本の読める店

読書日記(69)

Entry diary69

1月20日

寸時も座らない一日だった、猛烈に忙しかった、去年で一番忙しかった日の次に忙しい日だった、その猛烈な忙しさのなかでパンを焼く、チーズケーキを焼く、春菊を湯がく、スープを作る、チーズケーキを焼く、ということをやってのけた自分の処理能力というか、フヅクエ運用能力の高さというかほとんど極まりだ、この忙しさのなかでそれだけの仕込みができるということがちょっと意味がわからない程度にすごい、と思って、なんというか自分のそのすごさにすごく満足したそういう日だった、それにしても忙しかった。
テンションが上がって、日曜が更新日だから読書日記の推敲をしなければと思って、ビールを飲んで、ラーメンを食って帰ろうかとも思ったが、なんだろうか、時間が12時40分で閉店まで20分でなにか急かされながらラーメンを食べるのもどうだろうというのと、早く帰って早く推敲を済ませたいみたいな気も起きて、だから今晩は夕飯はなしにした、朝に食べたご飯2杯と納豆が食事のすべてということになった、コンビニに寄ってビールの、なにかご褒美的にエビスのロング缶を買って、帰って、シャワーを浴びて、ビールを飲みながら日記の推敲をして、酔っ払った、頭がくらくらする。今日はすごい働いた。

日記の更新を済ませて外で煙草を吸っていたらなんだかもっと飲まないといけないような気持ちになって、変なテンションだった、白ワインをグラスに注いで一息で飲んで、それから布団に入った、どうせすぐに眠るからとピンチョンは持って帰らず、『AM/PM』を持って帰っていた、それは正しい選択だった、6ページくらい読んで、寝た。

1月21日

開店前の時間にPUNPEEのアルバムを聞いていた、昨日も聞いていた、今朝は朝から頭のなかで鳴っていたから今日も聞いた、そうしたら時計、未来、タイムマシーンという言葉が聞こえてくる曲があって、それでベン・ラーナーの『10:04』を思い出していた、『The Clock』の場面と、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の写真。

今日も似たような調子で忙しかった、1人、「谷川俊太郎展」のフライヤーを持っている方がいた、2人、オペラシティアートギャラリーのギャラリーショップの袋を持っていう方がいた、やはり、ここのところの好調は「谷川俊太郎展」に負っているのだろうなと思った、3月までだ、おこぼれをちょうだいしたい。
と思って、パラサイトするフヅクエ、と思って、これはなんだか不健康というかよくないなと思った、谷俊の力を借りずにちゃんと集客できるようにならなければならない。

夜は今日はすっかり暇だった、仕込みを一所懸命やって、それで今は9時、ゆっくりしている、座っている。
それにしても暇にしても暇だった。6時以降に来られた方はたったの一人だった。忙しかった金土日の疲れが出たのか、僕はただただ座っていた、んだっけか。忘れちゃったな。閉店前、鶏ハムを仕込み、閉店し、またPUNPEEを流し、「なぜ今日するのか」と思いながらシンクの排水管の詰まり予防みたいなのでなんか伸びるやつでガシガシやり、夕飯を食べながら野球の記事を読み、ご飯は3杯食べ、体が動かず、ビールを2本飲み、武田百合子を数ページ読んで、やっぱりよくて、ちびちびと舐めるように読めるのはありがたくて、明日はどれだけの雪になるのだろうか。

1月22日

昨日の夜から明日は午前中に代々木八幡で予定があるのでせっかくだからどこかでコーヒーでも飲もうと、思って、それをどこで飲んだらいいか、ということを考えていた、それはなんだか楽しみな予定みたいなところがあった、だから悩んだ。スイッチコーヒーが最有力候補だった、最近代々木八幡駅前にできた、NUMABOOKSの事務所も目と鼻の先だし、それが一番いいような気がした、何時からだろう、と調べると月曜は休みだった、それでどうしたらいいものかと考えていた、やなか珈琲店だろうか、そうしようか、と思っていた、いや、もっと足を伸ばしてリトルナップに行ってもよりいいかもしれない、とも思った、しかし、これは朝にも引き続き悩んでいた、しかしもうみぞれみたいなものが降り始めていた、それでリトルナップまで足を伸ばすのは気が引けた、やなか珈琲店に行こう、と思って歩いていると最近できたホステルの前にコーヒーを知らせる看板があり、入った、それでドリップコーヒーをお願いした、各席に灰皿が置いてあり、珍しい気分だった、吸った、コーヒーはおいしかった。

