本の読める店

読書日記(116)

Entry diary116

12月15日(土)

晴れ。寒い。布団の中が気持ちがよすぎて外に出ることが恐怖だった。しかし強い意志の力で外に出た。開店前、吉田健一。2ページ読むその時間で、うっとりうっとりする。
開店し、ゆっくり、先週の土曜日は壊滅的だった、今日はどうなんだろうか、と思いながら、事務仕事を片付けたりする、それから少しずつ席が埋まっていって、ゆっくり働く、途中途中で休憩をしに外に出て煙草を吸いながら吉田健一を読む。開けばこういう文章がある。

どの時代の人間も我々と同様にその日その日を暮して一生を終ったことをこうして我々が時間とともにあることで教えられる。十八世紀のヨオロッパでもそうして一日一日が過ぎて行って夜更しをするのが日常の男女は午後五時か六時に起きて夜会に出掛ける準備をする。その怠惰とか豪奢とか無為とかいうのは今日でも出来る別に珍しくもないことでこれに対して今日と同様に一日一日と日が過ぎて行く中でその夜更しと夜更ししてすることにその男女の生活があったことに真実がある。その夜会もサロンも舞蹈会の音楽もあってその空しさは人生の空しさであり、それに従って一転して充実でもあった。貴方は幸福になるというようなことを何故望むのですとワルポオルはデッファン夫人に宛てた手紙で書いている。そこにも時間は流れている。これが昔あったことだと思えるだろうか。その時間がたつということがどういうことかを知っている男がそうして時間がたつのに堪えられなくなった女にそういう手紙を書いている。 吉田健一『時間』(講談社)p.41

夕方から山口くん。そこそこに忙しい、ちょうどいい、土曜日らしい、妥当というかありがたい、そういう日だった、僕は、今日も見守ったり適当に一緒にやったりしていて、まるで疲れない日になった。疲れない日だったこともあり、あたたかいものを食べたかったこともあり、豚肉と白菜と椎茸とかでとろみのついた炒めものみたいなものをつくって、あたたかく食べた。
夜、内沼さんから組版、これが組版というやつだろうか、組版の候補というのか、案のデータをいただき、それを印刷し、カッターで切り落とし、3案あったため、ためというか、岩波文庫の『ブヴァールとペキュシェ』の上中下の3冊を取ってきてそれぞれに挟んで、開いて、ためつすがめつ見比べた。フォントの違いでちょっとずつ印象が違って、どれもいいけどなあ、どれも素敵だけどなあ、こっちはカタカナが小さくなる一方でひらがなは少し大ぶりになったりするのだなあ、漢字も違うものだなあ、どれがいいかなあ、この文字はこっちのフォントが好きだけどこの文字だったらあっちのフォントが好きだなとか、悩んだのちに『ブヴァールとペキュシェ』のページに目を移したら、そこにある小さな無骨な文字を見たら、あまりに異質で、これで問題なく読んでいたのだから、この3案の違いなんて些細なものなのかもしれない、どれであっても、素敵なことには間違いない、という気持ちになり楽な気持ちになった。最初に「これかな」と思ったものを、これがよかったです、と伝えた。

帰宅、耳が冷たい。吉田健一。相変わらずおもしろいが日中に開いていたときのようなきらめく喜びはなかった、眠いせいだろうと思ったし、おそらく眠いせいだったが、これは『新潮』で連載されていたらしかった、時間論、時間についてなんか書くぞ、というとき、連載を続けていくうちに内容ややる気みたいなものが細っていくということもありうるんだよな、最初に書いたもので、そうそう、これが書きたかった、というので、あとは付け足しみたいになるということもあるんだよな、ということは考えた。名著と言われているらしいしこれはきっとそうではないのだろうけれど、そういう連載って世にはきっとたくさんあるんだろうな、と、これまでそういうことは考えたことがなかった。

12月16日(日)

朝、パドラーズコーヒー。昨日、明日はこれだけを準備すればいいから、行けるのでは、朝、パドラーズ、行きたい、と思って、でもルッコラ買わないといけないからスーパー寄らないといけないからやっぱりどうだろうか、と思って、遊ちゃんが外にいたからスーパーに寄れるかどうか伺いを立て、寄れるようだったので寄ってもらって買っておいてもらったので朝、パドラーズコーヒー、に行けた。耳が手が冷たい。今日は最高気温8度とかのようで、道理で寒いわけだと思う。外でカフェラテ。カフェラテのような毛色の柴犬がいて、ひたすらかわいくうつくしかった。

店、朝飯、昨日から『Number Web』で、新着の野球記事がないときは読みたい名前で検索をして昔の記事を読んだら楽しい、と前も一度思ったことがあったそれをまたやって、昨日からなぜか、「小笠原道大」。中日時代の記事が読みたかったが、中日時代の小笠原にスポットを当てた記事は見当たらなかった、いくつか読んだ、その流れで稲葉篤紀の記事を読み、そうしたら今度は「金子誠」。

今週はずっとなんだか、暇だった、金曜と土曜は忙しめというかいい日だったが山口くんがいたので体感としては僕は疲労はないようなそういう忙しさでだからなんだかずっとまともに働いていないような感じがあった、週末は山口くんがいると助かるな、とか思ってしまったりしているのだが、本当はというか目指すというか求めているというかあるべきというか期待しているというか立ちたい場所は、週末にひいひい言わない暮らしではなくて、というか二人で立って一人分が軽減されるそういうものではなくて、だから僕は週末ひいひい言いながら働くことを忘れてはいけない、山口くんの独り立ちのためというか習得中の身のため彼はいま僕と二人で立っているだけで、僕がそれを忘れそうになることがあって、いけない、いけない、と思う。それで今日は山口くんはいない日曜日なのでしゃかりきに働くぞと思っていた、しゃかりきは数日前「ところでどういう意味というか語源というかなんだろう」と思って調べたばかりだった、それによれば「すごいがんばったお釈迦様はすごい力が入っていた」みたいな、釈迦レベルにがんばるみたいなそういうことのようだった、だから今日はしゃかりにき働くぞと思っていた、すると、暇だった、怒涛の暇さだった、働きたいっていってるのに! と思いながら、スイッチはたちまちオフになった。
『止めたバットでツーベース』を開いて、読んだ、智辯和歌山高校の監督の話のあと、和歌山の日高高校中津分校の話で、どちらも面白かった、日高中津は、出てくる地名を見ていたら覚えがあるようなものがあるような気になって、ちょうど内沼さんとやり取りをしているところだったことも手伝ったのか、2015年の1月に内沼さんの本屋の講座の人たちとの旅行というか行きましょうあそこへ、みたいなツアーに、僕もほいほいと参加したのだった、そのことを思い出した。2015年の1月といえばオープンから3ヶ月くらいであり、ずっと暇だったしずっとほとんど店休日を作らずに店を開けていたそういう時期で、旅行というかツアーは日祝の2日間というものだった、今だったら絶対行けないなと思う、あのときはまだできたというかずっと休んでいなかったしどのみち暇なんだしご褒美ご褒美みたいなそういうことだった、牧歌的といえば牧歌的な時代だったというか牧歌的だった、今が牧歌じゃないかといえばそんなこともなく歌は今も流れ続けている。

