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読書日記(103)

Entry diary103

9月15日(土)

疲れたり倦んだりしていても、ときおり、妙な幸福感のある瞬間というのは訪れる、そういう場面が何度かある日で、なんだかうれしいきもちいい日だった、忙しかった、よく働いた、

寝る前、ミランダ・ジュライ。ひとんちで無茶苦茶なパーティーを開くな、と思って、寝た。

9月16日(日)

入れ替わり立ち替わり1時ごろから8時過ぎまでほとんど満席の状態が続き、猛烈な忙しさだったが途中でやたら幸福な気持ちになっていたし総じて幸福な気持ちだった、一日中いい空気が流れていた、気持ちのいい、なにか通じ合うような、自然と笑顔になる、そういう瞬間がいくつもあった気がして、それで幸福な気持ちになっていた、仕事はひたすら後手後手で、途中で途方に暮れた、どうやったら終わらせることができるんだ、と思って、思ったが見当がつかなかった、後ろの2時間くらいはほとんどの時間を洗い物に費やした、洗い物の隙間で、しかし仕込みがいくつかあって、それをがんばって、オーダーももちろんあって、それもがんばって、がんばったところ終わったので即座にビールを飲んだ、ものすごく働いた、働きながら、朝に聞いていたPUNPEEの音楽が頭に流れて、それから昨日の夜読んでいたミランダ・ジュライの光景が頭に流れていた。

食べるものがなかったのでラーメンを食べることにしてラーメン屋さんに行ってラーメンを頼んだ、ラーメンと、大ライス、生ビール。待ちながら、ビールを飲みながら、『新潮』の保坂和志と湯浅学の話を読んだ、愉快な会話で、そういえば『音楽談義』は読んでいなかった、読みたくなった、ラーメンが来たので、ネットを見ながら食った、食っていたら、『新潮45』に関する記事が出てきて、新潮社としてはこれでいいの? となって、新潮社の刊行物に触れまくっている人間としては、嫌だなあ、と思った、ラーメンはたくさん食べた。
帰宅してシャワーを浴びると、シャワーを浴びながら目をつむると、ビッグスクーターが数台、うねうね走行しながらまっすぐこちらに向かってくるというか、こちらというよりはそれは映像で、そういう画面が目の前にあった、なんだろうかこれは、と思ったら、対談で「こことよそ」のことが出てきて、そこでバイクの場面のことは言われてはいなかったけれど、僕にとっては映像としてはそれなのかもしれなかった。

寝る前、一週間ぶりくらいにプルースト。一文が長いから、一文読み切る前に寝たりして、と思ったが、一文は読み、それから、3ページくらいか、読んで、寝た。

9月17日(月)

