本の読める店

読書日記(112)

Entry diary112

11月17日(土)

開店前、『新潮』を持って外に出て、煙草を吸いながら滝口悠生の「続アイオワ日記」。読んだら、たちまちやわらかい心地になった、期待していた効能だったので、よかった、それで、開けた。開けたら今日は開店と同時にだいぶわーっとなり、猛烈に働いた、猛烈にずっと働き、夕方までほぼ満席という状態が持続した、夕方、山口くん来店。来店というかシフト。で、忙しさは続き、山口くんの動向を見守ったり、随所で手伝ったり、洗い物を担当したり、なんというか、采配、という感じでやっていた、違う頭を使うような使い方だった。

家に帰ると、遊ちゃんが座って寝ていた、肩や顔がこくんこくんと落ちる様子を、しばらく見ていた。
そのあと、一日忙しくて終わらなかったため日記の推敲を済ませて、それから千葉雅也。昨日の続きから。かっこいい。なんかちょっと癖になってきたというかここ数日「さっぱりわかんないけど、読みたい、読み続けたい」という変に強い欲望が生じて、維持されている、他の著書も調べたりし始めて、他のも読んでみたい、となりつつあるらしい、無性に面白い。かっこいい。その中にいたい、そういうテキストだった。

11月18日(日)

もう朝なのか! と思いながら起きた。店、いくつか仕込みをおこない、コーヒーがおいしい、開店前、昨日と同様に「続アイオワ日記」。開店し、そこそこ忙しい、テンパるほどでもない、夕方、甘いものを食べたい、という気持ちになって、それから今度はしょっぱいものを食べたい、という気持ちになった、なにか口に入れたいらしかった。家に帰ったらミックスナッツかポテチでも今日は、つまみながら、千葉雅也読むそんな時間にしようかな、その場合はご飯を食べる量を調整しなければならないぞ、と、6時くらいからそんなことばかり考えていた。疲れたといえば疲れた。 夜、座り。ぼーっとしたのち、『新潮』開く。

夕飯を買って帰り。店の前でナターシャに会って立ち話。私は相槌を打つだけで全然何の話だかわからないのだがナターシャは私がわからないことはわからないようで、いろいろ話して去って行った。
ホテルに戻るオールドキャピタルの芝生の坂道で、電話で誰かと話しながら泣いているアジア系の女子学生とすれ違った。何があったのかわからない。私は日本でもよく泣いている人とすれ違ってどうしたんだろうと思うけれど、ここでは泣いていようがいまいが、ほぼほとんどの人に対してその人がどんな時間を毎日生きて、今日生きたのかうまく想像ができないので、泣いていてもあまり特別でないというか、わからなさのバリエーションに過ぎない感じがある。と思いながら歩いていたら、向かいから坂をのぼってくるこれははっきりとアメリカンの女子がやはり泣きながら誰かと電話をしていた。何かあったのだろうか。 滝口悠生「続アイオワ日記」『新潮 2018年12月号』所収(新潮社)p.97

最初この二人目の泣く人の登場に笑って、笑ったのち、アメリカ、泣きながら電話で話す女性、というその組み合わせで僕が知っているというか最初に想像されるのはテロとかのあとのニュースの映像とかで、なにか悲劇のあとのニュースの映像とかで、それに当たり、笑いが凍りつくというのはこういう瞬間のことだよな、と思った。
明確にわからない中で生きていると、わかる、と思っていることの傲慢さというか傲慢さは言いすぎかもしれないけれど、根拠の薄弱さというか、たいていの場合はわかるなんていうのは幻想でしかない、雑な投影みたいなものでしかない、みたいなものに突き当たったりするのだろうか、どうだろうか。
と思ったら(以下次号)ということで終わってしまった。さみしい。さみしがっていても仕方がないので、ぼーっとして、それから目の前に溜まっている、郵便受けから取って開きもしていない封筒群に手を付けることにした、免許証の更新に行かねばならぬ、開いて見てみると「優良」とあり、「優良」とはゴールド免許を指すようだった、たいへん光栄だった、それから、あれこれと、税務署に行かねばなあであるとか、あって、進めていくと、「個人事業税納税通知書」とあり、えっと、と思って開くと、個人事業税を納税しなければならないらしく、げんなりした。期日は10月末日だったが、過ぎてしまった。開けてみたくさせるような封筒を送りなさいよ、こんなの全然ときめかないよ、と思い、思って、振込に行かねばな、と思った、全部が面倒だった。閉店して、ツイッターを拝見していると、いつものエゴサーチ画面を見ていると、ここ12時間以内くらいのツイートで「フヅクエ行った、よかった」的なツイートが5つくらい見られ、全員ツイートしてくれたんじゃないか、と思うような、なんだろうこれは、なにか誰かの陰謀かな的な、あるいは実は一人の人で、複数アカウントで全部でフヅクエ感想ツイートをしてくれたのかな、的な、俺、死んだのかな、的な、お褒めの言葉をいくつもちょうだいして花束を受け取ったみたいだった、喜んだ。それから、『GINZA』で『本を贈る』を紹介する文章を書いたら著者の一人である校正者の牟田都子さんが読んでくださったらしく「店頭で読んだら涙がぶわー出てきて、映画館で鼻すすりながらエンドロール見てる人そのものになってしまった」と書かれていて、こっちが泣きそうになった。店にせよ文章にせよ、喜んでくれる人がいる、というのはうれしいものだったし、それを教えてくれるツイッターには感謝しかないということはないがツイッターが好きだ。最近本当に「しかない」が多く見られるけれど、今は「しかない」にしないと最上級の気持ちは表せないということなのだろうか。今は、「とても感謝している」では感謝し足りないと思われかねなかったりするのだろうか。

