本の読める店

読書日記(107)

Entry diary107

10月13日(土)

まだ暗い時間に遊ちゃんが起きていてその気配で目が覚め、眠れないの? と聞くと、起きたの、ということだった、5時に家を出て京都に向かう。出張との由。たいへんな早起きだということにまず驚き、5時という時間はもう少し朝なのかと思っていたがまったくまだ夜だったことに驚いた。いってらっしゃいと言って、眠った。
起きて、店。今日も忙しい始まりで、始まりの始まりはゆっくりだったがたちまち忙しいことになり、満席の状態が続いて、ワタワタとやっていたら気づいたら6時、誰もいなくなっていた。おやまあ! と思って座って、日記の推敲をしたりしていたら、ぽつ、ぽつとお客さん来られ、夜もまた満席近くまでいった。6時のあの瞬間はなんだったのだろうか、完全入れ替え制みたいな一日だった、いったん座ってクールダウンしてしまったからか、夜、すごく疲れて、元気がまったく出なかった。すごく暗いことばかり考えていた、もう完全に未来が暗い、もう終わりだ、そんな気分だった、バカみたいだった。
たぶん手のせいでもある、手が痛い、先々週くらいにいつも洗い物時に使っている「ポリエチレン手袋」と書かれただからきっとポリエチレンという素材なのだろう使い捨ての手袋が切れて、それでスーパーでゴム手袋を買った、使ってみたところ使い勝手がよく、これはこっちの方がいいかもなというところでそれを使っていたら、手が今までとは違う荒れ方をして、指の股であるとかそういうところがきつくなって、なんとなくズルズル使っていたが今日やめて元のポリエチレン手袋に戻った、

ここまで書いて、なんだか、もう全部が嫌になった。
閉店後、洗い物をしながら、今グラスを割ったりでもしたら全部が終わるなと思いながら、洗い物をしながら、自分の洗い物の食器のぶつかる音だけで苛立ちがどんどん増幅されていった。増幅された苛立ちはさらに手を荒くさせるから、

つかれた

閉店後、ご褒美と思って、InDesignを触っていた、12月分が終わった、よかったね

閉店後、『Number』を、飯食いながら。衣笠祥雄の記事とそのあと江夏豊と古葉竹識の記事。どちらもなんかやたら面白い。それにしても古葉竹織、江夏の21球の、山際淳司の『スローカーブを、もう一球』で名前を知ったけれども、それにしてもきれいな名前というか、古典みたいな名前ですごい。古事記、万葉集、竹取物語、紫式部、みたいな。あれ、紫式部、織部かと思って、思ったんだけど違った。まあなんかありそう、織。あるでしょう。きっと。

暗い気持ちのまま帰って、帰ったところ遊ちゃんが廊下をたたたと走ってきて「どーん」と言いながらお腹にぶつかってきた、そのときは大した反応もできなかった、シャワーを浴びながら、「どーん」を思い出していたら、気持ちがほぐれていくのを感じた。すっかりほぐれた。救われ。
寝る前、『マーティン・イーデン』。原稿がとうとう売れ始めたとおもったらなんか島を買おうかなレベルに一気に裕福な感じになっていって笑った。よかった。

10月14日(日)

靴ずれ。どうしてだろうか。満身創痍と思って、自分を気の毒がった。開店前、というか店に着くなりInDesignを触り始める。開店までに10日分終わる。本当に何をやっているのか。
日曜、忙しい日だった、淡々と忙しい日をこなしていった。途中、外で一服しながら、宇田智子の『市場のことば、本の声』を少し読んでいた、エッセイ、と思い。静かに優しく染みていく言葉たち。久しぶりに開いたがやっぱり心地よかった。

菅野、クライマックスシリーズにて、ノーヒットノーラン。

閉店して、またInDesignを開いて、1月分を終わらせた。1月、ピンチョンを読んでいる。帰って、ロンドンを読んでいる。最終盤。盤石。盤。なんだか「最終盤」と打ってはみたもののあまり意味がよくフィットしない、最終・盤。という感じがする。最後のレコード。そうでなく、もうこれはいよいよ終わるよ〜という終盤、ということで、最終盤。ロンドン。大金持ち。大盤振る舞い。あ、盤。

