本の読める店

読書日記(6)

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11月5日

初台百貨店に入ることは滅多にないが八百屋さんで売っていなくてスーパーに行くまでもないようなものを買いたいときには行くことがあってそういうときだったので行ったところお肉屋さんでコロッケを売っていたので食べた。その日はそれが最初の食べ物の摂取で、営業が終わるまで空腹を感じ続けていた。が、けっきょく夕飯を食べたのは朝の5時半になってからだった。もちろん本を開いたりなどしなかった。そんな余裕はどこにもなかった。

11月6日

何も食べずに営業時間を迎えたため夕食をどか食いした。米3杯食べる。と思ったら3食の日は2杯ずつ、2食の日は3杯ずつ食べるのでまったくどか食いではなかった。あるいは毎日がどか食いだった。ご飯を食べながら野球の記事を読むのが習慣のところ、今日はあやうく食事をとりながらPCとにらめっこしそうになり、あやうかった。ちゃんと野球の記事を読んだ。

11月7日

やっとだいたいを終わりにすることができた感がある。夕方、読書会までに時間があったので散髪に行ってそこで待ちながら読書会の本であるところの『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』を読もうかと思っていたところ、中を覗いたらやたら待ちそうだったので諦めてとんぼ返りをして、そこで1時間半、ゆっくり本を読むかブログを書くかするぞ、と思ったら「あれ、そういえばあの箇所」と思ってまた修正作業をしていたためまったく本は読まなかった。
ただ読書会中にオーダーや洗い物の隙間があり、その時間にいくらか冷蔵庫にもたれながら立ち読みをした。そのときに読んだホホホ座の方の文章がすごくよくて、笑いをこらえながら読んでいたら今度は泣きそうになるような、そんな展開というか、なにかのダイナミックな立ち上がり方があった。閉店後、ちゃんと野球の記事を読んだ。

11月8日

新大久保のバングラデシュ人の方々が他の人と口論とかしながらレジ打ちしてくださったこともあるハラルフード屋でスパイスを買ったためリュックの中が一気にスパイシーになった。喫茶店に入り『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』を読む。ジョブズが出てきたぞ…!となった。すごいよこの本は。原書は去年の5月とかに発売っぽいけれど、それで映画化とかされないのかなとか思って調べてみたけど、引っ掛からないのでされないようなのだけど、これは映画化をもともと狙って書かれているような気がする。エージェントが「映画化狙った構成でいきましょう」ってそそのかしている気がする。『マネー・ボール』的に映画になりそうな匂いがぷんぷんしている。でも発売1年経ってそういう情報が見当たらないということはそういうことは起きないということなのかもしれない。

メキシコ料理屋に行った。テキーラの奥深さというか楽しさをいろいろ教えていただき、これはすごい面白いなと思った。ブランコ、レポサド、アネホ。それぞれ2ヶ月未満、2ヶ月から1年、1年以上、の熟成期間で、意味合いとしては白、寝かせた、金。テキーラなんて透明なものだけだと思っていたら樽で熟成させて色と風味を出すとは知らなかった。2015年のアワードな3種類の飲み比べを頼んだ。アネホは琥珀色で香りや味わいすら「バーボン?」な甘さがあった。「バーボン?」と思ったのも事前の入れ知恵でバーボンを作る方法を模してチャードな、って言いたいだけなんだけど、内側を焼いたオーク樽で熟成させた、ということを聞いていたから出た感想だった。味わいも全部驚くほどに違って、馬鹿舌の僕でも「違う…!」とわかる程度に驚くほど違って、リュウゼツランの植物感というのか、ボタニカル感と言っちゃおうか、がすごかった。肥沃な土地では甘やかな、ものによってはバニラみたいな風味が出たり、痩せた土地は痩せた土地で面白い硬さや鋭さが出たりするらしい。とてもおもしろかった。
そしてグアナファト、チアパス、コアウイラ、そんな懐かしい地名をいくつも見かけた、それらは僕にボラーニョの『2666』をいやがおうでも思い出させた。2013年、一年間を掛けてラテンアメリカ文学ジャーニーというかラテンアメリカ文学縛りでいったラストを飾ったのが『2666』で、その直前にはメキシコの歴史本を2冊読んだりすらした。だからメキシコの地名には一時期わりと精通した。ソノラのマキラドーラ。そんなことを思い出した。その思い出しはわりとうれしい豊かな思い出しだった。また行って飲み比べしたい。

