本の読める店

起承転結の「起」

Entry blog fuzkue39

(写真はオープン前日くらいの片付いていない店内の様子)

このブログは週一くらいの更新のつもりで始めたのだけど、いざ始めてみたら存外に書きたい欲求に衝き動かされてというか存外に時間がたっぷりあるため、ほとんど毎日のように更新されている。目指せ繁盛店なので、無事そのような軌道に乗っていった暁にはそんなに更新されなくなるだろう。更新し続けること自体にはそんなにこだわりはない。

で、今のところはわりとナチュラルに書く日々が続いているのだけど、そうなると毎日書くコツってなんだろうなとか思い始めて、「こだわりないとか言っといてやっぱり毎日書きたいんじゃないか」「そして安易にハウツーを求めるのか」と呆れながら、何かの参考にはならないかなと最近はほぼ日の「今日のダーリン」を読んでいる。毎日面白い。
今日12月3日は始まりと継続のことが書かれていた。( ほぼ日刊イトイ新聞 - 今日のダーリン 内容変わっちゃうからリンクを貼ってもあれだけど、一応。)

「「ほぼ日」のようなもの(そんな可能性のあるもの)を/つくるためには、まず二年を覚悟しなきゃならないし、/二年あったら、離陸はできるんだとも言えそうだ。/ま、これは「起承転結」で言えば、/「起」に二年ということかもしれないな。」

2年… 長いなあ… 離陸する前にタイヤが破れちゃわないといいのだけど…
ってこれ、完全にお金の話として読んじゃっているあたりが僕の貧しいところなんだけど、売り上げ的な助走期間 (というか猶予だね完全に)は2年どころか半年くらいで僕は見ていて、だからそこまでにどうにかなるといいよね、ならないとまずいよね、と読みながら思ったわけでした。超低空でもいいから飛び立ちてー、と。

「二年とか三年とか、長いといえば長いけど、実に短い。/二年とか三年、ぐっと集中して起動したら、/あとは曲がりなりにも走り出してくれる。
「承」やら「転」は、「起」よりはトルクが要らない。/必死でがんばる力というのは、「起」で出すものだし、/その力を出さないと、こころも頭も鈍っちゃうよね。/だからこそ、若い人であろうが老人であろうが、/次々に新たな「起」をつくったほうがいいのではないか。/そんなことを思うのだ。」

そう、でも、たしかに飛び立ちたい気持ちはやまやまなんだけど、物件探しを始めた6月から今日までの半年くらい、お金の心配などはもちろん大いにありながらも僕は「起」の楽しさと充実の中にいて、どうしたらやりたいことが実現されるかな、どうしたらもっと美味しく作れるかな、どうしたらお客さんが来てくれるかな、どうしたらより心地よく過ごしてもらえるかな、など、どうしたら、どうしたら、どうしたら、というのを毎日考えていて、それはすごく楽しいことだ。
僕は怠け者だから、「曲がりなりにも走り出し」てしまったら、こういうことに今のようなエネルギーを割かなくなって「こころも頭も鈍」らせていくんだろうから、否応なく「起」であるところのこの日々については引き続き充実したものとして過ごしていけたらな、と思った次第。

ということで今日もあとは茶でも飲みつつ本でも読んで、たまに煙草吸いに外に出て、ダラダラ適当に過ごそうじゃないか。

photo by Fieldrecording.tokyo

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