本の読める店

読書日記(70)

Entry diary70

1月27日

寸時も座らない一日だった、猛烈に忙しかった、お客さん数、売上、ともに歴代1位の日だった、とにかく動き続けていた、ただ、いい日だったのかどうかはわからなかった、精神的に疲れることもある日だった、フヅクエという場所を欲望して来た方、というばかりではない感じがあった、お昼ご飯食べてサクッと、みたいな方が多くあった、大丈夫かなと思った、こちらは構いはしないけれど、この店はそういう過ごし方に向けてチューニングされた店ではないですが、大丈夫?と思った。売上は本当にとてもよかった、ただ気持ちはなにかしゅんとしたところがあった。

すれ違いのようなものが起きると、ついそれを未然に防ぐための、守りの姿勢を取りたくなる、が、僕がやることというかこの店がやるべきことはそれじゃない、すべきことは「本の読める店」の時間をたしかに欲望する人たちに花束のような言葉を手向け、迎えることだ、

でも続けば疲弊はしていくし、疲弊したら、楽をしたくなる、強い言葉の注意喚起のようなものを、ほとんど警告のようなものを発して簡単にフィルターを掛けられるようにしたくなっていくのだろう、だろうというか、だ、違うよ違うよ、ちょっと踏みとどまって考えてから入ってねという、というかそれは現在の前の段階だ、後戻りしてはいけない、それを越えて今があるのだから、だから

いくつものいい顔もうれしい言葉も、あったはずだ、ネガティブなものの力は本当に強い、塗り替えられる、一日が

疲れる。こうやって疲れてみると、それなりに闘っているんだよなあ、と思う。いい一日だったはずだよ。忘れちゃいけないよ。

1月28日

昨日の夜は先週分の日記の推敲をしていたら途中で寝ていて、パソコンを膝の上に置いた状態で寝ていて、布団に入った、本を読みながら寝落ちというのはよくあることだが、パソコンと向かい合いながら寝落ちというのは記憶にないことだった。はっきりと疲れていたらしかった。

今日も忙しい日になった、歴代で言ったら4位だろうか、でも今日は昨日と違った、なんというか、いい時間がガシガシ流れている感じがあった、ほとんどの方がちゃんとフヅクエを欲望して来てくださった方だった、それはやっぱり美しく、勇気を与えてくれる光景だった、僕は感動して、閉店後、感動して酔っ払った、ている。

1月29日

飲みすぎた、昨日は閉店後、追いつかなかった洗い物をOMSBの『Think Good』を大きな音で聞きながらやって、「誰かにとっての最高でも、誰かにとってのクソ野郎、誰にも合わせるつもりはないが実は誰にも嫌われたくないんだ」とOMSBが歌っていた、洗い物を全部やっつけて、全部が済んで、とにかくお腹が減った、と思いながら、椅子に座り、へとへとで、まずは、と思ってビールを飲んだら次のビールに手が伸びその次のビールに手が伸びた、一本目はBrighton Bierという醸造所のThirty Threeという、テーブルビールというらしい、ペールエールとも書いてあった、軽いペールエールで、アルコール度数は3.3%だから本当に軽い、なるほどテーブルビールという感じがする、しかも昼飯のテーブルだ、明るい時間が似合いそうなビールで、すごくおいしかった、それからベアードビールの帝国IPA、常陸野ネストのホワイトエール、と続けて飲んだ。店をやっているといろいろなビールが飲めて便利だなと思って喜んだ、帰ってからもウイスキーを2杯飲んだ、妙に高ぶっていた、それで寝たら飲みすぎたらしい、おでこのあたりがぽーっとしている。店に出ていくらか仕込みをして、ゆっくりしてきます、と言って家に帰った。
その前に肉のハナマサにおしぼりを買うために寄った、すぐにおしぼりを取ってレジに向かうと、2袋なら777円、4袋なら1555円、4つ持ってレジに向かうと、やたら長身の、肌の深いこげ茶色の、サングラスをつけた男性がいた、なにか落としていたものを拾っていた、左手にはフグレンの紙カップがあった、陽気な空気をまとっていた、紙カップが手から落ちた、そのあとサングラスも落ちて、拾った、たくさんのものを落とす人のようだった、大きく振りかぶった右腕を頭上を通り越すように動かして「ぶふぅ〜〜〜〜」と言って、それからゲラゲラ笑っていた、レジの人は「サンキュー」と何度も言っていた、笑いの絶えないレジだった。

