読書の日記(2/12-18)

2024.02.23
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書籍版新作『読書の日記 予言 箱根 お味噌汁』『読書の日記 皮算用 ストレッチ 屋上』が12月に発売になりました! 
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抜粋

2月12日(月) 

三連休が終わった。シフト、サッカー、ハンバーグ、『証人』。シフト、サッカー、オーブン焼き、『証人』。シフト、サッカー、オーブン焼き、『証人』。

2月13日(火) 

布団。どういう風の吹き、風の吹きなんだっけ? 吹き回しだっけ? 吹き回しってなんだ? 吹いて、何を回すんだ? 水炊き。これは炊きか。吹きってなんだっけか。全然「ふき」って読めなくなってきた。とにかく、風が吹いて、それで部屋から持ってきたのは『失われた時を求めて』の7巻で、7巻はたぶん体育祭の終わりごろにゲルマント公爵夫人が語り手と一緒に写真を撮ろうとしているとアルベルチーヌが前を通り、その姿を見たゲルマント公爵夫人が「私たちの写真撮ってくださる?」とスマホを渡した。ツーショットを撮ってもらうと彼女はいなくなり、残されたアルベルチーヌと語り手がドギマギしているとシャルリュス男爵が通りかかって二人の写真を撮った。語り手はサッカー部仲間に呼ばれて去っていき、アルベルチーヌの様子から何かを察したシャルリュスは「こゆん、何か俺に言ってないことがあるんじゃない?」と言って、アルベルチーヌはとつとつと自分の思いを語り出す。たぶんそういう巻で、久しぶりに開いてみるとたしかにそんなことが描かれているようにも見えた。

2月14日(水) 

まどろむような午後の時間が流れ続け、あたたかい烏龍茶を飲んだりおやつをつまんだりしながら、優くんの腕の中で眠りに落ちた赤ん坊をベビーベッドに寝かせたり、目覚めたらかわるがわるに抱っこしたり、おもちゃであやしたり、おむつを替えたり。ひたすら体も頭も緩み、数時間のあいだ目の前のこと以外はほとんど何も話すことなくゆるゆると過ごし、淳子ちゃんが帰ってきたときは武田さんは洗濯物を畳み、僕と優くんは絨毯に寝そべってバウンサーで揺れる赤ん坊をあやしているところだった。

2月15日(木) 

悄然としながら、どこか納得しながら、布団に入ってプルースト。いい言葉があった。ヴェルデュラン夫妻について。
ここでの夫妻のおもな仕事といえば、気持よく暮らし、散歩をし、よくたべ、おしゃべりをし、気持のいい友人たちをむかえて、愉快な玉突のゲームだの、おいしい食事だの、たのしいグッテだのをさせることなのだ。といっても、あとで私にわかったのだが、夫妻はどんなにか頭をはたらかせて、この土地をくわしく知ろうとつとめたのであって、客たちにきかせる音楽とおなじように「未発表の」散歩を客たちにたのしませていたのである。 マルセル・プルースト『失われた時を求めて〈7 第4篇〉ソドムとゴモラ 2』(井上究一郎訳、筑摩書房)p.98
未発表の散歩!

2月16日(金) 

布団では今日は『伊豆の踊子』。「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た」と音読をし始めたら遊ちゃんも読んでいた中井久夫を音読し始め、こちらから始めておいてごめんだけど、黙って読んでくれるかな、とお願いした。お願いしておきながら飛び飛びに音読を僕は続けて「突っ立っている私を見た踊子が直ぐに自分の座布団を外して、裏返しに傍へ置いた」と言うと遊ちゃんが「もう踊子出てきたんだ」と驚いた。僕も驚いた。「伊豆」という言葉もすでに出ているから、伊豆の踊子が早くも完成した。伊豆の踊子、英題はなんだろう、ダンサー・イン・ザ・イズ、だろうか、と思うと、ピューッと吹き出した。

2月17日(土) 

終わると三省堂書店に行って、アマゾンの発売日は19日とかになっていたがもしかするともうあるんじゃないかと思ってのことだった、新書のところに行き、平凡社新書のところに行き、棚に差されたそれが見えて『林陵平のサッカー観戦術』だった。喜びながら取って買って下北沢を辞して電車でさっそく読み始める。現役時代から解説の仕事をしたり本を出したりしていたことを知った。試合を見る前の心構えみたいなところを読み、ふむ、ふむ、と思う。熱心に読む。

2月18日(日) 

みんなどこで降りるのだろうと思っていたら、みんな河津で、僕たちは最初は伊豆の南端か沼津のあたりが宿泊地の候補だったが、南端は1泊で行くのは遠くてもったいないかもと遊ちゃんの美容師が言い、河津が桜が見られていいかもと遊ちゃんの美容師が言い、それに従って河津にしたが河津の桜の時期を調べることもなく河津にしたし、河津もかなり南寄りなので南端でもあまり変わらなかった感じもあった、つまり人に言われたとおりになんとなく河津にしたのが僕たちの河津だが人々は狙って河津だったみたいでこれだけ人が降りるならば河津桜は真っ盛りなのだろう。品川駅みたいだと遊ちゃんが形容したように改札に続く階段は人がぎっしりで、後ろの人が僕の背中を叩いてリュックが開いていることを教えてくれた。駅からはすでに桜のピンクがよく見え、晴れていたし暖かかった。暑いくらいだった。
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