読書日記(141)

2019.06.23
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##6月10日(月)  昨日は寝る前はプルーストを読もうかと思ったが目に入って来る感じがなくて、というかほんの一行とかもはや数行で諦めた感じがしてそれでは何を読みたいかと言えば千葉雅也で遊ちゃんの本棚から『勉強の哲学』を取ってきてそれを読んでいた、面白く、買おう、と思った。夜はすぐに暑くなり朝は寒くなる。体温調節機能が働かないというか下手。夢に内沼さんが出てきて、内沼さんというか内沼さんのインスタへの投稿で動画で、大きなベッドの上でおちびさん二人が楽器を奏でていた、一人が鍵盤ハーモニカで一人が木琴で、ぶーぶー、ぴんぽん、やっているその様子を撮ったもので途中でうまくハーモニカが鳴らなくて画面の横から内沼さんのと思しき片手が伸びてきてなにかの補助をしてそうしたら鳴って、それを見ながら「あ、それをしたら、内沼さんの作品になってしまいませんか?」と思った。
起きて、起きる気が雨もあってなかなか起きなくて、うとうととしたらまた夢を見て近鉄の赤堀が出てきて通天閣の階段をのぼりながら、「忍耐、体力」云々と言っていてそれは通天閣の階段を一定の体勢でのぼるというトレーニングについての説明で赤堀が説明していて誰かがそれをデモンストレーションしていてたしかに忍耐も体力も必要そうだった。だって、階段の縁に立って、あんな姿勢を取るんだぜ? と思って、感嘆した。観念し、起きた。強く今日もまた雨は降っていて人はきっと来ないだろう、それに今日は2時で山口くんが来て交代という珍しい日でそれは僕がお願いしたからで、2時というのは開店からわずか2時間というそういう時間だった、そのわずかな時間を、ドロップボックスのさらなる整理に費やした。「Camera Uploads」フォルダの混沌をどうしたらいいかわからなかったがわかって、ここはアップロード場所、と定めるということだった、つまり、なんらかの理由、それはメモリアといったところだが、なんらかの理由で残しておきたい写真についてはそのフォルダを別にこしらえて、そこに移管する、そういう手続きを踏む、僕のカメラの使用は引用のための本のページの撮影で、あとは伝票を入力する際にしやすいようにというので伝票の写真で、それから遊ちゃんに見せたいなんらかの光景であるとかそういうもの、それらが大半でそれらは引用したら、入力したら、スラックに送りつけたら、フォルダから消していいものだった、そういうものと、見るだけで記憶がなにか湧いてくる写真が一緒の場所にあったのが間違いでだからここでも作業スペースとしての、一時保管場所としての、ということが大事で「Camera Uploads」はそういう場所とする。そもそも名前からしてアップロード場所だった、だから、それで、取っておく写真を峻別するという作業を一生懸命おこなった。できた。「Camera Uploads」はカラになった。随時、カラにしていく。いつまでできるかな?
それにしても「Camera Uploads」は発見というか大いなる気づきだったわけだけどどうしてこんな簡単なことに気がつけなかったのだろうか、ずっと混沌としていた、気づいたら後戻りができないところ、ポイント・オブ・ノー・リターンというのはいろいろなところにあるものだが「Camera Uploads」にもたしかにそれはあった。もう戻れやしない。
見事に何もやらないまま山口くんが来て、やってもらうこともほとんど見当たらず、なんかやることあるといいよねという細かい指示を出してそれで出て、雨がしっかり降っていた、新宿に出て、地下をずっと歩いた、雨でけぶった屋外がちらっと見えてその向こうに向かうべきコクーンタワーの建物もあった、あそこに行くにはどうしたら、と思いながら入って歩き出した地下道は、前にも一度ここを歩いて、そしていつまで経ってもコクーンタワーに当たらなかったあの道だとわかりすぐに引き返した、ぐるっとロータリーを回るように回ってもうひとつのそういった地下道を歩いたらすぐにあった、壁に張り出された看護師かなにかの学校やアニメーターかなにかの学校のポスターを見ながら「若さ」みたいなことを思っているとモード学園から出てくるカップルがあってまた「若さ」と思い、それから前を歩いていた4人組の男の子たちがモード学園のところに入っていった、刈り上げた頭がピンク色で黒いダボッとした服を着ている者があってさっきから思っている「若さ」というのは「いいね」という意味で、羨ましいような気持ちもあったしなにか眩しいようにも思うし17歳とか18歳とかで、知らないが、そういう専門の学校に進むという選択というか決断というかをした人たちなんだよなと思うと、思うとなのか、なんというか、負けるな、やってやれ、ぶちのめせ、というような気持ちが湧くのを感じた。見せてやれ、というような。なにを? なにかをだよ! だれに? あいつらにだよ! というような。