暇な時間は続いて、うっすらと、そんなことは思っていた、それは、ePubだった、InDesignのデータ、これ、ePubにして配信するということは、どうだろうか、どういう形で文章データを手渡しするのが一番なのかをずっと考えていたというかずっとではないが考えていて、それで、ePubは、どうなのか、というか、その前に考えていたのは何らかの形でキンドルストアとかにアップしてそれを無料でどうこう、みたいなことだったが、そういうよくわからない考えから始まることは大切というか最初のよくわからない考えはそれでいい、そこから巻き戻ったり押し進めたりして形が見えてくることもあるのだろう、ePubにするには、と思い、調べ、いじり、おこない、全然きれいに表示されない、どうしたらいいのだろう、と調べ、いじり、おこない、やっぱりうまくいかない、どういうことだろうか、ePubでなくてPDFがやはりなんというか妥当にいいのだろうか、リフローとかって必要なものなのだろうか、文字の大きさってそんなに変えたかったりするのだろうか、固定でいいならPDFでいいのではないか、固定レイアウトのePubもうまくできないし(数字がずれたり消えたり括弧が崩れたりする)、PDFでいいのではないか、どうなのだろうか、と思いながらあれこれと調べ、いじり、おこない、mobiに変換するにはどうやったらであるとか、調べ、いじり、おこない、何度も何度もファイルを作り直して見てみて見え方を確認して、CSSを触ってどうこう、して、そうしたらなんだか電子書籍みたいなものができた、パソコンではきれいに見られる、しかし問題はひとつあってiOSのつまりiPhoneのKindleのアプリ上ではそれは横書きになる上にルビは振られないというか「問題もんだい」みたいになってしまう、圏点は完全に無視される、文字の大きさも反映されない、つまりいろいろ反映してくれなくて、でもそれはこれはiOS用のKindleアプリの仕様なのかもしれない、そうじゃないのだろうけれど、Kindleアプリでちゃんと縦書き表示をするにはもっと努力が必要なのだろう、この横書きはこの横書きですっきりしていて読みやすくていいのだけどいかんせんルビが気持ち悪い、圏点が消えるとかはもはやいいような気もするけれど「問題もんだい」みたいなルビはやっぱり気持ち悪い、ではルビを振らなければいいのでは、ともよぎったが、iOSのKindleアプリの見え方のために文章の書き方に制限を加えるのはバカバカしい、と思ったらiOSの場合iBooksであればちゃんと縦書きできれいに見えることがわかった、つまりmobiとePubの2つを用意する必要があるかもしれない、それは変換するだけだから問題ない、AndroidのKindleアプリだとどうなるんだろうか、確認しなくてはいけない、そういうことをしていたら2時になった、飯食わないと、と食い、帰らないと、と帰り、また、InDesignを触っていた、5時になった、朦朧としていて、もう無理だろう、と思い、頭は考えはなにも考えない、こういうことは本当に時間を吸われるなと思った、吉田健一に怒られるぞ、と思い、5時だし、やめて、寝る前にしばらくしばらく『止めたバットでツーベース』を読んだ。

12月17日(月)

昼過ぎに起きて、そろそろ起きようか、眠気もなんとなく薄い感じがある、と思いながらふと、今日手術を受ける友人のことを考えていたら、これは感情移入なのだろうか、なにかこみ上げてくるものがあって、少し涙が出た。どうした。で、起きた。
起きてソファで、すぐにまた昨日の続きでePubであるとかmobiであるとか、そういうことをしていた、これをどうやって配布したらいいのだろうか、という課題というか、メール本文にこのDropboxリンクというのか、のURLを貼りつけているけれど、もっと直接、「〜〜〜〜.mobi」みたいになんでか貼りつけたい、そちらのほうが受け取る人がスムースそうな気がした。
うどん、2玉。

洗濯機を新しくしよう、なんかいろいろダメな感じになってきた、という話が前からあり、遊ちゃんは家にいて、「今日休みなの?」と聞いたら休みみたいなもの、ということだった、それはどういうものなのだろうか。じゃあヤマダ電機に行こうかということになって、ヤマダ電機に行くことにして家を出た。コーヒーをまず、飲む必要があったためリトルナップに寄ることにしてそちらの方向に行っていると木が宙に浮かんでいて、クレーン車で木を吊り上げているところらしかった、それでちょっと待っててくださいと通行を止められ待たされたので面白がって見上げていた。枝が、電線に引っかかりそうになる、それを止まり、戻り、上がり、微調整しながら移動させていった、無事にトラックの荷台への移動が完了すると、歓声が湧いた。僕と遊ちゃんの。
リトルナップで外でコーヒーを飲んで、おいしかった、目の前のグラウンドではスポーツがおこなわれていたか。向こうの代々木公園の木々は、夕日を受けてなのかオレンジ色に輝いているエリアがあり、その足元は人参色の絨毯みたいになっていた。
そこから渋谷の中心というかにぎやかなところに向かうには、まっすぐに進めば、よかった、代々木公園を左に見て、NHKを左に見て、多くの場合、その道を走るときはその先の交差点で左折をして坂を上がっていくことになる、その先には税務署であったり、労基署であったりがある、年金事務所もそっち方向だった、だから僕はこのルートでその交差点を左折せず直進するというパターンは貴重で、めずらしい気分だった、進んでいくと、東急ハンズが目の前にあった。どこから右手側の大きい通りに出たらいいのか、と迷いながら進んでいったらセンター街のど真ん中という感じのところを通る羽目になり、たちまちうるさい気分になった、抜け出し、ヤマダ電機に着いた。 3階の、洗濯機コーナーを見た。おそるおそるだった。少し前に調べたときに、なんかいいやつは30万とかするっぽい、ということが知れ、いやいや嘘でしょ、ないでしょ、と思っていたが、引っ越しに伴い洗濯機を探していた友人に聞いたところ「20はするみたい……」という答えがあり、どうしよう……と思っていたところだった、そのためおそるおそる見た、おそるおそる見るとはつまり、スペックの低い、安いやつのエリアから順番に見ていくということだった、目を慣らしていく。つまり、「全自動洗濯機」というエリアから始まり、「洗濯乾燥機」というエリアに入り、「ドラム式洗濯乾燥機」というエリアに進む、そういう順番だった。
途中で、近くにいたお店の方に話をうかがった。50がらみのおじさんで、最初は僕が聞いたことに対して僕が求めているような情報でない答えが返ってきた感じがあり、あれ、これうまく成り立たないパターンかな、と懸念したが、早計だった。詳しかった。とてもいろいろいいことを教えていただいた。洗濯乾燥機、といっても縦型のものの乾燥は熱風を上からブワーッとやるだけのもので、タオル類くらいしかまともに使えない、ということがまず、白眉だった。つまり、洗濯乾燥機は中途半端な存在ということだ。それを買う意味はたぶんない、そういうもののようだった。それだったら、全自動洗濯機を買って乾燥はこれまでとおり人間によっておこなわれる、それか、ドラム式洗濯乾燥機を買って全部おまかせする、のどちらかということだろう、というふうに僕は理解した。正しいのかはわからない。僕らはそう理解して、それからドラム式洗濯乾燥機を順繰りに説明していただいた。たいへん、勉強になった。

