本の読める店

読書日記(89)

Entry diary89

6月9日(土)

昨日、『読書の日記』が届いた、夜、家に持ち帰り、それを開封した、すると目の前に、素晴らしい本があった。ためつすがめつした。幸せだった。

朝起きると大谷翔平が故障で抹消ということだった、それを残念に思った、ショックだと感じた、見た夢をいくつか思い出していた、
旅客機、町の中での事故、フードコート
ダルビッシュ、不機嫌、キス、笑顔
僕を毛嫌いする老婆の館

二週間ぶりくらいに看板を外に出し、さてさて今日から完全復活だ、といくらか意気込んでスタートをしたところ、すっかり暇な土曜日となり、むしろ昨日の方がずっと忙しかったということになり、わからんものだねと思った、暇だった、仕込みもなかった、それで多くの時間、座っていた。
いくらか『奥のほそ道』を読んだ。ひたすら陰惨ななかで、食べるのはいいことだよ、というやさしい、それだけでもう十分というセリフから、この小説でいちばんあたたかい、同時にどうしたって悲しい場面になって、泣きそうになりながら読んだ。

店からは徐々に客がいなくなり、店員が掃除をし、戸締まりをして出て行った。外、通りはひっそりとして、ほんのたまに車が水たまりを走っていくだけだった。なかでは男たちが老ギリシア人にさまざまなことを語りつづけていた。夜も更けて、開いているパブは一軒もない。だが彼らは気にせず、すわりつづけていた。釣り、食べ物、風、石細工について、トマトを育てること、家禽を飼うこと、羊を蒸し焼きにすること、イセエビと帆立貝の漁について語り、たわいもない話をし、冗談を言い合った。話の内容は重要ではなく、漂って行けばそれでよく、それ自体がはかなく美しい夢だった。
揚げた魚とイモと安物の赤ワインがどれほど申し分ないものに感じられたか、うまく説明できなかった。しっくりくる味がした。老ギリシア人は、小さなカップに苦みと甘味の効いた濃いコーヒーを淹れ、娘がつくったクルミの焼き菓子を振る舞った。すべてが不思議で同時に心がこもっていた。質素な椅子でも座り心地がよく、男たちはその場にしっくりなじみ、満ち足りた気分に浸り、ジミー・ビゲロウは、この夜が続くかぎり、この世でほかにいたい場所はどこにもない、と思った。 リチャード・フラナガン『奥のほそ道』(渡辺佐智江訳、白水社)p.340

でも夜は終わる。
このあと、絞首刑の場面が描かれた。それはちょっとぞっとする、読んでいて心拍数が上がっていくようなものだった、端的に怖かった。
僕はいくらかこの小説に対して怯えているところがあるのか、食らう、という感じがあるみたいで、少し読んで、読む時間はいくらでもあったが、それ以降は開かず、ひたすらに暇な夜、先日原稿を書く仕事をいただいた、その原稿書きを、休みの日にやろうかと思っていたが、もし休みまでにやれたら、休みにもっと休めるじゃないか、ということに思い至り、書くことにして、ずっと取り組んでいた。

6月10日(日)

雨がまだ降っていなかった、あとで降り始めた。雨読なのか、昨日よりも忙しくなってくれて、うれしかった、働いた、いくらかバタバタした、水をこぼしたからだった。夕方、重い眠気がやってきて参った、いま眠い、昨日も途中で目が覚めて、いくつもいくつも夢を見た、半端な眠りになった、そのせいだった。濃いコーヒーを淹れた、眠い。
あと7時間ある、と思ったらいくらか怖くなった。こういった、重篤な眠気があったとして、捕虜たちは、決して眠るわけにはいかなかった、それを想像したら、怖かった。

