fuzkue(フヅクエ) - 一人の時間をゆっくり過ごしていただくための静かな店

読書日記(54)

Entry diary54

10月7日

雨が強く降っていたのが昨夜だったので歩いて帰ったため歩いて行ったところ、初めて見る景色がいくつかあった、こんなところに電車が走っていたのか、それが見えたのか、というような。それからオペラシティのビルの上のほうが雲かなにかに隠れていた、それによって雲かなにかを身近なものに感じた。

開店前、PUNPEEのアルバムを聞いたあとC.O.S.AとKid Fresinoの『Somewhere』を聞いていた。一年間、ずっとこのアルバムを聞いているというか、聞いているし、生活の裏側で鳴り続けていた、と、先日日記を読み返していたときに思った。

土曜日。度し難く暇。サムギョプサルのときに友だちが「これで考え方が変わった」みたいな感じで教えてくれた橘玲の『新版 お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方 知的人生設計のすすめ』をポチったので読んでいた。なんでこんなものを読んでいるのか。どういう本なのかも知らずにそれでも読むことにして買ったわけだったが、お金持ちになりたいわけではなかった、しかし僕はもっと自由になりたかった。金銭的にも、時間的にも。そのなにかヒントはないか、とか思ったのだろうか。というよりも、知らなかったことで損をすることを減らしたいと思ったのかもしれない。自由関係ないな。あるな。それにしても——
法人化……。この本のなかではマイクロ法人がどうのこうので課税所得をできるだけ抑えるのがどうのこうのというそういうことが書かれている模様。法人化……。考えてもみなかったことだった。今ひとつ理解していないが、法人になれば僕は給与を受ける身になるので給与所得控除で課税所得をガッと減らせる、支払う税金を年間数十万円は減らせる、というのはなんというか間違いなさそうな感じはあって、これはマジで法人化なのか? という気分が突然もたげる。めっちゃ面倒そう……。と考えるとそれだけでげんなりするというか悲しい気分になる。

夜、少しだけ『密告者』を読むがすぐに眠る。装丁を見たら「水崎真奈美(BOTNICA)」とあった。『ストーナー』と同じ人だった。正しくはおそらく「BOTANICA」だった。

10月8日

橘玲を読み終えた、マイクロ法人のことは『貧乏はお金持ち』に詳述、とあったのでそれもポチった。法人……。フヅクエ株式会社……。法人になるということを想像したときに抵抗を感じたことのひとつとして、これまで築き上げてきた華麗なるExcelをまた作り変えないといけない、ということで、非常にそれは、瑣末なことを気にしているものだ、と思った。法人……。

個人型確定拠出年金……。つみたてNISA……。

それよりも今のこの店の状況をこそ考えるべきなのではないか、とも思ったが、考えるって、いったい何を? どうやったらお客さんが来るか? もうわからなくなっているからこういうこと考えてるんじゃないの? わからなくなっているから、というわけではないが、考えてもわからないことはたしかだった。仮に状況がこのようなものであるならば、同じ状況のなかでよりキャッシュに余裕をもたせる方策があるのだとしたら、というか、より無駄に多く発生しているコストがあってそれを減らせる方策があるのだとしたら、そういう手段は知っていた方がいい、持っていた方がいい、そういうことなんじゃないか。年金とか積立は別として、法人化とかというか法人化というものは。どうやら。等々。考えることに飽きたというか考える取っ掛かりがなくていやになったため『密告者』を読んでいた。今日は夜まではいい日だったが夜は暇だった。

なんとなく翻訳の文章に慣れない感覚があったのだけどだんだん慣れてきたのか、面白くなってきたというかどんどん読みたい気持ちになっている。次の休日はどこかに篭ってずっと読んでいたいそんなような気になっている。翻訳は服部綾乃と石川隆介のコンビで、『チューリングの妄想』と同じ人たちだった、エドゥムンド・パス・ソルダン、ボリビアのテクノスリラー、現代企画室。最近現代企画室の本を手に取っていない。

10月9日

夜になるにつれてぼんやりと悲しい気分になっていった。
前半が忙しかった、後半は暇だった、どうにかバジェットは越えた、なので総じてよい日だといってよかった、夜になるにつれてぼんやりと悲しい気分になっていった。
途中で『密告者』を読んでいた、それから届いたので橘玲の『貧乏はお金持ち —— 「雇われない生き方」で格差社会を逆転す』を読んでいた。装丁がよいので見てみたら鈴木成一デザイン室とあった。

