きっかりに銭湯に着いた。するとまだ開いておらず、待っている人たちが10人くらいはいた。自転車を停めていると「お風呂ですか?」と言ってきた老齢の男性が飴ちゃんを2つくれた。シャッターの、ものすごい至近のところで待機しているおばちゃんたちがいた。シャッターが上げられるときもその位置をキープしていた。目と、鼻の先でシャッターが、音を立てながら上がった。
それで風呂に入り、体の芯からあたたまるといいと思った。小さい子どもと父親がいた。そうか、と思った。この親子からしたら日曜はもう終盤なのかもしれない、と思った。風呂に入り、家に帰り、5時や6時に夕飯を食べて、それでどんどんと日曜を終わらせていく、その終わりの端緒なのかもしれない、と思った。その感覚はなんというか、そういえばそんなこともあったような、そんな懐かしさがあるような気がした。なんでもない、ただのサザエさん症候群的な話でしかないのだけど。
それで店に戻ると3時半で、コーヒーを淹れて少し飲んでそれから開店を迎えた。特別忙しい感覚はなかったけれど伝票を見ただけなら十分に忙しい日という日で、来月からの予行演習を兼ねる感じでいろいろとタスクを残して、それを潰しながら営業していった。そうしたらまるで運動等で体を動かしたあとに風呂に入ったあとのじわじわと痺れるような疲労感のようなものがずっとあり、教訓:営業前に銭湯に行かない、と思った。晩ご飯が楽しみだな、ヘミングウェイが楽しみだな、と思っていた。楽しみがあるというのは、いいことだった。
##12月12日 新宿武蔵野館にリニューアル後初めて行ったところたしかにリニューアルされていた。そもそもリニューアル以前もだいぶ行っていなかったような気がした。webを見たら見やすい作りになっていて、リニューアルオープンを知らせる記事があったので読んだところよかった。
ちょっと小洒落たからといっても、上映作品はこれまで通り、“なんでもあり”の編成ラインナップで変わりません!
さらに、水槽もあります!喫煙室も残しました!
「時は来た!」というのがいい。それから水槽というのもいい。残しましたというのもいい。
それからマップのところが、スクロールしても邪魔されないようになっていて、これはどういう形で埋め込まれているのだろうとふと気になった。それからフヅクエのwebのアクセスのマップを見たところ、同じではないのだけど2本指でないと地図は動かせません、という表示が出るようになっていて、最近たまに見かけて「うちもこれがいいかもな」と思っていたのだけどGoogleMapの埋め込みのデフォルト自体が最近こういうことになっていたみたいで、知らなかったのだけど、いい変更だと思った。webをリニューアルしているときに地図の幅を僕は70%とかにしようかと思っていて、それはフリックする際に地図が邪魔で下にいけない、という事態が気持ち悪いと思って指を入れる余白を作りたかったからだ、でも90%のまま残していて、地図の下に余白があるからそれでいいかと思っていたのだけど、現在のように2本指でないと動かせませんがデフォルトになってくれているならそれで十分だった、だからよかった。
リチャード・リンクレイターの『エブリバディ・ウォンツ・サム!! 世界はボクらの手の中に』を見た。なんともいえずとてもよかった。『バッド・チューニング』のときもそうだったけれどリア充な人たちの劇的に楽しそうな楽しみ方みたいなものに僕は顔をひきつらせて笑うことしかできないみたいなところがあるというか、どうしてそんなに楽しそうにしていられるのだろうといちいち思ってしまうタイプなのだけど、あるいは彼らの悪ノリにけっこう嫌悪を覚えたりするタイプなのだけど、リンクレイターはそれだけではないので、のでというか、総じて、よかった。しかしそれにしたって、楽しんだ者が勝ちということだけは確かなんだよな、とは僕は思っている、楽しむといってもああいう爆発的な明るさや破顔が伴うものに限るわけではないから、楽しいのが一番いいことなので、ので、楽しまないといけない、いけないとか言っている時点でたぶん違う、でも、ねばならない。