家に着くとルイボスティーを淹れて文字起こしを始めた。楽しくて仕方がなく、3時間くらいずっとやっていた、なんというか、「ひとの読書」、前回のときもそうだったけれど一度自分がいた時間を再生して聞き直して生き直すようなこの感じは、幸せ以外なにものでもない感覚に満たされる、ずっと文字起こしをしていたかった、なのでしていた、いけない、と思い、夕方になって30分だけ昼寝をした、よく寝た、起きて店に出た。
トンプソンさんと入れ替わりで、トンプソンさんが忘れていった本を、「按田餃子の按田さんの本なのでお手すきのときにどうぞ」とのことだったので、『たすかる料理』、開いてみたところ、誰にでも開かれた場所でありたい、おしゃれな人にもそうじゃない人にも、たとえば突然オペラを歌いだしちゃうような人であったりとかにも、みたいなことが書かれていて、日々思うことではあったけれど、誰にでも開かれた場所でありたい、と言いきることも覚悟の要ることだし、一方でフヅクエのようにすべての人に向けてやるつもりは一切ない、と言いきることだって、覚悟の要ることだ、と思った。僕は、こっち。
昼は平穏、夜は少し忙しい、というふうだった、平日のバジェットは超える客入りだった。今日は谷川俊太郎展は休みの日だった、もしかしてフヅクエは普通に調子がよいのではないか、と思った、先週の平日のだいたいが暇だったことはすっかり忘れて。
体がちゃんと疲れていた、動いていると、下半身であるとかがしっかりと重く、動きづらく、なるほどこれは疲れだ、というものだった。

夜だけ入る日だと、時間があまりないな、と思いながら働いていた、やらないといけないことをやっていたら、どんどん閉店時間が近づいていった、多少忙しいというか、いつもの暇な夜と比べたらいくらか忙しい日というのも、当然あったろうけれど、どんどん閉店時間は近づいていった、どうにかやるべきことを終わらせて、日記を書いていた、そうしたら存外に遅い時間になった、しかしパソコンになにかへばりついていた、今日やった分の文字起こしの文章を途中から読んだりして、やっぱりいいなあ、となったりしていた、遅い時間になった。帰ってウイスキーを飲んで、今度はこの今の日記を書いていた、本は、今日は、一度も開かれていなかった、これから武田百合子が開かれるだろうか。

それにしても、人とネガティブなやり取りがあると、ちょうど『高架線』の演劇をまったく面白がれなかった僕はああだこうだと書いたけれど、そのことを思い出さないではいられなかった。やはり、なにかを「ダメだ」と評することは難しいというか、隙が簡単に生まれるんだよな、というか。簡単に、まったく正当性がなくなるというか。僕の『高架線』の感想も、同じようなものなのだろうか、おかしな暴力みたいなもの、不当な悪感情の発露みたいなもの、でしかないのだろうか、どうなのか。
それにしても今日もTwitterを検索していたけれど『高架線』は評判が本当にいいみたいだ、なんというかそれはよかった、もし誰しもがけなしているとしたら、僕が書いた日記も、その「ボロクソ言っても大丈夫」という空気に乗って書いたものになりそうな気がして、でもどうやらそうじゃないから、評判がいいようでよかった。
いろいろ考える。僕はやはり総じて演劇版『高架線』は登場人物たちに対して失礼だと思う。「私は、話しながら、自分は柚子子のことをちゃんと話せていないなと思った。柚子子は、茶太郎や私の話のなかにいたような、それだけの人ではない。ちゃんとうまく話せはしないが、それだけは言っておきたい」という、この意識が徹底的に欠けていると思う。当然このセリフはなかった。この欠落によって語るものも、語られるものも、どちらの名誉も守られなかった、どちらも傷つけられたままだった、と思った。

