本の読める店

読書日記(122)

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メールマガジン「読書日記/フヅクエラジオ」 | fuzkue

2月3日(日) 

今朝はわりと仕込みがいくつもあってKOHHを聞きながら昨夜の吉田健一の引用を打っていたら混ざるみたいなところがあった。それから一日、頭の中に流れていた。みんなお金のこと、でもお金は必要、というところがずっと流れていて「そこなのか」と思った。
開店30分前、ふいに思いつき、満席時のウェイティングシートというのか、お名前ご連絡先を記してもらうシートを作ろう、それを今日は満席になったら貼り出そう、となってしまって、仕込みもしながらだったから慌てた。ご予約が開店前の時点で10前後あり、きっと満席になる、今日は一人、対応のやり取りのコストを下げたほうが賢明、そう思ったらしかった。それで作って、それから大慌てで2杯めのコーヒーを淹れ、一口飲み、開店した。
始まりはゆっくりで、開店した時点で仕込みはほとんど終わっていたから今日やることはだいたいなかったからだいたいやることはもうなく、ゆっくりゆっくり、と思いながら佐久間裕美子を開いていた、わりと読んでいた、わりとすぐに満席になったが、静かでゆっくりだった、ドアにマスキングテープで貼り、すぐのところに麻紐でくくったボールペンをやはりマスキングテープで貼るという簡易的なものだったがそれをおこない、そうしたらたいへん便利だった、便利だったし、これまでは満席時に外に出て「でも意外に空きますよ」といったりするその案内というかコミュニケーションが好きだったから紙で済ませるのはなんだかなあと思っていたのだが紙があると、つまり、お客さんが中に入ってこない、中に入ってこないということはつまり、席にいるお客さんが「いま満席でお客さんを断った」という状況に気づく機会が限りなくゼロになるということで、それはどうもいいことだった。僕は中に入ってきて「すいません満席で〜」とか言って外に行ってみたいなことで「ああ、満席なんだな、お客さん帰したんだな、でもこの店はそう明示されているように満席でも気にせずずっといていいんだな」ということが際立ってそこにいるお客さんの守られている感みたいなものの増強というか、に役立つんじゃないか、というようなことを思っていたが、それも僕はないとは思わないが、一方でやはり気になる人はいるだろうし、それより何より扉が開いて入ってきて出て行ってという動きはせわしなさみたいなものを店内に空気として入れることになっていたかもしれない、あまり考えが及んでいないところだった。
だからこの紙は、僕の労力にとってもお客さんの快適さにとってもどうもよさそうだ、と思って、気に入って、佐久間裕美子を読んでいたら「プチ働き方改革」というタイトルのやつでSNSの通知であるとかを切ってルールを決めていろいろやる、みたいなことを、元の題が「Deep Work」で日本語訳されたものが『大事なことに集中する』というタイトルの本を読んでから実践しているみたいなことが書かれていてそうだよなあ、俺もなんかちょっといろいろよくないよな、なにか整えようかな、整えたいな、という気分になる。ついツイッターを開いてしまう、「通知1」みたいなものにいちいち反応して開いて「ふむ、このツイートにいいねがされたか」と見たりして、しまう。それについメールの受信のたびに気を取られてしまう。ついエゴサーチ画面を開いてしまう。そういうひとつひとつの細かい時間でたぶんけっこうな時間が取られていて生産的でないというか生産的とかではなくなんだかいろいろ無意味、いろいろもったいないことになっているはずで、どうしたらいいだろうか。
意志の力では僕の脆弱な意志では意味がないのでちゃんと不便な環境を作らないとたぶんこういうのは改善されない。iPhoneからツイッターとかのアプリを消すとかだろうか。パソコンの場合は、ツイッターとかを見るのは普段使っているChromeではやめてログアウトして、Safariとか他のブラウザをそれ専用にするとかだろうか。とりあえず今、ブックマークバーに「悪癖」というフォルダを作ってSNSとエゴサーチのやつと「プロ野球 スポーツナビ」のブックマークを収納し、表のところからは見えなくし、アクセスまでに3アクション必要な状態にした。それから「Checker Plus for Gmail」というメールの通知の拡張機能を外し、Gmailのブックマークはアカウントごとにやはり「悪癖」に納めた。3アクション必要というのはわりといいかもしれない、これまではほとんど手癖みたいにブックマークバーにあるアイコンを押してしまっていたがこれからはそこに至るまでに時間が掛かるから途中で引き返すことも起きるような気がする。「はっ、気づいたらまた。いけないいけない」というような。
次はiPhoneだが、これはどうしたらいいだろうか。Gmailの通知をオフにするとかは、意味があるだろうか、というか、支障がないものだろうか。ツイッターのアプリを消すというのは、どうなんだろうか、さすがになにか不便だろうか、iPhoneから投稿したいときというのはあっただろうか。また、その必要はあるのだろうか。とりあえず一度消してみたら、どうなるだろうか。でも、でも、昨日の夜中も僕はツイッターで犬の動画を見ていて、黒い柴犬の動画を貪るように見ていて大雪の中を楽しそうに歩いたり飛んだり跳ねたりしていて、とてもよかった、フォローまでしてしまった、そういう機会をなくしてしまうということだ、それにタイムラインを見ていたらやっぱり有用な情報であるとか、有用というか、読めてよかった、というようなものはあるような気がして、気がして。