武蔵野館で「そうか、今これやってるんだよな、他でもやっているかな」と思って調べたらやっていたので渋谷に移動してシネパレスで『アズミ・ハルコは行方不明』を見ることにした。チケットを取ってから少し時間があったので近くのカフェのような店に入りケーキとコーヒーを頼んだ。考えごとをしようとした。ケーキがおいしかった。コーヒーは「なんでこんなに一つも美味しくないものを出そうと思えるのだろう」と思う液体だった。僕にはまったく意味がわからなかったというか、アホらしい気分になった。「意味がわからない」と人が言ったとき、だいたいにおいて意味はわかっている気はする。楽しさ。楽しさをどこに。
それで映画を見た。息苦しかったが気持ちよくもあった。もう叫ぶことしかできないのかもしれんね、と思った。大声を出している人たちを見るのがだいたいにおいて好きなので、そういうのが好きだった、蒼井優の存在感はやっぱり素晴らしいと思った、それから、足利で、蒼井優が、あのように、まだ生きていること、それがかけがえのないことだと思った。リリイ・シュシュはすべてじゃない。叫ぶことしかもう僕らには、できないのかもしれんね、自転車に乗って恵比寿のあたりまで行った、全力で叫んだ場合、ということを考えた、駆け抜ける身である以上は特に問題はなかった、明治通り、特に問題はなかったしかし叫ばなかった私はまったく叫ばなかったそれから恵比寿を過ぎて明治通りをまっすぐに進むと広尾の次に先ほどから行先として表示されていた天現寺が左手にあって次が白金だった白金は懐かしい町というか地名ではあった。明治通りが終わり麻布通りに入り麻布であるとか麻布十番であるとかの地名を横目に自転車を漕ぎ続けた頭上を首都高が走っていた。首都高の路面を照らしているのであろうオレンジ色の光を僕は心から愛した、六本木通りに出た。なんとなく見知った道だった。もう少し行けば皇居にぶつかるはずだった、赤坂、霞が関を過ぎ、するとたしかにぶつかった。お濠があった。それを右手に見ながら少し坂をのぼりながら進んで左に折れると、もうこれをまっすぐ行けば新宿だということは一緒に走っている誰の目にも明らかだった。明らかにさきほどよりも人が増えていた。一つ土地の名をつぶやくたびに、あらたな自転車が一台ずつ合流していった。このときには10人ほどが、ひとつの群れというよりは塊になって、走っていた。麹町すぐに四谷すぐに新宿、高架下をくぐると青梅街道で神田川をわたった中野、高円寺、阿佐ヶ谷荻窪、青梅街道はどこまでも続く様子だった気がついたら新青梅街道にいたまだまだ進んだすると青梅、秩父、奥多摩、それから佐久小諸上田。長野、妙高、上越。やがて海にぶつかった。僕たちはそのまま渋谷に戻ったがその道のりでも叫ぶことはなかった、渋谷に着くと解散してビールを飲んで日本酒を飲んでウイスキーを飲んでワインを飲んでコニャックを飲んでグラッパを飲んでストレーガを飲んでチンザノを飲んでベルモットを飲んだ彼は今、ミラノにいた。怪我をしてミラノの病院に移っていた、そこで看護師で恋人のキャサリンと睦み合う期間を過ごした、あるいは酒を飲みすぎて黄疸になった、彼に前線に戻る命令がくだされた、それで彼は戻った、だからキャサリンと駅で、別れたその別れの場面を読みながら、一度前線にいてそこで大怪我をして病院に入っていた男をもう一度戦地に送り出すその見送りはいったいどんなにおそろしい気分なのだろう、行く当人もまた、どれだけ負傷をおそろしい記憶としてひきずりながら再び赴くことになるのだろう、と想像したところ、僕はとうとう大声で叫ぶことになった。
持続する絶叫の声が一枚の薄いしかし確かな膜になって少しずつ大きくなり僕の顔の前から背中へと周り、しまいには僕をすっぽりと取り囲んだ。僕はシャボン玉の中にいるみたいな様子になり大きな深い安らぎに満たされて眠りに入った。声はその膜の内側でもずっと反響していて、どんどんとボリュームが大きくなっていったあげく最後は何も鳴っていないのと同じだけの音量になってずっとそのままだった。
##12月13日 すると起きた。朝5時だった。1時間ほどどうでもいい記事を読んだりしていた。それからヘミングウェイを読んだ。そうしたらたぶん30分くらい読んで眠くなってちゃんと寝た。すると暑がった。起きる時間だった。