家に帰るともう暗くて、眠くなって、これはまずいぞ、と思ったため店に行った、閑散としていた、ひきちゃんとの交代の時間までは30分ほどあった、コーヒーを淹れていただき、それで僕は客席について、本を開いた、これは久しぶりだった、吉田健一を読んだ。

それ故に波瀾万丈の生涯というようなのも端から見てのことに過ぎない。その波瀾と形容されることも刻々には一般に考えられていることとは反対に平静に受け留められるもので又それでなければこれを処理することも出来ないのであり、それを我々が処理するから振り返って見てそこには我々が親しんで来た時間の推移しかない。我々にとってそれは親みがあるものでそこは場面や眺めや友達が再現するが事件と普通呼ばれているものはなくて事件というのは時間を一足飛びにたたせて実際に起ったことの荒筋に与えられる名称である。ドレイフュス事件というものは実在しない。併し例えばクレマンソオにとってそれは決闘の場面や多くの人間との対話や炉端での思考だったので晩年のクレマンソオに残されたものはドレイフュス事件でなくてクレマンソオの一生だった。 吉田健一『時間』(講談社)p.62

「或は植物はそうして茂って枯れる。又その間にも時間は世界とともにたって行く。」というのでこの章は終わりで、しびれて笑う。かっこいい。久しぶりに客席でした読書の時間は、気持ちがよかった。山口くんのときもなにも外に出なくても中にいてもいいのかもしれない、作業をしたいときは別だし、作業をしたいときは多くあるし、だからやはりドトールは有力な選択肢だったが。 交代の時間になり、外で、ひきちゃん。ポストに昨日ポチった本が届いていたので取ってきて開けて、こんなの買っちゃった、と見せた。『もじのみほん 2・0』。
それを、閉店前の時間、開いた、開いて、『時間』を突き合わせてフォントがなんなのかを知ろうとしたが、これが、わからなかった。載っていないやつだったのだろうか。講談社文芸文庫、そのフォント。

夕方にWebをお願いしている友だちに「こういうことをやりたいんだけどDropboxを通してでなくてなんかもっと直接というか送るというか直感的に動きが誘発されるとういか方法というかなにかないかな」と相談してみると、「イーサリアムで実装してしてみたい案件」という答えが返ってきて、「いーさりあむ?」と思って、調べてみたが、まったくなんで関係するのかさっぱりわからなかった、そのあとも「個人的にはすげーイーサリアム使ってみてえ案件ww」と言っていて、技術者の欲望みたいなものを見て、面白かった。でも、もっとシンプルでいいんだ、たぶん、俺の叶えたいことは全然そんなのじゃなくてシンプルなことなんだ、ということを伝えた。答えはAWSということだった、とりあえずアカウントを取ったが、本当にこれなんだろうか、このサーバーというのかなにかに置くということなのだろうか、そうするとなにが、Dropboxを介するよりも快適なのだろうか。本読みたい。

12月18日(火)

昨日は寝る前に吉田健一をしばらく読んで、『止めたバットでツーベース』をしばらく読んで、『生活考察 Vol.06』を開いた、序文というか挨拶文を読んで、目次を見て、速水健朗の「J・G・バラードが予言し、吉澤ひとみが体現した娯楽、テクノロジーについて」が読まれた、面白かった、それで寝た、そうしたら会議室みたいなところに入っていくつも机の島があって、どこに座ろうかな〜と思っていると、遊ちゃんと一緒だった、どこに座ろうかね〜と、見ていたが一番近くの島に座って、見ると知った顔がいくつかあった、そこにいたのか、それとも違う島だったか、オリックスから日ハムに移籍した金子千尋、間違えた、金子弌大がいた、顔は見なかったが、確かにいた、もしかしたら目の前にいた大学時代の友人が金子弌大ということだったのかもしれなかった、わからなかった、大学時代の友人は途中で、扉のすぐのところにある風呂に入って、着衣のまま湯船に飛び込んだ、扉が開いていたからそれが僕からは見えたし、死角になっている人も含めてその部屋にいた全員から見えた、そのあとで渡り廊下みたいなところを歩いていたが喫煙できる場所が見つかったかどうか。

店行き業務。たいして準備することはなかった、開けたらお客さんがどっと来られ、しばらくのあいだバタバタと働いた、なにか久しぶりに「働いている」という感覚になる時間で、うれしかった、『すばる』と『ソトコト』が出てからか、暇な日の割合が高すぎた、どういうことだ! あるいは文喫がオープンしてからか、暇な日の割合が高すぎた、どういうことだ! という実りのない叫びは叫ばれたとしても、実らない、暇を受け入れるしかない、そう思いながらも下を向いて目を剥いて生きてきたから、今日のその時間帯は救いだった。