朝、起きると、さあ今日も働くぞ、というやる気に満ちていて、それはやる気に満ちているというよりはエンジンが三連休ということでかかりっぱなしになっているという状態らしく、三連休末日、突っ走るぞ、というところだった、それで、その調子が持続して、開店前にかなり出力の強度を上げた様子で仕込みや準備をしていた、いつもなら開店してからでいいと思っていることも、どんどんやった、それは例えば、小分けにして冷凍しているご飯を納豆等で食うというのが僕の朝ご飯なわけだが、解凍ボタンを押して、そこからの数分でタスクをひとつ済ませる、普段ならそれを食べ始めるところでもう一個ご飯食べるべく解凍ボタンを押すわけだが、今日はそうせず、むしゃむしゃと食い、一杯分食い終わったら、改めて解凍ボタンを押して、そこでできた数分でまたタスクをひとつ終わらせる、そうやってしゃかりきに、朝から働いたわけだった、そうしてよかったと、開店してすぐに思うことになる。
今日も、昨日もそうだったが、最初の2時間くらいがなかなか怒涛で、怒涛だった、1時半くらいには満席になり、あたふたしながら働いた。今日も今日とていいヴァイブスだった。12時に来られて、ご予約で来られて、1時半までというご予約で来られた方があった、予約のシステム上お尻の時間も指定してもらう形で、これはシステムの制約だけど僕としてもあることで助かるもので、お尻がないと、じゃあ何時まで席を確保しておけばいいの、というのができないから、たとえば12時に開店して10人来られて全員ご予約でしかしお尻時間が定められていないとして、じゃあ何時から予約できるようにしておいたらいいの、というのが言えない、言えないけれど夜に至るまでずっと満席という席の状態はありえなくて、ありえないが仕方ないわからないから満席として表示しておくしかない、となったとき、たとえば夕方くらいに行こう、席予約しておこう、と思った人は満席の表示を見ることになって、予約できない、となる、ということで、これはその人にとって損だし僕にとって損だし、というところで、居酒屋とかの2時間制とかあれはだから退店時間を定めることで次の予約を取れるというそういうことなわけだけど、だから、フヅクエの予約はお尻の時間を自分で決めてもらうようになっていて、予約の説明のページにも、「「帰る時間なんて行ってみないとわからない」という性質のものだと思いますし、せっかく来ていただいたからには時間を忘れてゆっくり過ごしていただきたいと思っています。ですので、「まあさすがにここまではいないだろう」くらいのゆとりを持った感じで設定していただくことをおすすめします。」と書いている、だから、そういう時間を入れてもらっているわけだけど、その12時に来られて1時半までというご予約の方があって、1時間半というのは初期値で、だから1時間半ご予約の方は選んでその時間にした場合と気づかずにとかでそのままにした場合があって、あるのだけど、で、今日も忙しくなるかもしれないしなと思ったためオーダーをうかがいに行ったときだったか運んでいったときだったかにその方に、1時半ってなってますけどあれで大丈夫です? あのままだと満席になった時とか後ろに予約入ったら出てもらうことになっちゃう的なリスクありますけど、と説明すると、どれくらいいるかな、平均が2時間半なんですよね、でも長くしすぎてそれより短くなるのも申し訳ないし、という感じで、いやそれは大丈夫ですよ、それよりもすいませ〜んこのあと予約入っちゃったのでそろそろ、とか伝える方が僕としてはあれなので、ゆとりのある時間設定にしてください、と言ったところ、じゃあ平均というところで2時間半というところで、というところで2時半まで伸ばした、そうしたら早々と満席になって、それから、3時にご予約が入った、なのでちょうどよかったはよかった、と思ったら、その方がこっちに来られて、やっぱりもう少し伸ばしてもいいですか、ということで、ありゃ、すいません、3時に予約入っちゃったので3時までだったら、と伝えた、3時まで伸ばした、3時になろうというところで、他の席の方が帰られて空席ができた、3時の予約の方はここに通せばいい、ということになるから、さっきの方に席空いたので状況変わったのでもしあれだったらもっとおられます? とお聞きしたところそうするとのことで、4時まで伸ばした、それで、4時前に帰られた。
この、だから、来る前は1時間半のつもりだったものが、過ごしていく中で、もう少しいたい、もう少し読み続けたい、となってけっきょく4時間いちゃいました、というふうに変化したこの変化が僕は「いや〜いいなあ!」というところで、嬉しがった、そういう午後だった。

で、夜になったら一気に暇になった、雨も降り出した、どしゃどしゃと降り出して、三連休おしまいの日だし、きっとこのまま暇なんだろうなと思って、思った。夜で、暗くて、8時くらいだったっけ、と時計を見たら6時で、仰天した。これからずっと暇だとして、え、あと6時間もあんの!

