fuzkue(フヅクエ) - 一人の時間をゆっくり過ごしていただくための静かな店

読書日記(56)

Entry diary56

10月21日

今朝は自然災害的な夢を見た。 歩いて店に向かった。濡れて水の溜まった道にオレンジ色の点々がたくさん落ちていて、金木犀の花らしかった。初めて「金木犀の季節が終わった」ということを思った、ということに気がついた。さみしく、それから豊かだった。豊かだったからさみしかった。
それから角をまがり長い坂をあがっているとまだ回収されていない生ゴミの袋の周囲にカラスが何羽もいて、それに向かって僕は歩いていくような調子になった。近づいてもカラスたちはガードレールにとまったままだったり、鷹揚にトントンと歩いていたりして、飛んでいこうとしなかった、恐る恐る通り過ぎるとふわっと少し高いところまで上がって、じっとこちらを見下ろしていた、ゴミを僕が漁ったら、彼らは怒っただろうか。

雨。天気予報を見るたびに「なんなんだよこれはwww」といううんざりした気分になる。土曜日、雨、日曜日、大雨、月曜日、昼まで土砂降り。
この週末はもうどうしようもないだろう、営業していないかのごとく構えていよう、と思っていたら台風は明日からということでなのか、日中はいいペースでお客さんが来てくれた来てくださった。夜はもう無理だろう、そして明日が終わるまで、凪ぎ続けるだろう、本を読んでいよう、しかし何を。ひとまずローゼンベルクというかケンプナーというかヒトラーというかだが、それだけ長い時間なにもなければ、あっという間に読み終えてしまうのではないか。今から心配しても仕方がないが。明日は投票には行けるだろうか。行ける気はしない。行ったところでどうしていいかもわからない。

わりと長い時間、本を読んでいた。店は思ったよりは壊滅ではなかった。ありがたかった。明日の予報があるからこの週末に来ようとした方はみんな土曜日に来たということなのかもしれなかった。店じまいをし、天気予報をじっと見て、それから帰った、寝床で本を読んでいたら「ヒトラーの命を狙う陰謀が第三帝国のあちこちで渦巻いていた」という一文でなんでだか「そうだ!」と思いついて『ヒトラーの原爆開発を阻止せよ!』をポチった。せっかくナチスづいているのだから次もナチスでいこう、ということなのだろうか、今だったら登場人物のことも多少はわかりそうだし、というような。これで台風の日曜、どれだけ本を読んでも読むものがなくなってしまうということにならないで済むようになった。

10月22日

思ったよりも降っていない、と思いながら歩きだし、スーパーに入って買い物をして出たら雨脚は強まっていた。スーパーから投票所である幡代小学校までの道はふだん通ることのない道だったのでせっかくだと思ってより通ったことのない道に入っていった。傘を、当然さしていたが、傘とは、ずいぶん便利な発明品だ、と思いながら歩いていた。これをさしていたらその下は濡れないというのは、画期的なことだった。足元はグズグズに濡れた。それを見越して替えの靴と靴下がリュックに入っていた。

当然暇で、一人も来ないのではないかと思っていたら完璧に壊滅というほどではない程度に来てくださり、安心ではない、驚き、喜んだ。一人も来ないと思っていたから、一人も来なくても落ち込まないで済むモードだったからだった。コーヒーや紅茶をがぶがぶと飲みながら本を読んでいた。ヒトラーが死んで、戦争が終わった。戦時の大虐殺的な話が続くところでけっこうなところ胸が悪くなった。
雨は思ったよりも降らなかった。そう思っていたら帰る頃から強く降り出した。風が強く吹いて、ころころと向きが変わった。コンビニで金麦を買って飲みながら歩いていた。風向きに従うのか、下り坂を雨粒がさざなみが広がるような広がり方でさーっと広がっていくことを繰り返していた。水たまりに街灯が映りこみ、チカチカとはっきり瞬いていた、それが逃げていく花火みたいに先に先に行った。寝る頃、「たしかにこれは」という程度に強い雨音が、穏やかにすら感じるようなやわらかい鳴り方で轟々と鳴っていた。