なぜ今になって招待してくれたんだろう、と自問した。俺は変わってなんかいやしない。あの頃のマーティン・イーデンとおんなじだ。どんな違いがあるっていうんだ? 俺の書いたものが、本の表紙の内側に現れたという事実なのか? だけど、そんなのはもうやってしまったことじゃないか。あれからは、大したことなど何もやってないじゃないか。そういう仕事をやってのけたのは、ブラント判事が世間と意見を共にし俺のスペンサーや知性をあざ笑った当時のことだ。だから、判事が俺を食事に招いたのは、真の価値のためではなく、まったく虚像の価値のためなんだ。 ジャック・ロンドン『マーティン・イーデン』(辻井栄滋訳、白水社)p.425,426

「もう大分前に、君の『鐘の響き』を何かの雑誌で読んだよ」と、彼は言った。「ポウと変わらないね。僕はそのときに、すばらしい、実にすばらしい、って言ってしまったよ」
そうですね、そのあと二度、あなたは僕のそばを通りすぎましたが、僕には気づかれませんでしたよ、とマーティンはもう少しで口にするところだった。あの時はいずれも僕は腹をすかしていて、質屋へ行くところだったのです。でも、すでにやり終えた仕事ですよ。あの時は気づかないで、なぜ今は気づいたのですか? 同前 p.439,440

すでにやり終えた仕事。この感覚はよく知っている。

外で煙草を吸いながらTwitterを見ていたらヨ・ラ・テンゴのライブの映像があって、それは2階席から撮られたものだった、1階の最前列であるとかでぼんやりと、両腕を頭の上で輪っかの形にしている人たちがたくさんあって、なんのポーズなんだろう、と思ってよく見たらその人たちはスマホで動画を撮っている人だった。いちばん見えるところまでわざわざ行って、ディスプレイ越しにライブを見る馬鹿らしさをこの人たちはどう考えているんだろう。単純にその後ろにいる人たちからしても景色として美しくないし、というのは付け足しで、そもそも人の体験なんだから勝手だけれども、勝手だとは十分に知りつつ、苛立ちというのか憤りというのかを抑えられない感覚になった。体験を大事にしろよと、目の前にもしいたら、泣きそうな顔で怒りたくなるだろう。その人の自由だから、そんな説教にはなんの正当性もない、そのこと、そのもどかしさが僕を泣きそうにさせるのだろう。わかってる、わかってるんだけど、だってさ、だって、あまりにも、あまりにもそんな、馬鹿げた、ことを……

10月15日(月)

昨日は感じていなかった疲れを感知して、体がどっさり重い。そりゃそうなんだよなというか、そのはずだったんだよな、昨日はなんで、疲れも大して感じず、InDesignを触ったりイラレを触ったり、遅くまで本を読んでいたりしたのか、そちらの方が不思議だった。
だから、疲れながら働いた、ゆっくりで、静かだった、長い時間、InDesignを触っていた、外で煙草を吸いながら、宇田智子を読んでいたところ終わりのページに着いた。この、3ヶ月以上のあいだ、途中で手に取らない時期を挟みながら、つまり、目の前の積み上げている本の下のほうに段々と位置が下がっていく、そこでとどまる、そういう時期を挟みながら、煙草を一本吸うあいだにふたつみっつのエッセイを読むという、バタバタ忙しい日とかにも、階段に腰を下ろして、開いて、ふっと肩の力が抜ける、そうやって読み継がれてきたこの一冊は、なんというか、本といい付き合い方ができたなといううれしい気持ちがあった、だから、だからというのか、「読み終わる」という言い方は少し違った、そういう直線的なものではなかった、「終わり」という言葉は違った、しかし代替の適当な言葉が見つからなかった。