一番奥、アプリ置き場というのか、壁紙? とにかくそれの一番奥、6ページ目のところに移した。さらにGmailも移し、二つを重ねて箱というのか、の中に納めた。納めたら「仕事効率化」という名前になったからそうした。まさに仕事とかを効率化するために移したんだが、それを汲んでくれたのかもしれない。
Gmailの通知は切った。急ぎのメールを受け取る機会なんてそうそうないのだから、きっと困らない。

その今は、10時とかの話で、佐久間裕美子を読んでいたのは夕方だった、それからもうひとしきり波があって、6時にはへとへとに疲れていた、はっきりと下肢が重かった、銭湯行きたい、と思いながら働き、それが落ち着いたあとは「「本の読める店」のつくりかた」の原稿をいじることをしていた。当初というかはじまりは、フヅクエをよく知ってもらうぞ、それでファンというか「いいぜ」っていう人を増やすぞ、そしてメルマガ増やすぞ、というメルマガ増やすぞ目的だったわけだけど、それは今ももちろん変わらずあるけれど、それはそれとして、単純にウキウキしているところがある。
遊ちゃんがこの企画というか連載のことを「ただしくパブリック・リレーションズだね」というようなことを言っていて、本当にそうだなあというか、できあがったらこれは本当にフヅクエのことを十全に伝えるものになるよなあと、そう思うととてもウキウキするところがあって、ファン増やすぞ目的だったが、これはとても何か重要な契機になったりするかもしれない、なんの契機なのかはわからない。だからこの目次が全部埋まった光景を見たいと、けっこう強く思っている。だから早く進めていきたいし、この欲望は「書きたい」ではなくあくまで「埋まった光景を見たい」なので書く動機としては弱いのか今日は書こうとしたが進まなくなってすぐ諦めた、ダルくなった。

それでデジタルデトックスと思って思いながら日記を書きながらツイッターをどうこうしたりしていたわけだったが先ほど、なにかが気になってChromeに行ったらやはりツイッターを開こうとしていたらしく開こうとしたら「え、ない!」となって恐慌をきたしかけた。怖いのが、ブックマークバーにないからといってアドレスバーからアクセスすることを覚えることで「twi」とか打ち始めたら困るがそれもしかしアクションの数は多いのでそこまで気にする必要はないかもしれない。

外で煙草を吸いながら、ツイッターを見ていた。6ページ目にも負けずに見ていたのだが休憩しながらツイッターを見るのはなんら悪いことではないと思った。ツイッターはいいものだ。多分、よくないのは通知とかをいちいち気にする性格というか生活だろう、ツイートしたあととかは、特にそうなる。そんなひとついいねがついていたからなんだという話なのに、なんだか見に行ってしまう、それがよくないというか不毛で、それさえしなければというかタイムラインを見ている分にはまったくいいというか、やはりツイッターは楽しい、好き、だから見ていたい。

