読書日記(166)

2019.12.15
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##12月8日(日) 数日後は伊勢でそれが終わったらもう一気に年末になるのだろう、という気持ちが一挙にやってきて朝だった。ずいぶん寝たはずなのにずいぶん眠かった。
屋上に出て煙草を吸っていたらずっと向こうのマンションのフェンスに囲まれた屋上で布団を干している人が見えた。今日も暇だった。ちらっと見えた、マキノさんは『退屈の利用法』という本を読んでいるようだった、笑った、植草甚一の晩年の本だということだった。
夕方にドトールに出て、「今日も読書」で写真を撮る必要があって家でずっと眠っていたのを持ってきた平出隆の『私のティーアガルテン行』を開いた、11ヶ月ぶりとかに開いた、ここ最近はドトールでは上着は着たままだったからモコモコしていて狭かった。読み出すと大学生になって上京したころのことが書かれているところで、平出隆は一時期幡ヶ谷に住んでいたことが知れた、それから代々木八幡青年座劇場という名称が出てきたりして、なにかそういうことはあるのだろう、ぐっと近づくような感覚になって、その次の「獣苑の恩師」という大学時代の先生である出口裕弘の話のところがずっと強くよかった。
私が「ユリイカ」に発表した詩の反響は、ほとんどなかった。しかし一年以上経った一九七三年秋に、未知の同世代の人から、急速に停滞しはじめた詩の状況を見据えた長い手紙が来た。会うことになった。一九七四年春には未知の女子学生から、詩と散文を掲載した雑誌が届いた。この三人で「書紀=紀」という名前のタイプ印刷の同人雑誌を創刊し、やがて一九七五年には「書紀」という活版印刷の非同人雑誌もはじめることになった。
こうした動きは、そのころようやく活動が顕著になってきた若い詩人たちによる「書翰」「唄」などという活版印刷の小メディアと呼応し、やがて相俟って、詩の読者の注目を集めるところまで行った。
詩の雑誌を自力で刊行するということが、私の学生の日々の時間を占めていった。詩作や詩論の執筆と編集とが一体的に進み、やがて詩の状況などへ意気込みがちとなり、あわただしく最初の詩集を準備するようになった。 平出隆『私のティーアガルテン行』(紀伊國屋書店)p.232,233
この箇所がこの一編の中でいちばんよかったところではないというかもっとぐっと来る場面がいくつもあったのだけれどもこの箇所に当たった瞬間になにかが溢れるというか、泣きそうな感覚がやってきて、それからもずっとそうやって読んでいた、若き人が、ストラグルしながら、何者かになろうとしている、なりつつある、というその証言に、なにか思うのかもしれなかった。後年、先生から来た手紙に「いい本を出されましたね。(こういう本を出すために、われら、生きているんだものね。)」という言葉があって、恩寵みたいだった。
読みながら、昨日マキノさんから来ていた今月の福利厚生本がどうも調べたら百年か高円寺のなんとかというところくらいでしか手に入らなそうで、オンラインで買うのもつまらない、いつ行こう、と思っていたが「今日では?」と思い、「今、吉祥寺に行けばいいのでは?」と思い、それは平出隆の文章で詩のことを読んだりしていたことも影響しているのだろうか。昨日は続けて山口くんからも福利厚生本の申請があって尾形亀之助の本だった、それはラジオでマキノさんのミニコラムで見かけて読んでみたくなったのだろうか、と思うと、なんだかいいなあ、と思ってニコニコして、ニコニコしながら遊ちゃんにそれを伝えたら遊ちゃんはもっとニコニコした、それから、ベッドの上で、寝そべりながら、「足が短くて電車がどうだか」とか、尾形亀之助の詩のフレーズだというものをいくつか、諳んじた。
吉祥寺に向かう電車に乗って、日曜日の6時過ぎの電車はそこそこに人があった、明大前で乗り換えた井の頭線は久しぶりの感覚で、ちょうど昨日遊ちゃんと吉祥寺の八丈島料理のお店のことを話していたし、僕らの最初の二人で飲むそれは吉祥寺でいせや総本店だった、いせやは、遊ちゃんのお父さんがとても好きな店だったらしく遊ちゃんがまだ小さい頃、お父さんは遊ちゃんや親戚たちを連れていせやに行った、いせやが私たちの最初のデートの店なんだよ、ということをお父さんが聞いたら、喜ぶだろうね、と昨日風呂で、話していた、それが吉祥寺で電車の中では『測りすぎ』を読んでいて数値目標が歪めるさまざまなことについて書かれていた、目標を達成するために削ぎ落とされてしまうこと、不正を働くインセンティブが生じてしまうこと、教育機関でも医療機関でも警察でも。数値にならない、言葉にならない、なにかで、どうにかすること。その頼りなさを乗り越えるなにか。
毎日、目標値よりも1万円、2万円、低い売上にとどまり続けている。30日があればそれは30万円になったり60万円になったりする。
どこでおかしくなった?