そのあとの時間、いったい何をして過ごしていたのだろうか、総じては平日にしては忙しい日で、標準的な金曜日くらいの忙しさの日で、ありがたい日だったが、仕込みがなければ余裕も当然のことながら綽々で、いったい何をして過ごしていたのだろうか、InDesignを触っていたことは覚えている、店のご案内の作り直しの仕上げと、メニューの作り直しを進めることをしていた、きれいにできつつある気がする、これまでは凸版文久明朝だった本文を、今度は秀英明朝でやっていて、凸版文久明朝もすっきりとかわいかったし好きだった、秀英明朝はきれいでうっとりする、打つごとに秀英明朝の文字が生成されていく様子を見るのは、快感だった。
それにしてもなにをして過ごしていたのだろうか。今日もmobiとかePubとかと戯れてはいたが、しかしなんの作業をしたのだろうか、目次というものを作ることを覚えたが、しかしそれだけだろうか、どうしてこんなに思い出せないのだろうか、これが昨日のことならばそんなものかもしれないけれども今はその日の夜中の2時を過ぎたところで、だから僕が思い出したいのはこの夜のことだ、それが思い出せないというのはいかがなものか、「この夜のこと」、その文字がどうしてそうさせたのか、思い出した、夜は店のご案内の文言をけっこう細かく修正する、書き直したりする、そのことにけっこう時間を使っていたのだった、合点がいった、夜は完了、じゃあ夕方とかは? 働いていたのかもしれない、どうだったか、どうだったろうか、本は、今日は、一切開いていない、いいのかそれで、というくらいに、開いていない。いいんだけどさ。

Chromeの履歴を見てみたらなにか思い出せるだろうかと思って見てみたが、これは面白いね、何をしていたのかがわりとわかる、17時55分、「多寡」で検索をしている、同58分、「必要十分」で検索をしている、言葉を知りたがっている、ご案内の文章を書き直していたときだった、19時24分、「オンラインZINE」で検索をしている、「オンラインZINE」と名乗ろうかなと思いつき、これは一般的に使われている言葉なのだろうか、と気になってのことだった、20時9分からの2分間、Googleマップであちらこちらを調べている、明日の行動を考えていた、21時17分、「InDesign アウトライン化した文字を」、で検索している、アウトライン化した文字を調整できないのだろうかと調べた、まだご案内を触っている、同58分からいくつか仕入れの発注をして、22時16分からmobiとかePubとかに戻った、「添付ファイルは相手に負担か」で検索している、アウトライン化のときもそうだったがどういう言葉で検索したらいいのかわからないことが窺える、それから0時までは、ずっとmobiがどう、という関連のことを調べている、結局、iOSのKindleアプリで自前のmobiファイルを縦書き表記にすることは本当にできないのか、できないはずはなかろう、そう思って調べていたのだが、結局よくわからなかった、ということが窺えた。0時3分に諦めた、同9分、「InDesign 目次作成」で検索、同26分「プロ野球 スポーツナビ」。

帰宅後、「Number Web」でアルゼンチンのサッカーの記事を読んだら、「リベルタドーレス」という言葉が見えて、そのときだろうか、ふいに買ったまま読んでいなかった『ライオンを殺せ』を読み始めたくなった、欲望のスイッチは簡単に押される。
寝る前、『止めたバットでツーベース』。読み終えた。これはなんかすごく名著なんじゃないか、と思った、ずっとひたすら面白かった、奥付を見ると初出が「Number Web」のものもいくつかあったりして、そういえばなんとなく読んだことがあるような気がするものもあったと思ったが、記憶違いだろうか、そもそもこの長さのものはあそこにはないような気がするから、もとにして大幅な加筆をして、という格好だろうか、見てみればいいだけだが。
3時を過ぎていた、早く眠らないと、と思って、そう眠くなかったが目を閉じたら簡単に寝た。

12月19日(水)

いつもと変わらない時間に起きて家を出た、副都心線に乗るために明治神宮前で乗り換えると、千代田線のその駅のホームにはホームドアがなくて、電車が轟々と音を立てて走っていくそのすぐ横を人々は歩いた、それを見ながら、なんて野蛮なんだろうなと思ったし後世、なんて野蛮な世界だったんだろう、ホームドアがないなんて、と人々は目を疑うことになるだろう、と何度か思ったことのあることを思った。
副都心線のホームに出て、電車を待ちながら『時間』を開いた、待っていたのと反対側の乗り場に電車が着いて、電車が走っていった、ふと顔を上げて電光掲示板を見ると渋谷方面のところに僕は立っていて、僕が乗りたかったのは反対側の池袋方面だった、なにも確かめもせずに確信を持って僕はこっち側にいたのだがなんの確信というか自信だったのだろうか。

これまでは地下鉄赤塚であるとかまで鈍行で行って、その30分を楽しい読書の時間として当てていたが今日は「時間がない」という感覚があったために池袋で乗り換える順当な行き方にした、今日は鈴木さんのところに工事の手伝いに行ってそのあと武田さんのところにお見舞いに行く、そういうスケジュールだった、もともとは鈴木さんのところに手伝いに行くだけの予定だったが、そこに優くんも一緒に手伝いにどうかなと思って「明日日中暇ですか」と聞いたところ「明日は仕事なんです。お見舞い?」と来て、「あ、お見舞い、お見舞いか、お見舞いね!」となり、お見舞いに行くというのはいいなと思い、お見舞いに行くことにした、それでお見舞いに行くなら鈴木さんとこはごめんなさいしようと思ったが、よくよく時間を計算してみたら十分に両方行ける、と判断されたため両方行くことにした、そのための早起きだった。それで「時間がパツパツ」と思いながら『時間』を開いていた。

併しもしその余計なものが全くなければというのはやはり考えていいことである。それは或る日の日の出からその日の日没までだけのことであっても構わない。その間は時間とともにたって行って現在であるということは世界の刻々の変化とともにあってそれを他のものと取り違えないでいることでこれは凡てのものがそれがあるがままに眼に映ることであり、それに即して何かする自分の手付きも時間とともにあって過たないことである。併しそのようなことよりもこの状態にあっての認識の働きを思うべきで時間が海ならばそれは世界をそのうちに包み、その海が世界であって認識はそのどこにも届く。そしてこれは海でなくて時間である。それはそこにあるものの一切が時間の変化を備えていることであって別な言葉で言えばこれはそれが生きていることであり、その曾ての現在にあってのどのような人間の言葉もそれで生きて響く。或は眼の前にある木の葉の輝きがその通りに輝くものに見える。 吉田健一『時間』(講談社)p.86

