本の読める店

読書日記(146)

Entry diary146

7月20日(土) 

昨日の時点でご予約が10くらいあったため、仕込みもいくつかあるし、早めに行こう、と思っていても起きるのはいつもの時間でそれも精一杯というふうだった。朝は眠い。
昨日柴崎友香のインタビュー記事を読んでいてそのあとツイッターでその記事を紹介するツイートを見かけてそこで「ここで言っている共感というのは佐久間裕美子さんの本を読んで見たエンパシーに近いと思います」みたいなことが言われていて、と思って確認をしに行ったら佐久間裕美子ではなくてブレイディみかこだった。僕はそれで思い出したというか僕は佐久間裕美子の本でエンパシーという言葉に触れてそれがすっと馴染んで、今まで共感という言葉が使いづらかった、共感には一体化みたいなものを感じて僕には少し勇気のいる言葉でエンパシーはあくまで他者であるということが、距離が、前提になっていて、それがすっと馴染んだ、それ以来の気がした、なにか悲しいことが起こったときに、今までよりも感情が粟立つようになったというか、悲しみと呼んで差し支えのない感情を感じるようになった気がした、それは、エンパシーという言葉を得たことによることのような気が、昨日柴崎友香のツイートを見ながら、していたな、と今朝、思った。

GEZANを聞きながら仕込み。ZANGEだっけ、ZEGENだっけ、ZAZENだっけ、となるというか、「GEZAN」がいつもすぐには読めない。GAZENというのもいいな。ほうれん草を湯がいてかぼちゃを切った、かぼちゃを切るときはいつも自殺未遂をした俳優のことを思い出す、手首を切った、かぼちゃを切っていて誤って切った、でもそれが真実なのかもしれないぞ? かぼちゃを切ることはたしかにリスクを伴うものだった、ともかく、それを思い出し、気をつけよう、と思いながら切るのがかぼちゃという野菜で、そのあとに赤唐辛子を割って種を抜いたその手で目のあたりをこすってしまったらしくしばらくのあいだヒリヒリとしていた。

緊張感を持って店を開けたが存外にゆっくりした始まりで、でも頭はもう忙しいと思い込んでいるからフルスロットルで動いて、ふと止まってみると「あれ、ゆっくりスタートの休日では?」ということが知れた。ご予約の時間が分散されていて、12時から3時半のあいだでまんべんなく入っているという状態で、そしてご予約の方以外はほとんどなかったから、ゆっくりだった。

ひたすら、働き、朦朧とし、11時になって座って、ルシア・ベルリンを読んで残りの時間を過ごした。

ある夜、テレグラフ通りの家で、ターが寝ていたわたしの手にクアーズのプルタブを握らせた。目を覚ますと、ターはわたしを見おろして笑っていた。ター、テリー、ネブラスカ生まれの若いカウボーイ。彼は外国の映画を観にいくのをいやがった。字を読むのが遅いのだと、あるとき気がついた。
ごくたまに本を読むとき、ターはページを一枚ずつ破っては捨てた。わたしが外から帰ってくると、いつも開けっぱなしだったり割れていたりする窓からの風で、ページがセーフウェイの駐車場の鳩みたいに部屋じゅうを舞っていた。 ルシア・ベルリン「掃除婦のための手引き書」『掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集』(岸本佐知子訳、講談社)p.49,50

表題作のこれが、とても、ずっと、とてもよくて、乾いたスポンジが水を吸うみたいな調子で喜びが体いっぱいにやってくるようだった。

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この週に読んだり買ったりした本

庄野潤三『ザボンの花』(講談社)https://amzn.to/2FnBbsx

エドゥアルド・コーン『森は考える 人間的なるものを超えた人類学』(奥野克巳・近藤宏・近藤祉秋・二文字屋脩訳、亜紀書房)https://amzn.to/2RVtwrk

ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集』(岸本佐知子訳、講談社)https://amzn.to/2JE0Pwk

マーク・フォーサイズ『酔っぱらいの歴史』(篠儀直子訳、青土社)https://amzn.to/2LxY9D1

『Number982号「カープに学べ。」』(文藝春秋)https://amzn.to/2Y9geNq

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