夕飯は、気がついたらいつもの量をバクバク食べていた。満腹になり、帰って、帰っていると、スープを今年もつくろうかな、という気持ちがもたげてきた、面倒になってやめたのだけど、面倒にならないやり方はないだろうかな、と、考えながら帰った。帰って、シャワーを浴びながら、わからない、わかる、のことを考えていた、「わからないほうがずっと真摯だ」と一瞬言いたくなったのだけど、Amazonレビュー等に見られるディスとしての「わからない」を考えるとそんなふうには一概には当然言えなくて、豊かな「わからない」も貧しい「わからない」もあるし豊かな「わかる」も貧しい「わかる」もある、「わかる」も「わからない」も、全身が賭けられているかどうか、全身がちゃんと揺さぶられているかどうか。
風呂後、ウイスキー、千葉雅也。「分身」の章を読んでいった、おもしろかっこいいがずっと続いている、ずっと読んでいたい、そう思ったらいつもは2杯のウイスキーを3杯飲んでおり、最近酒量が増えているような気もするし、今晩だけの気もする、重い眠気をまとい、寝。

11月19日(月)

もう19日、早い、にわかには信じられないとも思ったが、じゃあ何日くらいの感覚なんだと、何日だったら納得するんだと、誰かにもし問われたとしても、特に何日というそういうものは持っていない。だから、驚きたいだけ、にわかには信じない態度で振る舞ってみたいだけ、なのかもしれない、指が。

店、暇始まり、コーヒーがおいしい、全部忘れていく、こぼれていく、頭から、下に下におりていって、つま先から、5本というか10本の指先から、液状に、こぼれていく。全部忘れていく。締まりがない。

暇な日で、特にやるべきこともなかったため、原稿仕事の原稿を書こうと思って原稿を書き出したところ、書けた気がした、それを、僕は書いたらまず遊ちゃんに送るということをするのだけど、送るために、InDesignでちょうどいいレイアウトを

クッキー食べたら気持ち悪くなった

ヘミングウェイ

眠い

レッドはリッツ・ホテルの一室の暖炉の上に女の子の写真を飾っていた。我々が町に突入をした日の夜、この娘と出会ったのだ。一種の東洋風の舞をする踊り子だった、とレッドは言った。腰のくびれがすごく印象的だった。娘の方もレッドを深く愛していた。しかし、レッドはどこで出会ったのか思い出すことが出来なかったし、ふたたびその場所を見つけ出すことも出来なかった。クロードはレッドを思いやり、すごく真剣に探していたが。
大きな丘の上のどこかなんだ、とレッドは言っているが、娘を見つけることは出来なかった。
「こういうことって、戦争では起こりうることなんだろうな」 アーネスト・ヘミングウェイ「中庭に面した部屋」『新潮 2018年12月号』所収(今村楯夫訳、新潮社)p.104