1月30日

武田百合子は開かれた、寝たくなかった、なんでか寝るのが惜しかった、3時過ぎまで読んでいた、開くページ開くページぐっとくる。

心身に烈しい癇癪と鬱積したものを持ち抱え、寺の二階に一人こもって勉強するときは、中国文学者になろうか、僧侶となってめとらずに、生涯を大蔵経を読んで送ろうか、と、小作りな坊主頭が痛んでわれそうになるまで悩んでいた人も階下におりてきたときは、父母の前でやさしい気持になった。 武田百合子『あの頃』(p.166)

「冬の象」という一編がよかった。いやどれもよかったが、ことにこの一文がとてもよかった。「悩んでいた人も」で打たれずに「階下におりてきたときは」まで続いてから打たれる読点にドキッとして、いくらかジェットコースターに乗るような振り回されるよろこびがあって、「父母の前でやさしい気持になった」で意表を突かれた。「菓子喰ひてやや喜びし冬の象」という、武田泰淳の、幼名の覚から取った沙通という俳号で歌われた句が挿入され、続く段落でもまた、とてもぐっときた。

蛇以外の動物は、たいてい好きであった。「草屋」にのっている武田の俳句のなかでは、動物をよんだ句が好きだ。ことにこの句が好きだ。
そういえば、晩年、私の様子を、トラのように喰う、トラのように吠えたてる、トラのように咬みつく、と笑って「おい。トラ」とよんだ。そして「俺は、象さ」と言った。西へ向って歩いて行く象の足もとで、何もわからないトラがせかせかと足のまわりにじゃれつき、吠えまくっていたのである。
やや喜びし冬の象。——うんとは喜ばなかったのだな、と思う。 同前(p.166,167)

トラ、と呼んでいるところがそういえば『富士日記』でもあった。トラ、首が痛むか、といって困ったように百合子の首あたりをさする、そういう場面があった。

起きて、店に行った、コーヒーを飲んだ、大家さんのところに行って家賃を払って、それから店を出た、家に帰った、眠かった、洗濯物を回して、そのあいだだけ文字起こしをやろう、と思ってやっていたら、いつまで経っても「ピー」と鳴らないので、見に行ったら回っていなかった、蓋がしまっていなかった、それで「まだ文字起こしをしていられる」みたいな妙な喜びを感じながら引き続き文字起こしをして、そうしているうちに夕方になった、まだなにも食べていない。干して、眠く、しかし、ソファに、いや立ち上がれ、トイレ、ソファ、どうにか、そうやって外に出て、代々木公園を二分する通りから見える右サイドの代々木公園の斜面はまだまだしっかり雪だった、日が当たる時間がだいぶ違うのだろう。
自転車をそのまま走らせているとカレーうどんの店があった、千吉というらしかった、カレーうどん。16時、腹ペコだった、カレーうどん。片川三郎が秩父で作る、おいしいカレーうどん、と思って、これはこれはと思って入って、うどんを食べた、おいしかった、野球の記事を読みながら食べた、目的地のひとつはスパイラルだった、スープ皿や、ハンドウォッシュをなにか、と思って行ったが、けっきょく何も買わずに出た、それから竹尾の青山見本帖に行った、「STOCK MEMBERS GALLERY 2018」という展示だった、友人というか知人というかの方が出展していて、かっこいいフライヤーというのか案内のやつをいただいて、前から見てみたかったので、というのと、今日は、なにか美しいものに触れたくて、触れられるのではないかと思って、行った。栗原優香、タイトルは定かじゃないがたしか「informe」というもので、あれは何で描かれたものなのだろうか、黒い線がくるくるとしているドローイングで、今は3人の人の展示があったのだけど僕はもっぱらそれだけを見ていた、見続けていた、踊っている黒い線があって、それはまったく踊っていた、ひりひりと踊っていてドキドキしながら見ていた、線を一本一本追っていくとそこに時間があって時間があるということは物語があって、判断があって、躊躇みたいな時間はあったのだろうか、とにかくスリリングで目が離せなかった。ちょっと、意想外にすごく強烈に感動していって、泣きそうな感情を覚えながら見ていた、これはずっと見ていられるやつだ、見飽きない、いや「飽きない」という言葉は失礼で、率先して見続けていたい、というものがあった、わからないけれど、黒であり同時に白でもあるというのは、それはまさにこれが体現しているのではないか、と思った。重い腰を上げて行って本当によかった。