閉店後、しばらく佐久間裕美子の続きを読み、それからカレーを食べた、食べ終えるとパソコンの前に戻った、パソコンの前に座ってみると、ブラウザの前にいると、相対的にはてブの存在感が増したらしく2度開いていた。これはもしかして、ブックマークバーというものが諸悪の根源なのではないか? ブックマークバーを使わなくしたほうがいいのではないか? ブックマークバーを非表示にしてみる。すると、ツイッターを開くまでに4アクションということになった! これは遠い! こうなると今度は先ほどの懸念通りアドレスバーから動き出しそうな気がする。懸念というか、それでもアクションはあるからいいのだが。

外に出ると驚いた、あたたかくて、まったく寒くなくて、春のようで、日中に遊ちゃんが「春のにおいがした!」と言っていたが本当だ、と思いながらウイスキーが切れたのでコンビニに寄って買って帰り遊ちゃんに事の次第を話す。それはいいねえ、私もメールをつい見ちゃう、と言っていた。いいでしょう、いいでしょう、と言った。
僕は今日は『夕べの雲』が届いた、家にはオーブンレンジが届いた、冷蔵庫の上に乗っていた。これであたためることができるようになった、今日切り干し大根の煮物をたくさん作ったらしく、しかもあたためられる! と言っていた。遊ちゃんは十年ぶりくらいのレンジ生活らしかった。
ウイスキー飲み、読み。大浦一家は梨をたくさん食べる。道端に屋台を出しているおじいさんから買う。この日は梨の品評会があると聞きつけ行ってみた。

「なるほど、赤梨青梨というのは、いい名前だな」
「そうですね。赤鬼青鬼みたいで」
大浦と細君は、実物を見る前にもう感心したような声を出した。赤梨青梨というと、長十郎や二十世紀というよりも、おいしそうだ。八百屋の店先に並んでいる梨でなくて、日が照っている梨畑の枝からぶら下がっている梨を思わせる。
売っている人でなくて、肥料をやって大きくして来た人の感覚がある。 庄野潤三『夕べの雲』(講談社)p.90

肥料をやって大きくして来た人。いい。

「何だか、あの子を見ていると」
と細君が言った。
「ほかのことは何も頭になくて、ただただ梨を食べることばかり考えているらしいわ。学校から帰って来ると、いちばんにいうことは、梨、買って来た。何の勉強をしたとか、先生がどんな話をしたというようなことは、何もいわないの。それで、夜、寝る時まで、梨、食べていい? いうことは、それしかないみたいなの。大丈夫か知ら」
「大丈夫って、胃か?」
「いえ、勉強の方です」
「さあ、それは大丈夫か、どうか、分らないな」
大浦は頼りにならない返事をした。
「しかし、梨はいいらしいよ」
「何にですか。頭に?」
「いや、頭にかどうか知らないけど、身体にいいものなら頭にもいいんじゃないかなあ。ずっと前にドーバー海峡の横断競技に出て優勝したエジプト人の陸軍中尉の記事が新聞に出ていただろう」
「ああ、あの四十一歳で子供が六人ある人?」 同前 p.93,94

次の話で「第三者が聞けば、何をこの夫婦はいっているのだと思うような会話であった」というのがあったけれど本当にこの夫婦のやり取りを見るとどこまでもニコニコした気分になり、いいなあ、こんな夫婦は、いいなあ、と思って布団に入った。
「庄野潤三はいいねえ」
今読んでいる『ザボンの花』もものすごくいい、ということだった。
「梨を、買っていたねえ」
と僕はニコニコした声で言った。
「赤梨青梨」
「いいよねえ」
年末に読んでいるときに遊ちゃんがおかしそうに読んでいて「梨を買うだけなんだけど」と言っていたが、それがよくわかった。おかしくて愛くるしくてニコニコしてしまう。ホカホカといい心地で寝た。

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この週に読んだり買ったりした本

小山田浩子『庭』(新潮社)https://amzn.to/2suNzkE

サミュエル・ベケット『名づけえぬもの』(安藤元雄訳、白水社)https://amzn.to/2REPJNg

庄野潤三『夕べの雲』(講談社)https://amzn.to/2DOFaPe

佐久間裕美子『My Little New York Times』(NUMABOOKS)https://amzn.to/2BNINmh

吉田健一『時間』(講談社)https://amzn.to/2GdR34I

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