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「ゆっくりしていってください」(『暇と退屈の倫理学』を読んだ)

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「ゆっくりしていってください」
と、飲み物等をお出ししたときに僕はわりと言うようにしていて、ときおり言いそびれたり、なんとなく(まあ言わなくても伝わっているだろう)みたいな憶断で言わなかったりするのだけど、気持ちとしてはいつも、ゆっくりしていってくださいと、すごくそう思っている。
どこかで気兼ねなくゆっくり過ごすというのはとても贅沢なことだと思っていて、僕はこの店でその贅沢を実現したく思っている。

話は変わるけど「死ぬまで飽きずに生き続けられるか」とずっと不安に思いながらここまで生きてきた気がする。
高校時代、僕はエスカレーター式っていうんだっけ、大学付属の高校だったので何かに向けてがんばらなきゃいけないみたいなのも見えなく、それでダラダラとずっと過ごしていたのだけど、夜な夜な、家のデスクトップPCで同級生とYahoo!メッセンジャーだったかMSNメッセンジャーだったか、Yahoo!だったっけな、でチャットをしながら「キョム!」とか言うと「キョムキョム!」とか返ってくる、みたいな愚にもつかないことを繰り返していた。ずっとぼんやりとした虚無感とともに暮らしてきたというか。
(その友だちとは未だに「虚しいな」とかLINE上で言い合う仲で、相変わらず仲がいいというのは喜ばしいことですが、30歳を目の前にした自分たちがいまだに同じようなことを言い合ってるのを高校時代の自分たちが知ったら絶望とともに爆笑するだろうなと時おり思う)

どういうふうに繋げたくて「ゆっくりしていってください」と「キョムキョム!」が一緒の場所で書かれ始めたのか、いま僕はまるでわからなくなってしまったのだけど、あそうか、とりあえずはふとしたはずみに人生は虚無で暇で退屈だよねというところで、國分功一郎の『暇と退屈の倫理学』を先日買ったので読んだのだった。
全体にとても面白くて、併せて買ったフエンテスの『ガラスの国境』はそっちのけで「面白い面白い」と思いながら貪欲に読み進めるような感じで読んだ。
で、結論として3つとか提示されるのだけど、その中で「そうですなあ」とぐっときたのが、結局これ、以前この本の存在を知ったというか興味を持ったのと同じところで。(「浪費されたい | fuzkue」)

消費ではなく浪費をしよう。贅沢を取り戻そう、っていうところで。
まあちょっと、長くなりそうだし、また今度続きを書くか書かないかしようかな。

それにしてもこの著者のものは初めて読むのだけど、とても面白かったので他のも読もうかなとか思ってググったらとてもイケメンというか透明感のある感じというか静脈とか見えてそうというか、とてもかっこいい方ですね。
あの、スマホでなんか読んでいるときに画面の下とか上とかにアダルトな漫画の広告がよく出てくるじゃないですか、あれほんとやめたほうがいいと真剣に思うんだけど、あれでわりと僕は頻繁に目にするなって思っている「叔父さんッ…!」みたいなやつ、あの叔父さんにどこか似ているというか。

ラブ・ラグジュアリー(『暇と退屈の倫理学』を読んだその2) | fuzkue

photo by 斉藤幸子

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