ヘミングウェイ、怪我をした、ミラノの病院での治療が終わった、それで戦地に戻った仲間たちは疲弊していたすり減っていた。そういうことになっていた。これは最悪の戦争だよ、だから私たちは叫ばないといけないね叫ぶことくらいしかできないね、と言った登場人物は見当たらなかったそれもそのはずで彼はもう手榴弾か何かによって体がなくなっているからだ。なんとなく重苦しい気分のまま開店時間を迎えて、雨で完膚無きまでの暇を見込んでいたのでいろいろと仕込みをしたりしていた。カレーを煮込んだりチーズケーキを焼いたりしていた。ジンジャーシロップを作ったりしていた。タスクをできる限り細かく切り分けること。それをすると気がずいぶん楽になる、それが最近の学びだった、そのタスクのなかには「ブログ」というのもあり、これは細分化されていなかったそれにしたがってブログを書いた。明るい内容のブログを書いた。書き終えて更新してシェアした。開店前の暗い気分は、いつからか消えていた。動くこと。動き続けること。それが重苦しい心地を取り払う最良の手段なのかもしれないと思った、それは疲れることだ。
気持ちが疲れ切った昨日、雨宮まみを読んだ、ひとつだけ読もうと思ったら、欲しすぎていたのか最後まで読んだ。本の順番とwebでの連載の順番がどう違うのかは知らないが本を読んでいる分には次第次第に相談色が強くなっていくような気がした。愚痴を聞く、ではもはやなくなっているような受け答えがあった。寄せられた相談を読みながら自分だったらどう答えるのだろうかと考えていたが、全然いいような答えができる気がしない、こんな懊悩に掛けられる言葉なんてあるのだろうか、と思って雨宮まみの回答を読むと、本当にすごいな、と毎回なった。
苦しいことから逃げないことよりも、今の橘さんに大事なことは、楽しそうなことから逃げないことではないでしょうか。
人を生につなぎとめるものが「欲」です。橘さんを世界とつないでくれる鍵が「欲」です。欲は、生きるエネルギーみたいなものです。橘さんのおっしゃる「欲」は、私にとっては「夢や希望」です。劇場に通うこと、旅行に行くこと、そういう些細な楽しさの積み重ねの上にしか、私は希望を見出すことができません。人によってなにを求めるかは違うでしょうが、誰がそれを贅沢と呼ぼうが、甘えていると呼ぼうが、「もっと他にすべきことがあるんじゃないのか」と言おうが、自分にとって快いものを知っているということは、生きる方法を知っているのと同じことなんです。欲が見せてくれる新たな地平を見つめているときだけ、人は自分の姿を見つめることから逃れられます。
雨宮まみ『まじめに生きるって損ですか?』(p.162,163)
欲望。欲望。欲望。本当にそれだけが大切だとわりと真剣に、ずーっと思っている。それしか人生をドライブさせるものはないと。
ロングスパンで考えてしんどくなってしまうとき、短いスパンでそのときのいちばんの楽しみに溺れるのは、決して悪いことではないと思います。そこでスッと憑き物が落ちて、先のことを考えるのが気楽になったりすることもあるんです。
「Last Night A DJ Saved My Life」という曲があります。マドンナがサンプリングした曲でもあります。私はたまにこのフレーズが、人生の真実だなと思うときがあります。人によっては「DJ」の部分が「映画」だったり、「本」だったり、「友達」だったりするかもしれません。
一時の快楽を甘く見ないこと。意味のあることだけをしようとしないこと。そういうことも、生き延びてゆくためにはときには大事なんじゃないかと思うのです。
雨宮まみ『まじめに生きるって損ですか?』(p.197)
欲望と快楽。なんか驚いたというか、僕も一時、いつごろだったろうか、春くらいだったろうか、欲望と快楽ですよ、ほんと、必要なのは、と言っていたことがあった。そしてそれが見当たらないんだと。いや快楽は見当たっているかもしれない。それはバカの繰り返しみたいな形になるけれど映画であり本であり友達で。休みの日にしたいことは映画を見ること、本をゆっくり読むこと、それから友達と飲むこと、その3点盛りできたら最高の休日だと、少し前もブログで書いていた。そのまんまだ。