11月9日

バカ早起きをしてラジオ番組に出演するということをおこった。そうしたら夕方、トランプが当選した。そうしたら夕方、作ったおかずを落として全部破棄するという始めてのことをおこなって世界は沈鬱な空気に包まれた。そうしたら夜も『誰が音楽をタダにした?』を数ページ読むだけになった。

11月10日

今週はもうダメなんだろうと思った。寝坊をして昼の労働を休むことになってしまった、これは初めてのことだった。昨日、そのラジオの時間にあやうく鳴り出すところでオフにしたアラームをオンにするのを忘れていて、起きて「ええと?」と思って時間を見たら「なーる」という時間になっていた。今週はもうこんな感じなんだろう。今週の残りは来週はまともに生きられるように整えるためだけに暮らそう。

整える。散髪に行った。そこで待ち時間があったため『夢の本屋ガイド』を読んだ。北書店の方のやつがとてもよかった。

行ってきましたよ北光社。あの旧館の天井、ぶち抜いたのは正解だね。見た目もカッコいいし回遊性が高まるなあれは。おまけにエスカレーターまでつけちゃってね。三階から上はこれからどうなっていくか、でもあれだけスペースあればイベントでも何でもかなり使えそうだ。なんかカフェも準備中みたいなこと書いてあったけどどうかな、このへんコーヒー飲む場所いくらでもあるからね。ちょっとオーナーさんに進言したいのはね、屋上が狭いけどいい感じだよと。 まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(P254)

整える。最近あまり行っていなかったため銭湯に行った。たまにいかないとリセットできないような気がしていて、リセットしないといけないので銭湯に行った。洗い場の椅子に座りシャワーから湯を出す操作をすると出てきたのが冷たい水でたちまち温かくなったが驚いたリアクションをしたところ隣のおじちゃんが「最初冷たいんですよね」と言ってきたので「びっくりしちゃって」と言って笑った。こういうコミュニケーションが/でいいんだよ、といつものように思った。

整える。店に行って月末前から滞っていた売上や経費のexcelへの入力作業をおこなった。現在に追いついたので気持ちが収まった。

整える。人と会うような予定もなく、見たい映画もなく、それで天気も夜には崩れるし、というところで電車でいくらか行ったところにある一度行ってみたいような気がなんでだかしていたカフェに行ってゆっくり本を読むことにした。電車に乗って最果タヒを開いた。短いエッセイ集で区切りがつきやすいという性質からなのだろうが、電車に乗ったら最果タヒ、という感じができている。どうにもよすぎて、ページを折りすぎてわけがわからないというかなんの指標にもならないページの折り方になっている。起きるときには起きることだった。

もともと自分につく形容詞にぴんときたことがなくて、急に「セカイ系」っていわれるようになったり「エモい」っていわれるようになったりして、そのたびに「こういう言葉が今流行っているんだな」としか思えない。私に紐付くというよりは、たぶん「現在」と紐付いている。つまり、それを言われるかどうかっていうのは、私が「今」であるかどうかというそれだけの指標でしかない気がして(その指標自体あんまり意味はないんだけれど)、言われた時はとにかく「あ、とりあえず、私は「今」と共鳴する振動数なんだな」という認識になる。もちろん、簡単にそれで片付けられることにもやもやするという人もいて、サブカルとか言われるのつらい、って言っているのをみたこともあるけど、私は結構どうでもいい。簡略化されることの恐ろしさはよく知っているけれど、こうした出来事は「今」と向き合おうとするならどうしようもなくて、大多数の人は語る言葉をさぐるより、誰とでも共有できる言葉を選んでしまう。あたりまえだよ、共有したいんだから。そしてだからこそ私は言葉を書くことで、その共有するためのキーワードでしかない「言葉」をそれ以上の「言葉」にできたら、って思い続けていたんだし、つまり私は私の作品を出し続けるしかなかった。確実にきみだけの言葉が、不器用でもきみだけに言える言葉がそこにあるとして、私が私の名前を覚えてとか、サブカルとか呼ばないで、とか言うより、私が私の言葉を書き続けること、それだけがきっと根源的なこと。 最果タヒ『きみの言い訳は最高の芸術』(P40,41)

カフェに着いたらご飯を頼んだ。なので食べた。なんとなく黙々と食べた。黙々とというのは野球の記事も読まずに、という意味になる。それで食べ終えたら保坂和志の短編集の最後の一編を読んだ。