つまり夕方、原稿を書くよりもずっとずっと長い時間、InDesignで文字を組むというのか、をすることに時間を費やし、疲れ、無性にクッキーが食べたくなって、どうしよう、どうしよう、と思い、えいや、と思い、横のドラッグストアに駆け込み、なんか何かがいくらかヘルシーらしいクッキーを買って、それしかなかったため、買って、食ったところ、すぐに食べ終わり、そして気持ちが悪くなったということだった、そのあともInDesignを触っていた。僕は原理的なことというか基礎的なことをまったく理解しないでInDesignを使っているから、もう少しわかってもいいのではないか、と思い、いくらか調べたりしながら、レイアウトグリッドとか、云々、なにかをがんばろうとしたが、なにを? 作るの? と思ったらなにも作らないので、がんばる気力が雲散した。なにか作るものがあればまた違うのだろうか、どうだろうか。閉じた、それで本を読むことにした、ヘミングウェイの未発表だった短編を読んだ、それで、それから、山口くんのあたらしい小説を読んでいた、ずっと、泣きそうな感覚で読んでいた、心臓であるとかを掴まれて、掴む形で触れられて、そこにもう少しの力が加えられた瞬間に、握りつぶされ、あるいは破裂するような、そういう「手前」みたいな心地がずっとあった、閉店前、いったん読むのをやめて、閉店して、それからショートブレッドを焼いて、とかをしていたら、いくつかのなにか歯車の狂い——たとえば箸置き入れをガシャンしてしまって箸置きのひとつが見当たらなくなってゴミ箱を漁ったり——によってやたらに悄然となって、そうしたら、全部を済ませて1時くらいだろうか、読書を再開したものの、もうあの喜びはなくなってしまった。
なんでこんなに小さなことでこんなに一気に元気がなくなってしまうのだろうか。全部がつまらなくなった。

帰宅後、寝る前、『クラフツマン』を久しぶりに。どうも、読めない。ルビがどうも、気になる。それはルビが気になるのではなく、乗れていないから細かいことが気になる、というだけだった。あいだを空けすぎた。

11月20日(火)

バイブレイションにより覚醒、10時40分、画面にはひきちゃんの名、ろくな予感はしなかったがお寝坊さんとのことでおはようさん。ちょうど僕も僕のアラームも1分後に鳴るところだった、1分後に起きて買い物して店行って、という予定だったので問題なしで、変に急がないで大丈夫だからねと伝え、起床。店。
着き、いくらか準備、あとはコーヒー飲み。開店時間を迎えるタイミングでひきちゃんが来たので、変に申し訳なさそうな顔とかをしていてよかった、不要な萎縮とかほど不要なものはなかった、それで草津のおみやげ渡し、しばし歓談し、開店し、辞し。
新宿方向に行く、なんだか久しぶりの感覚。道がどれを曲がるのが通例だったか忘れ、いつもと異なる角度でそのタワーを見上げ。コクーンだったか。ブックファースト入り、つもりとしては『背後の世界』、『Number』、大谷翔平の本、の3冊だったが、最初に雑誌コーナーで『Casa BRUTUS 特別編集 美しい暮らしをつくる本。』を立ち読み。読みたい本が増えて、困ったな、と思った、中井久夫の『「思春期を考える」ことについて』と、荒川洋治の『過去をもつ人』が特に読みたくなった、文芸コーナーに向かい、の前に雑誌コーナーで『Number』の「BASEBALL FINAL 2018 鷹が撃つ。」と、『週刊ベースボール』の「2018 プロ野球熱戦の記憶 全877試合カタログ」を取る、取って、文芸コーナー。
『背後の世界』にしようかと思ったが、すぐ近くにあった『アメリカ死にかけ物語』が気になり、また、『ガルシア=マルケス「東欧」を行く』も気になり、『背後の世界』はまたにしよう、と思う、どうも、小説よりも、なにか、という気分があるのかもしれない、それからもう少し先に進む、ラテンアメリカコーナー、水声社「フィクションのエル・ドラード」シリーズの『ライオンを殺す』を見かけ、そうだそうだ、買おうと思っていたんだ、しかし今、読みたいかな、面白いかな、と思ったが、「フィクションのエル・ドラード」は要コンプリート案件なので、なのでというか、買うことに、して、けっこうな量になっちゃったな、なんかなんだろうな、お金大丈夫かな、なんか不安な気持ちになってきたな、と思いながら、最後にスポーツコーナー行き、『大谷翔平 野球翔年 I 日本編2013-2018』。本屋は、楽しいな、楽しすぎて困っちゃうくらいだな、と思い、なんだかひさしぶりにゆっくり本屋でうろうろした気がしたが、そうだったか、どうだったか。