10月23日

起きたら晴れていた。晴れただけでこんなに清々しい心地になるものか、という程度に清々しい心地になった。
新しい方の2回目だった。夕方まであれこれ教えたり、作ってもらったり、意見をいただいて「おーなるほどそれ採用〜」となったり、ということをしていた。フレッシュな感覚で店を見てくれる存在があるというのは本当にいいと思った。
夜、度し難く憂鬱というか、重苦しい。あまりに暇。オープンから3年が経ちましたというブログを書こうとしたが、出てくる言葉どれもが暗く、やめた。前向きなことなんて一つも書けなかった。前向きでなければならない理由はないが、3年経って、4年目になって、ということが、前向きなことを含まないはずがなかった、だからすべてが暗い言葉で彩られたそれはあるべき姿ではないものだった。
しょうがないから『ヒトラーの原爆開発を阻止せよ!』を読み始めた。これはたぶんとても面白くなるものだった。楽しみだった。

まだ営業中だったが誰もいないことをいいことにTha Blue Herbの「Still Standing In The Bog」を大きな音で聞いた。この泥沼を見つけだしたあの夜からどれくらいの時が過ぎ去ったのだろうか。と歌われていた。水面に映るのは二重で赤目まなこな何も満たされてない俺達の顔だ。と歌われていた。まだ立ってるぞ。と歌われていた。

10月24日

ナチスドイツ占領下のどこかの国で暮らしていて戦争は終わりに近づいているのは感じていたが、徴兵される可能性はまだあったしそのときは確実に死ぬとわかっていた。だから早く、早く終わってくれ、と、だだっ広い宮殿みたいなところでマットレスを敷いて寝転がりながら思った。天井からは常にパラパラと砂が落ちてくるようなそういうありふれた状況だった。そういう夢を見た。とても心細くなった。悲しくなった。それからも眠りはずっと浅く、いくつも夢を見た。そうしているうちにアラームが鳴って、起きる時間になった。
早起きをする、というのは僕に降りかかるタスクとしてもっとも重いというかプレッシャーを感じさせるもので、だから早起きをしなければいけないので緊張していたので眠りが浅かったらしかった。9時過ぎにはフヅクエに行った。装丁の2回目の打ち合わせだった。
内沼さんが9時半ころ来られ、文字の大きさであるとか一行あたりの文字数とか行数とかを塩梅して4つの判型、文庫サイズ、新書サイズ、白水Uブックスサイズ、もうひとつがB6サイズだったか、で緒方さんが作ってくだすったレイアウト案、それが印刷されてそれらのサイズの本に挟まれた状態、のものを見比べて、最初に見たのが白水Uブックスサイズだったからなのか(これはカフカの『ノート1 万里の長城』に挟まれていた)、やっぱりこのサイズ感にしたいという気分が強いのか、これが一番しっくりくるような感じがした。それは級数が12.5ということだった。一番小さいもので11Qで、大きいもので13Qだったか、一行あたりの文字数はどれでも41くらいだった気がして、これは増やしてみてもたいしてページ数増えないんだよね、とあとで教わった。
レイアウトを見比べ、ほうほう、と言っていると緒方さんが来られ、何を打ち合わせたのだったか、ゲラを印刷所にではなく緒方さんが作ってくださることにって、それができたら校正が始められる、束見本を作れる、のだったか、そんな話だったろうか、印刷所によると厚さ4センチを越すとカバーを機械で巻けなくなるのでコストが上がる、ということだった、それから5.5センチを越すと、なんだったか、なにかだった。僕は今日も木偶のように愉快な心地で座っていた。僕が言ったのは極端なことを言うとページ数ってなくてもいいと思うんですよね、ということくらいだったか。タイトルを決めないとね、みんなでタイトル考えてきましょう、タイトルコンペだ、いやタイトル合宿だ、ということで、なんというか、楽しい、うれしい、ありがたい、と思った。