私はサザンに救われたあのときの気持ちをそれでも自分は肯定していいのかいけないのか、そんなことにこだわるのもおかしいんじゃないかと人は言うかもしれない、私はあのときサザンに救われた、サザンがもしいなかったら、私が三十何年も前にサザンを聴いていなくてあのとき聴く音楽がなかったとしたら私は救われなかったのか、だいたい救われるという言い方は大げさで、私はサザンを聴くあいだ少し気が紛れた、いなくなったダイアナのことを忘れられたというのではなく重い気持ちが少しラクになった、いやそれが救われるということか。 「消せど燃ゆる魔性の火よ、あんなに好きな女性に出逢う夏は二度とない」というこの気持ちを私はきっと経験していない、それはしかし、 「私はもう中二階のある家のことを忘れかけているが、ごく稀に、絵を描いているときなど、突然、あの窓の緑色のあかりのことや、恋心を抱いて寒さに手をこすりながら夜ふけの野原を家へ帰ったときの自分の足音などを、なんとはなしに思い出すことがある。そして更に稀なことではあるが、孤独にさいなまれ淋しくてたまらなぬとき、ぼんやりと思い出に浸っていると、なぜかしら相手もやはり私のことを思い出し、私を待ちつづけ、やがて私たちは再会するのではないかという思いが少しずつ募ってくる…… ミシュス、きみはどこにいるのだろう。」 というこれはチェーホフの『中二階のある家』(小笠原豊樹訳)の最後のところだ、読む私は語り手の私と同じ気持ちになる、これもそうだ、 「僕らが一生通じてさがし求めるものは、たぶんこれなのだ、ただこれだけなのだ。つまり生命の実感を味わうための身を切るような悲しみ。(…)」 これはセリーヌの『夜の果てへの旅』(生田耕作訳)の上下巻に分かれた上巻の最後のところだ、抜き出したここをいきなり読んでも感情の波が起こる、 保坂和志『地鳴き、小鳥みたいな』(P116−118)

これはこの日読んだ「彫られた文字」ではなくその前の「キース・リチャーズはすごい」からで、4つのなかでいちばん乗れるダンサブルなものだった。こういううねりを見ていると僕のこの律儀な引用の退屈さが際立ってよい。

行ったカフェは、僕が今行くべき場所ではなかった。
帰りの電車でまた最果タヒを開いた。電車に乗るのが楽しくなる。

なにもかもが私にわかるようきれいに整頓されて見えると思ったら大間違いだ、ということと、私という存在は他人にとってまったくもって理不尽なもので、そして理解を求めることはとてつもない暴力なのだという価値観はそういう過去が育ててくれた。想像以上に他者は私を理解せず、そして理解しないからこそ私は自由で、生命体で、そして他者のことを理不尽なほどに理解をしない。理解などできないままに、それでもその人がそこにいるのだというそういうのを子供のころ、テレビで見て愉快だと思っていたんだろう。 最果タヒ『きみの言い訳は最高の芸術』(P98,99)

ポテチと金麦をコンビニで買い帰り、『誰が音楽をタダにした?』を開いた。そうしたら途中で寝て、起きたら朝6時くらいだった、雨が降っていた、眠気が近くに見えなくて、眠くなるまでと思って読んでいったら読み終わった。訳者あとがきを見たら「映画化も決定し」とあった。 それにしても本当に面白かったな。

今の彼はとんでもない立場に立っていた。グローバーだけが、この注目の争いの勝敗を分ける力を握っていた。グラデュエーションをリークしてカーティスを隠しておけば、カニエが負ける。カーティスをリークしてグラデュエーションを手元に置いておけば、おそらく50セントを引退に追い込める。 スティーヴン・ウィット『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』(P286)

11月11日

ぐずぐずしている。気持ちがとても停滞している。昼が暇で仕込みをしなくてよくなったことにほっとしている。昨日寝坊で開けないでいておいて、それでもなお稼ぐより楽をする方がいいのか。と思うと暗澹とした気持ちになるが、これは暇なのがいけない。暇のため静と動でいえば静の状態にいる、それがいけない、それだけの話だ。動いている状態からもっと動くことは容易で、止まっている状態から動き出すことは非常に大変、というそれだけの話、だとは思う。だから暗澹とした気持ちになる必要はない、きっと。なので昨日買った『Number 914・915「広島VS.日本ハム 男たちの日本シリーズ。」』を読んでいた。

栗山監督のインタビュー。

だから増井(浩俊)には、『2、6だけど、7もあるからそのつもりで準備しておいてね』と伝えてあった。翔平には、『1、7だけど、6もあるから』と伝えた。そうやってダブルで伝えたのがスタートだったんだ Number 914・915合併号』(P18)

