本の読める店

今日の一冊

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アリ・スミス『両方になる』(木原善彦訳、新潮社)

2018年10月28日
店、今日もゆっくりのスタート、さすがに昨日ほどではなかったが、ゆっくりで、おやおや、どうしたものかな、困ったな、と思いながら、仕込みもないので本を読みますかと、『両方になる』をちゃんと読み始めた。すると波紋が広がった。

なくなった、と私は言った。消えちゃったよ。
ああ、と彼女は言った。だから泣いてるわけ? でも、本当は消えたわけじゃないわ。だからこそ、金の指輪より素敵なの。輪は実は消えてない。たまたま私たちの目には見えなくなっただけ。本当は、今でもずっと広がり続けている。あなたが見た輪はどこまでも進み続けて、どんどん広がる。水溜まりの端まで達したら、今度は水から出て、目には見えないけれど空気の中を進む。驚異の現象ね。体の中を輪が突き抜けるのを感じた? 感じなかった? でも、通ったのよ。今ではあなたも輪の内側にいる。ママもそう。私たちは二人とも輪の内側にいる。この庭も。煉瓦の山も。砂の山も。薪小屋も。家も。それに馬、パパ、伯父さん、お兄ちゃんたち、職人さんたち、家の前の道も。よそのおうちも。それから塀も庭も、家も教会も、宮殿の塔も大聖堂の尖塔も、川、裏の野原も、ほら、あの向こうの野原も。あなたの目はどこまで見える? あそこの塔、向こうの家が見える? 誰も何も気付かないけれど、輪はそこを通り抜けているの。ここからは見えない野原や畑の上に輪が広がるところを想像してごらんなさい。野原や畑を越えてその向こうの町、さらに向こうの海まで広がっていく。次は海の向こうまで。あなたが水溜まりに見た輪は世界の縁まで広がり、縁まで行ってもまだ進むのをやめない。何もそれを止めることはできないわ。 アリ・スミス『両方になる』(木原善彦訳、新潮社)p.16,17

美しいイメージで、それにしても「尖塔」という言葉を僕は「れっとう」とこれまで読んでいた、「劣」と混同していたらしかった、それで、あれ、じゃあ、なんだろ、この文字が使われる言葉、言葉、と思い、「尖閣」か、「せん」か、「せんとう」か、とわかり、「せんとう」と打ったら、がぜん、銭湯に行きたくなった、なっている、銭湯に行きたい、なんせ疲れた、『両方になる』をしばらく読んでいたらだんだん忙しくなっていって、猛烈に忙しいというふうでもなかったけれどずっと立ち働き続けるようだった、それで、疲れて、一段落したら猛烈な眠気がやってきた、10時、誰もいなくなって、もう閉めちゃおうかなと思っていたらまさかの10時半からのご予約が2つ入って、よっしゃよっしゃお金ちゃんと稼がないとねと思っていたら、10時半を過ぎて、キャンセルされた、どういうつもりの予約だったのか、と思っていたら最近しばしば来られる方が来られ、最後までしっかり営業するぞ、と思い、本を読もうかなと今、思っている。

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