本の読める店

読書日記(156)

Entry diary156

9月29日(日) 

昨日、昼前、元気が出ないとしょんぼりしながら外で煙草を吸って戻ると机の上に固い封筒があって、マキノさんが「今さっき届きました」と言って、見ると河出書房新社からで「読書実録」とあった、いつ出るのだろう早く読みたいと強く思っていたところだったから、いつ本屋さんに行けるだろうと思っていたところだったから、それはなにかクリスマスプレゼントみたいで、予期していなかったクリスマスプレゼントを受け取った朝のようなそういう喜びがあってそのピンク色の表紙が昨日から、目に入るたびに喜びをもたらしてくれた、その喜びが今朝もあって置いているだけでうれしくなるそういう本だった。白米、納豆、醤油漬けの黄身、大根の漬物。

やたら暇な日曜日になってやることがないな、と思った。マキノさんはなにかを拭いたりしてくれていた、僕は「mac システム 中身」とかで検索をしながら「この43ギガみたいなシステムというやつをどうにかすることはできないのかなあ」とどうでもいい思案をしていた。
でくのぼうと化して、無駄な運動をしていて、さすがにバカみたいになって、しかしドトールというわけにはいかないし、というところで外階段原稿を試してみたが、狭く、不自由で、少しやっているだけで体がバキバキになりそうだった、すぐにやめた。

びっくりするくらいつまらない日で、びっくりしながらそこにいた。昨日は忙しかったと同時にみなさんどの方もじっくり本を読むというふうで、相変わらずのいい光景があってうれしく思いながら働いていたが、今日は、度し難いほど暇なことはしょうがないというか、いいとしても、よくないがいいとしても、なんだかすごくつまらない気分が何度もあった。30分、20分、20分、そんな滞在の方が続いて、ここまで短いのは週に一人あるかどうかというような極端なものでそれが立て続けにというのは異例で、こういう滞在時間を怖がるのは誰も得しないからで、お客さんはいたずらに高い喫茶なりランチなりをするだけだし、店としてはそれで「高い」と思われるのが嫌だし、嫌だな、怖いんだよな、と思っていたら、直後に来た人がどでかいファイルをどしんと机に置いて、ピピピピピ、「ガチ仕事・動き荒め・要注意」と思って警戒していたら、たくさんのものが広げられ、複数のペンを駆使してなにかが行われていて、やはりそれを扱う手は荒く、これは余裕で言わないといけないやつだ、と思って、「ペンのところって読んでもらってます?」「はい」「けっこう響きやすいんでペンとかそういう」「これとかももう厳しいですか」「あいや書く方じゃなくて置く方で、置くときけっこう響いてびっくりとかになりやすくて、なので」というやり取りで、その、どこが厳しいラインなのかを確認する問いがあってそれで答えて、というやり取りは、いいものだと思って、ほがらかに、生身の人間として互いに話せた感じがあって、いいやり取りだと思って、あとでマキノさんに「こういうことだよね、注意みたいな場面でも人間として普通に話すことで、人間として普通に対話できるみたいなそういうのあるしそれが互いにとって一番だよね」と得意げに言おうかなと思っていたら、数分後、ガチャガチャと開き直った手荒さで荷物をまとめてはっきりとぶすっとした顔をして立ち上がり、会計をして帰っていって、アイスコーヒーもショートブレッドもほとんど手つかずだった。知るかよ、と思いながら、どこか安堵もあってこれで他のお客さんの平安が保たれる守られる、それにホッとするところもあったけれどそれでも傷つくは傷つくんだよな、と思って、マキノさんと外に出て、びっくりしちゃったね〜もうほんとやだああいうの、という話をした。傷つきを分けることができる相手がいるというのは助かることだった。
それにしても、暇で、暇なままで、8月、9月、8月、9月、ここ数日、月末に近づいてきたところで「9月」ということをしばしば思っていて9月はそれにしてもボロボロだった、8月は、たしか今年一番の月で、9月は、完膚なきまでに最低の月として終わろうとしている、8月、9月、8月、9月、と思っている。どんなふうになっていくのかな。
それから、いてもしかたがない状態が続いたので、週末だしさすがに怖いけれど、まあすぐ戻ればいいし、と思いながら、出た。ドトールで、お腹がやけに空いていて、普段はコーヒーのSサイズと甘いもので、それで400円、というのがドトールだったが、あまりに空腹なのでミラノサンドを食べちゃおうか、と思って、レジに並びながら考えていた、420円が一番安いやつで、ドリンクは50円引きになるということだから、ということは、600円くらいということになる、400円で甘いものか、600円でミラノサンドか、迷いに迷ったが、その200円が妙に大きく感じられ、アップルパイを取った。ジョン・フェイヒーを聞いた。原稿をやりに来たわけだが、1時間ぐらい、ツイッターとか見てた。