2018年2月。怒られたり怒ったり喧嘩したりしている。そういう時期を見返してみると、ずいぶん平和になったもんだと思う。

夕方、たまに来てくださる方が、ベン・ラーナーとかの置いてあるところで何か一冊取って、戻して、そのあと日本人作家コーナーのところを見上げて、席に戻った、それを見て、もしかして、と思って、コーヒーをお出しするときに、お出ししようとしたら濱口竜介特集の『ユリイカ』があったから確度高い気がすると思いながら、勘違いかもしれないんですけどさっき『新潮』探してました? と聞いてみると、そのとおりで、買ったんだけど持ってくるの忘れちゃって、ということだったので、えっへっへと笑って、持ってきます持ってきますといって、僕の目の前のところに積んである『新潮』を取ってお渡しした、昨日もどなたか『新潮』っぽいよな〜あれは、というものを読んでいる方を見かけた。11月号、人気らしい、と思っていたら、2月、3月号の『新潮』をよく見かける、と書いていた、これはリレー日記の号だった、11月号はなんだろうか、「アイオワ日記」だろうか、僕は、そう。
2月分が終わった。1日10日ではなくて1日1ヶ月になっている。肩が重くなった。
そのあと、『マーティン・イーデン』。終わった。なんかずいぶんよかった。いろいろ移入しまくりながら読んでいた気がした。

閉店後、面接。 コーヒーを淹れ、僕はビールを飲んだ。なにを聞いたらいいのかこういうときいつもわからなくて、最初からわからなかった、Twitterを見ていたら文章を書いたりすることを「文字を書く」という言い方でしていましたけど、あれってどういうことですか? というのが最初の問いだったろうか。
頭と手がもっと直接つながっているような気がします。僕は表現という言葉が苦手で、作業という言葉を使いたいです。それはつまり、キャッチーさっていうことですか? キャッチーさでももちろんあるんですが、ちゃんと伝えようとすること、伝える努力を放棄しないこと、そういうことだと思っています。でも、映画の表面って、画面かもしれないですよ。そういう、この場面を見たのは自分だけなんだなというそういう瞬間を見た時、幸せを強く感じているようです。僕は、わかりあえないということをわかりあいたいんです。それが僕がいちばん喜びを感じることのように思います。「三月の5日間」で、好きな場面はいくつもありますが、やっぱりいちばん好きなのは、わかるよね、うん、わかるよ、というあの瞬間なんです。合意形成の美しさを僕は思っています。フヅクエというこの場においても、お客さんはこの長々としたメニューを読んで、言葉は交わさずとも、店と、それから他のお客さんと、合意形成しているように思う、理解したよ、この枠内で十全に楽しむよ、という、それを感じる瞬間、僕は喜びます。幸せな時間でした。額面通りに受け取ります。
どれかが僕の言葉で、どれかが応募者の方の言葉だった。2時近くまで話して、終わりにした、帰って、それから『エコラリアス』を開き、ちっとも頭に入ってこないので少しでやめ、プルーストを開き、ちっとも頭に入ってこないので眠った。

10月16日(火)