NUMABOOKSの事務所はそこから徒歩10秒だった、行った、それで内沼晋太郎さんと打ち合わせというか直した原稿を一緒に見ていった、楽しかった。いろいろと、楽しいことになっていこうとしている。それにしても原稿を見ていてやはり思うのはこの本は本当に幸せな本だということで、誰よりも僕にとって、これは本当に幸せな本で、やはり面白い気分で本を読んでいるときはいきいきしているというか、読んでいて楽しい具合が伝わってくる、そこにその本の引用が挟まれたりしているのを見ると、本当に幸せな光景がここに広がっているなと思う、うれしくなった。
校正の入った原稿を見ていると、漢字の表記が僕は面白いと思って、鉛筆が多く入っている、「観る?」「聴く?」「造る?」 僕は全部にノーと言う。「見るが好きです」「聞くが好きです」「作るが好きです」 なんというか、そんなところに、「造」を難しいというかはわからないが、そんなところに難しい漢字を使うのはもったいない、と思っているふしがあるらしかった。難しい漢字はもっとちゃんと必要な場面で使いたい、みたいな気分があるような気がした。これまではただ僕はフラットでありたいだけなのかと、そういう表記への鉛筆を見るにつけ思っていたが、それと同時に「もったいない」という気分もあるのだな、と今日思った。
今日検討していて面白かったのは『富士日記』の引用箇所で犬の名前を「ポコ」のところを僕がずっと間違って「ボコ」だと思っていてボコとしたままにしているところだった、僕は「ここ、ボコでいきたいんですよ、あとでずっとボコだと思ってた、ポコだった、と書いているし」と言ったが、内沼さんはそこは直した方がいいのではないか、ということだった、さすがに引用は正しくしたほうがいい、それに、ということで、そうですよね〜www と思って「ポコ」にそこは直すことにした、その流れで、校正で指摘されながらも事実誤認であるとかを僕はそのままにしている箇所がいくつもあって、そういうことを奥付けであるとかで「本文中には事実誤認や記憶違い等がそのままにされているところがありますが」云々の注意書きを入れましょうかという話になり、「作中には現在のなんちゃらにあれすると差別的と見える表現もありますが時代背景に鑑み」的な、あれを入れようかという話になり、それはまず何よりも校正の方の名誉のために入れたほうがいいと思った。校正校閲は適切になされた、そのうえで僕が判断した、ということは、名前も出る以上、校正の方の名誉のためにもあるべきだと思った。
今週中に束見本ができるとの由。楽しみ。

外に出ると雪だった、ご飯を食べて、歩いた、おそろしく寒かった、歩道橋を上がったら歩く人が少ない場所なのか、みぞれ状態の足跡ができた、なにかそれは面白い気分にさせた、積雪の始まりの場面を見ているような気になったからだった。家に帰っていくらかInDesignをいじって、ぼんやりと眠かったので昼寝をしようかと思ったが眠られず、外を見ると雪がスコスコと流れていた、どうなるのだろうと思って、眠られないのでしようがないので店に行くことにしてまだぺちゃぺちゃしている雪を踏みながら歩いた、それでなんとなく暗くならないうち、電車も大丈夫のうちに、と思ったためトンプソンさんには早めに上がってもらうことにして、店に座った、もちろんお客さんはごくごく少なかった、今日から加湿器が店に導入されたので湿度を見たりしていた、少しずつ、上がっていった。
ピンチョンを読むぞこんな夜はピンチョンを読むぞと思いながらもなかなか他のことに意識がいって読めず、でも最後の1時間半くらいはゆっくり読むことができた、コーヒーを飲み、リンデンのハーブティーを飲み、ダージリンのセカンドフラッシュを飲み、カフェオレを飲み、過ごした。

警告はそれだけ。ガーンと目のくらむ衝撃をともなって〈白燐弾〉が炸裂する。トンネル内ぶたちまち白光の洪水が起こり、一、二分の間は誰ひとり、なにひとつ見えない。驚愕の白い闇をまっしぐらにつき進むだけだ。熱くはない、白いだけの光。見えない世界を慣性だけで疾走する。スロースロップにはこれが恐ろしく懐かしく感じられるのだ。自己の中心に——いつも避けていた、記憶するかぎり面と向かったことはない——彼自身の趨勢モーメンタムそのものに、いま初めて肉迫している。こまごまとした顔や事実のいっさいが取りはらわれ、彼と〈ロケット〉との一対一の契約だけが浮かび上がる。カモフラージュも目くらましもないホワイトな瞬間。 トマス・ピンチョン『重力の虹(上)』(p.593)