酒の摂取量がこのところ多いような気がして、それで酒を飲まない夜にすることにしてお茶を飲んだ。お茶を飲んでヘミングウェイを読んだ。ヘミングウェイの主人公は相変わらず絶えず酒を飲んでいた。
僕らは湖岸に沿ってボートを進めていった。バーテンはラインを手に持って、ときどきくいっと手前に引く。湖上から見るストレーザはひどくさびれていた。長く連なった裸の木々や、大型のホテルや、閉鎖された山荘などが見えた。
アーネスト・ヘミングウェイ 『武器よさらば 』(p.416)
終わりが近づいてきた。それで次は何を読もうかという考えが頭のどこかにあるのだろう、この箇所を読んだ瞬間にまた、ゼーバルト、と思った。さびれた町。ひとけのないホテルや山荘が立ち並ぶ灰色の光景。そのなかを逍遥して、様々な記憶や、史実を、たぐりよせながら、豊穣に展開される語りに、身を委ねたいと、委ねたばかりなのにまた委ねたいと、思った。『土星の環』だろうか。
ともあれヘミングウェイはとてもとても面白い。思った以上に戦場で大変な思いをしていた。戦場、と思って、コンラッドの『闇の奥』を読んでみたいような気もした。どうもWikipediaを見たら戦争の小説ではなさそうだった。どちらにせよおそらく読まないのだけど。
と、戦場やばいなと思っていたところ、年末年始読書の候補としてにわかに浮上してきたのがデニス・ジョンソンの『煙の樹』で、これはべらぼうに面白かった記憶があると同時に相応しすぎる長さを備えているので、完璧なのではないか、という。ただ持ち運ぶのにちょっと大きいというのが難点と言えば難点だろうか。なんでもいいが。
##12月14日
夕方にヘミングウェイを読んでいたら外が薄暗くなるにつれて、また話の流れにもよって、なんとなく寂しい気持ちになってきたため開店してからやろうとしていたことをいくつかやっていた。なんとなしに悲しい。終わりが近づいているからかもしれない。今晩にも読み終えるだろう。
読んでいてページを折った箇所はこんなふうだった。グリューヴァイン。
バン・ド・ラリアスの林の中に、木こりたちが一杯やる居酒屋があった。ぼくらもそこに寄ってストーヴにあたり、スパイスとレモン入りの熱い赤ワインを飲んだ。それは”グリューヴァイン”と呼ばれていて、体を温めたり何かのお祝いをするには格好の飲み物だった。居酒屋の中は暗く、すすけていた。あとで外に出ると冷気が肺に突き刺さり、息を吸うたびに鼻の先がつーんとしびれた。居酒屋を振り返ると明かりが窓の外に漏れていて、木こりたちの馬が足踏みをしたり頭を振ったりして体を温めていた。鼻面の毛には霜がこびりつき、息をするたびに羽毛のように霜が空中に舞った。
アーネスト・ヘミングウェイ 『武器よさらば 』(p.493)
ウイスキー。ウイスキーのCMみたいなことになっている。
ぼくはまた新聞と、新聞の中の戦争にもどった。そして、氷の上からゆっくりとソーダをついで、ウィスキーに流しこんだ。氷は最初からウィスキーに入れないように、ホテルの者に注意しよう。氷は別に運ばせるのだ。そうすればウィスキーの量があらかじめわかって、ソーダで薄めすぎたことに突然気づいたりせずにすむ。ウィスキーのボトルをとり寄せて、氷とソーダを別に持ってこさせよう。それが粋なやり方だ。良質なウィスキーは実に楽しい。人生の喜ばしいものの一つだ。
「何を考えているの、ダーリン?」
「ウィスキーについてさ」
「ウィスキーの何について?」
「こいつは実に素晴らしいものだな、ってこと」
キャサリンは顔をしかめた。「ええ、そうでしょうとも」と彼女は言った。
アーネスト・ヘミングウェイ 『武器よさらば 』(p.505)
なんというか、すごい小説を読んでいるなと思っている。
そのすごい感が実感されたのはホテルのバーのバーテンとボートで釣りに出かける場面を読んだときだった気がする。静かな場面だった。自然がきらきらと鮮やかな姿を見せていた。それを読んで、それから夜中のボートの、素晴らしい活劇的な場面があり、それから冬山の暮らしがあった。