5時間。このあたり、このあたりで、いや6から5のあたりだろうか、このあたりで、肩が、右腕がひたすら気持ち悪く、深刻に気持ち悪く、どうしたらいいのかわからないような感覚におちいっていた。肩甲骨から先、特に上腕のあたりが、別の意思を持ったなにかのように、気持ち悪く僕に作用してきて、気持ち悪く、呼吸に影響するような、なにかおかしな気持ち悪さが、重さが、辛さがあり、どうしたらいいのか、わからないような、状態になっていた、5時間! あと5時間もこの状態をどう耐えたらいいのかわからない、というような。何度も何度も腕と肩を伸ばしたりほぐそうとしたり努めたが、どうにもならない気配があった。それから、いくつかオーダーをこなしながら、こういうときはやるべきことが外から与えられたほうがずっと楽だと思いながら、やりながら、それから座って、『奥のほそ道』を読み進めて、読み進めていったら読み終えられて、なんだか凄いものを読んだと思って、そうしているうちに意識がだんだん右腕に集中しなくなっていて、楽になった。

そのあと、伊藤亜紗の『どもる体』を読んでいた、体が勝手に外に出ていく状態として連発という症状のことが語られていて、それは読んでいたらたしかになにか美しいもののように思えた。面白い。
閉店して、物悲しく、飯食って、帰る。『失われた時を求めて』を再開する。帰ってきた、というような、心地いい気がした。

6月11日(月)

どんどん気分が塞がっていく。吐き気がするようになるんじゃないかという気がする。怖い。どうしてまた、こんな心地に、という心地になる。やるべきことに手が付かない。付けなくてはならない。何度も何度も、何も新しいことは伝えてこないと知りながら、そもそも試合もない日だし、そう知りながら、「プロ野球 スポーツナビ」を開いて、閉じる。
雨がやまない、と思って苛立った。なんでまだ降ってるんだよ、と思って苛立った。

夜、気分が塞がったのが開いた、安心した。原稿仕事をしていた、ずっと、本も手に取らず、ふーむ、と、彫琢していた。

寝る前、『失われた時を求めて』。スワンの恋が閉塞感を増していく。

6月12日(火)

スーパーに行ったらレジが長蛇の列になっていた、昨日おとといと雨で来られなかった人たちが、一斉に来た、ということみたいだった。晴れて嬉しい。
店に着き、ひきちゃんと歓談、それから仕込み。仕込みのペースがわからず、昨日、「あれ、これ明日必須じゃん」となって、驚いた。それで仕込みをした。Tシャツが届いた。でかい段ボールに入っていた、60枚のTシャツは、布団みたいだった。
なんのかんのと時間が掛かり、2時近くまでいたか。帰宅し、素麺を食べた、夏、と当然思ったし、久しぶりに食べる素麺はおいしかった。散歩に出、リトルナップコーヒースタンドで冷たいラテを飲んだ、NUMABOOKSの事務所に寄り、事務所着にしてもらっていた本の数十冊をピックアップし、帰った。売らねば。
そのまま今日は梱包であるとかをする予定だったが、する気にならず、昼寝をした、いくら寝ても寝足りなかった。

店。夜、キューバリバーを頼まれ、コーラないんです、とお伝えしたところ、再考します、とのことで、再考の結果、コーラ買ってきていいですか? ということで、いくらか申し訳なさも感じつつ、それよりも愉快で、え、あ、いいっすけど、なんかすいません、等答えると、本にたくさん出てきて飲みたくなっちゃって、と机の上の文庫本を指さされた。それは飲みたくなっちゃうよな〜と思って、愉快な気分がとても高じた。その後、どうした、というほどに忙しい夜になって、びっくりした。とても短い時間にぎゅぎゅぎゅとお客さんの来店が集中して、満席近くに一気になり、うわあ、とワタワタこなしながら、こなしていると、今日は短い時間の方が多く、気づいたらだいたい空っぽになっていて、びっくりした。

依頼をいただいて書いた原稿を夕方に送ったところ、2時間半後に詳細にいろいろのあれこれが書き入れられたPDFが戻ってきて、驚き、感動し、うれしくなった。なんというか、真面目に仕事をしている人たちがいる、組織がある、ということの喜びだったのか、なんなのか。とにかく、すごい、と思った。かっこいい、と思った。しかし僕はそれに応えられるのだろうか。その真摯さにかなうだけの真摯さを持っているだろうか。というかそもそも。と不安にもなった。

寝る前、プルースト。

6月13日(水)