店を閉まって外に出ると明るかった、雪景色が広がっていて愉快だった、楽しんで帰ろうと歩き始めると、なるほど、雪道は楽しんで歩けるものではない、少なくとも景色を楽しみながら歩けるものではない、視線も意識も常に足下に置いておかないと絶えず変わる地形に足を取られる、前を見ている余地はない、少なくともこの慣れない雪の下り坂は、と思って、でも歩くのは楽しかった、光が、いくつかの色の光が、雪を染めていた。

1月23日

ワン・ツー・アンド・スリー・アンド・フォー。手を引いて愛しい人。HAHAHA。とC.O.S.A.が歌う、それはいつまで経っても新鮮な喜びだ。1月23日。足下も悪いし仕込みもないし、店には出ないことにして好きなだけ寝た、すると12時30分だった、起きて、煙草を吸ってコーヒーを淹れて、それからお昼ご飯を食べに出た、ドリアを食べて、コーヒーを買って飲みながら散歩した、雪の残る道は楽しく、知らない町に見えた、うれしかった。
家に帰ってポヤポヤと調べ物であるとかをしていた、すると夕方になっていった、ベランダで煙草を吸う、目の前、視線と同じレベルに梅の木となにかの木があって夏は緑がわさわさしていて見たことのない花をなにかの木は咲かせていたりした、秋になってばっさりと伐採された、寂しかった木々の枝々には鳥が飛来して止まる、首をチク、タクと動かす、プロセスのない変化が鳥の頭部にはあった。パチン。梅の木は見ると桃色の、いやそれは梅に失礼だ、梅色のつぼみを持っていた! それに初めて気がついた、ローンチが待たれた、楽しみだった。
夕方だった、バスに乗って東中野に出て、喫茶店に入ってピンチョンを読んでいた、後ろでテレビのニュースが雪山の噴火を知らせていた、振り向いて見ていたらおそろしい気分になった、滑りに行ったスキー場でいきなり近くで噴火が起きて噴石が降ってきたら、いったいどれだけおそろしいのだろうか、そういう映像が流れていた、グロテスクだだと思った、こんなにグロテスクな映像が地上波で流されるとは、という気分だった、死体であるとかと同じような無慈悲な映像だった、君たちは銃殺刑の場面は流さないのに噴石と惑う人という場面はOKなのか、その違いというか区別が僕にはわからなかった。
体がまた気持ち悪くなっていた、肩が重く、もやもやとし、喉がいささか狭かった、ピンチョンを読んでいた、今は新たなゾーンの話、いや、ゾーンはひとつしかないのか、ともかく新たな土地で新たな人物たちがなにかを考えたりしゃべったりしている、像を結ばない、まだ僕には結べない、もう少しの持続が必要だ、今はまだ僕には霞のようだ、すぐに消える、少しずつ濃くなっていくはずだ、続きさえすれば。
時間になったので移動してパオに入った、「パオ・キャラヴァンサライ」。ビール、乳酒、白ワイン白ワイン。なにを食べてもおいしかった。絨毯の客席も広々とした心地になって気持ちがよかった。よかった。歩いて帰ろうかと算段して山手通りをすくすくと歩いた、時々に凍り滑る箇所があり、盛り上がったところがあり、平坦なところがある、気を抜くことはできなかった、気を抜かずに歩くにはいくらか遠かった、中野坂上のあたりは途端に高層ビルだった、本一公園のビュー。雪の敷き詰められた公園の真ん中に、唯一の、遊具。それから囲うフェンス。次が家屋。その次のレイヤーは夜空にそびえる高層ビルだった。その幾層というか3層か、3層のレイヤー感が面白かった、本一公園のビュー。
途中でちょうど来たバスに乗った、楽をして帰った。つまらない発言を今日は聞いた、隣から聞こえた、曰く「26歳なんて遊びたい盛りだからね」というものだった、すごくつまらないと思った、主語がどこにあるのか発話者当人がわかっていないようなものだった、それでそれを「つまらない」と思って、それから豊かな「つまらない」を思い出した、それは滝口悠生の『高架線』だった。田村が、つまらないことを言った。明日ちゃんと確認しようと思う。田村が、じゃなかった、タムラックスだった。あれは本当によかった。そう思いながらシャワーを浴びながら、こうやってなにかにの折々に小説であるとかのことが思い出される、それは僕にとっても幸せだし書物にとっても幸せな事態だと、思った。気分が明るかった。