眠くて、起きるのが辛かった、起きた、店行った、階段を上がっていたらちょうどひきちゃんが後ろから上がってきて、おはよう、と言った。コーヒーを淹れて飲みつつ、仕込みをしながらひきちゃんとお話。並んでなにかしていると、一緒に働いているという感じがあって、よかった。
開店し、少ししたら仕込みも終わったのでよろしくさんと言って辞し、帰宅。お昼ご飯はうどんを茹でるつもりだったが、とんかつもいいよなあということになり、遊ちゃんと出、以前にとんかつさんに教わったとんかつ屋さんであるところの武信に行った、それで、あれやこれや話しながら食べる。おいしかった。ご飯とキャベツをおかわりした。
で、少し歩きたいねとなり、じゃあパドラーズ寄ろうとなり、パドラーズコーヒーに行き、僕はカフェラテ、遊ちゃんはコーヒーをテイクアウトし、出、歩き出してわりとすぐに遊ちゃんがカップを落とし、全損。笑い、戻り。たぶん、落としたといったらきっと無料でもう一杯もらえてしまうから、そう気づかれないように頼まないとねといっていた、僕はニヤニヤしながら見ていた、遊ちゃんは「コーヒーをもう一杯ください」といい、それ以外はないとも思いながらも、それはなんだか正しい適切な言い方だなと思った、あたかも、せっかくだからこれから会う人にも買っていってあげようと思って、という感じがなんとなくトーンの中にあった、それでつつがなく受け取り、支払い、でもカップを二つ持って歩くのも歩きにくいだろうと思い、それは捨ててもらったら? といって、出したら「袋に入れましょうか」といわれ、そうだよな、二つ持って帰るっていうところでそういうふうな気遣いがあるよなと思い、あの、落としちゃって、捨ててもらってもいいですか、とお願いすると、あ、そういうことなら、とそのときにいた二人のスタッフの方がお金を返そうとしてきて、大丈夫です大丈夫ですと笑いながら出た。
そのときは無事お金を払って買い直せたと思ってよかったと思っていたが、今こうやって書きながら考えてみると、いやそのときだってうっすら感じてはいただろう、落としたという事実を最後に知らせることはなにか卑怯だったのではないかというような気がしてきた、こちらの瑕疵ですからちゃんとお金は払いますよ我々はそういう人間ですよということを、なにかアピールするような振る舞いになってしまったのではないか、となにか思い始めた。僕らはというか僕は、カップは捨ててもらいなよと言った僕は、知らせたかったんじゃないか、というような、気がしてきた。どうか。恥ずかしい。
で、歩き、目の前を若いお母さんと幼稚園終わりの男の子が歩いていて、幼稚園というのは早い時間に終わるのだなあ、と思った、男の子はかっこいい髪型をしていた、だっこをしてほしいということで、途中からだっこをした、重そうだった、お母さんはどこかの帰りで、ヒールのある靴を履いていて、これで重い人間を抱っこして歩くのは大変だろうなと思った、今日のお弁当のことを聞いていた、いろいろと息子に聞いていた、それをわりと近く、後ろを歩きながら見ていたら、なんだか感動していった。西原のスポーツセンターがあって、運動をしたいよねという話を最近していた、西原のスポーツセンターなのかなという話も出ていたこともあり、見ていく? と遊ちゃんが言ったためそうしようと中に入った、入ると、遊ちゃんは以前来たことがあった、レイアウトがいろいろと変わっていて、驚いていた、ランニングマシーンが10台くらいあり、広々と、快適そうだった、プールもあるしスタジオもある、一回400円で使える、これは、ここかもしれない、ここに来て走ればいいのかもしれない、そう思った、スタッフが入って独り立ちして店をもう少し離れられるようになったら、僕は運動したい、と思った、遊ちゃんはヨガをやりたい、チラシをもらった。

帰宅して西原のスポーツセンターを調べると夏に「フィットネスクラブ大手のティップネス(港区)などが指定管理者となり」リニューアルしたとのことだった。それから、僕はまたInDesignを触っていた、3月、一週間分やって、眠くなった、植本一子の『フェルメール』を開いて、読み始めた。少し読み、面白くなり、眠くなり、遊ちゃんは仕事に出、僕はタオルケットをかぶって昼寝をした。起きて、店。ひきちゃんとバトンタッチ、今日はゆっくりな日だったようで、夜もゆっくりだった、だから、一日を通して暇な日だった、僕はやることもなく、たいていの時間は座って、InDesignを触っていた、3月、わかりあうこと、わかりあえないということも含めてわかりあうこと、という、昨日の夜に話していたことが書かれていた、同じことをずっと思っている、それはそうというか、3月なんて、半年前でしかなかった、同じことを考えていてもなにも不思議ではなかった。3月が終わり、4月に入った。どんどん進めたいらしかった、肩が重くなっていった。