ずっとビシビシといいのだけど、この「これは海でなくて時間である」がなんだか妙に面白くて笑った、え、一文前に時間を海に喩えてみたの吉田さんあなたご自身なんですけど、という、笑い。愉快。かっこいい。
池袋で降りて、そうだ武田さんになにか本でも買っていこう、なにかというか、『時間』を買っていこう、読んでるかなどうかな、読んでたら遊ちゃんにあげよう、なので『時間』を買おう、と池袋駅の本屋を調べたところリブロのあったところに三省堂があるようで、リブロが、多分僕は行ったことがないのだが、リブロがあったということはきっと大きいだろう、では三省堂だ、と思い三省堂を目指したが場所がわからず駅の方に聞いてみたところ、三省堂と言っても伝わらなかったが、リブロがあったところ、と言い直したら伝わった、ちょっと遠いですよ、ずっとあっち、反対側、ということで、そうなのか、僕これから東上線なんですけど行って戻ってっていう感じになりますかね、というと、そうだということで、ふーむと思っていると、三省堂じゃないとダメなんですか、と聞かれ、品揃えがある程度いいところがよくて、と答えると、そこの上のところにも本屋さんがありますよ、それなりに広いですよ、ということで、どうかなあ、あるのかなあ、吉田健一、『時間』、と思って、やや躊躇していたところ、「そこ行ってみますか」と駅員の方は言った、「そこ行ってみますか」、なんだか、とてもいい言葉というか提案というかだと思って、途端に「行く行く!」と思ったため行き方を教わり、辞した。
で、言われたとおりの場所にたしかに書店がありそれは旭屋書店だった、入って、文庫の棚のところに行き、講談社文庫の棚のところに行き、しかし見当たらず、講談社文芸文庫自体見当たらず、うーむ、とうろうろしているとお店の方の姿があったのですいません講談社文芸文庫の場所は、とお尋ねした、さっきいたところに連れていかれ、そして指さされたところを見ると二冊、表紙を見せた本が並んでいた、その二冊のうちの一冊が吉田健一の、なんとかというやつだった、ニアミス! と思って、視線をそのすぐ下の棚に移すとそこはもう違う文庫で、あれ、まさか講談社文芸文庫この二冊だけってことはないよな、あれれ、と思って、この、二冊だけですか……? と聞くともう一段下の棚を指した、そこに、一列分、目当てのレーベルというかシリーズというかが、あった、礼を言い、しかしこの一列だけで、『時間』がピンポイントにあるとも思えないというか期待薄だよなあ、と思いながら目を滑らせていくと、あった。なので取って、それから『新潮』を買おうと、滝口悠生の日記を読もうと『新潮』を買おうと雑誌のコーナーの文芸誌のコーナーに行ったところ、見当たらない、あれ、どうしてだ、と思ってうろうろしたがどうしても目に入ってこない、それでうろうろしていたらお店の方の姿があって、さっきと同じ方だった、申し訳なさを覚えながらすいません文芸誌の『新潮』はありますか、と尋ね、さっきの棚に連れていかれた、ここになかったらないってことですよねえ、ええと、ええと、と、お店の方が探しているから僕も改めて順繰りに背を見ていったところ、『小説新潮』であるとかはあるがそうじゃなくてただ二文字の、と思い、見ていったところ、あった、「あ、見つかりました」と言って、取って、礼を言った。買うのにレジの列に並んでいると、前のベビーカーを押した女性の手の中にあった小さな本は「さいたまののりもの」というものだった。

すっかり遅くなった、11時には着くと言っていたが本屋を出たら11時20分だった、東上線に乗って、数駅、乗った、降りた、ときわ台は晴れていた、それで鈴木さんの物件に行くと店っぽくなりつつある空間があった、厨房内はペンキが塗られ冷蔵庫やシンクやガスコンロが置かれ、客席はこれから床に張られようとしている足場板が並べられている、高いところにはレールが浮かび、照明がつけられている。鈴木さんは養生テープを剥がしていた。
僕も剥がし、それから床板を張る作業を始めた、板を置いて、位置を決めて、ビスを打ち込んでいく。僕はビス打ちを担当し、鈴木さんが丸のこで板を切っていった、少しするとインパクトの充電が切れたため昼飯を食いに出て僕はチャーハンを即座に選んだわけだったがそれは昨日読んでいた『止めたバットでツーベース』の「PLチャーハン」に触発されたのだということはすぐに気がついた。

午後も勢いよく、僕は3時で帰るので3時までに床張り終えましょう、と言って、やたらな勢いで床を張っていった、みるみるうちに床ができていった、もともと足場板として使われていた古材ということでラフな状態のものだから、僕もラフだったというか、一定の慎重さは保持しながらも勢いを重視してやっていった、フヅクエのときはもう少しカチッとした素材だったので取り返しがつかなくなりそうな気もしてもう少しカチッとやっていた気がする、どうだったか、5人くらい来てくれて、みなで上手に分担しながらやった、楽しかった日だった、そんな記憶があるが、どうだったか、どんな勢いでやっていたのだったか、忘れたな。
3時になると、惜しかった、全部はできなかった、しかしほとんど済んだ、素晴らしい、と思って、それから中二階というのかロフトというのかの席に上がらせてもらった、それはいいエリアだった、ここでべろ〜っとしながら本を読めたら気持ちがいいだろうなと思って、そう言った。で、帰った。ひたすら楽しい時間だった。
池袋、それから渋谷、そこからバスに乗った、本を開いてもうたうたとした温かい眠気がこみ上げてきて、でも眠るわけにもいかないというかどのくらいで着くものかわからないから眠るわけにもいかなくて、うたうたとしながら、バスに揺られていった。世田谷駅前で降りて、それからコーヒーでも買っていこう、俺が飲みたいから、と思って地図を見るとYOUR DAILY COFFEEが近かったからそこに向かった、歩いていると上町のバス停があってもうひとつ先まで乗っていればよかった。歩いていると向こうからドラゴンズのジャンパーを着た人がやってきてすれ違った、武田さんのお見舞いだろうか! と思って愉快がって、すれ違ってから背中を見ると「NOMO」とあり「16」とあり、だからドラゴンズではなくドジャーズのジャンパーだった。コーヒー屋さんに着いて、カフェラテのどうしてだか大きいサイズを頼んで、俺が飲みたいから、頼んで、それができるのを待っているあいだ外のベンチで煙草を吸っていた、目の前の通り、古びた建物、静かな町の音、それらの中にあって、世田谷という場所はいつも僕は全然よく勝手がわからないなあ、と思う、いつも、世田谷という概念みたいなものを捉え間違える、世田谷ってこういう感じなの、というのがいつもずれる、不思議な感覚だった。