なんて壮大なんだろうというか、戦場の暮らしから始まって、塹壕での負傷、それから野戦病院、そしてミラノに移って都市での暮らし、『移動祝祭日』のパリと同じようにカフェが生活のすぐそばにあるような暮らしがあり、また戦場があり、それは泥だらけで、銃弾や砲弾が飛び交って、仲間は一人また一人と死に、あるいは消え、そして語り手も死に近づいて、必死に逃げて生き延びて、そしてまた都市があり、というそれだけでも広大だけど、さらに驚くほどに牧歌的な釣りまで!というところで、これはすごいものすごい豊かな小説を読んでいるなと思っている。
『アズミ・ハルコは行方不明』の、そのいくつもの狂乱みたいなところと、たぶん廃屋での交わり、差し込む光、みたいなところ、女子高生たちの劇場、それから外での最強みたいな、なんかその転覆という感じくらいだと思うのだけど、ホセ・ドノソの『別荘』を思い出した。あとは『台風クラブ』を思い出した、高架下でぐるぐると踊り回りながら歌っているその歌が、と書きながら気がついたけれどその歌は『台風クラブ』のそれではなく『ションベン・ライダー』のそれだった。でも思い出していたのは『台風クラブ』だった。どうせ制服というくらいの話だけど。
ヘミングウェイ、読み終えた。結末のネタバレをするので読む方は読まないほうが絶対にいいという、一応読んでくれる人を意識しているんだなということを書きながら思ったのだけど、だから以下ネタバレになるけれどこんな結末になるとは結末を迎えるまでまるで思ってもみなくてとても大きなショックを受けた。
残りページもわずかになったとき、妊娠している妻キャサリンが陣痛を訴えて病院に入った。フレデリックは一緒にそばにいたり、そのすごく献身的な姿を見た妻から言われた通り病院の近くのカフェに行って朝ご飯を食べたり昼ご飯を食べたり夜ご飯を食べたりするのだけど、毎食欠かさずに酒を飲みながらご飯を食べたりするのだけど、それを読みながら先日読んだジョン・ファンテの『満ちみてる生』を思い出して、出産が最後の場面になる小説を立て続けに読んでいる、と思っていた。ジョン・ファンテのラストはとてもとても美しいものだった。
陣痛が長引いた。不吉な予兆はまるで感じないまま読んでいたが分娩室から出てしばらく一人になったフレデリックに「妻がもし死んだら?」という問いが生じて、それがけっこう鬼気迫る筆致で描かれる。
可哀相な、可哀相なキャット。これが、一緒に寝たことの代償なのだ。罠の結末なのだ。愛し合うことの代償が、これなのである。(…)出産の日が近づくまで、さほど不快な目にあうことはなかったのだ。そうして、最後の瞬間につかまってしまった。この世の中、何をしたって罰が当たるようにできているのだ。逃れることなんてできやしない!
アーネスト・ヘミングウェイ 『武器よさらば 』(p.521)
抜け駆けにそんなことが言われて、僕はずいぶん大げさな言い方をし始めたな、と笑っていた。それがこんなふうになっていく。
で、万が一彼女が死んだらどうする?いや、死ぬはずがない。きょうび、出産で死んだりすることはないのだから。世のすべての夫がそう思っているはずだ。そう、まさしくそうなのだが、しかし、万が一彼女が死んだりしたら?いや、死ぬもんか。彼女はただ苦しんでいるだけさ。初産はたいてい長引いてしまう。キャサリンはただ苦しみを味わっているだけなのだ。あとでぼくらは、あのときはひどかったね、と言い交わし、キャサリンは、でも、そんなにひどくはなかったのよ、と言うだろう。でも、もし万が一、万が一死んだりしたら?いや、絶対にそんなはずはない。馬鹿なことを言うな。いまはただ苦しみを味わっているだけなんだ。自然が彼女を苦しめているだけなのだ。これはただの初産のなせる業であって、初産は必ずと言っていいくらい長引くものなのだ。それはそうだが、もし万が一彼女が死んだりしたら?いや、死ぬはずがない。どうして死ななきゃならない?彼女が死ぬべきどんな理由がある?いまはただミラノですごした楽しい夜の副産物として、子供が一人生まれようとしているだけなのだ。その子はさんざん苦労をかけたあげく生まれてくる。それから、その子の面倒を見ているうちに、愛おしさが湧いてくるのだろう。でも、万が一彼女が死んだらどうする?いや、死ぬもんか。でも、万が一死んだら?いや、死ぬはずがない。大丈夫だ。でも、もし死んだら?いや、そんなことはあり得ない。でも、もし死んだら?おい、そうしたらどうするんだ?もし彼女が死んだら?
