本の読める店

今日の一冊

Entry 0412

保坂和志『小説の自由』(新潮社)

2018年4月12日
面倒くさくなったのか書くのがやめられていた。代わりに俺が書こうか。いや、やはりやめておこう。

店、取材、その中で影響を受けた本は、という話があり、影響、ということでいえば間違いなく保坂和志の『小説の自由』だった、そのため本棚から取ってきてこれですねという話を、していたところ、読みたくなった、取材終わり、意想外に忙しい始まりだったので少し手伝い、辞し、家。
おとといのカレーをたらふくおいしく食べ、それから『夜のみだらな鳥』を開くも気分が違う気がし、『小説の自由』を読みたい気分らしく、開いた。頭から読むのは久しぶりだった、ずっと読んでいたかった。やはり、この一冊、だった。

前段落で「だんだん気が重くなってきて」と書いたのは、私小説やかつての日本文学が暗かったからではない。自分が何かを論じようとするための材料として小説を読むことの、一種の不毛さによって気が重くなったのだ。私は時評や書評委員の類をいままでやったことがなくて、書評や文庫本の解説も年に数本するだけで、基本的に、読みたいときに読みたい本しか読まず、読みかけの本でも飽きるとそこで簡単に投げ出してしまう。一見じつに不謹慎な読み方だが、本当は反対で本に対して敬意を払っているからだ。何らかの面白さやいわくいいがたさをそこに感じることのできない本を最後まで読み通すくらい本を馬鹿にした話はないだろう。課業と化してしまった読書は、その本に対して一種の蔑視を生み出す。 保坂和志『小説の自由』p.49

今年になって、通読にこだわる/をよろこぶ貧相な読書から脱したいと、ここまで生きてきたが、あらためて、そうなんだよなと思った、敬意を持って、喜びとともに、本と、ありたい。シンプルに、喜びとともに。と思っていた矢先に僕はその読書を裏切ってみたわけだった。本のことについて書く仕事を受けた。好奇心であるとかがまさったわけだった。ともあれやる以上、やるわけで、そのなかで、できるかぎり裏切りにならない形を見つけたい。

夜、店。ずっとやたら忙しい日だったらしかった、夜もそこそこで、やることはたくさんあり、忙しく働いた、いいことだった。帰宅後、今度は『夜のみだらな鳥』の気分になったらしく、読む。寝る。

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