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今日の一冊

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ジョン・マグレガー『奇跡も語る者がいなければ』(真野泰訳、新潮社)

2017年6月3日
夕方まで完全に暇で絶対にバジェットには乗らないと思っていたら夜で挽回してぴったり目標値に達し、そのため大変に疲れたためうれしい疲れ方だった。よかった。
ビール、ウイスキーウイスキー。『奇跡も語る者がいなければ』を読んで夜が更けた。

身に着けているのはホットパンツとブラだけの、とても背の低い女の子もいて、足の爪も手の爪と同じ紫とピンクと緑に塗ってあり、彼女がぽんと手を叩き、紙やすりでペンキを落とした二十五番地のマド枠を見て、ほら見てよ、素っ裸になったみたいと彼女は言い、淡い青のペンキの缶がいくつか置いてあり、その背が缶の側面に垂れているのを彼女は見て、刷毛やスクレーパーのことも見て、素敵な色だね、きっと素敵になるねと言い、しかし誰も聞いていない。
ほとんど汚れていない白いシャツを着た男の子もいて、ゆるめたネクタイが首のまわりに輪をつくっていて、彼は十九番地の庭の塀に跳びのって、一本足でバランスをとり、しーっ、聞こえるかいと彼は言い、ほかの者たちも立ちどまり、何がと聞くと、何も音がしないのがさ、何も音がしないのが聞こえるかい、いいもんだねと彼は言い、ぐらりと塀から落ちながら、ベージュのパンツの、眉にピアスの男の子が受けとめてくれないかなと思っている。 ジョン・マグレガー『奇跡も語る者がいなければ』p.21,22

いいよ、いい、いい、と声を出していた。

となりの十七番地では、足の爪に色を塗った背の低い女の子が、けど見た? バルコニーのあの男の人、よかったよね、あの人、よかったどころかスペシャルだったよねと言い、そのスペシャルという言葉を苺でも味わうように言って、ほら、バルコニーにいた人だよ、スピードやってて、ずうっと身を乗りだしたままで、落っこちそうなくらいでと彼女は言い、みんなも彼女が言っているのが誰のことなのかちゃんとわかっていて、その男はたいていの週、同じ場所にいて、板金工みたいにがんがんとリズムをとり、ふたつのこぶしを下に向かって激しくつきだし、磨いて光った頭から汗を飛びちらせている。 ジョン・マグレガー『奇跡も語る者がいなければ』p.24

いや、すごくいい。すごく好きだぞ、と思っていて意外な気分になっている。昨日の夜読んだ最初の十数ページの感触はかなり危ういものだった、これは俺は全然しっくり来ないんじゃないかなと思っていた、それがこんなにすぐにぴったり来るとは思わなかったし、けっこうこれは極度にとつけたい程度に好きなタイプの何かしらなような気がしてきた。最初は翻訳の文章も、これはしっくりこない翻訳の文章かもなとそう思っていたのが、ひといきに「もうこの人しかいない」というような感覚になっているから簡単なものだけど、すごく心地がいい。うれしくなって寝た。

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