松坂の中日入団が決まった。うれしいことだった。活躍する姿を見たい。村田修一はどうなるのだろうか。

1月24日

疲れのようなものは取れることはないというか生きているだけで疲れるということを何度だって再確認するばかりだった。何時間寝ても変わらない、目覚めは悪く、体はヘトヘトだった、どれだけ休んだって変わらない、生きているだけで疲れるということだった、知ってたよ。
いくらかの仕込みをおこなったらもう特にやることもないしやりたいこともないような気分だった、お客さんは来ない、そういうものだった、外は明るい、記録的な寒さを今日は記録しているのだろうか、そう寒くない気がする、座って、コーヒーを——今日2杯めの——淹れて、まだ午後になったばかりだ、昼の時間になってビルから吐き出された人々はまた、内部に吸引されていったか? 僕はずっと座っていた、

別れ際に、田村はつまらないことを言った。
あの、俺のせいとかじゃないから。バンドが解散したり、さぶちゃんがいなくなったのは。
え、そんなこと全然思ってないよ。
そういうことは全然何もしてないし、言ってないし。
うん、全然そんなこと思ってないよ。
バンドのなかでは。
わかってるから、大丈夫。 滝口悠生『高架線』(p.53,54)

つまらないことを言った。つまらないと断じることのやさしさ、真摯さ、そういうものがあると思った。
三鷹。スクールまでの道を調べたりしている、金曜日、『高架線』の演劇を見に行く、そのことがいますごく楽しみになっている。

ぼやぼやと過ごしていた。『重力の虹』の上巻が終わった。どんどんなにか舞台が広くなるというか、拡げられていく感じがあった、中央アジアが出てきたと思ったら今度はアルゼンチン人たちが出てきた、疲れながら、高揚しながら読み終えた。読み終えた、といっても前半が終わったにすぎなかった、751ページ、なんというか、すごいものをやっぱり読んでいる。
それで今日届いた『界遊004』を開いた、児玉清のインタビューを読んでいた、かっこうよかたった、それから今度は『高架線』を頭から読み始めた、最初から気持ちがよかった。

それで翌日、メールに記載されていた電話番号にお礼かたがた電話をかけてみたら、タムラックスは人がいいのか暇なのか、事態の詳細を知りたがり、私は私で話しはじめるとどんどん長く、仔細になっていく悪いくせで、思わぬ長電話になった。タムラックスも聞き上手なところがあるようで、私は、かたばみ荘の独特な住人紹介システムのことから、片川三郎に部屋を明け渡した日のこと、二階手前の部屋及びアパート全体のぼろさ具合や、郵便受けに落ちる手紙の音、そしてこれまで誰にも話したことのなかった成瀬文香の話までしてしまって、いったいどうしてそんな話を、はじめて話す人にしてしまったのか自分でも不思議だった。なんだかあなたには何でも話せそうな気がしてしまうなあ。
いやあ、新井田さんの話すのが上手だからですよ。
いやいや、いつもお前は話が長いって呆れられたり怒られたりしてばっかりで。
タムラックスは、三郎くんも心配だし、近々そのアパートに一緒に行ってみましょう、と言うのだった。新井田さんの話聞いてたら、ちょっと見てみたくもなったし。
私は片川三郎のために当地に出かけるつもりまではなかったのだが、やけに意気投合したタムラックスに乗せられて、では次の週末に、と約束をした。 同前(p.37)

読んでいたら、前と同じように作中に出てくる忌野清志郎と坂本冬美と細野晴臣のバンドというのかユニットというのか、HISを聞きたくなって、閉店してショートブレッドの生地を丸めたり伸ばしたりしながら聞いていた。
大学時代、HISを教えてくれた友人のことを思い出す、どこか、片川三郎と近いなにかがある人物だった、彼は今どうしているか。