6時間は、簡単に経った、経つと、閉めて、朝に続いてまたKOHHを聞きながらショートブレッドの生地をこしらえて、仕事は終わりにして、ご飯を食べ、食べ終えたら日ハムの試合のハイライトを見て、それからヒーローインタビューを見た、上沢と中田がヒーローだった、上沢のことを先週、『週刊ベースボール』で対談を読んで、え、なんだこの話し方は、という驚きを覚えた、ということを書いて、そのあと、日ハムのヘビーなファンであるお客さんに帰り際に「上沢ってああいう話し方なんですか?」と聞いたところ、「上沢きゅんは」とは言っていなかった、「上沢くんはとてもいい人です、ファンサービスにも積極的です、とても立派な人です」ということを教えてくださって、今度話しているところを見てみようと思った矢先だった、それで、見たら、すぐに、大好きになった、もともと、笑顔だけは知っていた、マウンド上で見せる豊かな表情も知っていた、話しているところは見たことがなかった、大好きになって、大好きになった、それから、中田の受け答えを見ていたら、なんだか感動して、泣きそうになった、このチームは、勝ったというスコアだけで感動を与えてくれるし、その感動的なチームを引っ張っているのは中田翔だった、お前が必要だ、という垂れ幕があって、垂れ幕というか何かがあって、そうだ、お前が必要だ、中田翔、と思って、本当に、頼りになる、涙腺が刺激されてうるうるとした、その次のタイミングで栗山監督の表情が映されて、涙腺が刺激されてうるうるとしている様子だった。

帰宅後、プルースト。

私は感動してシャルリュス氏にお礼を言い、夜になると私が憂欝になることをサン=ルーがもらしたためにあなたの目に私が実際以上に不甲斐なく見えはしなかったかと逆に取越苦労をしていた、と私は彼にいった。
「どうしてどうして」と彼はまえよりもやさしい調子で答えた。「あなたは個人的なメリットをもっていないかもしれない。その点については私は何も知りません、ただじつにすくないのですよ、それをもっている人というのは! しかし、ここしばらくは、すくなくともあなたは、青春というものをもっている、こいつはいつでも人をひきつける魅力です。それにしても、あなた、もっとも愚劣なのは、自分の感じもしない感情を、こっけいだとか、よろしくないとかいうことですよ。私は夜が好きだが、あなたはおそろしいとおっしゃる。私はばらの匂が好きだが、その匂を嗅ぐと熱が出るという友人もいます。だからといってその男を私よりも劣っている、とこの私が考えるとお思いですか? 私はなんでも理解しようとつとめ、何事も罪悪視しないようにつつしんでいるのです。要するに、あなたはあまりくよくよしてはいけない、私はその悲しみがつらくないとはいわない、他人に理解されないような事柄のために人はどんなに苦しむものであるかを私はよく知っています。 マルセル・プルースト『失われた時を求めて〈3 第2篇〉花咲く乙女たちのかげに 2』(井上究一郎訳、筑摩書房)p.132

9月18日(火)

起き、店、煮物をこしらえ、ショートブレッドを焼く、『Spectator』の按田餃子のところを少しだけ読んで、読んでいたら、こんなふうに店を取り上げてもらえるというかこんなふうに店について書いてもらえるのって幸せだよな、と思った、11時になり、取材。
元気な方が話し相手で、僕も元気にしゃべる、ずいぶん元気にしゃべった気がする、こういうとき、口がなめらかに間違ったことを言っていそうな気がして、終わったあとに心配になる、2時間の予定で、12時からは営業なので別の場所に移って、ということにしていて、スタバに移って、アイスコーヒーを飲みながら話す、なんだか愉快な時間でよかった、終わって、店に戻り、いくらかバタバタしていたので少しだけ手伝い、じゃ、また、とひきちゃんに言って、出る、銀行に寄って、それから駅前のそば屋さんで天丼とそばを食べる、700円。なんとなく、昼食に700円使っちゃった、というもったいない気持ちになる、ただ腹を満たすだけの食事には500円でも惜しいみたいなところがある。でも家に帰ってうどんなりそばなりを茹でるのが今日はなんだか面倒だった、それで、そば、天丼、食った。薄暗い心地。