少しだけ原稿をやって、それからツイッターとか見てた。毒を自分で食べに行くみたいな格好で「あいちトリエンナーレ2019に寄せられたご意見等」の音声リンクというかユーチューブのやつを聞きに行ってしまい、一発できつくなって、自分が正しいと信じて疑わない人は存在自体が凶器みたいだったしもちろん狂気でもあった。やめてくれ、頼むから、と思い、なにかすがるような気分でアップルミュージックを開き直してGEZANを耳に流し込んだ。このひずみこそが愛だよ。
店に戻るといくらか慌ただしくやっていたようで、洗い物が少し溜まっていた、いいね、と思って、破綻しない程度にしかし少しストレッチをするような、そういうことの繰り返しが大事だった、皿を洗った。8時になって、マキノさんは上がっていって、僕は今日はもうそうしようと思っていたように『三体』を開いて、多くの時間、読んでいた。暇な日曜日が終わろうとしていた。
最後のお客さんになった守部さんの帰り際、話した、レジというか会計スペースのところに置いている束見本に目を留めて、なんですか、となったので、束見本です、と、一緒にためつすがめつして、これが積み重なっていくんですね、ということで、並んだらなかなかいい光景ですよね、と言った。店の歴史がここに書かれていって、その中に自分の時間も織り込まれていくような、というようなことを言われた。帰られて、一人になった店内で洗い物をしながら、その会話によって明日で9月が終わるということはつまり読書日記を初めて丸3年になるということ、それに初めて気づいたことに気づき、なにかがあった。感慨というのともまた違うが、3年か、というものだった。なんでだかちょっと泣きそうだった。9月。

看板を上げに下に行くと、斜向いの居酒屋から威勢のいい掛け声が聞こえて、その掛け声はしばしば行くラーメン屋の店内で聞くものと酷似していて、斜向いの居酒屋と隣のブロックのラーメン屋が混ざったというか、一緒にあるというか、そういうこともあるというか、元々そうだったっけというか、居酒屋であり同時にラーメン屋でもあるんだっけかというか、なにか、認識がバグる感じがあった。混ざるというよりはそれぞれが同時にしかし別の時間あるいは世界で存在するその両方が見えるというような、そういう感触だった。看板を上げて、店を閉めた。
帰る途中、道の端にへたり込んでいる男性があって、向かいから来た自転車の女性がブレーキをかけた、どうしてだか、なにかトラブルになったらことだから、と思って僕もそこで止まった、女性は「大丈夫ですか?」と大きな心配した声で言って、男性を見ると泥酔したおっさんに間違いなかった、キャップをかぶっていた、ネルシャツを着ていた、胸ポケットにはメンソールの煙草。「近所ですか? 帰れますか?」と女性は続けて聞いて、おっさんは「お、あ、ああ、はい」というふうで、僕はもう要らないだろうと思って、走り出した。走りながら、女性、すごいな、と思って、若い人だった、僕だったら酔っぱらいと決めつけて声を掛けないし、酔っぱらいじゃないかもと思う様子が見えたとしても、どう行動しただろうか。なにか自分の情けなさを突きつけられたような感じがあった。恐れ。人との関わりへの恐れ。『断片的なものの社会学』のことを思い出しながら家の扉を開けた。
疲れ切っていた。昨日も今日もストレッチが雑に済まされた。ソファにべったりと倒れ込み、持って帰ってきたiPadで日記の赤入れ。済んで2時。ウイスキー&三体。

国連事務総長は空に昇りきった巨大な月を指さした。
「あれが、小さいほうの半分だ。上には文明#191の廃墟が残されているが、もはや生命のない世界だ。あれは、三体世界の歴史すべてを通じて最大の災厄だった。惑星がふたつに割れてから、いびつなかたちだったふたつの破片は、やがて自己重力によってふたたび球のかたちになった。惑星の中心にある超高温で超高密度のコア物質が地面に噴き出し、海洋は溶岩の熱で沸騰し、大陸はマグマの上を氷山のように漂った。大陸と大陸がぶつかって大地は海のように柔らかくなり、標高数万メートルもの巨大な山脈が一時間のうちに隆起したかと思うと、一時間のうちに消え失せた。
しばらくのあいだ、ふたつに割れた惑星は溶岩流でつながっていて、それが宇宙を流れる川になっていた。やがて溶岩流が冷えて、ふたつの惑星のまわりを囲むリングになった。しかし、惑星の摂動により、どちらのリングも安定しなかった。リングを構成する岩石は次々に地表に落下して、数世紀にもわたって巨石の雨が降りつづいた……。
それがどれほどの地獄か、想像できるね? このカタストロフがもたらした生態系の破壊は、この惑星の歴史上で最悪だった。伴星ではすべての生命が絶滅し、こちらの主惑星も、ほとんど生命のない世界に変わってしまった。
しかし最終的に、生命の種は、ここでふたたび芽を出すことに成功したんだ。主惑星の地質状態が安定するのにともない、まったく新しい大陸とまったく新しい大洋で、進化はまたよちよち歩きをはじめた。そしてついに、一九二番目の文明が勃興した。その全プロセスには、九千万年を要した。(…)」 劉慈欣『三体』(立原透耶監修、大森望・光吉さくら・ワンチャイ訳、早川書房)p.263

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この週に読んだり買ったりした本

劉慈欣『三体』(立原透耶監修、大森望・光吉さくら・ワンチャイ訳、早川書房)https://amzn.to/2UJc36R

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