重い紙袋を提げて、都庁に。初めて入ろうとしている。第二庁舎。第二庁舎に向かう道で向こうを見ると、三方が高層の建物で、特に左面と正面のやつが面で、面々していて、壁に囲まれているようだった、異様だった。で、都庁に。運転免許の更新。10箇所くらいのブースを流れ作業で流れていく。この作業も、練度はあるのだろうけれど、しかし、毎日これをやっているのだろうか、それとも何かぐるぐると、なんだっけか、言葉が出てこない、フォーメーションじゃなくて、オリエンテーションでもなくて、きっとなにかしら「ーション」なんだろう、なにか、なんだったか、言葉が出てこない、回るやつ、それで回しているのだろうか、毎日始業から終わりまでずっとこれだったらけっこうしんどいなと思ったが、そんなこともないだろうか、どうだろうか。
講習が始まるまで20分あって、そもそもブックファーストで本を買ったのは講習が始まるまでの時間になんか読んでいたいよな、楽しいよなそういうの、と思ったからで、どうしてだか1万円以上の買い物になってしまったわけだったが、20分あって、真っ先に大谷翔平の本が開かれた。それで、読まれた。大谷家の飼っている犬の名前がエースで、名付けを大谷がした、そのエースの誕生日が僕と同じ11月11日だと知れ、大谷の飼い犬になった気分になれた、ワンワン、11月11日といえば先日、与沢翼が11月11日生まれだと知って、さらに、中学が同じだったことを知って、なんだか得意な気になった、3つ上なので同じ時期に学校にいたことはなかったらしかった。大宮市立八幡中学校。
それで、講習が始まり、30分のショートコースで、交通事故は怖いな、と思いながら、一生懸命、話を聞いて、映像を見た、『寝ても覚めても』のマヤは、こういう映像に出演していたんだっけ、と思いながら見た。

新しい免許証を受け取り、出。スーパー寄り、帰宅、なんだか気づいたらもう夕方近い感じになっていてうんざりする、うどん食い。釜揚げで食べた。『Number』読みながら。2玉食べたらもうひとつ行きたくなり、追加茹で。腹いっぱい。しばらく大谷翔平本読み、野球は本当にいいなあ。二刀流という言葉。

「僕は使わないですね。誰が言い始めたのかわからないので……僕はそういう表現は使わないです。僕の中ではただ野球を頑張っているという意識でやってますから。(投手と外野とは)やるべきことは区別して取り組みますけど、(両方やることを二刀流などと表現して)そういうふうに区別することはないかなと思います」 石田雄太『大谷翔平 野球翔年 I 日本編2013-2018』(文藝春秋)p.36

以前、大谷はほとんど初めてのプロのプロ野球選手だ、投手でも、外野手でもなく、野球選手だ、ということを思ったというか日記でいつかに書いていたのだけど、そういうことだった。『両方になる』を読んで、読んだときに、『生きるように働く』と並べるとパラレルキャリアの本みたいに見えるし、大谷が表紙の『Number』と並べたら二刀流の本にも見えそうだ、と思った、両方になる、それもあったし、その『Number』でこの本があることを知った、野球のシーズンも終わってしまい、野球にまた浸っているためにというのもあり、買ったわけだったけれど、両方になる、ではない、両方である、というか、いやどう違うのか、それでもない、両方ではない、そもそも両方ではない、一だ、野球選手という一、それになる、それを究める、ということだった、そもそも、他の選手だって、野手であれば(DH専門や代打専門や代走や守備固め専門でなければ)打つことと守ることを別個にやっているわけだし、二刀流はシンプルにその延長とも言えた。延長というか、バリエーションのひとつというか。
それにしても大谷の言葉はいつもずっととてもよくて、それにたくさん触れられるのは幸せだった。
そのあと『アメリカ死にかけ物語』。少ししたら眠くなり、寝。めいっぱい寝た。バカみたいな気になった。疲れていた。
時間ギリギリに店に着き、前半は平日の前半として及第点という客入りで、夜いくらか来られたらバジェットには乗る、という様子だった、昨日がさっぱりだったからいくらか安心して、コーヒーをまず淹れて、ひきちゃんと少し話して見送って、さて、働くぞ、と思った、そのとき3人おられたお客さんが一人また一人と帰っていかれ、8時くらいで無人になった、さて、働くよ? と思いながら、やることもないので座って、メールを返したり、していた、9時になり、10時になった。どうやら今日の僕の店における仕事は洗い物だけということになりそうだった。
『大谷翔平 野球翔年 I 日本編2013-2018』の続きを読んだ。プロ1年目を終えたオフの時期の取材で、大谷はこう語っている。「ピッチングについては、抜けたボールを打ってくれてフライになったりとか、たまたまの結果もまだまだ数多くありますし、確実に低めを狙って、意図的にゴロを打たせるとか、狙ったところで三振が取れたりとか、そういうことがまだまだ少ないと思うので、そういうことがで」というところまでで左ページが終わり、開くと、「きるようになったら楽しいのかなと思います」。
大谷特集の『Number』で、メジャー1年目を終えた大谷は、楽しく投げられるイメージが湧かなかったから手術することに決めた、というようなことを言っていて、何度か同じようなことが言われていた、つまり徹底してクライテリアは「楽しくできるかどうか」であって、それはとても気持ちがいい、そう思っていたのだが、19歳のときにすでに、こういう発言があったのか、と思い、感動した。そのあとも、調子のいいときはど真ん中に投げることしか考えていない、それで十分だし、変に狙ってボールひとつ外れてももったいないから、というようなことを言っていて、19歳、かっこよすぎるぞ、と、何度も痺れながら、とにかく楽しい読書。
ところで「クライテリア」は千葉雅也を読んでいたときに知った言葉で「規範。尺度。判定基準。」という意味だそうで、いま人生で初めて使ってみた。