昼まで寝ていた、起きた瞬間から重苦しい気持ちに覆われていた。不安。何もかもに対する不安。 飯を食う気にもならず、コーヒー豆を挽く気にもならず、ドリップバッグのコーヒーを淹れて、お湯が多すぎたらしくいくらか薄くなって、それを飲んで、家を出た、店に寄り、昨日漬けたレモンシロップを混ぜた、用事はそれだけだった、『GINZA』の新しいやつが届いた、今回の表紙もかっこよかった。
出、自転車で野方に向かった、笹塚のところで折れて中野通りに入って中野駅をくぐって、早稲田通りに入って大和陸橋のところで環七に入る、という行き方が精神的にヘルシーだった、ずっと環七を走っていたら疲れそうだ、というような。そのルートで行くと、すぐに野方に着いた。それなりに汗ばんだ。走り始めたくらいのところで、太陽が出た。走っていたらいくらか気が晴れた。
デイリーコーヒースタンドに行ってアイスのアメリカーノをいただいた、外の席で飲み、煙草を吸いながら、リュックに入れていた『収容所のプルースト』をあちらこちらと読んでいた、するとなにか幸福な気持ちになった。幸福な、安心した気持ちになった。
そういえば僕は、『失われた時を求めて』のマドレーヌを紅茶に浸して記憶がぶわ〜〜〜というくだりを間違って記憶していたというか、おそらく多くの人も同じように間違って記憶していそうな記憶の仕方で記憶していた。つまり、紅茶にマドレーヌを浸して、口に入れた瞬間に、ぶわ〜〜! が起きるのだとばかり思っていたが、実際はそう簡単なものではなく、紅茶にマドレーヌを浸して口に入れた瞬間に、「あれ? 今なんか思い出しそうになったよね!? めっちゃ今なんかすごい思い出しそうになったよね!? ちょっ、もう一回! もう一回思い出したいの!」となって、それから「それ」を召喚するために、何度もトライする、しかし先ほどのようなことは起きそうもない、惜しい、いやだめだ、もう思い出せないだろうかとなる、と、何か工夫してだったか、漫然とだったか、もう一度やったとき、ぶわ〜〜〜〜! になる。コンブレー! という。という、けっこうな試行錯誤を経ての無意志的記憶の召喚だった。それを先日、知って、そうだったのかあ、と思った、ということを野方で思い出した。
外の席にいると町の人々が目の前を通っていって、
おあ〜〜〜!
おつかれ〜〜〜!
あれええ!はじめたのお!?
はじめたのお!
あら〜〜いってらっしゃい〜!
子どもを乗せられる自転車を漕ぐ女性二人がすれ違いながら、やたらに声を張り上げてコミュニケーションをしていて、なんだかやたら清々しい気持ちいい気持ちになった。あれだけ元気に声を出したら、それだけで少し元気になりそうだ、というような。

Tシャツを買った。Tシャツ祭りが開催されていると聞きつけ、行ったのだった、デイリーコーヒースタンドの小川優くんに、僕はTシャツの作り方を教わったのだった、それで、というか、それで、じゃ全然ない、関係ない、単純にほしかったので、行って、買った、かっこいいTシャツだった。
野方を辞し、今度はひたすら環七というルートで走った、どのみち気持ちはよかった、頭の中でなにか思考の種みたいなものをコロコロと転がしているつもりになりながら、走っていた。遊ばせろ、と命じた。
いったん帰り、それからまた出て下北沢に行った、B&Bに行って、「日記を読む、日記を書く」という特集らしいよと先日教わったばかりだった『kotoba』が目に入ったので取った、『kotoba』は、今検索したところ「多様性を考える言論誌」とのことだった。それから三浦哲哉の『『ハッピーアワー』論』を取った。開いて目次を見た瞬間に、いくつかの場面の記憶がぶわ〜〜〜っと広がって、危なかった。B&Bは、移転してから初めて行ったが、棚のあいだを歩いていると面白くて、売り物にもなっているKONTRASTの本棚がB&B印として作用するところが強くあるようで、すぐに、これはとてもB&Bだ、となった。
来週、月曜日、ここで、と思った。考えるだけで緊張した。考えないように努めた。