昼、開店前、小包が届き、ひとつはAmazonで注文したエアコンの風よけで、もうひとつは河出書房新社からの小包だった。開けると植本一子のいや植本一子さんの新刊『降伏の記録』だった、どうやら贈ってくだすったということらしかった、ありがたかった、手に取ったらすぐに読み始めたくなった、とても強くすぐにでも読み始めたくなった、しかしまだダメだった、月曜から読むと決めていた、それまでは開くことも自分に禁じた、だから表紙をひとしきり撫でて、気を落ち着けた。
ひきちゃんと交代して店を出ようとしたところ、友人が来た、夜に飲むことになっていた人だった、2年ぶりとかだった、久しぶり、といって、またあとで、といって店を出た。それから台湾料理屋さんでサンマーメンとチャーハンのお昼ご飯を食べて、浅草のほうに移動した、駅から出ると開けた景色は東東京のそれだった、駅前に大通りがあり、まっすぐ遠くまで抜けている、商店が並ぶ、ビルは高層のものは少ないがたくさんある、空はいくらか開けている、そういう感じが僕の中の東東京の景色ということだろうか。コーヒーを飲んだり本屋に入ったりうろうろと歩いたりしていると日が暮れていって、本所吾妻橋のうなぎ屋さんに入ると家族との団欒の場が設けられていた。10ヶ月になったという、自立はするが歩行まではまだしない、そういうステイタスの姪っ子を見ていたら時間がおだやかになごやかに過ぎていった。両親は明日、大宮の家を引き払って栃木の家に引っ越す。さようなら大宮、という日だった。
先週柴崎友香の『千の扉』を読んでいて、出てきた団地というかモデルになっている団地が調べたら戸山ハイツという名前で、それは僕にとってもとても馴染みのある名前だった、その戸山ハイツは新大久保とか早稲田とかそのあたりだが、僕は大宮の、戸山マンションで何年か暮らして、そのあとすぐ横に立った戸山ハウスに引っ越した、そこに僕は高校生のときまで暮らして、両親は明日まで暮らした、戸山マンションの向かいには戸山コーポがあってその横は戸山ハイツだった、そういうわけで戸山ハイツという名称は僕には馴染みのあるものだった、ということを先週思い出して、それから今日も思い出していた。
立派な値段のするちゃんとしたうなぎというものを僕はこれまで食べたことがあったか、記憶にない、たぶんない、それで初めて食べたそういったうなぎはとてもおいしかった。ほくほくとやわらかかった。感謝、と思ってごちそうになった。自腹でうなぎに数千円を払う日が来るような気はなかなかしない。

それから都営浅草線と都営新宿線で新宿三丁目に移動して、時間が少し空いたためベローチェに入って本を開いたが野球のスコアを見ていた、DeNAが広島に勝とうとしていた、見たときは6-3だったか、それが7-3になり、9-3になっていった。なんというか動揺するというか、事件が起きているというか、DeNAが日本シリーズに! という、これはすごいことが起きようとしている、と思っていくらか感動していたというか、点差が開いていくにつれて「現実になろうとしている」ということが実感されていって、感動していった、時間になったので居酒屋に入った。誰も来ていなかったのでビールを頼んで待っていた。すると3人が来、それからもう一人、それからもう一人と来て全部で6人という大所帯で飲んだ。僕は大所帯で飲んで面白くいられる気もまるでなかった、もう酔っていたし、どこかであっけなく眠りこけるだろうなと思っていた。集まったのは岡山にゆかりのある人たちというか、岡山に今もいるのは一人だけで、その人が東京に来るというので飲みに行こうとなった、あとはみな岡山出身であったり、岡山にしばらく住んでいたことがあったり、という人たちだった。
期せずして最後まで目を覚ましていたどころか、久しぶりに笑いすぎてお腹が痛くなる、お腹痛いからこれ以上笑わせないで、という笑い方をする夜になった。あとで来た一人が、背の高い、痩せた、パーマな感じの、丸メガネの、コートな感じの、男性で、「シモーヌ・ヴェイユに似ている」、と思ったあたりから笑いがなんだか休まらなくなった。上着を脱いだ彼が着ていたセーターには土星のようなものと星のマークが描かれていて、それは重力と恩寵といってもよさそうなものだったし、星は、ダビデの星を思い出させるものでもあった。そこで笑っていいのかどうかはわからなかったが。

二人が新宿三丁目駅の入り口で消え、一人がJRのほうに消え、残った3人で、もう少し飲もうと昴に入ろうとしたら12時で閉店とのことで、それならアーバンチルにしようとなってコンビニで酒を買って、すでに扉の締まった地下に続く階段の上のところに腰掛けて酒を飲み、話していた。真面目な話にあっという間になって、真面目な話をしていた。それを僕はとても楽しんだ。バカみたいに笑いながらという飲み会も珍しいことでとても面白かったが、そういうなかでも真面目に話す局面はもっとほしかったんだろうな、と思った。6人もの人数で、なにかを真面目に話すなんていうことが可能なのかどうかはわからないが。真面目とは、なんなのかということもまたわからないが。
酔っ払って眠くなって帰った。