それからフグレンに行ってピンチョンを読んでいた、なかなか像を結ばない時間が続きながら、随所でハッとするようなところがあって、それで長々と読んでいた。なかなか進まなかった。そのあとはユーロスペースに清原惟『わたしたちの家』 を見に行った、人がたくさんあった、待っている時間立ちながら武田百合子を読んでいた、それから映画を見た。
これは、すごい、映画だった。ともにたしかにある、というこの手触りはすごいものだった。
冒頭、パジャマで踊る女の子たち、アップテンポな音楽がずっと流れていて、彼女たちの笑い声がふっと浮かんだり、消えたり、また浮かんだり、して始まった。次の場面は朝の家の1階で、朝ごはんの準備をする母親の姿が低いところからまっすぐ捉えられていて、左にある鏡の役割を果たしているというか鏡なのか、なぜか引き戸の一部に鏡が嵌められているのか、母の臀部であるとかが映っていた、鏡、と思った。そのあとは風だった。風!という風が吹いていた、制服姿の女の子二人が広々としたところを歩く、それを後ろから追う、あの風景は圧巻だった、手を伸ばせばなにかに触れる、実体としての風があった。それから二人は浜辺に出て、波の音があって、画面は変わって無人の家で、波の音はずっと持続している。すごかった。僕はとにかく片方の世界の主人公の少女せりの場面がひたすらによくて、とにかく魅せられていた、海もすごかったし、化粧台の鏡の乱舞みたいなところもすごかったし、紙であるとかを燃やすところも、その炎も、照らされる顔も、爆ぜる音も、すごかったし、極めつけはやっぱり自転車の荷台にクリスマスツリーを載せて走るところからで、電柱がまっすぐ何本も並ぶ長い道を自転車で、奥に奥に走っていくせりのカットは、ずっと見ていたいという情景だった。それからすごい獣道めいた道をかき分け進んで、海に出た、出るとは知っていたけれど、なんて道なんだろう! 海に出た! 抱えたクリスマスツリーを地面に置いた! 当然そうなるだろう、なって当然だろう、と思ったとおり、それはそこで電飾が光った! そこで感極まった、なんて美しい場面だったのか。
それから、帰ってきたせりと、もう一つのさなの世界が真っ向からぶつかるというか重なる家の2階の場面。なんという緊張感なのだろう、という緊張感で、ひりひりした気分で見ていた。すごいことが起こって、わあ、と思いながら見ていた。
それにしてもそのわたしたちの暮らす家は本当におかしな構造というか、どういう構造なのか結局よくわからない家で、半地下というか一歩おりる扉のあるところもそうだし、洗濯物干し場の位置もまったくわからない位置取りで、とにかくおかしかった。家はもちろんそうだし海に行くところも浜辺も獣道も轟々と風の吹き荒れるフェリーの甲板も、どこもがすごく強い風景だった。ロケハンの天才なのかと思った。
冒頭の踊りの場面からスリリングだった音も全編通して本当に豊かで、たしかにその音は鳴っている、という音がずっと鳴っていた、それは僕にも聞こえたし彼女たちにも聞こえていた、彼女たちというか、彼女にも、また彼女にも、同時に聞こえていた、ともにたしかに聞こえていた、そういう音がずっと鳴っていた。あとのトークで「肯定」という言葉が出てきたけれど、なんていうかそれらはほんとうに、鳴っている、たしかに鳴っている、というものだった。つい、『高架線』を引き合いに出してしまうけれど、僕にはかたばみ荘は見えなかったのだけど、ここで鳴っている音は僕にも聞こえた、そういうたしかな音がずっと鳴っていた。

それから店に行って、閉店まで武田百合子を読んでいた、今日はひきちゃんと少し話す予定だったので、店が終わり、せっかくなのでというところで向かいの居酒屋に行ってビールを飲み飲み話した。展示がよかった話、映画がよかった話をした、ひきちゃんは終電の時間になったので帰って、僕は少し残り、飲み飲み、前に保存していた滝口悠生のインタビューを読んだ、それから『わたしたちの家』のWebを見に行ったら錚々たるメンツのコメントのところに滝口悠生の名前があり、ここのところ滝口悠生づいていると思った。