家に帰り、最近手を付ける時間なのか余裕なのかなんなのかがなかった文字起こしを10分進め、それから『Spectator』を開いて、読んでいた、按田餃子とマリデリ。どちらもすごく面白くて、それにしてもほんとに読み応えあるなあ、面白い面白い、と思いながら読んでいた、マリデリの文章は北尾修一によるもので、そのなかでKOHHの「死にやしない」が最近のだったかその時分のだったか支えてくれる音楽になっている、みたいなことが書かれていて、ちょうど僕も昨日、聞きながら、そうだよなあ、死ぬこと以外はかすり傷だよなあ、そのはずだよなあ、と、歌詞まんまのことを思いながら、思っていた、そうだよなあ、そのはずだよなあ、と。なにに囚われてんだろうなと、思っていた、思っていて、思いながら、僕は、どうやって生きていこうかなあと毎日のように思っている気もするし、そう思ってみたところで特にいいことも思いつかないというか考える気もない、怠惰、そうやって暮らしていて、それで『Spectator』は閉じて次はミランダ・ジュライ。いったい今なにが起こってんのwww パートになっている。いくらか読み、もう夕方だと思い、タオルケットをかぶって昼寝をした、途中で地震があった、気持ちよかった、起きて、店行った、行って、ひきちゃんと外で歓談し、バトンタッチ。
その時点で3人お客さんおられ、ひとり減りまたひとり減り、8時前には誰もいなくなった、パソコンを開いて仕事的なことをしていた、し続けていた、雨が降ったりやんだりして、 9時になり、まさか、と思いながら過ごしていた、10時になり、これは、と思って『Spectator』をまた読み出した、なぎ食堂。食堂の話でももちろんあるけれど小さなというか人の血の流れる店の話としてたぶん僕はこの特集をずっと読んでいて、いろいろ考えながら読んでいた、11時になり、看板を上げて、飯を食った、つまり、今日僕は、なにひとつお客さんに提供していない、という日になった、コーヒーの1杯も出していない、というそういう日になった、すごい! と思い、なんだよこれはw と思い、まあしょうがないか、と思い、ビールを飲んだ、肩が重い、一日はあっという間。

9月19日(水)

11時過ぎ、起き、Twitterを開いたらトレンドに「新潮45」とあって、見ると発売された『新潮45』がひどい、ということで、それにいろいろな人が反応している、その中には新潮社出版部文芸のアカウントもあり、批判ツイートをリツイートしたり、そのあと削除したり、再開したり、ということをしている、そういう様子を見ていたら、起き抜けだったせいかなにか脆い状態だったのか、新潮社の本を買うときにうっすら暗い気持ちになるようになるなんて絶対に嫌だ! と思ったら、急激に猛烈に悲しくなり、涙が驚いたことにどんどんあふれる、というそういう朝だった。 新潮社の本なしの人生なんて僕にはとうてい無理で、今だって、ソファを見たら『新潮』が置かれていた、今だって、ミランダ・ジュライを読んでトム・ハンクスを読んでいる、海外文学だけじゃなかった、保坂和志だって柴崎友香だって新潮社だった、ここ一ヶ月二ヶ月だけでも何冊も新潮社の本を読んでいる、先々月だったかに『新潮』にエッセイを書かせていただいたときに僕は、編集者の方とのやり取りがあまりに気持ちがいいというか、こんなにちゃんと面倒を見てくれるなんて、そしてこの迅速さ、すごい、すごい! やっぱり新潮社は偉大! すごい! と思って、敬愛の念を一段と深めたところだった、その新潮社の本を買うことに対して、クソみたいなヘイト雑誌も出しているんだよな、と思わないといけないなんて、嫌だ、とても嫌だった。とは言え、じゃあ他の出版社はまっとうなのかといえば、そんなことはないよね、他の出版社もたいがいだよね、と津田大介のツイートが教えてくれて、そうだよなあ、と思ったが、僕のスタンスはなんというか流行り物に乗っただけスタンスにはなっているよなとは思ったが、なんというか、なんとなく対岸のものだと思っていたヘイトみたいなものに対して、こんなに我が事としてというかリアルなものとして危機感を覚えたのは初めてだった、すぐそこにある、ヘイト。クソが。