1月25日

朝、パドラーズコーヒー。目が覚めたときに「今日はカフェラテでなくコーヒーを飲もうかしら」と思ったら案の定コーヒーを頼んでいた。
受け取るときにお店の方が、今日はアフリカのxxxのコーヒーです、と言っていた、聞いても聞き覚えのない国名だったから聞きながら忘れた、でも響きはなんとなく覚えていて、ブルンジ、みたいな雰囲気だった、なんだったろうかと今「アフリカ」と打って、画面右のGoogleMapのほうを、ウィキペディアのほうを本当はクリックするべきだったが、地図のほうをクリックした、すると「Cool Zone For Tasia」と書かれたところにピンが刺さっていた、見ると、「njombe、タンザニア」とある、ンジョンベ州、とのことだった。Cool Zone For Tasiaはアフリカの中心地なのか。それからあらためて国名一覧を見た、するとそれはブルンジだった、中部アフリカ、タンザニアやルワンダと接しているという、そのコーヒーはとてもとてもおいしかった。
それから店に行ってパソコンを開くとGoogleのトップのところが見覚えのある顔だった、あ、これはもしかして、と思ったらそれはヴァージニア・ウルフだった、知った顔がGoogleのトップに、みたいな変な喜びがあって気分があがった、生誕136周年の日ということだった、おめでとう、V・W。

やることをやって、済んだら『高架線』を読もう、と思って、やることをやっていた、するとお客さんがとんとこと来られて、お、いい調子だ、となった、カレーを作り、おかずを2品作った、それからいくつかのメールを送ったりしていた、やることは終わった、それで『高架線』を読んでいた、当初のとんとこはすぐに終わり、誰もいなかった、『高架線』、初めて読んだときもそうだったが峠茶太郎の話が始まる、『蒲田行進曲』の話が始まるあたりで少し読むテンションが落ちるというか、片川三郎のまわりにいてほしかったのかもしれない、下がって、ここで読むのをしまいにしようかとも思った、しかし少しするとまたテンションは上がってきた、松林千波は僕はピコ太郎のビジュアルで再生された、
『高架線』読み終えた。最後に鼻にツンとしたものが上がってきた。本当にいい小説だった。

なにもやることがない。本棚から久しぶりのこれは雑誌というのだろうか、ZINEというのだろうかリトルプレスというのか、書籍、でいいのか、とにかく刊行物を手に取った。

憧れてしまったものが存在しなかったから、与えられた環境では満足できなかったから、この世界で生き残るためにその器からつくるしかなかっただけ。入ったこともないガッカンから与えられた夢と呪いが、ある意味ぼくを今まで動かしてくれた。それで、いっこうに構わない。
思い出は正しく思い出されるためにあり、折にふれてそれをひもとく。そこでよせばいいのに、なぜか人は理解されないリスクを知りながら、それを他者と「共有」しようと試みる。どうか届きますように、どうかわかってもらえますように。その相手が大切な人なのか、あるいはしかたなしに伝える相手なのかに変わりなく、祈るように言葉を手向ける時、ひとつ確かなことを思い出す。それがどんな相手でも、ぼくの、歌の在りかは消せはしない。 武田俊「歌の在りかは消せはしない」『GATEWAY 2016 01』所収

いい。とってもいい、と思った。
小腹がすいたので餅を焼くことにした、昨日もそうして、年明けに実家から送られてきた餅で、冷凍庫にある、それを昨日焼こうとしたところ、なにやら丼とかに水を入れて餅入れてレンジでチン、してからトースター、という、調べたところ出てきたそれをやってみたところ、レンジの時点で計4つだったものが2つになった、2つのスライムみたいになって、それをアルミホイルを敷いたトースターで焼いたが、べったりと平たいものになった、どうにかアルミホイルから引き剥がして皿に移して、皿にもすぐにべったりとくっついて、箸で四苦八苦しながら食べた、同じ轍は踏むまいと、もう一度調べたところフライパンにクッキングシートを敷いて、蓋をして、弱火で、というのがあった、それをやってみた、するときれいな焼き色がつき、さらにクッキングシートには一切付着しない、なんのストレスもないそれは焼き餅になった、醤油をつけて食べた、3つ食べた。

『AM/PM』を数ページ読み、それから武田百合子を手に取った、『重力の虹』の下巻はまだ開かないつもりなのだろう、武田百合子をいくつか読んだ。『富士日記』にちょこちょこ登場する、出されたビールを飲みながらよもやまの話をしまくる外川さんのことが書かれていて、なんだか懐かしい人に会ったような心地になった。あっという間に外川さんがしゃべりだして、あ、外川さんだ、となった。それから「お湯」というタイトルのものがすごく、すごくよかった。夫が亡くなったあとで、悲しくなるたびにお風呂に入っていたら、家では飽き足らなくなって、いろいろな町のサウナに行くようになった、東京駅構内地下のサウナがよかった、水商売の女たちが多かった、そこに毎日のように行った、というようなことが書かれていた。