『時間』は、今日は細かい移動のあいだで読んだのは4ページくらいだった、全然進まなかった、そもそも眠たかった、それでもその4ページの、何度も行き来しながら、行き来というか、なんの話だっけ、忘れちゃったな、と思って少し戻ってまた数行読むようなそういう読み方は、こういう読み方もいいなと思った、全部がほとんどパンチラインみたいなことになっているから、ということもあるけれど、なんというか、息の長い文章だけど全体がではひと息で書かれているかといえば決してそんなことはないはずで、何日もかけて書かれているだろう、もしかしたら一日一文だったりするかもしれない、それは言いすぎだろう、段落くらいだったらもしかしたらそうかもしれない、区切られ方の必然性のなさそうな感じがその想像をいくらか肯定してくれる感じがする、そんな書かれ方の気がする、知らないけれど、とにかく一回につき数行とかずつ読むような読み方は一気に一気に読むよりももしかしたらずっと書いている人間の呼吸に近づくだろう、これは一気に読むことでは味わえないことかもしれない、だから、だからというか、
と、考え事を、目の前の静かな情景を眺めながらしていたところカフェラテができた、いただき、引き返し、病院を目指した、空が次第に暗くなってきた、夜になるよ。

武田さんの病室に入ると、武田さんがいた、タブレットと本が乱雑に積み上がった場所があって、武田さんの部屋だ、と思った、「バレンティンのような」と言われていた腕に目が行った、紫色の、たしかにバレンティンのような太い太い腕があってそこを骨折して手術した。術後のレントゲン写真を見せてもらい、長い杭のようなものが腕にまっすぐ通っていて、上端と下端を二本ずつとかのボルトが固定している、という格好だった。人間はすごいことを考えるよねえ、ということを話したあと洗濯機の話をした、武田家が結局選んだものを教えてもらい、やっぱり結局そこらへんになるんですよねえ、なんかそういうことですよねえ、というような話をした。それから左投げの練習をしようかなということで、これから左投げをするというのは普通野球を始めたばかりの6歳とか7歳とか8歳とか9歳とかが投げるという動作を身に着けていくのをこの歳になってから一からやれるということであり、それはもしかしたらものすごく興味深い面白いことかもしれない、ということを話していたら、部屋が暑かった、静かな音で音楽が機器のうちのどれかから流れていて、なにを聞いたらいいかわからなくて、ジャック・ジョンソンをずっと流して穏やかな気分でいる、というようなことを言っていて、なにか「あっ」というような心地を覚えた、きっとつらいよなあ、という。
しばらくいて、夜の予定があったのでそろそろ帰ろうかなと思っていると、武田さんの野球仲間の人たちがやってきて、5人とか6人とか、やってきた、なんとなく帰りそびれてしばらく突っ立っていると、とんかつさんが僕を他の人たちに紹介したところで、日ハムファンで、というところから、プロ野球の話になって(それまでも武田さんの投球のことや今後の守備位置のこと等が話されていた)、ガルシアが、西が、藤浪が、今永が、と野球選手の名前が出てきてどんな名前もどんな数字も誰かしら引き受ける人がいる、ぽんぽんとやり取りされる野球をめぐる言葉が部屋を満たしていって、なんというのだろうか、「野球www」と思って、面白かった。で、帰った。

遊ちゃんと待ち合わせ、日本酒とビールを買って、家に帰った、それで僕はとりあえずシャワーを浴びて、それから鍋をだいたい遊ちゃんがこしらえてくれた、僕はいくらか切ったりしていた、酒と肉団子と白菜と大根と長ネギと味噌と酒粕の、鍋だった、ビールを開けて、飲んだ、今日はこの家の忘年会というていで鍋を食べようという夜だった、鍋が完成するまでのあいだにビールが2本飲まれた、鍋ができて食べながら、いろいろと話した、鍋はおいしかった、バクバク食べた、僕はなんだかとても嬉しいことだった、幸せだと思った、日本酒を飲んだ、甘くておいしかった、なんというお酒だったろうか、話をしていたら口論に近い議論になって、いやほとんど口論だった、僕らは喧嘩をまったくしないから口論みたいなこともほとんど記憶にございませんというくらいにしないから、それがこういうときに起こったその滑稽に途中途中で笑ってしまいながら、僕は早起きと一日の疲れとアルコールでたちまち酔っ払って眠くなって、9時過ぎには眠っていた。

12月20日(木)

9時過ぎに起きた、まったく全然まだまだ眠かった、どうなってるんだこの体は、と思いながら起きて店に行き、飯を食い、少しぼんやりしてから八百屋さんに行って野菜を買って、仕込みをした、いくつか開店までに完成させたいものがあった、11時、山口くんが来るはずだった時間に来なかった、開店準備を山口くんに任せて僕は仕込みを一気呵成に、というつもりだったので、困って、あれ、どうしたかな、時間間違えたかな、そう思いながらも連絡している余裕もないので一気に仕込みをがんばり、間に合わんな、諦めよ、と思って外で煙草を吸いながら連絡をした、それから戻り、またがんばって、そうしたらだいたい済んだ、よかった、と思って店を開けて、しばらくワタワタと働いていた、午後になって返信があり夕方からだと勘違いしていましたということで、そういうことだよね、よかったよかった、そしたら俺は夕方まで一気呵成で働こう、と気持ちというかつもりを切り替えて、カレーを仕込み、トマトソースを仕込み、チーズケーキを焼き、等々、ガシガシやっていった。
夕方に山口くんがやってきて、来る時に野菜をいくつか買ってきてちょうだいとお願いしていた、そういう買い物をお願いするときはいつも「いつもと同じ時間に出たらいいからね」というふうに言っていて、だから16時インの日だったら買い物分のどれくらいだろうか15分とか、遅くなって構わないというか構わないもなにもお願いしているのだからそういうことで、そういうことだったのだけど、だから、だからというか、今日山口くんは何時に来るかな、なんか反省みたいなやつを表現するために早く来たりして、と面白い気持ちで待っていたら、15時57分には来て、「反省みたいなやつの表現www」と思って愉快がった。あとでそのことを聞いたらうっすら笑いながら「今日は早く出ました」と言った。