そばを、食った。トム・ハンクスの「アラン・ビーン、ほか四名」の続きを数日空けて、読んだ、面白い。その次の新聞コラムのやつを読んだ、やっぱり面白い。それから、ミランダ・ジュライを開いた、どんどん、どんどん、あらぬ方向というか考えてもみなかった方向に進んでいく。生まれ直し。妊娠。母に、なろうとしているのだろうか。
渋谷に、出た、自転車で出るつもりだったが、考えてみたらそのまま電車に乗るから、歩きあるいはバスが妥当だった、バスに乗った、バスから降りた、センター街を通るので、あらゆるうるささに当てられないようにと音楽を大音量で聞こうと、イヤホンをさそうとしたところ絡まっていて、絡まりが取れたころには映画館の前にいた、『寝ても覚めても』を見に来た、先日見そびれた、チケットを買うところまでは行ったけれど見そびれたその半券というか券があると1000円で見られるということだったから1000円で見るつもりだった、チケット発券のところに行ってみると、今日がサービスデイということが知れた、1100円だった、それで、でも1000円で見られるなら1000円にしようと思って画面上でその該当する項目を何度か探したが、わからず、わざわざスタッフの方に聞くのもと思い、1100円で普通に買った、席は持っていた前回の券と同じDの3を選んだ、僕のポケットにはDの3の『寝ても覚めても』のチケットが2つ、あった!

それで、見た。とてもよかった、亮平パートというか東京パートが始まってからずっと、お腹のところで感動が渦巻いているようなそういう状態でずっと見ていた、ギャラリーで牛腸茂雄の写真を3人で見るところからずっと、泣きそうだった、チェーホフの場面はやっぱり、震えるほどに感動してあごが震えていた、震災の日、駅前での人との交感、それに感動した、震災の夜、再会した、大阪では近づくのは麦だった、麦の歩む足が映されたそれが今度は進むのは朝子で、同じ要領で朝子の足が歩いていった、そして同じように、名前を呼び合うことがおこなわれた、それから、抱擁。 なんでこんなに感動したのだろうかというか、7月、試写で見させていただいた、そのとき、僕はなんだかピンとこなくて、むむむ、困ったな、と思っていた、だからそのあと今日まで見そびれていたのもどこか、どこかでまたむむむ、困ったな、となることを回避していたというか恐れていたそれで避けていたそういうところがあるような気がしていた、それが、これだった、終わったあと、何度も何度もtofubeatsの「RIVER」を聞いていた、これもよかったし、冒頭のクラブの場面からバイクの場面にかけて流れているあの曲も聞きたい、なんという曲なんだろうか、知りたい、と思って懸命に検索したがわからなかった、とにかく感動し続けていて、なんだったのだろうか、ひとつは試写室の画面の小ささ、音響の弱さがよくなかったというか、やっぱりちゃんと大きく見る聞くというのは全然体験として違う、というのは絶対にある、目が見ることのできる耳が聞くことのできる情報の量がきっと全然違う、それで、そのときには見えなかった、聞こえなかったものをたくさん感受することができた、それが感動をもたらした。それから、最初は、原作を2回読んでいる身として、半ば話の展開はわかっている、大筋でどうなるかはわかっている、細かくはわかってはいない、というところで、変な調整や修正の意識が働き続けてそれが邪魔したということもあるかもしれなかった、それが、もう完全にわかっている、となった2回目は、そういう余計なことを考えなくて済むようになったのかもしれなかった、委ねるというか。
わからないが、よかった! よかった! よかったと思えてよかった! とにかくよかった! となって、だから、大きな音でtofubeatsを聞きながら、歩き、電車に乗ったら当然ボリュームは落として、山手線、反対側まで、というところで日暮里まで、行き、南口から出るとすぐのところが喫煙所で、そこで眼下を線路が何本も走っている、電車がいくつも行き来する、それを柵にもたれて見ながら、またボリュームを大きくした「RIVER」を聞きながら、煙草を吸った。

