読書日記(127)

2019.03.16
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##3月8日(金)  晴れていて、起きつつあるときに「今日も雨なのか」と思って鬱陶しい気持ちになって起きたら晴れていて、ケント紙をリュックに詰めるというよりは挿して、その形でいくつかの場所で買い物をして動きづらかった。着いたらすぐにケント紙を広げてそれで試しに写真を撮ってみた。 『10:04』、『マイタの物語』『傷跡』『北壁の死闘』の4冊を撮った。それは2017年あるいは2018年の3月8日から12日あたりに開いていた本だった。
コーヒーを飲みながら、朝ごはんを食べながら、まさに摂取という感覚で「週刊ベースボールonline」を読み漁っていた。レアードのインタビューであるとか。寿司よりも焼き肉の方にご執心と聞いたのですが、という問いが記者から発せられていてよかった。どちらも好きだったしキャンプ地の石垣島は石垣牛が有名だろう、とてもおいしいよね、そんなことを言っていた。寿司、焼き肉、焼き鳥がジャパニーズのフードの中でお気に入りだった。先日読んだ菊池雄星のインタビューかなにかでウルフと仲良くしていた、ウルフは日本文化を理解吸収しようとする姿勢の強い選手だった、それでいろいろ仲良くしていたら、雄星、アメリカに行ったらこういうのばっかりだから、先に知っておくといい、といってハードロックカフェであったりHUBであったりに連れて行かれたという話があってとてもよかった。ハードロックカフェというのはどういうものなんだろうか。
トマトをオーブンで焼きながらふと頭の中が『10:04』を巡っていることに気がつき、やはり本当に好きというかぴったり来るんだろうな、と思った。こういう小説を読み続けていたいと思い、夕方に山口くんが来るまでにやれるところまでやるぞ、と、がんばった、がんばってがんばってがんばりながら、無尽蔵に働きながら、ハッシュタグのことを考えていた。「このタグ」というタグを作ること。それを育てること。そんなふうに教わった。なるほど、と思う。「今日の読書」とか「今日の一冊」とかはきっとめちゃくちゃに弱いのだろう、フヅクエが体現したいものは、日々、本を読む、好きなので、本を読む、楽しいから、本を読むしすぐ眠くなる、みたいなそういう態度で、それが表現されたようなタグがきっといいのだろう、と思ってなんだろうと思うと「食べるように読む」とかそういうことなんだろうな、と思うがやや恥ずかしい。 「eatsleepreadrepeat」、これは可読性が悪すぎる。「日々是読書」というのも思いついた。もっと恥ずかしい。「楽しい読書」。これはなんだかのんきでいい。ただやはり「食べるように読む」なんだろうか、ここで感じた恥ずかしさは「自分で名乗る恥ずかしさ」というもので、それは乗り越え可能なものだった。つまり、名乗っちゃえば、というものだった。どうするだろうか、そしてそれでいったい何になるというのだろうか。
夕方、山口くんイン。ちょうどいろいろ済んだくらいで、「ちょっとこれだけ洗っちゃって」とお願いして僕はコーヒーを淹れた。二人分を淹れ、それでそれを持ってそれからiPadとかを持って外に出て階段で、飲み飲み、今日の話とか前回の話とかをしてそれから今日撮った写真を見せたら、きれいで驚いたらしく、いつもよりもずっと強い、珍しいような強さのリアクションがあって、「よほどきれいに思ったのだろうな」と思った。
それで「俺はだから今日はドトール行くから」と言って、しばらくしてその宣言どおりにドトールに行くその前にドラッグストアでハンドクリームを買った。手がまた壊れている。ドトールで、パソコンを開き、写真の編集をして、LightroomのアプリでRAWで撮っていてそれをいじっているわけだけどやはり違うものなんだろうか、俺にわかる程度に違うものなんだろうか、と思いながら、コントラストや露光量とかを触って、とかをしていた。
そのあとハッシュタグ探検をしてみた。そうしたら面白くて「読書好きと繋がりたい」とかそういうタグとかを見てみると付くいいねの数とフォロワーの関係がなんというかアンバランスで、フォロワーの数のわりに何百といいねが付く、そういう感じが多く見られ、なんなんだろう、と思うとつまりそういうタグを使う人はきっとそういうタグを使う他の人の写真にいいねをして自分のところに誘い出すというそういうことをしている。つまり「いいね」はこの場では「おい」という「ちょっとちょっと」という「こっち見て」という純然たるメンションでえげつない。
よし、見切り発車、とインスタとWebとツイッターをそれぞれ更新して、「ふう」と思ったちょうどそのタイミングで山口くんからヘルプのメッセージが来て、「戻ります!」と戻った、それはたしかにヘルプを呼ぶわなという状況で、ぐぐぐと固まってオーダーがあった、二人で効率よくこなし(イメージは先日行ったミヤザキ商店だった。すごい連携だ! と思いながら見ていた)、がんばる。昼も焼いたチーズケーキをまた焼いた。カレーを、山口くんが始めから終わりまで担当した。それは初めてのこと。成長というかできることが増えていく。
終わって、飯を食い、珍しく二人とも最後まで無言で食べた。そのあとに洗い物等を済ませてから今日の一冊大作戦を山口くん新業務としてやってはもらえんか、という相談をした、「やってはもらえんか」もなにも、断れないだろう、卑劣な提案だ、ちゃんと指示として出せ、と、彼は思ったかどうかは知らないがその前に「事務的な仕事って、どう、得意? 苦手?」から話を始めたんだった。それで、でもこちらの段取りがまだ固まっていない、3月分は俺がやるから、4月分から任せる、ということになった。それからこのプロジェクトは「本の紹介ってこんなことでいいのかよ」というそういうダメなというか適当なというか「うん、こういうのがあってもいいと思うんだ」というそういう態度を見せるものだ。上手な感想とか見事な着眼点とかそんなものは、できる人がやったらいい、読書を課業にしないこと、楽しみ続けながらそれを発すること、そういうことをやりたい。みっともない読書、役に立たない読書を肯定していく、後押ししていく。そういう話を始めたらずいぶんしゃべった。
家に帰ってからも遊ちゃんとずいぶんしゃべって、また遅くなってしまった、寝よう寝よう、と布団に入ったのが3時で、やっと本を開いた。語り手はヌールと話していて、そのあと、公園でドライマンゴーをかじりながら涙を流した。少しであっという間に満たされて、眠気ではなく、もう眠る、という寝方というか本の閉じ方をした。僕にとって「寝る」とは「本を閉じる」なんだな、と今思った。
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