「何者か」って、なんだ? なんのつもりなんだ?
駅について地図を見ると、百年はそうか、こっち側だったかと、いつも吉祥寺はわからない。秋のバウスシアター、夏のバウスシアター、いくつかを思い出しながら歩いているとパルコの前を通って、そこにアップリンクの上映情報があった、ここにアップリンクが入っているのだなあ、と初めて見かけた、横断歩道を待ちながら、向かいのユニクロを眺めるちびっこが、回っている、と楽しそうに言って、僕も見上げていた、並んだマネキンがゆっくりゆっくり、回っていて、かつてもこれを見上げた。回っていることにはしゃぐことをやめないこと。
百年に入って、入り口のところが短歌とか詩とかだった、『たやすみなさい』や『光と私語』をペラペラと見た、『光と私語』の造本がすごくかっこよくて、表紙はそうか、こんな圧倒的な厚紙、みたいなものもあるんだな、と思った。そのコーナーにはなくて一瞬、なかったら、と思ったが新刊台みたいなところにあった、藤本徹の『あまいへだたり』、表紙は文字はなくてイラストだけで、お、と思い、手に取り、戻し、それからうろうろと見ていた、この流れで古書で出口裕弘のなにかと出会う、みたいなことが起こったら、それはなにかだなと思いながら、箱入りだったりパラフィンに包まれていたりする古書の背を、見ていった。
購入し、とんぼ返りだった、駅に向かって、電車にまた乗った、店に戻り、山口くんがガソリンスタンドの服みたいな服を着ていてそれは「誰かの日記」でも登場したから聞くと、恋人に「いいのあったよ」と教わって買ったものだということで外国の、ガソリンスタンドなのか警備とかのなにかとかなのか、そういうものじゃないか、ということで胸ポケットであるとかがかっこよかった。労働の実感がないんだよね、と言って、暇すぎて参ったりとか大丈夫? と聞いた、それは大丈夫だということだった、僕が大丈夫じゃなくなってきているのかもしれなくて、自転車に乗って、スーパーに寄って、家に帰って、そのあいだじゅう、一日、俺はなんの価値も生み出していないな、と思ってそれは極端な虚しさだった。うつろな顔で酒を何杯も飲んでいた。価値のない人間。林さんの本のこともあるのかもしれない、「なぜ、あの飲食店にお客が集まるのか」「人気飲食店オーナーに聞いた仕事と生き方のはなし」、集まらない、不人気、現状との大きなギャップ。もしかしたら木曜日のトークもそうだ、なんというのだろうか、自分の口から、自分の店を称揚するような、こんな素晴らしい店なんですよ、という話を大声でして、それと同時に、というか最後のほうで、労働の実感、という言葉を出した、そういう、明るさ、前向きさ、肯定、自賛、少しにじみ出た不安や足りなさ至らなさ、あの時間で外に放った言葉が反動みたいに全部、戻ってきて、それがハウリングを起こしている。
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##この週に読んだり買ったりした本
小島信夫『別れる理由 Ⅰ』(講談社)https://amzn.to/2WSu2IY
ジェリー・Z・ミュラー『測りすぎ なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』(松本裕訳、みすず書房)https://amzn.to/2RoHnZ1
『お金本』(左右社)https://amzn.to/389kDlD
林伸次『なぜ、あの飲食店にお客が集まるのか』(旭屋出版)https://amzn.to/35G8p1G
保坂和志「夜明けまでの夜」『文學界 2019年12月号』(文藝春秋)https://amzn.to/2RpizjC
平出隆『私のティーアガルテン行』(紀伊國屋書店)https://amzn.to/2BQy2Q8
千葉雅也『デッドライン』(新潮社)https://amzn.to/2sO8rqd