アーネスト・ヘミングウェイ 『武器よさらば 』(p.522)
それを読んで僕は、出産を待つ夫のこんな気分は今まで読んだことがなかった、たしかにこういうふうに考えることはあるのかもしれない、待つしかできない男にとってもおそろしい時間なんだな、これはきっとたしか何人か子供がいるはずのヘミングウェイが経験した心理なのだろう、と思った。でも出産は無事されるだろう、と思った。少し前にWikipediaを見たときにこの小説が映画化されていることを知っていた。なぜかそれが根拠になって、だってこれがもし死産だとしたら戦争で大怪我したあげく子供が死んでしまうだなんて、そんなに悲惨な末路の物語が大勢のアメリカ人に支持されて映画化までされるなんていうことにはならないんじゃないか、だってアメリカだぜ、だから、戦争は悲惨だったけど、これからは愛とともに、みたいな、ハッピーエンドしかないでしょう、そうあってほしい、そう思った。そうしたら死産だった。なんてことだよ…と思った。そうか、二人で再出発か、そうか、と思った。辛い重い過去を背負いながら、再出発か、そこまでが描かれる紙幅はないけれどいつかまた妊娠したとき、キャサリンもフレデリックもこの日のことを思い出すことになるのだろう、でもひとまず小説は、二人でまた歩き出す、そんなふうにして終わるのか、と思った。するとなんと妻も死んだ!僕は妻が息を引き取るその一行まで彼女は決して死なないと思って読んでいたから、膝から力が抜けるみたいにショックを受けた。嘘だろ、と声を出した。ちょっとびっくりしちゃったなというか大いにびっくりしゃったなというか、辛い。悲しい。すごく悲しい。悲しい。
ヘミングウェイは僕を悲しくさせる。『移動祝祭日』は、それ自体は悲しくなかったけれど、あとでそのときの妻のハドリーと離婚している事実を知って悲しくなった。そして今度は小説のなかでちゃんと悲しくさせられた。なんでこんな悲しい結末を迎えなきゃいけないんだ。
And what if she should die? She won't die. People don't die in childbirth nowadays. That was what all husbands thought. Yes, but what if she should die? She won't die. She's just having a bad time. The initial labor is usually protracted. She's only having a bad time. Afterward we'd say what a bad time and Catherine would say it wasn't really so bad. But what if she should die? She can't die. Yes, but what if she should die? She can't, I tell you. Don't be a fool. It's just a bad time. It's just nature giving her hell. It's only the first labor, which is almost always protracted. Yes, but what if she should die? She can't die. Why would she die?What reason is there for her to die? There's just a child that has to be born, the by-product of good nights in Milan. It makes trouble and is born and then you look after it and get fond of it maybe. But what if she should die? She won't die. But what if she should die? She won't. She's all right. But what if she should die? She can't die. But what if she should die? Hey, what about that? What if she should die?
『ペドロ・パラモ』を読み始めた。死んでいないものたちの囁きが夜を満たしていった。
「だいじょうぶさ。疲れてるときにゃ眠気がとってもいい敷き布団になってくれるもんだ。ベッドはあした用意するよ。わかってるね、物事ってのはそんなに簡単にゆくもんじゃない。だから前もって知らせてもらわなくちゃね。ところがあんたの母さんときたら、きょうになって知らせてくるんだからね」
「おふくろがかい?おふくろはとっくに死んじまったよ」
「ああそれで声があんなにかすかだったんだね。ずっと遠くから聞こえてくるみたいだったよ。やっとわかった。それで、亡くなってからどのくらいになるんだい?」
フアン・ルルフォ 『ペドロ・パラモ 』(p.19)