仕込みもだいたい済んだので僕はドトール待機を今日もすることにして、ドトールに来た、それで昨日の日記を書き、それから『生活考察』を開いて柴崎友香と滝口悠生の散歩対談を読んでいた、高田馬場のあたりから、二人は歩いた。
日無坂と富士見坂のY字路の写真を見たらなにかぐっと掴まれた感じがあって泣きそうになった、夜で、坂の上がったところから始まるY字路を見下ろす格好で撮られた写真で、真ん中には「Y」の「∨」のところに沿った形の古い屋敷みたいな家があって敷地内なのか建物の後ろ側には高い鬱蒼と茂った木の葉の影が黒くべったりと、『イレイザーヘッド』の髪型みたいな形と濃さでべったりとあってその上が空で、坂の向こう側にはそれぞれビル群があって、坂のわきにはぽつぽつと明かりがあって白くなっていて、それを見ていたら、そしてこれは2018年の7月27日収録ということで、その7月の一日、夏の夜がたしかにあって、たしかに二人(というか編集者含め三人)がたしかにこのときこの道を歩いて、歩いてというかいて、いたということ、そのとき僕もたしかにどこかでなにかをしていたということ、それがなにかブワッとやってきて、感動した。そもそも夏の夜というものに僕は弱い。あの暑かった日々が、そのことをリアリティと遠さとともに思うと、それだけですでに感動している。
それから歩いたあとにタイ料理屋に場所を移してというか腰を落ち着けて話が続けられて、読んでいたら、よくて、読んでいたらそういえば昨日の夜に遊ちゃんと話しながら、ほとんど口論という形の会話をしながら、僕は何度かうっすらと『茄子の輝き』のことを思い出していたということを思い出した、会津若松で車の中で交わされたやり取り。日記の簡潔で豊かな記述。そういうそれらを思い出していたそれを思い出した。なんというかそんなときにまで思い出される小説というのはそれはなんというかすごいことだよなと思う。大切な小説ということだろう。
それから岸本佐知子の日記。笑いをこらえながら読む、姿勢を変えたり顔の角度を変えたり息を止めたり目をそらしたり四苦八苦しながら読む、プスッ、プスッ、と笑いが漏れる。それから、ペラペラとしていたら「はてなダイアリー」という言葉が見え、「はてなダイアリー」という言葉に僕は弱いため、読む、栗原裕一郎。

店戻り、佃煮を作る等、少しだけやることをやり、済んだら席について読書、席についた瞬間、ドラッグストアが目に入り、あ、トイレットペーパー、と思いドラッグストアにおもむきトイレットペーパーを買って戻って席について読書。多和田葉子の『穴あきエフの初恋祭り』の「鼻の虫」。鼻に生息する小さな小さな虫のことを楽しく思いながら暮らしていた。たしかに楽しそうだなと思った。本当にいるのだろうか。それから吉田健一。
途中から夕飯にチャーハンを食べたくなり、なにがあるっけか、ということばかり考えだす。ごぼうがあって豚肉があった。ごぼうチャーハンって作ったことないけどおいしそう、香りと食感、と思い、そのことを考える。セブン行ってキムチ買ってきてキムチも入れよう、と思う。閉店し、山口くんが片付けている横でチャーハンを作り出す。ピーラーでごぼうをピールして、ピールとは、と思い、「ピール 意味」、「ピール(Peel) “フルーツの皮の小片”を意味する。」、「peeler」、「皮むき器、皮をむく人 お巡り、警官 ストリッパー」。警官、ストリッパー。おもしろい。ピールして、豚肉を小さめに切ったのを入れて、炒める、肉に火が通ったら中華だしとお酒とみりんと醤油を入れる、その時点でおいしいおかずに見えて食べたくなった。でも卵をすでに割っているからチャーハンだ。キムチ入れる。その時点でおいしいおかずに見えて食べたくなった。でも卵をすでに割っているからチャーハンだと思っていたがこの炒め物に卵が入ってもきっとそれはおいしいからチャーハンでないといけないという道理はない。しかしチャーハンだ。炒めたものを取り出し。油を引き、熱し、卵。ふんわりしたらご飯を投入し、がんばる、ご飯が大量すぎてうまくいかない、しょうがない、さっきのやつを戻して、混ぜる、べったりする、しょうがない、おいしいことには変わりはない。で、完成したので皿に盛る。大量のチャーハンができた。
食べながら、『マーティン・イーデン』の話をする、それは食べ終わってからだったろうか、有名になった途端成功した途端に近づいてくる人たちのところとか、うわーって、もう終わった話だって、そうだよねえ、もう終わった話なんだよね、終わっているし、これまでも書いてきたしこれからも書いているそれだけなんだよね、俺はさ、なんかずっと怒っている気がするんだよね、バーカ! バーカ! って、フヅクエなり俺の仕事なりをバカにしていたなんか仮想的な敵というかなにか存在に対して、見返してやるってずっと思っている気がするんだよね。でも怒りドリブンなものって、どこまでいけるのかな、って思うんだよね。それは僕も最近ずっと考えていることです、楽しいだけでは楽しくないと思うのだけど、怒っている者は楽しんでいる者にはどうやっても勝てない気もしたり、しているところです。

そういえば一日、筋肉痛だった、きれいに筋肉痛になった。悪くない痛みだった。
帰宅後、飲酒、寝る前、『ライオンを殺せ』を取る、おとといだったかに「あ、これは、読みたくなったかも」となって、結局読まず、「結局読みたくならないのかな」と思ったが、やっぱりなっていたらしく、取った、『ライオンを殺せ』、ホルヘ・イバルグエンゴイティア、覚えられる気がしない。
エピグラフというのか、エピグラフではない気がするけれど物語の始まる前、右ページに小さい文字で舞台の説明がある。

アレパ島はカリブ海に位置する。簡易百科事典なら次のように記述しているかもしれない。「形は直径三五キロの完全な円形。人工は約二五万人で、黒人、白人のほか、グアルパ系インディオから成る。主な輸出品はサトウキビ、煙草、完熟パイナップル。首都プエルト。アレグレ(「陽気な港」の意味)に総人口の約半分が集中する。八八年に及ぶ英雄的独立戦争の末、やむを得ぬ事情でスペインが撤退し、一八九八年にアレパは独立国となった。一九二六年時点で立憲共和制をとっている。独立戦争最後の生き残りで、《独立戦争の英雄少年》として名高い陸軍元帥ドン・マヌエル・ベラウンサランが大統領を務め、憲法上最後となる四期目を首尾よく全うしつつある。」 ホルヘ・イバルグエンゴイティア『ライオンを殺せ』(寺尾隆吉訳、水声社)p.10

これだけでうれしい。ホクホクするところがある。ところでわざわざ説明しているくらいだし聞いたこともないしアレパは架空の国だよな、と一応調べてみるとパンの名前として出てきた、「すり潰したトウモロコシから作る、コロンビアやベネズエラの伝統的な薄焼きパン」とのこと。ホルヘさんはどこの人なのだろう。
それで読み始めたら、独裁者の話で、独裁者が出てきて、対抗勢力の人がひとり殺されて、そういうことが起こっていた。
面白くて、すぐにたちまち面白くて、すぐにたちまちずいずい面白くて、「ラテンアメリカ!」と思って喜びながら寝た。