少し時間があったのでアイスコーヒーでも飲もうと思いエクセルシオールでアイスコーヒーを飲みながらミランダ・ジュライを読んでいた、遊ちゃんから、着いた、という連絡があり、出、駅の改札の近くのところで会った。
2度目のデートというか飲みましょうの夜、場所は日暮里だった、会う前、僕は緊張していて、それは「また前回のような楽しい時間に本当になるのだろうか、ならなかったらそれは悲しいだろうか」というたぐいの緊張だった気がする、人と会う前はいつでも緊張するからそれだけだったとも言えるが、いやそれは強弁で、それだけではなかった、その同じ場所だった、あのときも改札前の本屋の脇あたりのところだった、そこで、会った。会って、谷中の方向の出口で出て、いくらか歩いて、夕飯を食べようと言っていた、薬膳カレーじねんじょに入った、6時前の早い時間だったが、すごく混んでいるようで、一人で切り盛りされている店主と思しき方がとても忙しそうに立ち働いていた、それで、遊ちゃんは薬膳野菜カレーを、僕は日替わりの薬膳カレーとオードブル3種のセットみたいなやつをお願いした。映画がよかった話や遊ちゃんの仕事の話をしていたらほどなくしてあれこれがやってきて、食べた。どれもとてもおいしく、こいつはよいなあ! と思いながらバクバク食べた、食べ終えたら、満腹になった。大盛況だった店内も帰るころにはいったん残っている客は僕らだけになり、会計のときにお店の方が平日の夜は普段はこんなじゃないんですけどね、今日は何があったんだろう、びっくりしちゃいました、というようなことを言っており、そういうのってあるよなあ、と思って、お店の方はとてもチャーミングで、生き生きとしていて、とてもよかった。
満足して、歩き、反対側に出、繊維街のほうを歩き、横にずれると倉庫であるとかがある区画になった、少し迷って少し歩くと、あった、d-倉庫だった、カンカンと音の鳴る階段を上がって、入っていった、踊る『熊谷拓明』カンパニーの『上を向いて逃げよう』だった、優くんが、お友達とのことで、来ませんか、と誘ってくれたので、行った、入ったら、優くんたちが見えたので、二人の二つ後ろの席に座って、二人を見ていた、見ていたら、振り向かれて、目が合ったため挨拶をおこなった。冷房がききすぎていてシャツを羽織った、ステージには橋のような構造のカウンターテーブルがあって、巨大でかっこうよかった、しばらくしたら始まったので、見た。「ダンス劇」と称したものらしく、ということしか知らないで見に行った、見た。
見たら、やっぱりダンスというか踊っている体というのはいいなあと思い、それから、原田茶飯事の歌がよかった、最後の、紙テープのところがよかった、ギター、歌声、紙テープの音、体と床の音。終わって、下にいると、優くんたちが下りてきた、まりえちゃんは僕ははじめましてだった、はじめまして、と言った、それで、歩いて、日暮里、どこで飲もうか、ということになって、駅前の中華料理屋さんに入った、ビールと、エビチリと、ピータンと、春巻き。まりえちゃんと優くんは高校時代からの関係で、高校時代に少しのあいだ付き合っていた、10年を経て、また付き合うようになり、今に至っている、ということだった、高校時代、優くんはとにかく目立つ男だったということが知れた、目立とうとしていたし、そして実際目立った、まりえちゃんは高校時代の優くんを「絶対王者だった」と言った、「絶対王者」、この言葉だけは忘れないで持ち帰ろう、と聞いたときに思ったし、鬱屈した3年間を過ごした僕はカーストというか人々をランク付けすることが高校時代のライフワークみたいになっていた、ライフワークというのは3年間のことでも使える言葉なのだろうか、そのカーストでは僕は下から2番めの層だった、一番上の人たちは「メジャー」と言っていた、メジャーリーグ方式だった、メジャーの人たちに対するいくらかの羨望やいくらかの軽蔑みたいなもの、軽蔑でもしないときっとやっていられなかったというかそういう方法でしか僕は自分を守れなかったのだろう、「だっせー音楽聞いてさ、どうせお前らナンバーガールとか知らないんだろ、フジロック行ったことないんだろ」というような。いちばんダサいのは僕だった。