10時半、諦めて片付けを始めようか、と思っていたところお客さん。しばしば来てくださる方で、無人の店内を見て「もう閉めますよね」ということだったので、今日の僕の仕事っぷりについて話し、なのでむしろ仕事させてくださいというところで、ということを言った、茶を出し、サンドイッチをこしらえた。
すぐに仕事は終わって、座って、野球のニュースを見る。大谷が明後日だか、会見をするということだった。そこに、「日本記者クラブでの大谷の会見は、昨年11月11日、メジャー挑戦を表明して以来約1年ぶり。」という記述があり、11月11日、エースの誕生日、僕の、そして与沢翼の、ドストエフスキーの、カート・ヴォネガットの、レオナルド・ディカプリオの、誕生日。

浅村、楽天入り。

閉店後、『Number 965号 BASEBALL FINAL 2018 鷹が撃つ。』を熟読。帰宅後、『アメリカ死にかけ物語』。著者は詩人とかなんだろうか。どっかでそんなことをちらっと言っていたような気もするし、まったくの思い違いかもしれない。ともあれ、随所でとてもいい言葉をくれる。

アメリカでは人と顔を合わせることすら、嫌がられるようになった。どんな人とでも、向き合うことがきつくなった。おいおい、頼むよ、またお前の顔を見せるなよ。セクシーで、美しくて、悲しくて、グロテスクすぎるから。頼むよ、俺の目や、鼻や、口や、おでこを、哀れんだり、批判するような目で見ないでくれ。そうじゃなくて俺の写真を見てくれよ、俺も君の写真を見るからさ。それでいいだろ? リン・ディン『アメリカ死にかけ物語』(小澤身和子訳、河出書房新社)p.52

11月21日(水)

起き、出。早め。店にて、本の打ち合わせ。楽し。今度はどういうふうになるだろうか。
今日は昼の部というか11時から山口くん。昼間は久しぶりな気がする。開店と同時に変に忙しい感じになり、がんばれ、と思いながら、あまり手伝わないようにする。どんどん定食が出ていってどんどん仕込みが生じたので、横で仕込みをする。一日中仕込みをしていた感じがある。今日は7時閉店で、もともとは今週は木曜に休もうかと思っていたが金曜日から3連休ということを先週くらいに知り、だったら木曜日は休前日となり、休むのはもったいない日という位置づけになるので、どうしたものかな、と考えあぐねていた、どこかで休みは作らないとな、と思っていたが、なんだか決めかねていた、それで水曜に夜だけ休むことにした。なんだかうまくいろいろ考えられていない、来週は火曜と木曜が夜を閉める、という休み方になった、これで僕はどれだけ休めるのか、よくわからない。

