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マルセル・プルースト『失われた時を求めて〈4 第3篇〉ゲルマントのほう 1』(井上究一郎訳、筑摩書房)

2018年11月27日
はじめは薄ぼんやりした闇があるだけであった、そのなかに、突然目にぶつかってくるのは、形の見えない宝石の宝のような、有名な人の両眼から発する燐光、というよりも、黒地に浮きだすアンリー四世のメダイヨンのような、オーマール公爵のかしげられた横顔であった、そしてその人に、顔の見えないある貴婦人が声をかけているのであった、「殿下、私がコートをおぬがせしましょう」、「いや、どういたしまして、アンブルサックの奥さん。」 マルセル・プルースト『失われた時を求めて〈4 第3篇〉ゲルマントのほう 1』(井上究一郎訳、筑摩書房)p.59

そのあと、劇場は海に喩えられて長々と描写された、劇場に、吉祥寺シアターに僕は入った、所定の席に向かうと、山口くんがいて、笑った、笑ったというか、山口くんがどこかにいることは知っていた、遊ちゃんが行けなくなって、「山口くんにチケットあげたい」と言ったので、昨日山口くんに聞いたところ、予定なしとのことで、行くとのことだった、僕と遊ちゃんは別々にチケットを取っていて、僕が先に取っていて、遊ちゃんが取ったときに、席指定をしないまま取っていて、なにやってんのと笑った、笑っていた、そうしたら、いくらかそんな予感はあったが、隣同士の席だった、ということだった、向かう先に山口くんがいたということは。
そのいきさつを話し、それからは話さなかった、僕はプルーストをまた開いて、読み出した、途中、昨日、言い忘れたというか褒め忘れた仕事っぷりというかそういうことがあったのを思い出したので笑いながら伝えた。

この大公夫人を薄くらがりの他の寓話の女たちのはるか上に置いている美しさは、彼女の首筋、彼女の肩、彼女の腕、彼女のウェストのなかに、全部物質的、包括的にふくまれているわけではなかった。そうではなくて、この大公夫人のすてきな、未完成の美しい線は、目に見えない多くの線の避けがたい糸口から正確に出てゆく線なのであって、見る人の目は、闇の面に映写される理想の容姿のスペクトルのようにこの女性のまわりに生みだされる霊妙な線を、目に見えない多くの線のなかにひきのばしてみずにはいられないのであった。 同前 p.62

舞台が始まった、範宙遊泳の『#禁じられたた遊び』を見た。見た、見ていた。見た。
見終わって、誰ともしゃべりたくない、と思って、僕はそーっと、ボウルに入ったなにかをそーっと、こぼさないようにそーっと持ち運びたかった、誰ともしゃべりたくない、山口くんとも早くはぐれたいと思って、彼は出演者の一人が友だちだったようで、ちょっと挨拶してきます、と言ったので、しめた、と思って、いってらっしゃい、と言って出口に向かった、向かっていると武田さんの姿が見えて、武田さんはこの作品に「編集」として携わっていた、武田さんの姿が見えて、まずい、と思って進路を少しずらして、素通りして、出た、なんでかなんだったのか、出て歩きながら、僕は怒りみたいな感情を抱えていた、社交とかどうでもいいんだよみたいな、なんかそういう身勝手な怒りを抱えていて、それは容易に社交に向かおうとしかねない自分への怒りなのかもしれなかった、ちょっと油断したら、そーっと運ぶつもりだったものをわきに捨てて、やーよかったです、めっちゃ感動しましたとか、クソみたいな口が言い出しそうだなという、そういう自分に対する怒りなのかもしれなかった、僕はでも、なにをそーっと運ぼうとしているのだろうか、そんなものはなにもないのではないか、深刻な顔をしながら僕は、なにを持って帰ってきたつもりなんだろうか。とにかく、僕はあの時間の中にずっといたい、そう思っていたらしかった、外に出たくないという、そういう、だから外みたいな、ロビーとか、コミュニケーションとか、そういう場所、今ほんと要らない、そういうだから、否認みたいな、世界邪魔、そういうだからなにか否認みたいな、俺はあの時間のなかに、決してというかそもそも全然なにも愉快でない話だったのになんだったのだろうか、あの時間のなかにいたかった、16人の役者が全員、強い説得力を持って立っていて、たくさんの美しい声を発していて、立ったり、転げたり、足を踏みならしたり、していた、停止した体の美しさ、強さ、凄さ。停止した恐れの顔に釘付けになった。

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