未亡人になりたての、六年前のあのひと頃は、体力が落ちた分だけ、気分をやたらと昂揚させて暮していたのだと思う。昂揚しっ放しだった。一足ちがいでバスに乗り遅れると、次の天王下バス停まで、洗面道具をふりたくり、髪ふり乱して追い駈け、追いついて乗った。知人や友人にねんごろにいたわられると鬱陶しく、あたりかまわぬ気迫に充ちたおねえさんたちに混っていると心地よかった。 武田百合子『あの頃』(p.145)

閉店したころにはなにか薄暗い気持ちになっていた。『AM/PM』でふっと出てきたブルーグラスな音楽を聞きたくなって調べて流した。ビル・モンローという人のプレイリストを流した、陽気だった、ショートブレッドを焼いた、鶏ハムを作った、夕飯を食った。

1月26日

寝る前にウイスキーを飲みながら、ウイスキーで薬を流し込みながら『重力の虹』の下巻を始めた。なんだか面白い気分になった。それは、「これなら走りきれるかもしれない」みたいな変な手応えだった。なんでそう思ったのだろうか。ともあれ続きもちゃんと楽しみだと思えているようなのでなんというか、よかった。なんせ、上巻が終わっていったんプールから上がってしまった感じがあって、もう一度プールに入るということに対して少し怯みがあったらしかった。水は冷たいのか、温かいのか、熱いのか。

起きて、正しく起きて、買い物をして店に行って、トンプソンさんといくらか話して、店を出た、駅に入り、橋本行きの電車に乗った。明大前で井の頭線に乗り換えた、電車は永福町、久我山、それから吉祥寺に止まった、約束の時間には5分遅れた。
友人と会った、今日は友人に「ひとの読書」で話を聞かせてもらう約束をしていた、その約束に5分遅れて、こういうところからダメなやつはダメなんだよな、と思った。
それでくぐつ草に入って、くぐつ草に入ると僕は去年の1月にここで角田光代と保坂和志を読んでいたか読んでいた時期だったかのことを思い出す、思い出して、カレーとコーヒーを頼んで、ボイスメモを回した、話を聞くというか、たしかに聞くなのだけど、話していた、それはなんだかけっこうなところ、トイレに立ったときに改めて思ったことだったが、すごく楽しい時間だった、こうやって「読書」という軸をひとつテーブルに置いて話をしてみると、今までは話されなかったようなことがぽんぽんと話され、それはとても健康的でいいことのように思われた、「読書」である必然性はなかった、なんでもいいが、お題みたいなものはいいものなのかもしれない、いややはり僕およびこの友人であれば「読書」なのかもしれない、「野球」かもしれないけれどもそうじゃないかもしれない、とにかく、なにか突き抜けていい時間だという感じを感じながら、話していた、コーヒーのおかわりをして、さらに話し、時間になったので店を出た。三鷹に移動してSCHOOLに向かった。なんというか、平日の昼間から友だちと会って、くっちゃべって、そのまま演劇を見に行く、なんて、夜から仕事だとは言え、なんというか、まるで大学時代みたいな過ごし方だと思って、けっこうな多幸感があった。