7時で閉店して、見たい展示があったから行こうかと思ったが、8時までで、ギリギリだよなあとは思っていた、閉店して、そうしたら山口くんとあれこれ話し始めてしまって、その時点で展示は諦めた、それであれこれ話して、楽しかった、山口くんは帰っていった、8時半になって、どうしようかな、本を読んで酒を飲む、をしたい、と思って、どうしようかな、と思って、大谷翔平本とアメリカ本をリュックに入れてタラモアに行った、ビール、ポテトフライ、それからウイスキー、というつもりで行った、席に荷物を置いて注文しに立つと、なんか見知った顔があるような気がして、見ると、武田さんで、それからたかくらくんで、それから知らない方だった、お、やあ、どうも、ちょうど阿久津さんの名前が出たところだった、ということだった、ビールとポテトを注文して、少し悩んだ、自分の席に戻って本を読むのと、彼らと合流して酒を飲むのと、どっちが楽しいだろうか、と少し悩んで、きっと飲む方だろうなあ、と思って、混ざらせてもらって、彼らはやたらたくさん食べ物を頼んでいた、フィッシュ&チップスがあり、チリコンカンがあり、マッシュポテト的なものがあり、豆の煮込みみたいなものがあり、このあとアマトリチャーナも来る、と誰かが言って、すごい名前の人だな、と思ったら、そうでなく、パスタだった。
キャッシュオンなので、もうお金を払う必要がない、タダで食べられる、という変な楽しさをたかくらくんが見つけて、たしかにw すごいだいぶわかるww 還付金で買い物したら無料でなんか買えた気になるのとなんか似てるやつだwww と思って、タダ、タダ、と私たちは言った、タダイズム。たかくらくんがしつこくずっと言っていて、しつこく最後まで言っていた。僕が頼んだポテトは机に乗り切らなかったので、もともとあったポテトの皿に流し込んでもらった。 見知らない方は僕は大学が一緒だった、僕のひとつ下の学年の方で、ゼミが一瞬同じだったらしかった、サークルの知り合いたちと友だちとのことだった、ませさんだったか、ますださんだったか、最初に聞きそびれて、途中で確認する手もあったが、名前というものはその場にいる限り、わからなくても問題がなく、最後までよくわからないままでいた。ませさんだったろうか。『新潮』の「差別と想像力」のことを少し話を向けてみたかったが、話すきっかけを得そびれて、たかくらくんが今『シュルレアリスム宣言』を読んでいて、それの話を聞いたりしていた、ブルトンのそれを僕はどうして買ったのか、買ったけれど最初から読む気のないという珍しい買い方をしたのか、持っていて、今度読んでみたいと思ったし、それよりも訳者の巖谷國士のシュルレアリスムについての講義みたいな本の話を聞いたらそれが読みたくなった、ユートピアとラビリンス。彼らが今日乗ったタクシーのドライバーは神社神社神社あ神社言い過ぎだ云々と、ずーっと一人で早口でしゃべる人で、たかくらくんとましこさんは石になっていた、武田さんは自分たちの身の危険を感じて、人間として扱わないと自分たちの精神が食われる、というたぐいの危険を感じて、随所であいづちを打ってみるものの、全部がスルーされてとにかく一人でしゃべっていた。発車して以降、コミュニケーションが成り立ったのは支払いのときだけだった。
店を出て、彼らの入っているオフィスに、キウイをもらいに寄って、彼らのブースは夏に見たときはただの敷地だったものが、立派なやぐらができていて、カウンターのテーブルができていて、壁ができていて、こんなに広がったんですね、と言った。そこで最近たかくらくんが書評を書いた『美術手帖』のその書評を見せてもらうと、見事で、数百字でこんな遠くまで飛ぶことができるのか、と僕は感嘆して、感嘆した。キウイをもらって両方のポケットに入れて、帰った。
帰ると、テーブルの上に同じ『美術手帖』があり、飲んできた、武田さんとかと、という話をして、たかくらくんという人とかと、という話をして、たかくらくんってこの? というその書評を遊ちゃんも読んでいて、ちょうど遊ちゃんは最近川上弘美の『大きな鳥にさらわれないよう』を読んでいたところだった、書評を読んでいて、これ見事だよねえ、という話をした、酔っ払って、風呂に入って髪を切って、酔っ払っていて、食べ足りなかったので帰りに買ってきたポテチを開けてウイスキーをグラスに注いで、ソファで、『アメリカ死にかけ物語』を読み始めたが、すぐに朦朧としてきて、ポテチを食っているということは記憶にある、遊ちゃんが歯ブラシを持ってきて口に入れてくれたことも記憶にある、眠りながら歯を磨いて、時間を見たらちょうど12時になるところで、布団に入った。

11月22日(木)