1月31日

昼過ぎ、店を出て自転車で西早稲田のほうに行った、「箱根山」の文字を見かけて柴崎友香の『千の扉』を思い出した、『千の扉』と『わたしたちの家』はきれいに響き合っていた。
それで装丁の緒方修一さんと NUMABOOKSの内沼晋太郎さんと打ち合わせだった。楽しみにしていた束見本ととうとう対峙した、なにも印字されていないまっさらな、分厚い本。心躍った。2パターンあった、白い紙とクリーム色の紙で、全然紙質が違うものだった、面白かった、クリーム色のやつのほうがストレスなく本を開ける、背に対してストレスを掛けずに本を開ける感じがあり、そちらのほうがいいと思ったし言った、そうかーこれにあれこれ、印刷されるのか、すごいなあ、と感心したというか、うれしくて束見本をずっと触っていた、天アンカットのギザギザは見飽きない波だった、それであれこれと話し、次の打ち合わせでは緒方さんのデザインを見ることになるのだろうか、それはたぶんすごくドキドキすることだというか、ただただ楽しみだった。
打ち合わせが終わり内沼さんと本のことを話しながら歩き、それから目についた、いいですよねこれで、と言ってマクドナルドに入った。マクドナルド。デジタルサイネージというのか上のメニューのあれこれが、5つくらいの画面がそれぞれ独立したものを映していたり、ひとつづきになったり、こんなことになっていたのか、という光景だった、100円のコーヒーを買って席についた、それで本のことではないことというか先日見た『高架線』のことや昨日見た『わたしたちの家』のこととかを話していた、マクドナルドは快適だった、これはすごく快適だなと思った、とにかく広いし、楽だし、おそろしく安いし。どうでもいいカフェみたいなところに入るくらいなら絶対にこちらのほうがいいと思った。
別れて初台に戻った。まだ少し時間があったのでドトールに入ってピンチョンを読んでいた。時間になったので店に行って、バトンタッチし、夜僕がやるべきことは特にないような感じだった、なんとなく体が疲れている、昨日今日と自転車を漕いでいたからだろうか、バカみたいな話だが疲れていて、肩が重くて、特にやることもないし暇だし、それで引き続きピンチョンをわりと長い時間読んでいる。
昨日フグレンで読んでいるときは昨日は全然像が結ばない感じがあり、重い足取りでただページが進んでいくという時間が多かった、一方で今日は、単純にスロースロップの話はわかりやすい動きがあって読みやすいからなのか、いい調子で読んでいた、しかし途中で眠くなって、それはまぶたが重い、というようなしっかりとした眠さだった、冷たい水を飲んだりして目を開けた、仕事中に俺は何をやっているのだろうか、これは働きなのか、暮らしなのか。どちらでもあった。

夜、読書にも疲れて今年の読書の記録をどうするかというか、もしかしたらこうしたら気持ちいいのではないか、読了に縛られないうえで記録魔の気持ちが満たされるのではないか、というので、スプレッドシートを触っていた。すごく気持ちの悪い、つまり気持ちのいいものができた。これならば、というものが。しばらくこれで運用してみよう、という気になった。