ここのところ休憩しながらであるとか、スマホでなにを見たらいいかわからない、と思う思いが強くなってきた。なにを見たら平和な気分だけで済ませられるのかわからない、はてブを開いてもギスギスしているし、どうしたらいいのかわからない、平和なインターネット、どこにいるんだ、と思って、戸惑っている。
閉店後、トイレに入って座ったところ、便座の冷たさに「おっ」と驚いた、そういう季節になってきた。
帰宅後、『エコラリアス』、それから『プルースト』。

10月17日(水)

起きて、『ものするひと』を読んだ、なんだかじんわりじんわりと、よくて、なんだか切ない、なんでだか人ごととも思えないような心地になりながら、読んでいて、途中でうどんを茹で始めて時間を計ろうとiPhoneを取ると3つのLINEの通知が並んでいて「やさしい味がしたよ」「六本木で、食べてみたかったシェイクシャックのハンバーガー食べた」という遊ちゃんからのものと、「fuzkueの誕生日おめでとうございます。5年目に入ったのですね。お父さんが気付いて教えてくれました。何だかすごいなと思います。これからも体調に気をつけて営業してください。ところで お味…」という母からのもので、なんというか、幸せな心地になった、5年目に入った、ということ、10月17日だったこと、それを初めて思い出した、『ものするひと』は遊ちゃんがこれ柴崎さんが帯書いてたり滝口さんが対談してるよと今朝、出る前、言っていたような記憶があった、眠りながら聞いていた、それが机にあったので、開いて読み出した、シェイクシャックは、『公園へ行かないか? 火曜日に』を読んで、遊ちゃんは食べ物の場面にそういえば反応していた、シェイクシャックも食べてみたいと思ったと言っていた、それを今日のお昼に、食べたんだね。俺はうどんを食べるね。

『ものするひと』、あんみつ、テナント募集、のページでゾゾゾゾゾとなり、すごいページだった、言葉が乱舞する、遊戯、濱口竜介の『何食わぬ顔』の電車の中の辞書の読み上げを思い出してそのままサッカーの場面を思い出して、遊戯、遊戯や演技、が現実を切り裂くというか、現実に切れ目というか裂け目というかを入れるそういう瞬間に僕は強く惹かれる、ゾゾゾゾゾとなり、存外に時間がなくなり急いで家を出、代々木公園駅に出た、出る前にスイッチコーヒーでコーヒーを買い、ケニアとのこと、おいしい、電車に乗り、副都心線、また各停でゆっくり地下鉄赤塚駅まで出ようと乗り、プルーストを開く。「ある想起の欠落は、読書の文章の一部分に欠落があるときのように、不正確な意味よりもむしろ正確な意味をさっとはやく呼びだすのに好都合なことがときどきある」とあり、よかった。

それ以前にはとりわけ背の高い少女のことを考えていた私にとって、この午後から、私の心を領しはじめたのは、ゴルフのクラブをもった、シモネ嬢と推定される少女ということになった。他の少女たちと歩いている途中、彼女はよく足をとどめ、そのようにして、彼女を大いに尊敬しているらしく見えるその女の友人たちのあゆみまでむりにとどめてしまうことがあった。私はいまでも、そんなふうに立ちどまった彼女、その「ポロ」の下にかがやく目をもった彼女を、ありありと思いうかべる、——海が背景で、そのスクリーンの上に映るシルエット、透明な、コバルト色の空間と、このとき以来流れさった時間とによって、私からへだてられたシルエット、私の回想のなかの、うすい一片の、最初の映像、このとき以来過ぎさった月日のなかにしばしば私が投影した顔の、欲望され、追求され、ついで忘れられ、ついでまた見出された映像、そして、私の部屋にいる一人の少女を見て、おもわず、「ああ、彼女だ!」と心のなかで私に叫ばせることができた、あの映像を。 マルセル・プルースト『失われた時を求めて〈3 第2篇〉花咲く乙女たちのかげに 2』(井上究一郎訳、筑摩書房)p.238