金曜日だと思ったら木曜日だった、何度も金曜日だと錯誤した、だから、9時間以上寝た、それなのに朝は過酷なほどに眠くて、どうにか店に行った、昨日山口くんがいたおかげで仕込みはかなりのところできていたので朝はゆっくりした心地で、コーヒーを淹れて、なんとなく暗い気分だった。
時間があったので銀行に行って事業税を払って、ふーむ、と思ってから開店した。

午後、大谷翔平本を読んでいた。僕はどうもなにか自分の言葉でちゃんと話す人が大好きで、自分の言葉でちゃんと話すというのは不要な謙遜であるとか卑下であるとかをしない、ということとも通じて、大谷はそういう言葉を最初からずっと話しているように見える、それがひたすらに気持ちがいい。この本はおそらく『Number』の連載をまとめたもので、わりとただ並べただけなのか、何度も同じエピソードが出てくる、それはこの本を否定的に見るための材料にもなるだろうし、繰り返されることで頭に染み込んでくるという点でいいことのようにも思える。僕はわりと後者の感覚で読んでいて、大谷は自分のことを「羽生世代」と呼ぶ。という話も二度出てきた。僕は、羽生は、フィギュアスケートの羽生だが、読み方がいつもわからないというか、素直に読むと「はぶ」になる、でもたぶん違うはずだった、調べる——やはり違った、「はにゅう」だった、「はにゅうゆづる」、羽生結弦だった、ほとんど一度もというレベルでこの字面を、音で聞く機会が僕にはなかったということもあるだろうし、先行する音はいつも強い、羽生善治。だから、というわけでもないが大谷も、3年目くらいまでは僕はわりと「おおや」で、小中学校と野球、テニスと一緒にやってきた大谷くんが「おおや」だったから、「大谷」は「おおや」の印象が強かった、なかなか拭えなかった、でもおかしなものでこうやって「おおたに」に馴致されていくと今「テニスと一緒にやってきた大谷くんが」のときも、「おおや」で打つべきタイミングだったが「おおたに」と打っていて、そういうものだった。

昨日「忘年会」という言葉が聞こえて、それの影響があるらしい、気分が今日から年末になってきた、年末になるとはどういうことか、それは「今年はもういいや」という気分になるということだった、今年はもう十分にがんばった、働いた、よくやった、今年はもういいや、また来年がんばろ、そういう気分になるということだった。
もしかしたら、明日からの3連休が、というか23日という祝日が、天皇誕生日を想起させているのかもしれない、それで、いよいよの年末感がもたらされているのかもしれない。来年がんばる。全部来年。2019年。

2015年。大谷の2015年が終わり2016年が終わり2017年が終わった、この本ももう終わるようだ、読んでいると徹頭徹尾、自分がどこまでいけるのか、という姿勢で野球をやっているように見えて、相手がどうとかではなく、自分がどこまでレベルを上げられるのか、どういう景色を見られるのか、そういう戦いをしているように見えて、清々しい。相手と戦うことが清々しくないということでは全然ないけれど、だから、清々しいというか、なんだろうか、登山とか、というか、小説でも音楽でも映画でも絵画でも写真でも演技でもなんでもいいけれど、そういうものと変わらないようななにかであるように見える、店だって同じかもしれない、僕も毎日、一日一日、今日もやりきった、なにも後悔はない、誰にも負けないだけ努力した、そう思って納得してから寝ているわけだから、完璧に同じだった。両方になる。
そのあと、今朝の記者会見の詳報を読んでいた、サンスポ、ページ分割ここに極まれり、という記事でうんざりした。

——アメリカで自伝が発売されたが
「分からないです」
——どう思う
「うれしいんじゃないかなと思います」
【会見詳報(6)】大谷「個人的には神話のなかの人物だろうなと思うくらい」:イザ! https://www.iza.ne.jp/kiji/sports/news/181122/spo18112212500033-n2.html

大谷は取材とかでは「思います」を多用する人でこれはなにか慎重さとかの表れなのかなと思っていて、よかったかなと思います、とか、なんか面白いというか好きなのだけど、このやり取りはいったいなんなんだwww と思って笑った。

