本の読める店

Topophilia / Infopihilia

Entry blog fuzkue148

しばしば来てくださって帰り際にちょろちょろと話したりする方が「今度店の写真取りに来てもいいですか」と言うので、いいですよ、その代わりっちゃなんですが撮った写真を店のブログで使わせてもらってもいいですか。それで話はまとまって、それからいくらか経った2月24日の昼間、三脚などを持ってその方は現れた。そのときの写真が文章とともに下記のようにまとめられたのが昨日だったか一昨日だったかに公開されたので読んだ。
『Topophilia(トポフィリア)』というシリーズの第一弾だそうで、トポフィリアというのは「〈人と、場所(トポス)または環境との間の情緒的な結びつき〉〈人々が持つ場所(トポス)への愛着〉」とのことだ。いい言葉だなあと。

[つぎのひと]の[場所]、で撮る。Topophilia(fuzkue) - En-Soph

一人のお客さんのフヅクエという場所および時間の体験が極々個人的なテキストに落とし込まれている感じを読むのが新鮮で、とても面白く興味深く読んだ。
この場所で何を読んでいて、何を考えて、何を想起して、そしてこの場所をどう捉えて、というのが立体的に浮かび上がってきて、なんか場所と人の中に時間が流れている感じがいいなーと。
100人いれば100通りのフヅクエで過ごした時間があって、100の目があれば100通りのフヅクエの見え方があって、それは僕にとってはとても「えー知りたい知りたいそれ知りたい〜」なものであり、その1つを読むことができた喜びというか。単純に楽しい。

ところで先の文章内で引用されているところでインスタグラマー批判めいたことを僕は書いているけど、言葉足りないし、ちょっと補足しておきたい気がした。インスタにアップされるのとかそもそも写真撮られるのとか嫌なのかなと思われるのは嫌だなというのがあって。
なんというか、僕が嫌なのは、これはインスタでも食べログでも個人のブログでもそうだけど、はなから主目的はそちらへの投稿、過ごす時間は副次的なもの、みたいな態度というか姿勢というかが嫌なだけであって、全体の時間の一部がそういう行為に充てられるとかはまったく嫌ではなくて。僕自身も「インスタにアップしちゃうぞ」みたいなことってしばしばやっているし、それを愉快な行為として捉えてもいるし、いいねがついたらうれしいし。

で、なんというか、僕はこの場所が好きだしこの場所をもっともっと好きになっていきたいし、この場所で過ごす時間が好きな人の数が大きくなっていったらもちろんうれしい。Topophiliaという語がどう使われるべきものなのかはわからないけど、「なんかすんごいトポフィリア!」みたいになったらたのしい。
という中で、その対極の態度に思えるものがInfopihilia的というか、そんな言葉があるかどうか知らないのだけど、情報として場所や時間を消費する感じだと思っていて、それは好きじゃないんですよというか。というのを引用された部分では言いたかったんだっけな。たしかそんなつもりだったはず。
少し前にラーメン屋の漫画がバズってるか何かしていて見かけたけど、「彼らはラーメンを食べてるんじゃなくて情報を食べてるんだ」みたいな。それとはまた別の話かな。ちょっとわかりませんが。ここは情報じゃない、場所だ、みたいなあれだろうか。ちょっとわかりませんが。ラーメン食いたくなってきた。

photo by 東間 嶺

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