2月1日

いくつかの仕込みをした、昼から少し雨がぱらついていた、お客さんが誰も来なかった、誰も来やせんなと思いながら座って、本当に誰も来ないものだから、それでパソコンから大きな音を流して文字起こしを進めることにした、するとちょうどひとまず通して文字起こしが完了、という、本当にそのタイミングで初めてのお客さんがいらした、16時ごろだったか。そこから数人来られ、夜は雪になるのだろうか、文字起こしをしていたら読みたくなった平出隆の『ウィリアム・ブレイクのバット』を本棚から取って、夜になったら店を出た。
変則的な日だった、休日という感覚もないしだからといって働いた日という感覚もないが、でも休日という感覚のなさなのか、家で夕飯を作ってゆっくり食べよう、という気に珍しいことになって、どこにも行かずに家にいよう、という気に珍しいことになって、スーパーに寄って買い物をして、帰って、ご飯がつくられた。白菜と豚肉のミルフィーユにする意思が感じられない鍋とうるいと人参とたこの酢味噌和えときのこの炊き込みご飯をこしらえ、ビールを飲んだ、うるいというものを初めて食べた気がする、山菜だった、生で食べられるものだった、おいしかった、どれもおいしかった、なんだかすぐに眠くなって、満腹で、ソファに横になっていた、眠って、起きてみてもなにも動く気が湧かない、と思っていたら体がぱさついた感じがして、プロペトを塗りたい、と思ってそれでやっと起きあがった。
ベランダで煙草を吸いながらエゴサーチをしていたら演劇版『高架線』の感想のツイートに当たり、一連のツイートを読んでみた、それは小説は小説で好きで、演劇は演劇でとてもとても楽しんだ、という方のツイートで、なんというか初めて、楽しんだ人の楽しみ方に説得されたというか「ああなるほど、そういうことか」という気になった。要は、要はというか、あの小説を読む時間の総体みたいなもの、があの演劇を見る時間の総体と重なった、いや重なるではないか、別に似ている必要はないのだから、なんだったかな、とにかく総体として、よい、強度がある、充実している、というところだっただろうか。
それで、僕はなるほどと思って、僕にとって『高架線』を読む時間の総体とはなんだったのだろうなと考えながら、起きたのでちゃんとシャワー浴びよと思って浴びていた、僕にとっての『高架線』はたぶんかたばみ荘をめぐる物語とかはたいして関係なくて、それぞれの語り手が語りを重ねていくに連れて、彼らそれぞれに対してできていく信頼みたいな、そういうものの連続というものなのかもしれない、と思った。好きになって、バトンタッチ、好きになって、バトンタッチ。だから、僕にとって『高架線』は語り手を信頼、あ、そういうこと言ってくれる人なら、はい、みたいになれなければもはやなんの意味もない物語になってしまうということで、演劇版ではそういうことになった、ということなのかもしれない、と思って、なんというか、強烈な拒絶感を始点にしてという、決して幸せなものではなかったけれど、こう、好きな作品のことをあれこれと考えることができる、ということはなんというか楽しいことだなと思って、風呂から上がった。

2月2日

寝る前は平出隆を開いてだがしかし、久しぶりに読んだがやはり気持ちのすーっと丸まるような、やわらかい静かないい文章がどのページにもあった。アブソリュート・ビギナー。それから寝床に移動してピンチョンをいくらか読んで、すぐに寝た、それが昨日だった。
休んだ、といっても半分だが、休んだ翌日はエンジンが掛からないようなところがあり、たいしてやることもなく、昨日終えた文字起こし原稿の推敲をして過ごしていた、推敲が終わったと判断されたためWordとPDFにして、お話をうかがった方にお送りした、ご多忙のところ恐れ入りますが来週9日までにお戻しいただけますでしょうか?云々、知れた仲だが知れた仲ではないふうの、というか取材のときのような文面を僕も送ってみたいと思って、そういう文章をこしらえてお送りした。
エンジンはいつまでたっても掛からなかった、朝は、雪がそういえば降っていた、傘をさして歩いた、雪がいい勢いで前後左右を降っていて、清々しい思いだった、坂道を上がった。靴は濡れなかった。昼過ぎには弱い雨になって、午後には多分だいたいやんでいた。
エンジンが掛かったのは夜になってからだった、夕方まではポツポツだったが夜になって、平出隆を開いて数ページ読んだタイミングだった、夜になって、ちゃんと営業らしい営業になり、それでやっと働くモードみたいなものになった、それはちょうどいいことだった、働くならばしゃっきりした気持ちで働きたかった、しかしそれはしゃっきりが必要にならない以上はできないことらしかった、なので夜のそれはちょうどいいことだった。

夜、お客さんと『高架線』の話をした、原作厨、でもいいのではないか、ということを言われ、なにか清涼な気分がすーっと流れていくようだった、どちらを擁護するといったときに原作の登場人物を、だって見知った人と知らない人だったら、見知った人を擁護したくなるでしょう、それでいいのではないか、ということを言われ、とても、たしかに、と思った。
寝る前、2ページだけピンチョン。

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