夜、暇だった、今日は休日前夜だから忙しくなってくれるかなと思ったら、暇だった、オーダーいただいた紅茶を届けに行ったところ、読んでいるページが指さされ、見ると、知った誌面があった、濱口竜介特集の『ユリイカ』に書いた原稿だった。あ、それ、と僕は言い、あ、なるほど、濱口濱口と思って読んでいたら開いたら僕の名前があってびっくりしたっていうかっこうか、それは驚くよなあ、と思ったため、「それびっくりしますね」と言った、びっくりしました、と言っていて、なんだか愉快なやりとりだった。
『ユリイカ』は、このケースは初めてだけど、『ユリイカ』のエッセイで知って来ました、と教えてくださった方がこれまで二人あって、それは僕はうれしい経路だなと思う、思うし、それはすごい経路だなとも思う、なぜならば、そもそも読みたかった濱口竜介特集といえど、評論ならまだしも、エッセイとか、まるで見知らぬ名前のエッセイを読むかどうかというのはきっと微妙なところで、そこで、読んでくれた、そして、そのあと、たぶん奥付にプロフィールが載っているのではないかと思うのだけど、確認していないからあれだけど、多分、「阿久津隆(あくつ・たかし)fuzkue店主。『読書の日記』」とかあるのではないかと思うのだけど、わざわざ「誰だろう」と思って奥付に行ってくれた、そして、「fuzkueってなんだろう」と思って、わざわざ検索してくれた、そして、わざわざ来てくれた、という、これは偉大な経路だった。

夜、最後まで暇だった、『アメリカ死にかけ物語』読む。ずっとアメリカに住んでいるベトナム人男性、ということだけは知っていた、そのあと、読んでいて知った事実。著者は50歳、アメリカを旅しながら文章を書いている、詩人、8冊の本を出している。
ゼーバルトの名前が出てきた、以前、ゼーバルトがいたイースト・アングリア大学のフェローシップがどうとかでそのあたりに暮らしたことがあった、ゼーバルト。その名が出るだけで、なんなんだろうか、この、胸に広がるこのなんかは。
閉店後、しょうくんが久しぶりに来てくれていて、しばらくソファに腰掛けてあれこれと話した、いつ話しても率直な気持ちのいい、空気のような男だった。

帰り、雲が変なマットな不思議な質感で出ていて、ただそれだけだったけれど写真じゃ切りとりきれないから、話せば白々しくなるから、連れていきたい気持ちになったため遊ちゃんに帰宅後開口一番「雲が面白いよ」と言って、一緒に出て、家の前の通りにふたり並んで、ほうけたように空を見上げた。

寝る前、体が乾いて、さっき塗ったばかりのワセリンとステロイドをもう一度塗りながら、まだアトピーなんだなあ、とふいに思った。34だっけ、33か、33歳、まだアトピーなんだなあ、思ってもみなかったな、大人になったら治るのだと思っていた、と思って、『アメリカ死にかけ物語』を読みながら、寝た。

11月23日(金)

開店前、『アメリカ死にかけ物語』。ベトナム人が見た『地獄の黙示録』はそうか、こういうふうに見えるのか、という、というか、ベトナム人が『地獄の黙示録』を見てどういうふうに見るかなんてこれまで考えたこともなかったことに気がついた。曰く、ベトナム全然こんなんじゃないからね、ということだった。という、決して愉快な話を読んでいたわけではないのに、開店前、階段に腰掛けて、煙草を吸いながら、読んでいると、気持ちが清々しくなるようだった。

ご予約が、たくさん入っている日だった。12時半くらいには実質的に満席という状態になり、オーダーは一気呵成で、かつ、こなすのがハードなタイプの組み合わせのオーダーだった、ひいひい言いながらやりながら、満席なんですとか、満席になるんですとか、空いたらご連絡するとかしましょうかとか、やっていた。山口くん早く来て! と思っていて面白かった、頼っている。という。 夕方、その山口くんが来て、勢いは変わらず、僕は7時には電池が切れた、完全になんだか糸が切れた感じがあって、ちゃきちゃき体は動くけれど、それはもう気持ちとか、疲労とか、関係ないから。もう自動だから。ちゃきちゃき体は動くけれど、電池は切れていて、疲れた、太もも、ふくらはぎが、立っているだけで疲れた、どうしてこういう疲れ方をしているのだろうと考えたが、なにも考えなかった。
疲れ切ってコーヒーを淹れて、外階段に座って飲んだ、煙草を吸った、狭い、建物と建物のあいだの狭い狭い空に、満月がぽっかりと、薄い雲の次のレイヤーに出ていてそれがちょうど見えて、息をついた。冬みたいだと思った。帰って、常備しているウイスキーが1杯分しかなくて、たまにはそれでいい、と思って、本読んで、ふくらはぎの張りを意識しながら寝た。

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