うっとりと読んでいたら、車掌さんのアナウンスに、今日も西武線をご利用いただき、とあり、そういえばさっきの停車駅が西武線との乗り換えがどうこうという駅だったから、それに引っ張られて車掌さん、言い間違いをおかしたぞ、これは副都心線だぞ、と思った、それはあとで思い出した、それから、まだだっけ、まだだっけ、とときどき案内のデジタルサイネージを見上げていたら、あれ? なんか、違和感、と思って、練馬駅に着いた。練馬って、違くない? と思い、なにかがおかしい、今どこだ、とグーグルマップを開いたら明後日の方向にいた、降りて、池袋まで戻って東上線、乗りながら何が起こったのか見ていると、副都心線の一部は小竹向原で西武線になる、ということみたいで、僕はそれに乗ってしまっていたらしかった、東京メトロと西武線が同じになるという事態が、そう言われてもしっくり来ず、なにか間違った、ずれた世界にいるようなゴワゴワした感じがあったが、もうそういうことなのだろう、ともあれ、ときわ台には無事たどり着けた。公園に向かい、鈴木さんと合流した、キャッチボール。そこはわりとちびっこたちが激しくサッカーをしたりしているところだったので、僕らは近い距離でゆるくゆるく、話しながら、30分ほどキャッチボールをした、もう、それだけで十二分に楽しかった。4時になるので駅に行き、優くんと合流、鈴木さんの物件に行く。今日は施工管理の荒井さんといろいろの打ち合わせで、僕らはそこにいて、ほとんど無関係に過ごしていたが途中途中で「こうでは」と口を挟んで、面白くいた。施工開始時期が迫っているとのことでわりとシビアなシリアスな話し合いがおこなわれていた。
終わり、荒井さんと別れ、三人でぷらぷらとときわ台を歩いて、なんだか賑わっている居酒屋に入った、入って、鈴木さんが始めようとしている本屋+読書喫茶的な店のことを、あれこれ、あれこれと、ずけずけと僕らは話した、店のことを考えることは僕らにはあまりに楽しいことらしくて、なんだかバカみたいに楽しかった、いくつか、いいことが決まったような気がする。野球が放送されていた、菊池雄星が、打ち込まれるところを見た、2対3、2対5、2対6、一気に打ち込まれた。 鈴木さんは明日の午前中までの宿題があるということで、シビアな局面だった、飲んでる場合じゃないですよ! 早く図面修正しないと! と笑ってお別れし、優くんと僕はもう一軒行った、デイリーコーヒースタンドの話、フヅクエの話、あれこれとし、ずっと面白かった。デイリーコーヒースタンドは、本当に真面目に町のコーヒー屋としてあろうとしている、この真面目さは、あまりに好きなたぐいの真面目さだった。

別れ、電車のなかでプルーストを読むも頭にもう入ってこず、眠気との戦いにすらなった、電車を降りた、松屋があった、ときわ台の松屋を何度も見ていたからか、今日は松屋と思って入って、入ったら大幅にレイアウトもオペレーションのシステムも変わっていて、ほう、と思い、プルーストを開きながら食べたが、目はほとんど文字のうえを滑っていくだけだった。

帰り、プルーストを開いても仕方がないことはわかっていたので、『ものするひと』の2巻を読んでから寝た、ずっと面白い。続くのか。漫画はこれが苦手で、『A子さんの恋人』もべらぼうに面白く読んでいたらまだ続くことが知れ、そしてそれが出るのはまだだいぶ先らしいと知れ、それで4巻の途中くらいで切り上げて、そのままになっている。

10月18日(木)

