本の読める店

読書日記(138)

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5月20日(月) 

イングリッシュマフィンを買ったのが数日前で夕方にお腹が空くからそこで食べようという算段でおとといひとつ食べた、バターと蜂蜜を塗って食べて絶品で超熟だった。今日は昨日でご飯の冷凍しているストックがゼロになってしまったためそれで朝ごはんということになって3つ食べた。半分に割ってトーストするから6つとも言えた。2つというか4つはバターと蜂蜜で1つというか2つはベーコンとチーズでこれは挟んで食べた。そうしたら超熟がなくなった。それで店を始めてやることは全部営業中にやればいいと、平日を舐めきっているのでそういうことにしてそれでおかずをつくったりしながら営業していた。ごぼうをささがきにしていると雲が速く移動しているらしく店内に入り込む光が波みたいになって寄せては返してというふうでほんの数秒のあいだに「薄暗い」から「パッと明るい」に切り替わって一度切り替わるとしばらくそのままだが何度か切り替わるということが起こって明るくなるたびになにが見えるわけでもない窓の外に顔を上げて視線を移して「光」と思う。

つまり、夕方の空腹時に食べるイングリッシュマフィンはもうない、ということだ。

朝から腕が疲れている。なにをしたっけ、と思うが思い当たらないが疲れていて思い。上原浩治が引退したとの報せ。パワプロで使ったことのある選手たちがだんだん減っていくんだな、と思った。
そう忙しい日でもなかったが一日中なにかしら働いていた、主にInDesignを触っていた、そうしたら一通り調整が済んだ感があった、あとはざっと見て、内沼さんにパスをする、肩が凝った。
夕方に鈴木さんが来た、途中で「あたかもイトマイで払ったお金を返してもらうかのようだ」と思って、僕がイトマイで過ごしてお金を払って、鈴木さんがフヅクエに来てお金を払う、それで相殺みたいなことが起きる、と考えたときに、待てよ、それって僕がイトマイに行かなくて鈴木さんもフヅクエに来ないというのとどう違うのだろう、いっそそちらのほうがいいのではないか、と考えていたずらに混乱してそうなった場合は僕はイトマイで数時間のいい読書の時間を過ごしていなかったし鈴木さんもフヅクエで数時間のいい読書の時間を過ごしていなかったということになるからだから違った。自明のことなのに一瞬意味がわからなくなってそれが愉快だった。夜になって少し雨が降った。
明日の分の「今日も読書」のやつを書くことにして『人喰い』で書くことにして「たまになにか「センセーショナル」みたいなそういうものを読みたくなるときがあるらしくて本屋に入って黄色い表紙とそのタイトルが目に入ってきたときに「!」と思った。「人を食べる」みたいなことはそういう「センセーショナル」みたいなそういう気分のときにはおあつらえ向きの感じがあって「いやいやwww ダメでしょ食べちゃwwwwww」というところで「どうしてどうしてwwwww」となってだからそそられる。「なにがどうしてそうなったwwwwww」というそういう調子で気になる。それで裏側の帯を見ると「この時点で、マイケルが「いかに」殺され、食べられたのかは、一連の調査や文献からすでにはっきりしていたのである。著者ホフマンにとってどうしても解せなかったのは、「なぜ」マイケルが殺され、食べられなければならなかったのかということだった。(解説より)」とあって「ダメダメwwwwww マイケル食べちゃwwwwwwww ダメだからwwwwwwwww」と思ってただただ貪るように今晩これを読みまくりたいと強烈に欲望してレジに持っていった。」と書いて、すでに読んでいる身としてはそういうセンセーションみたいなものよりもむしろ、ある民族が人肉食の習慣を持つその背景や彼らの生き方そのものみたいなもの、そういうことが書かれていると思って読んでいてそしてそれが面白いからこの不謹慎な好奇心は作品のことをなにもわかっていないんだよなとも思ったけれど買った時点でのそれだからそれで構わなかった。
肩が凝りに凝って閉店してアカプルコをつくった。これはダイキリにホワイトキュラソーを加えたものだそうでとにかく初めてつくって初めて飲んだ、おいしくて酔っ払った。前向きな日だった。本を読みたい。

バリエム渓谷のダニは未開のままで文明に触れていなかったが、ここは違っていた。ダニ同士は互いに戦っても、死者が出ることは稀れだったし、それにダニは農耕民だ。彼らの作るサトイモが、時の流れという感覚を、ものは移ろうという意識を芽生えさせた。そしてもっとも大事なことは、ダニには豊富で確かな食材があったことだ。マイケルと行動を共にしたアスマットは純粋な狩猟採集集団で、人肉を食べた。ダニよりはるかに不可解な文化を持ち、マイケルにはそれが感じられた。「ここは野蛮で、僕がこれまで見てきたどの場所よりはるか遠くに来た感じがする」と彼は書いている。男たちの中に、白人を見たことのない、別の村から来た男たちがいた。彼らは、ゲルブランズが与えた釣り針やナイロンの釣り糸を見たことがなかった。マイケルによれば、彼らは白人に会ったことを祝福して夜通し歌を歌った。しかし、本当に祝福してのことだったのか、それとも別のもっと複雑な意味があったのか。外の世界から来た奇妙な超存在、肉体を持った祖先かもしれない者と遭遇するという、とてつもなく不安な経験をなんとか理解しようとしてのことなのか。 カール・ホフマン『人喰い』(古屋美登里訳、亜紀書房)p.162

「結局、彼らの歌の多くが過去のおこないを思い出させるものであり、習慣的な生活全体はその行為を基盤としているわけだから、人肉食は意識のなかにしっかりと根付いているのだ。」とあり、歌が生活の基盤としてある、ということが美しいことのように思えた。歌の在りかは消せはしない。
マイケルが買ったというビス柱というものが気になって柱は「まだ復讐を遂げていない死者の魂が入っている」ものでどれも上部にペニスの彫刻がされているという。マイケルが購入しようとしたそれは「ポールの上部から飛び出したペニスの部分には、二匹のカマキリが向かい合う姿が彫ってあった」とあって、ペニスに二匹のカマキリ? ってなに?? というかビス柱っていったいどうなってんの??? となって検索をしたらこれがすごかった。思ったよりも細いというか、人が人の上に立っているのが4人分くらい重なってそれで一番上の人の股間から天使の羽みたいなものが突き出ていて、というもので、なにがこんなに驚かせたのか、柱といって想像する直立した感じのものではなく人間のそれぞれが柔らかく彫られているというか尻や肩や膝の丸みだったり顔の目や鼻や口の様子だったりそういうものに意表を突かれたということだろうか、長いこと見ていた。ジェウと呼ばれる建物の中では50人の男たちが「おおおおおおお」と歌いかつて隣村の男たちに殺された人物について思い出していた。

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この週に読んだり買ったりした本

カール・ホフマン『人喰い』(古屋美登里訳、亜紀書房)https://amzn.to/2Jj8txi

東畑開人『居るのはつらいよ』(医学書院)https://amzn.to/2LLLooY

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