絶対王者は大学に進むと目立ちたがりの性質がすっと消え、その時分を恥ずかしく思ったりもした、今はもう恥ずかしくは思っていない。
中華料理屋を出ると、その前で、僕と遊ちゃんは先週から始めた「今日の記念」写真を撮ってもらって、それから二人の写真も撮った、もうちょっと飲みましょう、ということになって、外でいいんじゃない? ということになって、コンビニでお酒を買い、谷中の方向に行き、最初は夕やけだんだんと呼ばれているらしい階段に腰掛けて飲み始めたが、意外に人通りがあり、人の邪魔になりそうだったため谷中霊園に行くことにした、保坂和志の『ハレルヤ』を読んだこともあって谷中霊園は行きたかった、花ちゃんと出会った、その場所だった、霊園を歩いているとやはり気持ちのいいところで、ベンチのあるところに行った、向こうにブランコのあるところがあったのでそちらに移った、それで、久しぶりにブランコなるものを漕ぐということをおこない、おっ、おっ、おーっ、という感じで面白かった、思ったよりも勢いがたくさんついて、勢いがたくさんつくと怖さもあった、楽しかった、そこで11時半過ぎ、乗りたい路線が違ったので別れ、帰った、改札のところで僕はクレジットカードを紛失していることを知り、あーあ、と思って、電車を待ちながらカード会社に電話をし、再発行手続きをしてもらった、あーあ、なにかと面倒そう、と思った、仕方がなかった、電車に乗り、眠くなり、遊ちゃんに思い切りもたれかかり、寝て、起こされたらそれは降りるべき駅だった。

9月20日(木)

9時間くらいは寝た気がするがまだまだ寝たい、いくらでも寝たい、と思って起きた、店行った、働いた、あんまりやることもない、と思っていたら、あれ、今日ピクルスやっておけばよかったじゃん、となり、あれ、今日トマトソースやっておけばよかったじゃん、となり、なんというか、このあとの数日で一気にしわ寄せが来そうで、そのせいだと思うが、一日、暗い気持ちが拭えなかった。
今日は考え事の日、と思い、スタッフの募集のブログを書こうと思って、書こうと思ったのだが、まったく書けず、それもあった。なにを書いたらいいかまったくわからない、というか、やっぱり、いろいろ僕の中で定まっていないということなのだろう。とにかく、暗かった。
午後からは雨だった、肩が気持ち悪かった、夜になってからカレーの仕込みを始めてチーズケーキも焼いた、肩が気持ち悪く、暇だったのに一日、本を開いてすらいなかった、だんだん息が苦しく、肩が気持ち悪かった。
10時過ぎにはどなたもおられなくなった、肩が気持ち悪い、本を読もうかとも思ったが今日Tシャツの増刷分が届いたのでそれを袋に詰める作業をすることにした、それは腕等を使うため、気持ち悪さを緩和させてくれるのではないか、というような期待もあった、30分ほどで済んだ、特に変わらなかった、ミランダ・ジュライを読んだ、怒涛。感動した。生きろ。

9月21日(金)

朝から不安な気持ち、薄暗い気持ち、雨、降ってる。
1年前のこのあたりの時期もこんな気分で過ごしていた気がするがどうだったか、日記を見ればわかるだろうが見る気が起きなかったらどうか。気持ちが重い。心細い。トマトソース、ピクルス、カレー。

激烈に暇。かっこいい店のかっこいいインスタとかを見ていたら元気がどんどんなくなっていった。吸い取られるようだった。

夕方、気分がいくらか明るくなった。Tシャツ重版出来というか増刷だけど、のお知らせをしたところ、売れて、よかった。本は、手にも取らなかった、ずっと、パソコンに向かっていた、激烈に暇な金曜のまま過ぎていった。一日中、「RIVER」が頭の中で流れていた。

帰宅後、『新潮』の蓮實重彦の『寝ても覚めても』の論をもう一度読んだ。なんという視力なんだろうと感嘆。それからプルースト。「他の人間への率直な軽蔑」という気持ちのいい言葉があった。

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