12月21日(金)

それにしても本当に低調な日々が続く、二週間くらいだろうか、今月ずっとそうだろうか、売上的に明らかに確かに低調で、ふーむ、どうしたものか、と思いながら、思うだけで済ませ、というか思うぐらいしか僕にできることはなく、それで店を開け、なんとなく慌ただしい気持ちで働いていた、今日は16時に山口くんがインの日で、そうなると16時というのがひとつの区切りというか目標点というかなにかに設定されるようで、16時までにどこまでやれるだろうか、いけるところまで、行くぞ、みたいな気持ちになり、どんどこと働くことになる、煮物をこしらえ、カレーをこしらえ、チーズケーキに取り掛かる、ガシガシ働く。
なんでだか、それはそれとして、総じて時間に追い詰められている、という感覚が強くやってくる。なにも間に合わない、と思う。なにに間に合いたいのか具体的なものがまったく見えないからただなんとなく焦る。なにをしたらすっきりとした、なにかに追いついた気持ちになれるのだろうか、そんなことを思いながら働く、今日はいい調子の日で、うれしかった、とんとんと、山口くんが来るまでに昨日一日分の数のお客さんが来られた、最悪の金曜日にはならないで済むということだった、よかった。

夕方、ちょうど立て込む時間で山口くんと二人でパタパタと働いたのち、店を出て、ドトール、打ち合わせ。文章を書くお仕事の話。キャパ的にやれる気があんまりしない、きっとお断りするだろうなと思いながらお会いしたが、話しているうちに、なんとかやれるかな、やり方があるかな、という気持ちになり、前向きな気分に変わった、よかった。
話が終わり、僕はドトールが待機場所なので残ることにして残っていると、だんだんやっぱり無理なような気がしてきた。甘いものを食べた。
なにかに追われているのならばとりあえずタスクを片付けていこうと、印刷してきたご案内書きの文章を再度推敲して、完了とした、これは印刷して製本テープでまとめたら終わり。メニューはまだ完成していない。年内に印刷して差し替えたい。年が明けたら明けたところから消費税が発生するようになる、なるというかそういう設定をしないといけない、これはどうやるんだろうか、そういうのが不透明なのがなにか間に合わなさみたいな感覚をもたらしているのだろう。
ご案内書きタスクが済んだので『ライオンを殺せ』を開いた、のんきに面白い。野っ原で人々は、サンドイッチを食べている、待望の飛行機が、やってくる。

その時、フロントガラスの縁に両肘をついてデュッセンバーグの車内に立っていたドン・カルリートスが、望遠鏡で遠くを見つめたまま叫び声を上げる。
「来た! 来たぞ!」
誰も食事をやめず、皆サンドイッチを手に持ったまま、望遠鏡の指す方向を一斉に振り向く。空に見えた点がだんだん大きくなってくる。 ホルヘ・イバルグエンゴイティア『ライオンを殺せ』(寺尾隆吉訳、水声社)p.65

基本的にアクションの積み重ねで、ふいにそれがなにかグッと、自分にというか自分みたいなものに近づく瞬間があって、「あっ!」となる。
途中で、というかすぐに集中というか気が散漫になり、散漫に読む、読めないな、と思う、そろそろ店に戻ろうかな、店に戻って読書ということにしようかな、先日やってみたら意外に快適だったあれをやろうかな、と思いながら散漫な気でいて、と思って、結局「いつ呼び出されるかわからない状況でなにかに集中する」というのはけっこう僕には難しいことのようだった、それは実感している、だから、呼び出され得ない状況を早くというか、いや、忙しいって言われても、どうしろと? 俺今日オフだよ? がんばって乗り切って? というふうにならないといけない、いけないというか、ならないと、いややっぱり、いけない。ドトールで待機している場合じゃない、それでだから、散漫なので散漫なときは小説でなくこっちかな昨日のように、と、『生活考察』を机に出して、開こうとしたところ山口くんから「あくつさーん、ヘルプお願いしまーす」というLINEが入って、いつでも気軽にSOSしてねと言ってはいたけれどこれまでそれが発生することはなくて僕がドトールに疲れて倦んであるいは閉店時間になって戻るということしかしていなかったから、やっと来たぜSOSと思い、大田泰示がガッツポーズをしているスタンプを即座に返し、「いま!!! いきます!!!!」と即座に返し、いそいそと喜びながら店に戻った、そうしたら忙しそう、洗い物まったく追いついていない、そういう状況の山口くんの姿があり、言われたとおりにあれこれこしらえたりして、元気よく働いた、楽しかった、忙しい金曜日だった、いろいろ忙しく仕込み等もがんばった、働いた、働くことは喜びだった。
それにしてもこれがもし山口くんがいなくて一人だったらと思うと、やっぱり大変なんだよなあ、と思った、やるよ? 一人でもやれるよ? でもこれは閉店後1時間とか洗い物し続けるコースなんだよなと思って、明日からは3連休で、その前日で疲れ果てるとか、勘弁で、山口くん今日いてくれてほんと助かったわと思ったが、そういうことじゃないんだよな、そういう用途というか目的というかどの語を用いても手段という感じが出てしまうけれど、そういうつもりで人員が必要だったわけじゃないんだよな、二人で一緒に働いて楽ちん楽ちんとか、そういうことを求めていたわけじゃなかったのに、週末の一日でも二日でも山口くんに入ってほしいなと思うこの感じは、まずいなと思う、甘えちゃいけない、甘えちゃいけないというかこの甘え方に慣れてはいけない。
山口くんは最後の方の時間はひーひー言いながらひたすら洗い物をしていた。疲れた、と言っていた。おつかれちゃん。

帰って、明日はご予約がすでに6つだったか7つだったか入っていて忙しい日になるのかもしれないしそうではないのかもしれないが忙しくなるかもしれないそんな気配というか予感というか願望か、とにかくそういうところで日記の推敲を先にやっといた方がいいような気がした、いつもは土曜日の営業中にするがその余裕というか隙間があるかどうかわからなかった、それで印刷して持って帰って、推敲をしていた、今週は2万2千字とかだった、2万字を超えたら長いという感覚がある、読み直していると、今日書いていた山口くん依存への危機感みたいなもの、同じことを週の頭の方に書いていた。推敲が済む前に眠くなり時間は3時で、眠るべきだった、少しだけ『ライオンを殺せ』を読んで寝た。

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