トロワ・シャンブルに行った、下北沢に来たらトロワ・シャンブルだったそのトロワ・シャンブルに行き、コーヒーをお願いして、パソコンを出した、ここでパソコンを出すのは初めてだった、本当は本を読んで過ごしたかった、でもしょうがなかった、原稿の直しをしようとした、全然、どうしたらいいかわからない、という時間がけっこう過ぎていき、少しずつ指が動いた、そうしたら、これは、よくなっていっているといっていいのではないか、というものになっていった気がした。教育されている感じがあった。心地よい教育。
途中でコーヒーをおかわりし、そのあとサンドイッチを食べ、本を読むところには至らなかった、結局ずっとパソコンを開いていた、飲む約束をしていた方から連絡があり、出た。
トロワ・シャンブルの下で落ち合い、新代田のほうに歩いていった。住宅街を迷いながら、迷えばいいと思いながら、歩いた、たくさんの家があった、柴崎友香の『パノララ』を思い出させる家があった、『パノララ』は、代沢のあたりが舞台なんじゃないかと、読んでいるとき思っていたが、どうだったか。環七に無事ぶつかり、それで目的地だったえるえふるに着き、ビールを飲んだ、いくらかつまんだ。立ち飲み屋とレコード屋ががっちゃんこしたこの店は前に、そうだった、それこそデイリーの小川くんに連れてきてもらったのだった、今日デイリーは小川くんは不在だった、スタッフの方があった、面識があった、その面識はまさにこの店でだった、去年の夏頃、なんでだったか、三人で飲んだ、それで、えるえふる、これはいいなあ、と思って、今日は、本屋とカフェががっちゃんこしたような店をやろうとしている友人というか知人というかの方と飲むにあたって、何かひとつ参考というか何かになるのではないか、と思ってこのお店で飲むことにした、飲んだ。
しばらく飲んでいたら座りたくなったこともあって、下北沢の方に戻りましょうか、というところで戻っていった、途中、かつての線路で、緑道になるらしい工事中の道が、おびただしい数の赤い小さい工事用照明でライトアップされていて、いいイルミネーションだった。下北沢でもうひとり合流して、りゅうという居酒屋に連れて行ってもらった、下北澤ビールと、それから長野の日本酒を飲みながら、ちくわぶのバターとかの炒めもの、コハダをガリと大葉で和えたやつ、花椒っぽい風味のする油揚げのなにか、焼きうどん、ひとつひとつおいしいつまみをつまみながら、お店を始めようとしている方の候補物件について協議した、その結果、その場所がいい、絶対それがいい、物件はなまものだ、明朝契約する旨を連絡しましょう、ということに落ち着き、愉快だった。果たしてそうなるだろうか。
帰り、バーと一緒になった遅くまでやっているお花屋さんがある、という話が途中にあり、それで、行ってみましょう、となって、行った。着くと暗くなっていて、1時間近く前に閉店していた、しかし中に人がいて、覗いていたところ、扉が開き、お花、ダメですか、と問うたところ、通してくださった、それで、三人で花を選んだ、一人が、明日が結婚記念日ということだった、けっきょく全員、トルコキキョウの花束を選んだ。それでそれぞれ、家に帰った。
なにか、あとで思い出しながら、酔っ払った男が三人で花屋さんに行って花を買って、家に帰る、というそのなにか一連が、これはなんだかものすごく愉快なことだったんじゃないかというような気になって、とてもよかった。

寝る前、プルーストを少し。スワンがしんどそう。

6月14日(木)

朝から晩までよく働いていた。味噌汁、トマトソース、ブロッコリーの白和え、チーズケーキ、鶏ハム、ピクルスをこしらえた。
隙間の時間を捻出し、原稿の手直しをした。昨日やっていたときに、これは俯瞰できた方がいい、テキストエディタ上だと全体が見えない、全体が見えないと展開の整合性のようなものがよくわからなくなったりする、と思い、印刷した。もともと、最初に書いたときに、一行の文字数がこれで行数がこれで、こんな感じだよなというレイアウトを、InDesignはいったん解約したのでイラレで組んでいて、そこに書いては流して、面白がっていた、それをPDFにして印刷した。それを見ながら、赤字というか黒だったが黒字を入れ、直し、また印刷し、また黒字を入れて直して、これでどうだろうか、というものになったので、送った。また早かった。1時間半後に、またいくつか指摘してくださっているものが戻ってきた。本当にすごいなあ、と思って感動が強まった。敬服。だいたいオッケーが出たような感じだった、なんというか本当にほっとした。ほっとしたまま放っておかないようにしなければ。

