本の読める店

今日の一冊

Entry 0521

カール・ホフマン『人喰い』(古屋美登里訳、亜紀書房)

たまになにか「センセーショナル」みたいなそういうものを読みたくなるときがあるらしくて本屋に入って黄色い表紙とそのタイトルが目に入ってきたときに「!」と思った。「人を食べる」みたいなことはそういう「センセーショナル」みたいなそういう気分のときにはおあつらえ向きの感じがあって「いやいやwww ダメでしょ食べちゃwwwwww」というところで「どうしてどうしてwwwww」となってだからそそられる。「なにがどうしてそうなったwwwwww」というそういう調子で気になる。それで裏側の帯を見ると「この時点で、マイケルが「いかに」殺され、食べられたのかは、一連の調査や文献からすでにはっきりしていたのである。著者ホフマンにとってどうしても解せなかったのは、「なぜ」マイケルが殺され、食べられなければならなかったのかということだった。(解説より)」とあって「ダメダメwwwwww マイケル食べちゃwwwwwwww ダメだからwwwwwwwww」と思ってただただ貪るように今晩これを読みまくりたいと強烈に欲望してレジに持っていった。

もし誰彼かまわず人肉食について尋ねたら、彼らはきっと認めるだろう。ああ、昔は人間を食べていたよ。でも、いまは食べない、と。彼らはそれについては話したがらない。いまもまだ、複数の妻を娶ったり、カトリックの神が登場しない儀礼をおこなったり、精霊の世界を信じたりする人々がいるが、みなカトリックだ。教会の影響で学校に通い、過去におこなっていたのは悪いことだと思い込まされている。そしてせめて西洋人と話すときには、その行為を恥だと思っていると言うように教えられている。西洋人がいないところで彼らがどう思っているのかは知りようがない。結局、彼らの歌の多くが過去のおこないを思い出させるものであり、習慣的な生活全体はその行為を基盤としているわけだから、人肉食は意識のなかにしっかりと根付いているのだ。 カール・ホフマン『人喰い』(古屋美登里訳、亜紀書房)p.171

人肉食という発想に魅了されるのは、われわれがそれを絶対に見ることができないからだ。しかしそのことこそが、彼らと共にいる間ずっと、彼らと私とを隔てているものだった。 同前 p.173

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