「権藤博の眼」というコーナーで第6戦の最後の場面について言及されていて、本当にそうだなと思った。あそこで谷元を送った栗山監督の決定は素晴らしいなと僕も思っていた。広島への配慮であり大谷への配慮でもあるというか。2013年の田中将大のことを思い出したのだけど、調べたらあのときは3点差だった。3点差。微妙なところ。ただそれでもやはり、あのときなにか違和感はあった。

6点リードの9回裏、日本ハムの栗山監督は大谷をマウンドに送らなかった。権藤はこれを絶賛した。「隙のなさと、敵軍を思いやった起用だよ」。ほぼ勝利を手中にした中でも、大逆転負けに備えて、大谷を使わない。そして、広島でのシリーズを大谷個人の "ショー" にしないという配慮。そこに指揮官としての "強さと品性" を見た。 Number 914・915合併号』(P25)

次の「会話のない読書会」の本をジョン・ファンテの『満ちみてる生』にしようかという気が起きたというか、そうしたいような気は前から起きていたのだけど今日はっきりと起きたので、唯一の読んだことあるファンテ作品であるところの『デイゴ・レッド』を本棚から取ってきてパラパラとめくった。「お家へ帰ろう」の冒頭を読んで、その瑞々しさにとても明るくなった。
実際はいろいろ重苦しかったり悲しかったり振れ幅のある短編集だったはずなのだけど、どうも印象として瑞々しい家族でわちゃわちゃ賑やかスパゲッティ飛び散って大笑い、みたいなところになっている。記憶というより願望だろうか。ともあれ、にわかに自分の中で盛り上がったため次はファンテに決定した。

僕は今、歌っている。僕はもうすぐ、家に帰る。たいへんな熱意でもって、僕は迎えられるだろう。スパゲッティや、ワインや、サラミが、家には用意されているだろう。母さんはテーブルの上に、僕が子供だったころと変わらない丁寧さで、数え切れないほどの皿を並べる。なにもかもが、僕のためだ。母さんの愛が食卓を覆いつくし、弟たちや妹は、僕の帰宅にすっかり満足する。なぜなら僕は、けっして間違うことのない、いちばん年長のお兄さんだから。それから弟や妹は、僕のために催される歓迎の宴に、少しばかり嫉妬する。僕の話すことを聞いて、あいつらはどれほど笑うだろう。フォークに巻きつき身をくねらしているスパゲッティを口いっぱいに詰めこみながら、もっとチーズをくれと叫び、歓喜の呻きをもらす僕を見て、あいつらはどんな微笑みを浮かべるだろう。この人たちが、僕の家族だ。そして僕は家族のもとに、母さんの愛のもとに、もうすぐ帰りつくだろう。 僕は自分のグラスを父さんに渡し、こう言うだろう「ワインをもっとくれよ、父さん」すると父さんは微笑み、甘美な赤い液体を、僕のグラスに注ぎ入れるだろう。僕は言うだろう「やったね!」それから僕は、ゆっくり、たっぷりと、ワインを喉に流しこみ、腹がぽかぽかと、心臓がちくちくと、耳がぱちぱちとしてくるのを感じる。そんな僕を見て、母さんが言う「急いではだめよ、もう」僕は母さんをじっと見つめる。僕が何度も、繰り返し泣かせてしまったその瞳を、僕は見つめる。後悔の念が僕の骨に、にぶい痛みを引き起こす。けれど、それもほんの短いあいだしかつづかず、僕は母さんに向かって言う「あぁ、母さん、この若者のことは、心配しなくて大丈夫だよ。こいつはすっかり、頑丈だからさ」すると、母さんだけが知る幸福のために、母さんは微笑みを浮かべる。そして父さんも、ほんのすこしだけ微笑みをもらす。だって、父さんは今、自分の肉と血を見ているのだから。腰のあたりに、僕は鋭い痛みを覚え、父さんの視線を避けようとする。父さんの瞳は、喜びを隠す術を知らない。 ジョン・ファンテ『デイゴ・レッド』(P248)

夕方、岡真理の『アラブ、祈りとしての文学』を読み始めた。2人のお客さんからいただいたプレゼント。去年は山尾悠子『夢の遠近法: 初期作品選』をいただいた。今年は何でこれなんだろうか。ありがたたのしい。

彼らは人間らしくその生をまっとうすることはできないのだと、世界から当然のように見なされ、その生もその死も、世界に記憶されることのないこれら小さき者たちの尊厳を、小説こそが描きうるのだという応答でもある。それはまた今日の世界におけるパレスチナ的現実への応答であり、これら祈ることしかできない小さき人々に捧げられた祈りでもある。祈りとしての文学——。 岡真理『アラブ、祈りとしての文学』(P17)

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