金欠の恐怖と症状

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昨日定食なんとか(名前忘れた)のことを書いたけれど、一つ記憶違いだったことがあった。
それは「貯金の底が明確に見え」て、っていうあとの「早急に止血処理しないと本当にあれになる」という文言で、ここはちょっと違う。というのも赤字垂れ流しというか貯金切り崩し自体はもちろん大絶賛進行中だったのだけど、切り崩しのペースに関してはそこまで焦るほどのところでもなくて、あまり覚えていないのだけど(というか考えないようにしていたのだけど)、半年くらいはもつような感じだったんじゃないか。「早急」というほどだとは僕は思わない。(でも「いやそれ早急でしょどう考えても」と指摘されたら「やっぱりそうなんですかね…」と簡単になるだろうけど)
では、なぜ金作りに勤しむことにしたか。
金を使うことを臆するようになったから、というところか。それからちゃんと休日を買えるようにしたくなったから、というところか。
お金がどんどん減っていくと、金を出す行為をできるだけしたくなくなって、具体的に何を我慢していたっけなと考えると本は自由に買っていたし映画も見ていたし(映画はその都度ひるんではいた)、のんきなものなんだけど、例えば公共料金の支払いとかかな。早く払おうが遅く払おうが払わないといけないことには変わらないのだけど、できるだけ先延ばしにしていた。毎月督促が来て、しぶしぶ、みたいな。それから仕入れの気分にも変化があって、酒屋さんにビール等を注文するのも、在庫がなんというかずいぶんギリギリになってから、みたいになっていた、いつの間にか。暑くなってきたのでアイスドリンク用のグラス買い足すとかの店に必要なものへの支出も後回し後回しというふうになっていた。
ここらへん、なんかちょっとした症状という感じがする。
それから休日。40日に1回みたいなペースで休むような感じだったけれども、毎日開けていても暇だから体力的にも問題なかったというところももちろんあったけど、もう一つ大きなところが、休むのはとにかくコストが掛かるんすわ、というところで。まず微々たるものとはいえ開けていたら入るはずだった売上がゼロになる。そして篭って暗闇の中で膝を抱いて過ごすとかでなく、外に出ようと思う以上は何をするにも金が掛かる。なんか感覚として、休んだらマイナスとマイナスでめちゃくちゃマイナスじゃないですか!わかんないですけど3倍くらいマイナスなんじゃないですか!?みたいなところで、休むメリットが見つけられない状態だった。
でもやっぱりそれは完全に不健康で、外からの刺激とか、見聞とか、体験とか、知らんけど、だから外でご飯食べるとか、人と話すとか、わからんけど、そういうのってやっぱりフレッシュなあれでやっていくにはきっと必要で、だから休み買えるようにしないといけないよな、となった。あとインスタグラムね。クソ鬱屈した夜中とかに誤って開いちゃった日にはなんかキラキラした美味そうなもんばっか並んでるのが目に飛び込んできて「はいはい死んでろ」とか思う一方でやっぱりなんかこちらが死にたいというか全然死にたくないんだけどとにかくなんか心底で羨ましいぞ、俺も美味しいごはん食べたいぞ、となって。
で、臆せず支払いとかできるようになりたい、休み買って美味いもん食うくらいできるようになりたい、と思ったとき、売上や集客の推移みたいなものが上向きであれば「まあもう少しかな」とか言ってたのかもしれないけど、見事な横ばいで、よくなるような見通しがまったくつかなかった。このままダラダラとやっていてもきっといいことないというか、ジリジリと金を減らしつつ、休むこともせず、色々な面でよくないな、ザ・不健全、というところで、まあもう、ちょっとというかだいぶ仕事量的にも労働時間的にもきつい気がするけど、力技でちょっと作ろう、金、それでいろいろフレッシュな感じの状況を手繰り寄せよう、となったのだった。
で、昼の時間に定食屋でバイトを始めてひと月半、現在。
いろいろと楽にはなって、これまでだったら督促状来て8月15日とかにしぶしぶ払っていた7月13日支払期限の公共料金を早くも払ったし(快哉を叫びたい)、体がもたないというのが大きいとはいえコンスタントに休んでいるし外食だってどんと来いみたいなモードでもあるし、いやいやお前まだ始めたばっかりでしょどう考えても予断許さないでしょちょっと油断しすぎでしょと理性は言うのだがいかんせんそんなモードであり、なんというか現金なものなんですけど、いやもっぱら現金の話をしてたんだから現金でいいんですけど、「あ、これ使ってもいいんだ」みたいな、この安心感はかなり大きい。(書いていて思ったけどほんと危うい)
一方で失くしたものもあり。
という感じで、なんかひた隠しにしてきたこともあって「書きたい書きたい」みたいな感じらしく、もう少し定食河内山宗俊のこと書くのが続きそうな気配でした、という話でした。
photo by 斉藤幸子