##12月15日 「ライフをうまく積み上げられない、何度も見た景色のはずなのにそっから先がうまくやれない」とERAが歌っている。「なにが正解わからないけど、今はもう一度やり始めてる」とも続けている。うまく積み上げられない。
昨日か一昨日くらいから「して」とか「しない」とかと打って変換しようとすると「シて」「シない」になる。「アガる」とはわけが違う。これはいったいなんなのか、いつこのような変換が必要とされてこのように馴致させてしまったのか、まるで覚えがない、だから午後、読書会の日は始まりが遅いので仕込み次第ではぽっかり時間が空くその空き方で空いたため、少し眠かったため昼寝しようかとも思ったがそれよりも活動的な時間を過ごそうと思い、東京都写真美術館に行くことにした、写真美術館に行って、中目黒あたりのうつわ屋さんに行って、ということをしよう、と思った、それでそうするべく自転車を漕いでいると途中で急に左折しそうになった車があってタイミングがあと少し違ったら巻き込まれていたためとても悲しかった。松濤のあたりだった。その悲しみを引きずったわけではないにせよ、そのまま走っていると代官山の蔦屋書店の手前あたりでふと「前にTwitterで見かけて「ほう」とか思った展示、このあたりだったりして、だとしたらそっちにしようかな会期も短いだろうし」と思って止まって調べてみると見事に恵比寿だったためそちらに行くことにしてNADiff Galleryに行った、「鷹野隆大「距離と時間」」という展示だった。NADiffに近づきながらいくらか前、この道を歩いた、と思った。半年くらい前だったか、この道を歩いた、ひとつの夜のひとつの場面を思い出した。それでNADiffに着いてみると来た覚えのあるところだった。大学生のときに誰か友達に連れられて来たんだったんじゃないか、何の目的だったかは忘れた。それで地下に降りて写真を見た。かっこうよかった。アーティストステートメントを読んだら「毎日、自分の顔を撮っている。だが、昨日と今日の写真を比べてみても、どこにも違いは見当たらない。昨日と今日で変化がないとしたら、論理上は何年経っても顔は今のまま、のはずである。ところが実際は着実に老けている。ということは、まったく同じに見えるこの二枚にも老いの変化が確かに写り込んでいることになる。それはそれで凄いことではないか。」とあって、「本当にそうだな〜」と思った。かっこうよかった。
それで上にあがって売り場をうろうろしていたら、写真集とか映画関連書籍とかがあれやこれやとあって、ふと「植本一子のエッセイのやつ売ってないかな」と思った。昨日SNSで2月だったか1月だったかに出るらしい新刊の何かの写真がアップされているのを見かけて、それでたぶん思い出したらしかった。ずっと読みたい読みたいと思いながらなんとなく怯みのような感覚から手を出せないままの一冊だったので、ここならちょうどよく置いてありそう、と思って探したのだけど見当たらなくて、見当たらないと思っていたら流れている音楽に耳が止まって、それがとてもよかった、そのためお店の方に何が流れているのかを教えていただいてその流れていたものであるところの町田良夫『テンダー・ブルース』というアルバムを買った。メタル・スリット・ドラムによるアンビエントブルースとのことで、お店の方が「スティールパン」とおっしゃっていたからメタル・スリット・ドラムというのはスティールパンの何かなのだろう、とてもよかった。それで出た。 それで代官山の方に戻り左に滑走する様子で中目黒のあたりなのであろうあたりにおりて、うつわ屋さんのSMLに行った。やっていたのは「小代ふもと窯 井上尚之 20年の仕事」というやつで、スリップウェアな人だという認識を持っている作家だった、店でもひとつ彼の茶碗を使っていて、もう一つほしいと思って行った、なのでいいやつがあったので買った、もともと持っているのとはだいぶ様子の違うやつで、よかった。自転車を漕いでいたら手が冷たくなった。肉のハナマサにおしぼり(平)を買うので寄った、レジで、おしぼり(平)2つは777円だということは経験上知っていたので小銭入れから777円を用意して待っていた、それを出した、すると母語ではないであろう話し方の陽気な女性の店員の方が表示された値段を見て「わお、すごいね」ということを言った、そのため僕は「ね〜」と言った、「宝くじ当たるよ」と言われた、「私最近当たったよ」と言われた、「いくら当たったんですか?」と言った、「秘密」と言われた、僕は楽しかった。
夜、読書会は今日は人数が少なかったのでオーダーも少ないためやることも少ないためいくらか僕もアレナスを読み返すことにした。
一番忌まわしいのは奴等の臭いじゃなくて、大半が丸刈りの頭、汗の垂れる太く青みがかった首、それに何といっても奴等の目だ、いつも眼窩の奥に落ち窪み、目を大きく開いたらお上を怒らせかねないからと、瞼は半開きときてやがる。
レイナルド・アレナス 『襲撃』(p.35)
ここがとても不気味だと思った。ここをもっとしっかり彼らは半開きなんだと認識して読んでいたらまた印象が変わったというか、より不気味な印象ができただろうと思った。集団になっている人間の目がことごとく半開きというのを想像するとすごい嫌な光景だ。ものすごい気持ち悪いだろうなと思った。