それでその横のブックファーストに入って久しぶりに来た。ビジネス書のところに下りて検索の機械で検索をしてその棚に向かった、コーチングの棚だった、行くと、行けば見つかるだろうと思ってざっくりとした検索だけで行ったわけだが、行くと、見慣れた顔があった。現千葉ロッテマリーンズ投手コーチで前北海道日本ハムファイターズ投手コーチの吉井理人の顔がそこにあって『最高のコーチは、教えない。』という本だった、直筆のポップもあってなんと書いてあったか、少なくとも「わし」とは書いていて笑った。吉井コーチは実際どうかは知らないがブログとかではいつも「わし」だった。競馬の調子はどうですか。それで、うっかり吉井コーチの本だけで満足しそうになったがもともと思っていたのは『コーチングのすべて』だから、やはり基礎というか理論というかベースみたいなものは必要だろう、というところで、ペラペラしたら面白く読める自信は一切なかったが、それも取って、買った。「この人はよほどコーチングについて知りたいのだなあ」という購買。それで上のフロアの文芸の棚を見に行った、柴崎友香の新作がたくさん並んでいて、そうだそうだ、買おう、と思ってそれは目で印をつけておくような調子にして奥の海外文学であるとかのところに行って、見ていた、見ていたら、水声社の「フィクションのエル・ドラード」の『犬を愛した男』が入ってきて昨日山口くんとラテンアメリカのことを話していたことも手伝ってだろうか、今日かな、という気になって、それで取ろうとしたところびっくりした、なんていう分厚さだ!
これにはびっくりした。一度丸善ジュンク堂でも見ていたはずだが、そのときは面陳列というのか、面でしか見ていなかったから、厚さについて考えてもみなかった、みなかったのだが、『犬を愛した男』でしょ、なんかそれは多分僕はチェーホフの「犬を連れた奥さん」を考えるのだろう、きっとそういう小品という感じでしょう、200ページとかでしょう、長くて230ページとか、とどうしてだか高を括っていて、だからその厚みに気がついたときはにわかには自分の目が信じられないような気持ちになった。『犬を愛した男』なんていうタイトルの小説がこの厚さ!? というような。それで動転したというよりはこれはしばらく掛かりきりになるつもりでいかないと、というところで柴崎友香は今日は買わないで、それだけ買った。出口に向かいながら歩きながら、まさかこれが超長編とは、というタイトル選手権をおこなったら一位はなにになるだろうか、と考えていた。岩波のなにかがやはり有力だろうか。
そのまま先ほど歩いてきた地下の道を逆方向に歩いていって、ぐるっと回るとさっきも通った左手に献血のところがあり右手が頻繁に古書市とかをやっている今日は服かなにかを売っているそういうところに差し掛かりそこで顔を上げると外を雨が降っているのが見えてそれは僕の体を濡らしはしなくてなにかの記憶がほわっと胸のあたりに、あるいはおでこのあたりに、やってきて、「あ」と思って確定させる間もなく消えた、過ぎ去っていった。なにかがなにかの記憶をもたらした。こういうとき記憶は僕が所持しているのではなく風景の側にあるように感じる。側にある、というよりも、風景の中にふわふわと漂っている、という感じだろうか。風のようにやってきて、一瞬だけ僕を貫き、向こうに行ってしまう。
もう手がかりもなく、しかし少し時間はあった、ロッテリアに入ってコーヒーを買って座った、吉井コーチ、教えてください、という時間だった。読んで、ふむふむ、教えちゃいけないのな、ふむふむ、モチベーション、ふむふむ、と思いながら得心しながら読んで、時間が近づいたので出た。コーヒーはほとんど口をつけなかった。
新宿の地下の道というのは便利なものだということをほとんど初めて実感して地上に上がった、目指すビルがありそこに入った、まだかなこちゃんあずのさんの姿は見えなかったのですぐ横に「待つのに使ってください」みたいなスペースが、喫茶スペースみたいなものが、あったので、そこに入って吉井さんの言葉に耳を傾けた、高校時代のことが書かれていた。
数ページで二人の姿が見えたので合流して、入館バッジをもらって入ってエレベーターに乗った。入館のために必要なので事前に代表者氏名と人数を教えてくださいと先日ありそれで3人で行きますと言ってそれで今日なわけだがそうか、立派なビルというのはそうやって入るものなんだな、と思って、そんな立派なビルに入るのなんていつ以来のことだろうか、というようだった。名前がない存在であるうちはそれ以上行くことのできない建物。
