本の読める店

本を売ること

Entry blog fuzkue114

先日から何度か書いているように本を売り始めた。売り始めたといっても1アイテムだけだけど、売り始めたは売り始めた。
本を売ることは僕は開店当初からやってみたかったことなので、抱えちゃったぞ在庫、と思いつつ、いやそんなことは別に思っていなくて、売れていくといいなと思っている。夢?追加発注です、というか。

本を売ること、これは店の利益の増加に貢献することではほとんどない。
知られていることなのかそう知られていないことなのかよく知らないけど新刊本の利益率はびっくりするほど低く、仮に一日10冊売れたとしてやっとほんのわずかの足しになる程度だ。だから本を売ることで売上の足しにしようみたいな考えはまったくない。ではなぜ本を売りたいか。

答えはわりと一つしかなくて、出版社であるとか作家であるとかにお金をもたらすことに寄与したいという思いからだ。
自分が大切だと思うもの、続いてほしいもの、次なる作品を生み出してもらいたいもの、その人たちであるとか組織であるとかにちゃんとお金をもたらすことに、極めて微力ながらでも寄与したいという思いからだ。

例えば、いずれラテンアメリカの小説も売ることになるだろうなと思うのだけど、僕がこれまで読んできたラテンアメリカ小説を出してくれている出版社のいくつかは、内情はまったくもって知らないけど、きっととても小さな出版社だったりするのだろう。刷っている部数もびっくりするほど少なかったりして、でも僕にとってはすごく面白いものがいくつもあって、僕はそれらの出版社にずっと続いてほしい、面白いラテンアメリカの小説をできればどんどん出してほしいと切に思っている。その出版社がなくなったら僕が困る。その出版社がなくなったら僕がつまらない。
だから僕はそれらにお金をもたらしたい。それらが続いていくことの片棒をかつぎたい。そういう思いから僕は読みたいと思ったものはまず間違いなく買っているし、新刊で手に入るものはよほどのことがない限り新刊で買っている。きっとこれからもそうするだろう。
僕が一冊買ったところで、という話だけど、でもその一冊には間違いなく意味がある、と信じてそうしている。
で、僕が読むためには一冊で十分で、十冊分の貢献はできない。でも売るという手段を採れば、その一冊を十冊に、あるいは百冊にできるかもしれない。幸い場所はある。だからそれをする。

とか言って始まりがいきなりイレギュラーというか最初に考えていたやり方とは異なる、まだ読んでいない小説を売るという形になったのだけど、『若い藝術家の肖像』もきっとそういう一冊になるんじゃないのかな、希望的観測ですが、というところで。それに、まだやっと開いた段階だけど、『若い藝術家の肖像』を巡る体験や時間自体は少なくともすでにしてすごく面白くなっているのでOKかなというか。
今後アイテム数をどーんと増やしていきたいとはまったく思っていないのだけど、いつから始めるかわからないけど「これは…!」という本を一点一点ジワジワと取り扱っていきたいなと思っている。

そんなわけで、本、売ってくぜ、そんな気分で、という話でした。

photo by MorBCN

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