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志村正彦『東京、音楽、ロックンロール 完全版』(ロッキング・オン)

 さっき撮影中、昔住んでた家の前を通りすぎたんですけど、そこの大家さんいい人だったなって。入り口にガーデニングがしてあって、花がきれいなんですけど、さっきもちょっと花が見えて。あのおばちゃん相変わらずやってるんだなと思って。僕、家借りるとき、フリーターじゃ通らないから、学生って嘘をついてて、文化服装学院の生徒ってことになってて。おばちゃんたちに「今日学校行ってきたの?」って言われて「はい」みたいな。しばらくして「学校やめた。っていうか、本当は行ってなかった。音楽やってるんです」って言って。で、「今度CD出るんで」って、インディーズで出たCDを渡して、引っ越しました。「君はすごい頑張ったんだね。これから遠くに行くけど頑張って」って言ってくれて。すごくいいおばちゃんでした。 志村正彦『東京、音楽、ロックンロール 完全版』(ロッキング・オン)p.340,341

 正直言うと、頑張ったなあと思います。よく諦めなかったなと思って、あの状況の中。僕が思うに、お客さんが200人から2000人になるのって結構簡単だと思うんですよ。でも、0から200人にするのって一番難しいんですよね。そこが本当に辛かったですよね。今ライブやると、ちょっとメンバーにお金入るんですよ。当時は一回3、4万払ってライブやってて。自分が券を売ったらそのぶんチャラになるんですけど、お客さん呼ばないと、一回ライブやるたびに3、4万、払ってたんで、辛かったですね。 同前 p.345

 山口です。十八歳の時に教室で読んでいたこの本を八年ぶりに読んでいます、今。八年振りに読んで思うことは、「やばいぐらい忙しそう」、ということです。
 ろくに受験勉強もしないまま近所の高校に入学して、音楽部に入りました。それまでずっと野球やソフトテニスをやっていて、「強くなりたい」と思ってないのに練習をしこたまやらされること、上手な人が尊くて下手な人は愚かであるという視点の蔓延、保護所同士のマウントの取り合い、などに疲れ果てていました。ただ十五歳の僕はそういう理由で疲れていることにもちろん気付けずに、「なんか毎日しんどいな、なんだろう」と思っていて、母ちゃんにベースを買ってもらいました。弦が四本あって低い音が出る、ポールマッカートニーがいつも持ってるでお馴染みの楽器です。毎日八時間弾こうと思って三年間毎日八時間弾きました。初めて自発的に「上手になりたいな」と思ったからできたことでした。指はすらすら動くようになって、ポールマッカートニーより上手くなりました。
 志村さんは自信の拠り所を、費やしてきた時間であるとか集めたお客さんの数、そういう、数値化できるものに置いている印象です。みんなそうなのかもしれませんが。だけど志村さんはそこに自己愛とか意地の悪さみたいなものを全く介入させていないように見えます。何の複雑さもない「頑張ったなあ」という、純粋さ。それはきっと脆くもあって、これはどういう上から目線なのか、上から目線というかファンから目線なんですけど、もう過ぎ去った時間なのに、志村さん、大丈夫かな、とか、気味の悪い心配をしながら読み進めています。大丈夫に決まってるだろ。
 高校生の時に組んでいたバンドは卒業と同時に解散して、僕は東京に出てきました。二十一歳の時、バンドがやりたくて、だけどメンバーが見つからなくて、僕もみんなと同じように三万円とか四万円のノルマを払いながら一人でライブをしていました。新宿のライブハウスの楽屋で、ずっと、「これは、無理かもな」と思いながら貧乏ゆすりをして、結果本当に無理でした。だから、この本を読んでいると、その「遠さ」がわかるというか、志村さんがとんでもなく遠くに居ることが、血に混ざるようにわかる。頑張るということが一体どういうことなのかは、わかっているのかわかっていないのかもわからないです。「もしも過ぎ去りしあなたに全て伝えられるのならばそれは叶えられないとしても心の中準備をしていた」って、よくそんな個人的なことを一般的な領域にまで押し広げたなあ、凄い、聴いてる人全員が「自分しか知らない」と思ってることを。

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