店、チーズケーキを作り、鶏ハムを作り、店を開けた、ゆっくりだった、主に、InDesignを触っていた、4月が終わり、5月に入った、4月も5月も疲れている、夜になった、そろそろ、やったほうがいいよな、やったら、楽になるよな、そう思って、依頼をいただいた原稿に着手したところ、たちまち書けた、1700字。それを、書いた原稿みたいなものはどれもいつもまず遊ちゃんに送って読んでもらう、そうすることにしているので送ろうと、InDesignで組んで、流して、PDFにして、ということをやっていた、そちらの作業のほうが書いている時間よりも長かったくらいだった、そういうものを作って送りつけ、読み直しながら、何度か推敲というか修正をして、それで、送った。宿題が済んだというかいったん手から離れて、楽になった。肩の荷が降りた。もっと早くやればよかった。
ゆっくりな営業で、やることも大してなく、本を読んでもよかったが、またInDesignを開いた、5月分を進めていった、そうしたら、閉店してからもしばらく続けたところ、5月も終わった。あと4ヶ月分、これから、ひとつきごとのページ数がたしか増えるが、それにしても、あと4ヶ月分、だいぶいいところまで来た、僕をいま突き動かしているのは、全部終わらせて、ひとつのファイルに統合して、うっとりしたい、という欲望だった。

帰り、グローブに油を塗ったら靴にも油を塗りたくなり塗り、それからプルースト。昨日松屋でうたうたと目を滑らせて、やめたところ、エルスチールの「カルクチュイ港」という絵画の描写のところから読み始めた、キャンバスの中で生起していることが、仔細に描かれていく、4ページくらい、絵の描写が続く、それが、眠い状態だと一切なんのことかわからなかったが今晩は違って、わあ、わわわ、となりながら読んで、一気に面白い、どういう絵なのだろうと気になって検索すると、エルスチールの絵はターナーやマネやホイッスラーといった画家たちの絵が参照されているということだった、そういう研究をしている人がやっぱりいるのだなと思って、胸熱な気持ちになった、『プルーストと絵画』という本も出ている。
そのあと、シモネ嬢と鉢合わせる。これまで読みながら語り手はこの地でアルベルチーヌとも出会うしシモネ嬢とも出会う、どちらも大事な存在になる、ということなのかな、と思っていたら、アルベルチーヌ・シモネ、だった、しかし僕のそれもあながち見当違いでもなく、印象の絶えざる刷新がこの小説ではあるけれども、「何かの誤解や発見や、ある人物に関して抱く概念の変更は、化学反応のように、あっという瞬間なのである」というように、あるけれども、語り手も、同一人物だとわかりながら、同一人物だと思いきれないところがあって、さらに、

そんな原因のうえに、さらにもう一つの原因が加わって、つまり、小さな一団のさまざまな少女たちが、最初私をとまどわせた集合的な魅力をみんなそれぞれにすこしずつ残していて、それらの少女たちを選択しかねたという私のためらいが原因に加わって、それ以後に起こったアルベルチーヌへの私のもっとも大きな恋——私の第二の恋——の時代でさえ、きわめて短い周期で間歇的に彼女を愛さなくなるという自由を、私に残すことになったのではないか? 彼女の上に決定的にとどまるまえに、彼女のすべての友人たちのあいだをさまよい歩いたために、私の恋は、ときどきアルベルチーヌと、彼女の映像とのあいだに、ある種の「光のたわむれ」のようなものがはいる余地を残したのであって、そのために私の恋は、焦点の定まらない照明のように、彼女の上にぴったりとあてはまるまえに、他の少女たちの上をあちこちととまり歩くことになるのであった、 マルセル・プルースト『失われた時を求めて〈3 第2篇〉花咲く乙女たちのかげに 2』(井上究一郎訳、筑摩書房)p.265,266

とずいぶんなことを言っていて、ずいぶんなことを言ってはいるのだけど、なんとも美しい文章だと思ってうっとりとして、それから、早くあの子たちに会いたいから散歩にいきましょうよと彼はエルスチールに言う、ちょっと絵を仕上げるから待っとってとエルスチールは言う、待つ、「エルスチールは絵をかきながら、植物学の話をしだしたが、私はろくにきいてはいず、いまはもう彼だけでは不十分なのであり、彼はただあの少女たちと私のあいだの必要な仲介者であるにすぎなかった、ほんのしばらくまえまでは、彼の才能は彼にふしぎな威力をそえているように思われたのに、その威力も、いまは彼が私を紹介してくれる小さな一団のまえで、それのいくらかを私自身にさずけてくれるかぎりにおいて価値をもっているにすぎなかった」とまで言う。現金! と思ってゲラゲラ笑った。偉大な画家にもうちょっと敬意払ってやって!