三鷹。三鷹に行ったのは去年の2月だったか、武蔵境のえいように行ったとき以来だった、雪の降った翌日だったか、とても寒い中で三鷹から歩いてえいように行った、それを思い出した。そのときに入った喫茶店が駅前にあり、そこを通り過ぎてもう少し行くと、地図上ではもう過ぎたあたりだった、あれ、とキョロキョロして、戻って、見つかった、それはまさに先ほど店の前に並んでいる日焼けした箱のプラモデルを見ながらそのことを話したそのおもちゃ屋さんと同じビルだった。
行き先が無事見つかったので先ほどくぐつ草で撮り忘れていたので近くのビルで写真を撮らせてもらった、撮られ慣れているふうだった、それでSCHOOLの入っているビルに入ってエレベーターに乗って5階にあがった。
小田尚稔脚本演出『高架線』を見た。新井田千一です。7人の人物のモノローグで作られた小説を原作に、どんな演劇になるのだろうか、まるで予想がつかない、すごく楽しみ、と思っていたら、出てきた男性が新井田千一です、と語りだした。どうもかなり忠実に小説をベースのテキストとして使うらしかった。
ただ、さすがにすべてを語っているわけにはいかないらしく、ところどころのエピソードはスキップされて、あるいは簡単に触れられて、あるいは改変されて、というふうだった。例えば成瀬文香との文通の話は、高校時代にエロ文通をしていた、飽きて送らなくなった、そうしたら手紙が送られてきた、むさ苦しい男の写真と「ごめんなさい」の一文だった、というふうに。ここは小説では送らなくなったのは成瀬文香のほうだったし新井田千一の語りのなかではしつこく言及される部分だった。タムラックスとの出会いも、公園での一コマも、なかった。そのあたりは残念に思いながらも、それは序盤で、そうなのね、僕は大好きなあれらのところはこの脚本・演出の方にとっては必要のない箇所だったわけだ、『高架線』のどこを拾うか、どこをこの小説の素敵な場面として、強度のある場面として読んだか、それをこれから見せてもらえるわけだね、人が読んだ『高架線』、楽しみだ、と切り替えて見ることにした。
しかし見ていたら、困惑して、鼻白んで、虚しい気分になって、どんどん嫌な気分になっていった、それはしまいには怒りになった。これを作っている人は『高架線』のなにを好きなんだろう、なにを見せたいのだろう、全然わからない、わからなすぎてどうしよう、まったくわからない、『高架線』の充実したところを全部抜き取ったらこんなふうになりました、というふうにしかどうしても見えない、『高架線』をもっともスッカスカにしたらこんなふうになりました、というふうにしかどうしても見えない、もっともつまらなく小説を読んだ人から見た『高架線』、その人が書いたAmazonレビュー、というふうにすら思ってしまう、わからない。でもこの自分のわからなさなんてただわかることができていないというだけでなにも誇示するようなものではなく、わからないことに対してちゃんと謙虚でいないと、それこそつまらないAmazonレビューそのものになってしまう、僕の存在そのものが、なってしまう、俺がわかっていないだけで見ている他の人たちは楽しんでいるかもしれないし、俺の理解みたいなものであるとか受け取る力みたいなものであるとかが足りないだけの可能性はいくらでもある、そういったなにかが、足りないだけの可能性はいくらでもある、だから早まっちゃいけない、どう楽しんだらいいのか考えよう、と思いながらも、途中休憩のときにいっそ帰ろうかなと思ったりしていた、でも帰りはしなかった、休憩のところで煙草を吸いに外に出た、細い狭いベランダで、いいベランダだった。下を見たり上を見たり向こうを見たりしていた。
後半も同じ調子だった、この僕のこれは原作厨的な感じなんだろうか、原作を知っていて好きだから思うことなのだろうか、というかそうではあるのだろう、『高架線』のよさ消し去りすぎだろ! という。歩と奈緒子が居酒屋行く場面とかさ、タムラックスと奈緒子の会話とかさ、これらは前半か、後半も、茶太郎が露わにしてしまった怒りだとかさ、目見の語ることに対する謙虚な態度だとかさ、松林千波のあれこれとかさ、充実した場面がいくらでもあるのに、語りにくいところは雑に要約して、無駄で寒々しい笑いを挿入して、いや、だってその、語りにくい、語るのに言葉を要することを言葉を重ねて語っていくところに滝口悠生の小説の魅力と強度は凝縮されているのではないの? いやそんなのは今初めて言ったから凝縮かは知らないけれど、少なくとも語るのに言葉を要することを言葉を重ねて語っていく姿勢は滝口悠生の小説の魅力の一つではあると思うのだけど、なんだろう、片川三郎が就職した会社をワタミ的な巨大なブラックなチェーン店にするという改変は、いったいなんのためなんだ、片川三郎はそういう選択を取る人物だっただろうか、片川三郎に対して失礼じゃないだろうか、それから木下目見に言わせる「挙動不審」という言葉、もしかしたらどこかで使っているかもしれないけれども、誰かをバサッと雑に笑うために「挙動不審」と形容するようなことって滝口悠生がもっとも避けようとしていることのように僕には思えて、思えるのだけど、木下目見にそんなふうに言わせるなんて木下目見に対して失礼じゃないだろうか、そんなふうに怒りを抱えながら見ていた、いや最後のほうはあまり見てもいなかった、最後列壁側に座っていたから、ここでほんとよかったわと思いながら、寄りかかりながら、前の人の頭であるとかを見ていた、わからない、