10時くらいになってやっと何か手が空いた感じがあり、座り、伊藤亜紗の『どもる体』を一章読んだ。「ノる」。リズムの持つ力とは、「解放ではなく秩序、自由ではなく規則にある」と書かれていた。

同意した/していない、主導権がある/ない、自由/不自由、そんな二項対立がすべて無効になってしまうのがリズムの状態です。気づいたときにはすでに巻き込まれていて、パターンとともに動いている。私の運動の主語を私だと言うことが憚られる、というより主語を問うような私が消えてしまっているのが、「ノる」の特徴でしょう。レヴィナスは言います。
「なぜそれらのこと〔同意や引受や主導権や自由〕について語ることができないかというと、主体はリズムによって掴まれ、連れ去られるからである。(…)しかも、みずからの意に反して、そうなるのでさえない」。 伊藤亜紗『 どもる体 』(医学書院)p.180

ぽやぽやと働きながら、昨日のことを思い出していた。トロワ・シャンブルを出てからの時間。まだ暮れない空のなかで、繁華な下北沢から静かな住宅街へと、たらたらと歩き、適当に迷いこみ、せり上がった小さな踏切を越える。アップダウンの激しい道のわきに立つアパートに向かって歩いていく人の後ろ姿があった、カンカンカンという足音を立てながら、外階段を上がっていった。彼女は、新代田駅ではなく下北沢駅を使い、それなりに歩くことを選択して日々を過ごしているのだなあ、と思った。生活。それから大瓶のビールをグラスに注ぎ注ぎ、飲みながら、物件紹介の紙を広げて、内観の写真を見せてもらって、まだ見ぬ店のことを考えた、それから、もうとっぷりと暗くなってから、下北沢に、別のルートを通って、今度は豪奢な家々を両手に見ながら歩いた。居酒屋に行き、また店のことを話し、一人の人間の重大な決断を無責任に愉快に後押ししながら酒を飲んだ。今日、連絡があり、不動産屋に連絡を入れ、その物件で話を進めることに無事なったという。「これから店を始める」というステータスというのは、ウキウキするものだなあ、と思う。静まった一番街をとことこと歩き、花屋。花束。それぞれの帰路、それぞれの家の中に流れる時間。なんだか、妙に「いいな」と思って、思い出していた。

寝る前、プルースト。ヴェルデュラン家の夜会とは桁違いのたくさんの人がいるらしい、ザ・社交界的な場面が描かれていて、なんともえげつなかった、きっつー、いたたまれなー、と思って、寝た。

6月15日(金)

起きづらかったのは空が暗くて部屋が暗かったせいかもしれなかった。出たい時間より10分ほど遅く家を出たらちょうど雨が降り始めた。なんというバッドタイミング、と思ったが、小雨だろう、と思い、自転車にまたがり、スーパーに着くまでにずいぶんしっかり濡れた。レジに並びながら外を見ると先ほどよりも強く降っていて、傘を買った。

やる気起きず、なんとなくいろいろを放っておいて、開店。気分晴れず。カレーを仕込んだりしながら、日記特集の『kotoba』を開いて、最初に林望の文章を読んだ、古来から、日記という形式は物語や歌集や随筆と不可分というか地続きにあった、とあった。そのあと小林エリカのやつを読み、『親愛なるキティーたちへ』を読んでみたくなり、そのあとみうらじゅんのやつを読もうとするも、何度も吹き出しそうになって、断念した。