白い大きい部屋に入った。挨拶をして、用意された席の数、置かれたペットボトルのお茶の数を僕はざっと見たのではないか。20人くらい来るの? というようなところで僕は今日は内装の工事の説明会みたいなものだったが説明を受けること自体はやぶさかではないというか楽しみですらあったがそのあとに懇親会があると聞いていてそれが不安だったというか懇親会があるがゆえに行きたくない気分があった。懇親なんてどうやったらいいかわからない、というのがもっぱらの理由でだからかなこちゃんたちにべったり付いていようと思っていた。ただかなこちゃんたちも狭い世界みたいで知己の人たちが何人もあったみたいで、そういう姿を見ていると「果たして彼らにずっと付いているという作戦は成り立つだろうか」と不安もまた大きくなるわけだった。
徐々に集まり、それで会が始まった、自己紹介コーナーになり、順番に入居する人たちが挨拶をしていった、みんな上手にしゃべるなあ、社会、社会人、立派、すごい、かっこいい、と思っているうちに僕の順番になりやっぱりたどたどしい。下手くそだなあ、と思い、ま、いいや、と思った。下手くそのくせに「笑いのひとつくらい取りたかった」と変な欲を出すこの感じはいったいなんなんだろうな、と思った。
最初のほうは話をちゃんと聞いていたが、話が具体的な工事の段取りとかルールとかそういうものになると聞いても僕にはさっぱりなんのことかわからないことだらけになっていったのでほとんど聞かないという状態になって、こういう、人が話しているのを聞く場でほとんど聞かないで座っている、ノートに落書きとかをしながら座っている、という状態は久しぶりに味わうもののように思った、授業のような。いつ以来だろうか。意外にそう昔でもないか。免許の講習とか。でも免許の講習は意外と聞くんだよな。
2時間くらいで説明会が終わり、それでそれから恐れていた懇親会になっていった。かなこちゃんたちにつきまとっていた、そうしていたらあずのさんが話していた方と話すことになってそこから僕は今日は好調のようだった。いつの間にかかなこちゃんたちの姿が消え、取り残された僕は、しかし僕は、軽やかにおしゃべりをしていた! それからも、食べ物を食べたりしながら、また他の人と、軽やかにおしゃべりをし、また別の人とおしゃべりを軽やかに、していた! その時間を過ごしながら、どうしたらこういう場で無理なくいられるか、というのを探るような気分がずっとあって、ひとつは「合わせて笑わない」ということで、笑わないでいようとすると「なるほど、これひとつでけっこう違うかも」という気になって、それから「話がしぼんだらさっさと切り上げる」ということで、なるほど、それでいいんだ、と思った、なんというか今日この日、いい立ち振る舞いのあり方を見つけたような気がして、二人のもとに戻ったときには「社交性に驚いた」みたいなことを言われて「それはね、僕も今驚いているんだよ」と言った。気づかないうちに人が次第に減っていき、僕らも7時過ぎに出た。食べ物もおいしくて、もっと食べたらよかった。外はまだまだ雨で、ビルの入口のところで二人と別れた。二人はこれから諏訪まで帰る。
どうしようか、しかし雨で不自由だ、先ほどのロッテリア読書というのが存外によくて、またそういう場所に入ってそういう読書でもしようかなとも思ったが、しかし雨で不自由だ、そう思って素直に帰ることにした。
家に着くと遊ちゃんは仕事をしていて今日は夕飯を食べ損ねた、どうしよう、ということで、僕は僕でお酒を飲みながら何かをつまみたい、なにかを買いに行こうかな、ミックスナッツでも、と思い、それで二人で出ることにしてミックスナッツとフライドポテトを買った、遊ちゃんは買わなかった、今日はナッツを少しつまんだらそれでいいということだった、ナッツとお煎餅。
家に戻ると僕は読書の時間にすることにして『犬を愛した男』で、レフ・トロツキーの話のようで、それはこの厚さ納得だわ、という気分がすぐにやってきた。大きな本で持っているのが難しくて、どんな姿勢で読んだら楽なのかがずっとわからなかった。キューバ、ロシア、スペイン。1時間くらいの昼寝を挟みつつ、夜中までずいぶん長い時間読んでいた気がするがあまり進まず、ごつい海外文学、と思った。今日も店は暇なままだったようで一日で5人とか6人とかだった。完全に絶不調。
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##この週に読んだり買ったりした本
レオナルド・パドゥーラ『犬を愛した男』(寺尾隆吉訳、水声社)https://amzn.to/2WZTGye
吉井理人『最高のコーチは、教えない。』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)https://amzn.to/2I6ygXL
ジョセフ・オコナー、アンドレア・ラゲス『コーチングのすべて その成り立ち・流派・理論から実践の指針まで』(杉井 要一郎訳、英治出版)https://amzn.to/31yMhW2
『Number 980号「ホームランが止まらない。」The BIG FLY SENSATION 』(文藝春秋)https://amzn.to/2KjHaDA