そんなことは私にもわからない。ただ、こうして実際に職場に来てみたことで、三郎はやっぱりここでずっと働くことができなかったんだろうと思った。内装も、有線放送らしき店内のジャズ音楽も、制服も、出てくる料理や皿も、どれも統一感があって文句はないが、ならばこの店のどこかに誰かが何かを本気で考えたことによってつくられたものがあるかと考えたら、それはたぶんない。(...)そのように思いはじめると、その店の目につくすべてが、気に食わなくなってきた。内装も、メニューも書き方も、座布団も、料理も、料理を盛った皿も、あの日の三郎の真摯さに見合うものなんてひとつもないじゃないか。 滝口悠生『高架線』(p.81,82)

見ているあいだ、ずっとこの箇所のことを考えていた。混乱はしていた、不真面目につくっているとはどうしたって思えないけれど、そんなわけはどうしたってないけれど、どうしたって目につくすべてが気に食わなくなった。この小説の真摯さに見合うものなんてひとつもないじゃないか。この小説のやさしさや、丁寧さに見合うものなんてひとつもないじゃないか。そう思った。わからない。というか演劇が原作をどれだけ尊重するべきものなのかもわからない、原作と比較ばかりしている僕はやはりよくない見方ではあるのだろう、では、演劇としてはどういうよさがあるのだろう、僕は、原作を、また出た原作厨だ、原作を知っている僕は、これは原作を知らない人は何が起こっているのか把握できるのだろうか、と思った、ずっと原作の細部を補足しながら見ていた、いやだから、原作は関係ないのかもしれない、演劇として、なにかがあるのかもしれない、僕の演劇を見る目というかリテラシーみたいなものがないだけなのかもしれない、高度なことがおこなわれいてるのかもしれない、企みに満ちたものなのかもしれない、この演出家をこの演出家たらしめるなにかが満ちているのかもしれない、演劇的にはとてもいいものなのかもしれない、充実しているのかもしれない、知らない、わからない、わからない……。ほとんど苦悩。

三鷹から初台に戻って、店に立って、モヤモヤはしていて、つまらないつまらない言っていてもつまらない、つまらないつまらない言っている人間が一番つまらない、なにかよいと思えるところはなかったか、探したい、見つけたい、とあれこれ考えていて、それからはて、見た人はどんな反応をしているのだろうか、夜の公演が終わったあとに検索してみようと思い、閉店してからTwitterを見ていると、なんというかみんなほめていた。そうか。小説読んでいない人には何が起こっているのかわかるのだろうか、と思ったが、まったく問題ないみたいだった、誰も彼もがほめていた。
自分がこれだけまったく面白さがわからないとなったものを他の人々が「いい」と言っているのを見るとき、なにか地盤が揺らぐような感じがして面白かった。何度も起きたことのあることだが、まったく面白さがわからない、どうしてこれをいいという人が、それもたくさん、いるのか、全然わからない、どこがいいのか誰か教えてほしい、と思って、そのしばらく、あるいはだいぶあとに、ぐっと好きになる、ということはあることだった、THA BLUE HERBもそうだったしKOHHもそうだった。今回もそういう僕の「遅さ」みたいなものなのかもしれない。だったら本当にいいなとは思う。なんであろうと楽しんだ人が勝者で、僕はこの演劇に関して完全に敗者だった、その認識は絶対に手放してはいけないものだった。よかった、と感じた人の話を聞いてみたいと思った。それでなるほど、そういうところが面白さなのかと、知りたいと思った。僕は全然見られてなかったのだなと、知りたいと思った。あるいはなるほどそれは、現在の僕に向けられたものではなかったのだな、僕はお呼びではなかったのだな、と思いたい、と思った。知りたい。
今日の夜は佐々木敦と滝口悠生のトークがあったはずで、そこでなにが話されていたのかをすごく知りたい、どこかにアップされないだろうか。原作者はどう見るのだろうか。知りたい。
「小田尚稔の演劇」のWebを見に行ったら3月と4月にオリジナルの作品の上演があるということが知れた、4月のやつに行ってみようかと思った、僕が今持っていないなにか楽しみ方みたいなものを、獲得できるものなら獲得したい、楽しみ方は多く持てれば持てるほど、絶対に豊かなはずだった、だから僕はもっと見たい。知りたい。

そういうわけでなんというか総じて、とても面白い一日だった。

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