お客さんが帰りがけ、行こうと思って今予約しようと思ったら、売り切れてました、と言われて、え、と驚いて、ほぼ同じタイミングで友人から同じ内容のメッセージが来ていた、月曜のトークイベントのチケットが売り切れたらしい。マジかよ、と思った、どうやら増席してまた買えるようになるようなのだけど、それにしても、どのみち、マジかよ、というところだった。
それにしても何か、行くよ、であるとかを言ってくれた友人やお客さんのことを思うと、なにか、想像したら、なんだか何かの俺の人生の大団円みたいな光景になりそうというかそういう気分になりそうで、変に感動しちゃいそうだ、と思った。泣いたりしたらどうしよう、なんの場なんだっけ、俺の葬式とかだっけ? と思った。
雨がずっと降っていて、やらないといけないことがいろいろあったような気がするが、なんだか動く気がない、カレーとチーズケーキを仕込みするだけでよかったんだっけ、多分よくないと思うのだけど、いいんだっけ。動く気がない。本棚から保坂和志の『この人の閾』を取ってきて、開いた、すると、最初の数行だけで、なにか気がほっと安らぐような、落ち着くようなところがあって、いつもそうなる、と思った。これはなんなんだろうか。

そのあとぼーっとインスタを見ていたら、フヅクエの位置情報というのか、フヅクエにチェックインというのか、の投稿を見ていたら、3日前の投稿に、今日は友達とおしゃべりをするから入らないけれど、今度来てみようかな、というようなテキストとともに、店内の写真が何枚かあって、ということは写真だけ撮って帰っていった、という方があったということで、最近そんな方を見た覚えはなかった、ひきちゃんがいた時間にそういうことがあったのかな、と思ったら、写真の奥に僕のジャケットが掛かっているように見えて、あれ、と思って、もう一枚の、ソファの方向を写したものを見ると、本棚の上に『新潮』の日記特集の水色の号、『重力の虹』、それから『わたしたちの家』の冊子というか小さい本、があって、だからたぶん、2月か3月の写真だった。3日前は6月12日だ。なんというか、興味深かった。それにしても、暇だ。十時になった。

「夜は十時ごろには二人とも寝ちゃうから。何しろよく遊ぶ二人でしょ、だから、ダンナが帰ってくるまでにはだいたいそこで一度眠るでしょ。
朝も洗濯物干したあとでお昼まで寝ることもあるし、午後お昼寝することもある——。
ま、でもやっぱり、眠るんだったら午前中より午後の方がだんぜん気持ちいいわね。
横になってるからだのまわりをゆっくり空気と時間が流れてるみたいで、なんかフシギィなノスタルジーに包まれる感じがするの——」
真紀さんは合い間にビールを一口ずつ飲んでいて、ぼくは「不思議なノスタルジー」と繰り返した。
「なんて言うかさあ、ラテン・アメリカの小説なんか読んでると、村じゅうが微睡んでるような描写が出てくるじゃない。
天井で扇風機がカラカラ回ってるような駅の事務室があって、そこに一日一本しかない長距離列車が入ってくるんだけど、降りてくる人はたった一人で、改札には誰もいなくて、事務室からラジオの音が聞こえてくるからその中を覗き込むと駅員がうたた寝してて、ラジオは革命に失敗したテロリストのグループが山に逃げ込んだっていうようなニュースをしゃべってて、駅を出ると物売りのおじいさんが道端の日陰で荷物に寄りかかって熟睡していて、その向こうではバナナ畑の大きな葉っぱがゆっくり風にそよいでいる——っていう、そういう感じ」 保坂和志『この人の閾』(新潮社)p.60,61

まったく暇な金曜になった、今週の平日のどの日よりも暇だった、どういうことだ、金曜、と思って、それから、それから。
『週刊ベースボール』を購読しようかな、と思った。トイレに入ったら、イチローが表紙の『Number』があって、ちょっとイチロー見飽きたな、と思った。『週刊ベースボール』の最新号は松坂世代的な特集らしかった。それにしても『週刊ベースボール』は、もしかしてこれ週刊なのか!? と思ったら、毎週野球の雑誌があるなんて夢みたいだと思ったし、なんで今まで気に留めなかったのだろうと思った。ポチって、帰って、プルースト。

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