10月19日(金)

スーパーで、会計を済ませ、買ったものを袋に入れながら、昨日遊ちゃんが見てきたというアニエス・ヴァルダの映画のことというかアニエス・ヴァルダのことを考えていた、咳をしたとする、そういう「老婆」を示すというか補強するような様子は、使われやすそう、と思ってから、宮崎あおいの素の咳とかくしゃみとか、使われなさそう、見たことないよなと思って、朝ドラ、今は安藤サクラなんだよな、と考えて、それから木村拓哉のことにどうしてだか、考えは延びていった、木村拓哉はもう何十年も国民的イケメン存在として存在し続けているんだよなと思って、木村拓哉以降、国民的イケメンというような存在は現れなかったということか、誰かいなかっただろうか、いくつかの顔が浮かんだが、却下された、木村拓哉は偉大だった、チャリにまたがり、店に向かった。
数日前、八百屋さんの前を通ったら、臨時休業、22日まで休みます、とあり、どうしたんだろう、と思っていたら、昨日あたりに、今月いっぱい休みます、に変わっていた。今日も見た。昨日と同じだった。
店に着くと、お湯を沸かし、コーヒーを淹れる、という動きがここ一週間くらいで生まれたというか戻ってきた、夏の時期の水出しアイスコーヒーを出していた時期は店に着くと冷蔵庫を開けてポットを取って冷たいコーヒーをひとくちふたくち分、注ぐ、という感じになっていたそれが、豆を挽いて、ゆっくり、淹れる、という動作が生まれるようになったというか戻ってきた、こちらの方が、区切りというか、始まりの合図みたいなものとして、適切な気がして、よかった。

暇すぎてゾッとした。4時まで誰もいなくて、ちょうど、先月に受けた取材の原稿の確認があって、7000字くらいあるインタビュー記事だった、それをひたすら修正というか、グーグルドキュメント上で編集しまくっていた、いい記事で、なんだか感動した。それで、誰もいなくて、途中で外に出て看板が出ているかを確認したりしていた、4時で、やっとお客さんがあり、よかったと思って、でももう取り戻せまい、今日は暇な日として終わるだろう。金曜日。

暇な日として終わった、ずっとInDesignを見ていた、いろいろ書き加えたり修正したりしていた、それが面白くて、今週は本をあまり読まなかったけれど、読むことはずっとしていた、ひたすら自分の日記を読み返していた、それは、面白かった、こういう機会でもないと自分の日記を通して読み返すことなんてないから、これは、いい機会だった、このとき、こういうことを思っていたよなあ、こういういい時間があったよなあ、ちょっと前はああだったのにたちまちそうなのね、そういうことが、ただただ、面白かった。声を出して笑ったりしている。
なかなか終わらなかった、あと1週間で終わるので、というところでパソコンを家に持ち帰り、6月分の見直しを続けていった、すると3時を過ぎた、6月は114ページだった、書き足していたら6ページくらい増えた、あと3ヶ月、といえば近い感じもするが、たしか7月が異常に長く155ページだった月で、8月も9月も長かった、まだまだ終わりではなかった、それにしても、なんでこんなに楽しいのだろうか。僕は今、長いものを読みたい、ということのあらわれのひとつなのかもしれない、と思った、それは、1200ページを超すこの日記であったり、あるいはプルーストであったり、と思い、プルーストの書いたものと自分の書いたものを今、並べたぞ! と思って笑った。布団に入り、そのプルーストを少しだけ読んで、寝た。

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