夜、手がガサガサしている、それから下唇の右側の裂傷というか乾いて割れたところがいつまで経っても乾いて割れたままで、忘れて口を開くとまた傷が広がったことを知らせる痛みが走る。だから忘れないときは開く前に唇を少し濡らして、それで開く。そうやって生きている。だから夜中にジムに行って走った。走りながらよく「MATSUぼっち」を見る。EXILEの人だということは僕にもわかるその人が楽しい経験をする番組で、石を積み上げたり下水道の中に入ったりする様子を見る。とてもいい人そうに見える。そう思いながら走った。と走る前に書いた。走ったときは「ユアタイム」のスポーツコーナーが流れていた。広島の新井が契約更改をした。5,000万円アップの1億1,000万円になった。2億、2,000万、6,000万、1億1,000万。ただ野球の場面が流れるだけで僕はうれしかった。トーマス・マン、とシャワーを浴びながらふと思った。『魔の山』はどうだろうか。ずっと、長いこと気になっている小説ではあった。いつか、と思っている小説ではあった。岩波文庫だし持ち運びしやすいし、とも思った。それから岩波、と思った。長くて、読んだことがないもの、と思った。読んだことがない必然性は別になかったが、そのときは思った。それで思い出した、ジョイス、『若い藝術家の肖像』。「長くて、読んだことがないもの」という考え方で思い出したのだった。長くて、読んだことがないもの、と思って、それが読まれ始めたのだった。それでブログで「『若い藝術家の肖像』を読む」という連載というかコーナーを作って更新していったのだった。でも今年の4月だろうか、を最後にパッタリと完全に更新を途絶えさせてしまっていた。面倒くさくなったというか、1回の更新につき1行とか、あまりに読むのが進まなくて、どうでもよくなっていったのだった。それで止まったらしかった。何が止めたのかは、わからなかった。でも止まったのだった。それをこの年末年始でやっつけてしまってはどうだろうかと思った。しかし、読みたいか?と思った。わからない。ジョイスはヘミングウェイと親交もあったし、とか思った。しかしそれがどうした。読みたいか?と思った。わからない。もはや機を逸しすぎてしまった感がある。読みたい、はその瞬間をつかまえないと、簡単にすり抜けていく。すり抜けきってしまっているように思う。きっと違うだろう。それでコンビニに寄った。チョコを買うためだ。昨日チョコを食べた。食べたいか?と問うて、わからない、と答えながら、それでも買った。2つ買って、それを皿にあけて、ウイスキーを飲みながら食べた。先週のような快楽はもはや、なかった。それでも今晩も食べようと、コンビニに寄った。チョココーナーの前に立った。どれも、すでに食べた気がした。どれも、目新しくなかった。どれも、買う気が起きなかった。それで、買わなかった。まさか買うために寄って買わないという決定を下すなんていうことが起きるとは思わなかった。しかしそれは起きた。それで買わなくてもいい金麦を買って、飲んで、歩いた。
ウイスキー、ウイスキー、ウイスキー。『ペドロ・パラモ』をだらだらと読む。
そうした眠りの合間に、叫び声を聞いた。酔っ払いが怒鳴っているような、嗄れた声の叫びだった。「こんな人生なんざ、くだらねえや!」
耳のすぐそばで聞こえたので、飛び起きた。外で誰かが怒鳴ったのかもしれないが、耳元で、壁のすぐ内側から聞こえてきたような気がした。目がさめると、あたりはしんとしていた。蛾の落ちる音や、静けさの染み入る音だけが聞こえた。
叫び声のあとに訪れた静寂は、想像を絶するほど深かった。地上の空気がすっかり抜き取られてしまったような感じがした。物音ひとつしなかった。呼吸の音も、心臓の鼓動も聞こえなかった。意識のざわめきまでも止まってしまったようだった。だが気持ちが静まったところで、また叫び声がした。今度は長くつづいた。「縛り首にされたって、おれにはあがく権利は残ってるはずだぞ!」
そのときドアが左右にぱっと開いた。
「エドゥビヘスかい?」と聞いてみた。「何だよ、あれは?怖かっただろ?」
「エドゥビヘスじゃないわ。ダミアナよ。あんたが来てるって聞いたんで会いにきたの。うちに泊まりにおいでよ。うちなら寝るところがあるからさ」
「ダミアナ・シスネロス?メディア・ルナに住んでいたダミアナ・シスネロスかい?」
「そう、だからここまで来るのに手間取ったのさ」
「赤ん坊のときに面倒を見てくれたダミアナっていう人のことをおふくろから聞いたことがあるけど、あんたがその……」
「そう、あたしだよ。おぎゃあと言ったときからあんたのことを知ってるよ」
「一緒に行くよ、ここにいたんじゃあ、うるさくて眠れやしない。あんたにも聞こえただろう?人が殺されるような悲鳴だよ。たった今聞こえなかったかい?」
「きっとここに閉じ込められていたこだまか何かだね。ずいぶん昔の話だけど、この部屋でトリビオ・アルドレテが縛り首にされたのさ。そして、扉を閉め切ってあの人が干からびるようにしたの。死体が安らかに眠れないようにするためね。この扉を開ける鍵なんてないのに、よく入れたね」
「エドゥビヘスが開けたんだ。空いてるのはこの部屋だけだと言って」
「エドゥビヘス・ディアダ?」
「ああ」
「かわいそうなエドゥビヘス。まだこの世をさまよってるんだね」
フアン・ルルフォ 『ペドロ・パラモ 』(p.55−57)
(長すぎたのかこれ以上の文字数を受け付けてもらえず、12月16日分は次週に繰り越します)