10月25日

また雨が降っている。弱った気になった。店に着くと透明の袋に入った何かが机に置かれていて、何かの冊子かと思った赤いものはメトロポリタン美術館のフロアマップで、2階の「19th- and Early 20th-Century European Paintings and Sculpture」のエリアの809にペンで丸が付けられていて、引かれた線を辿って欄外に出ると「Jane of Arc」とメモが書かれていた。それから「THE MET」の紙袋のなかに手を入れるとジュール・バスティアン・ルパージュの「Joan of Arc」のポストカードがあった。ベン・ラーナーの『10:04』でアレックスが語り手に人工授精の協力を打診するとき、並んで立つ二人の前にあった作品だった。「こちらの絵の中でジャンヌの手を飲み込んでいるのは "不在" ではなく、"存在" だ。彼女は未来へと引き込まれている」
これを置いていったのは昨日の昼間の友人であることはわかっていた、彼が誰かから言付けられたものだった、誰がくれたのかはわからなかった。そういえば昨日その友人はフヅクエで、僕はちらっと見かけただけだったが、なにかエクスリブリスなものを読んでいるな、と思っていたのだが、今日インスタを見たらそれは『10:04』だったことが判明した、ことづけてきた誰かに「これはなんですか」と聞いたところ「『10:04』って小説に出てきた美術館のガイドマップおよび出てきた絵のポストカードだよ」と教わり、読んでみようと思ったのかもしれなかった。

意想外に、というかとても久しぶりに忙しい時間のある平日になって、こういう日がこれまでは週1日くらいはあったんだった、たしか、ということを思い出したような、もう思い出せないような、そんな気になった。ともあれ、ちゃんと働いたという感じがありうれしい日だった、よかった。

エアコンの風よけをやっと買ったので取り付けた。これで風が直接当たる席がなくなったのでよかった。

10月26日

晴れた。気持ちのいい晴れ方をしていた。肩が重い。
昼、席に着くなり「あの本は読んでいいやつですか」と、『10:04』を読んでいた方があった。途中から隣りに置いていた原書のほうを読まれていた。お帰りの際に売っていたやつを買っていかれるとのことだったので、のでというか、「前から読みたかった的なあれですか」とお尋ねしたところ原書のほうで持っていたのだが、難しく、口コミかなにかを見るとネイティブの人にとっても難しい英語とあった、今日、翻訳のほうを読んで、改めて原文を読んで、としてみたらとてもおもしろかった、訳者はとても上手に訳していると思った、ということをおっしゃっていた。つまり、突然『10:04』づいているな、と思った、ということだった。今年もう一度読めということだろうか。たとえば年の暮れなんかに。

今日は浄水器の切り替えコックが二年前とかに壊れてひたすら使いにくかったのをずっと放置していたのを数日前やっと買う気になったので買ったのが届いたので取り付けた。驚くほどスムースに切り替えができて驚いた。不便さに慣れてはいけない、と思うが、なにが不便だったか、というのはすぐに忘れてしまうものだった、新しい方が新しい気分のうちに、不便なものをどんどん指摘してくれたらうれしい。
今日はだから新しい方の3日目で、あれこれ練習というか作ってもらって、今日はもういいかな、となったところで、レモンのシロップにしてシロップが先になくなって余る、レモンの要はシロップ漬け、が、もったいないのでは、なにかに使えるのでは、レモンピールとかにして、という提案を前にもらっていたため、それをなにか甘いお茶請けのようなものにするべく煮詰めたりオーブンで焼いたり、ということをやっていた、それを見ていた。それは焼きすぎて失敗だったが、この感じは本当にありがたいな、と思った。

夜、ずーっとぼけーっとしている。何かしないといけないことがあったような気がするがどうしようもない。『ヒトラーの原爆開発を阻止せよ!』の続きを読んでいる。期待通り面白い。たぶんがっつり読み始めたらがっつり読み続けたくなるようなそういうたぐいの面白さを持っている。本をゆっくり読みたい。
Amazonのおすすめを見ていた。ジョン・アーヴィングという小説家の小説を僕は読んだことがないが、面白いのだろうか。そうか、『ガープの世界』の人なのか。なんでだか、レイモンド・カーヴァーと同じ人のような感覚でいた。

とても悄然とする。『ヒトラー』を読んでいる。みんな命を賭してがんばっている。どうしたら何かに命を賭すことができるのかずっとわからないでいる。ウイスキーを立て続けに煽って、それから悄然とする。

10月27日

午前中、打ち合わせというか顔合わせというか。内沼さんと校正をお願いする方と。校正の方が事前に書き手と顔を合わせることはめったにないことらしく、貴重な機会だったらしかった。おびただしい赤字が入った分厚いゲラを受け取る場面を想像するととても楽しみな心地になる。

昼から珍しい感じでバタバタして、なにか気ぜわしいような気持ちになったが、すぐに錯覚だったとわかった。カレーを仕込む。本は読まない。

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