10月10日

起きたら体調が不良。ひたいのあたりがぽやぽやと熱い。熱があるかと測ったらなかった。起き上がって出て買い物をしてフヅクエに行ってひきちゃんと歓談をしてそれから病院に行くことにして歯医者に行った、予約が必要ということだったので午後予約した、やっぱり面倒になって電話をして来週に予約を変えた、たまに行く中華屋さんでご飯を食べて本をどこで読もうと思ってフグレンに行った、コーヒーを飲みながら縁側で橘玲を読んでいた、「たちばなあきら」と読むことを初めて知った、「たちばなれい」だと思っていたしそう打ってもいた、隣の英語で話している人たちが何度も「Hakone」と言っていた、「Romance Car」とも言っていた、途中で太陽が建物のあいだから顔を出して直射日光になって暑くなった、暑くなりながらも読んでいた、数字がたくさん出てくるもので漢数字だと頭に入ってこないと思った、バランスシートとかPLとか、いまも「貸借対照表」と打ちかけて「はて、貸借対照表はバランスシートとは違うものだったか、損益計算書はどっちだったか」というのがわからない程度に財務諸表みたいなものについて理解がまったくないまま生き続けているため、いやそういう人にもわかるように書いてあったのだろうけれどわからなくなって、わからないなと思いながら読んでいた、何も読んでいないに等しかった、給与所得控除、そのことしか考えていなかったかもしれなかった、いや他のことも考えていた、しかし、わからない、と思った、誰かに教えてもらいたい。
最後まで読もうかと思っていたが諦めて帰った、3時過ぎくらいだった、寝転がって『密告者』を読んでいた、どんどん面白いと思いながら読んでいたしずっと読んでいたいし橘玲を読んでいる場合では本当はなかったはずだったが長い時間、橘玲に取られてしまった、それを取り戻そうと、しかし「それ」とはなんなのか、なにを取り戻そうというのか、とにかく取り戻そうと、『密告者』を読んでいた、しばらく読んでいると眠くなったので眠ったらずっと寝ていた、起きたのは7時近くだった、起きるとどこかで本を読もうと思いフグレンに行った、コーヒーを飲みながら縁側で『密告者』を読んでいた、隣で日本語で話している人たちが何度も写真を撮っていた、それからインスタを見ながら話をしていた、また写真を撮っていた、享受、使用、糧、道具、僕は考えていた、本を読むことと、インスタにどうあげるかばかりを考えることと、場所を享受するという点において、場所に敬意を払うという点において、あるいは自分に与えられた時間に敬意を払うという点において、どう違うのだろうか、僕は違うと思っているがそれをどこまで言語化できただろうか。
体をいたわる、胃にやさしく、そのためにうどんを大量に食べたくなってスーパーでうどんと野菜等を買って帰るとうどんを作って、それからうどんを食べた、鶏肉、舞茸、長ネギ、春菊、生姜、それらが入ったうどんを食べた、うどんは当然2玉だった、玉というのだろうか、2束、だろうか、だった、それを食べたら1.5玉が適量のような気もしたが最後までおいしく食べた、夜は『密告者』を読んでいた、密告、ビール、ウイスキー。

10月11日

曇天。憂鬱。橘玲読了。法人。面倒。憂鬱。

真っ白な、霧というか、靄というか、の違いがよくわかっていないが、の中にいて、どこに向かったらいいのか、なにが開けるのか、皆目見当もつかないというような、なにかそういう気分になっているところがある、ひとつひとつのことをわかっていないで、一段とび二段とびで考えようとするからいけないのかもしれない、知らないことがずっと続いている、手前からひとつひとつを検討しないといけないのかもわからない、ともかく、漠然としているのがいけない、漠然のせいだと思う、今のこの深い、けっこう行き場のない、わりに重い、気分の沈み込みはきっと。なにがほしいのか、なにを手放せるのか、ひとつひとつを本当は検討していかないといけない、しかし、どうやって。いやだから、なにがほしいのか、なにを手放せるのか、考えることから始めるという、ことだろう。『密告者』を読んでいた。ぐいぐい面白いらしく半分を越した。

昨夜は夢で植本一子の新刊のことが出てきた、表紙に使う写真を借り切った大きなバスに乗って撮りに出かける、公道のまんなかに止まって、ちょうど車の通行がまったくなかった、白み始めたくらいの時間だった、そこで、降りて、撮っていた、そういう夢を見た。昨日、インスタであるとかフェイスブックであるとかで新刊の表紙であるとかの写真を見かけたためだった。鈴木成一デザイン室とあった。

法人化しても大して意味がないような気がしてきた。社会保険とかでむしろより大変とか。もし意味がないならば、それはとてもありがたい結論だった。法人化しないということはなにもしないということだからなにも面倒でないということだった。だからありがたかった。感謝したかった。

10月12日

晴天。快晴。暑い。汗をかく。ずっとタオルケットさんの中にいたい。しかし起きた。仕事に出た。昨日、朝、「Number web」の野球の記事を読んでいたら関連記事で別冊のようなやつでボウリング特集でサザンオールスターズの桑田佳祐が編集長のボウリング特集というその記事というか紹介があり特集タイトルが「ボウリング場でカッコつけて」で、それは「LOVE AFFAIR」の歌詞ということで、というところから「LOVE AFFAIR」が一日中頭の中に流れていた、中学生の時の曲だった、その曲を僕はとても好きだった、ボウリング場でカッコつけてブルーライトバーで泣き濡れた。それで思い出すたびになにかずっとグッと来ていたそういう一日だった、それで今日もまだ思い出している、マリンルージュで愛されて大黒埠頭で虹を見た。中学生のとき、そこで描かれるそれらの情景になにを移入していたのだろうか。移入ではなく憧れのようなものだろうか。とにかく僕はその曲をとても好きだった。そのことをずいぶん久しぶりに思い出した。

みんなよくしゃべる。父親の昔からの友人の女がテープレコーダーの前で延々と過去をしゃべり、父親の恋人がテレビカメラの前で延々としゃべり、語り手が父親の旧友の想像上の人生を延々と書き連ねる。「子供もとうぜんいるだろう。おそらくは女の子か。それもひとり娘」。おそらくは女の子か、がじわじわと面白い。なぜそう思うのだ!

iPad、を買うべきか。業務効率化。的な。miniちゃん。を。iPad miniちゃん4。を。さわり、預言、校正。

本を、『密告者』を、ずっと、ずーーーっと読んでいる。1円も生み出さない時間が少し長すぎる。200ページ以上進んだ。本を読んでいただけなのに体がヘトヘトに疲れた。

10月13日

ビルの屋上にいて、向こうが海で、夜で、爆撃で、崩落する、ビルにはすごくたくさんの人がいた、みんなダメになった、というのが夢だった。そのリアリティはもう失われてしまった。

朝、フヅクエで働きたいと言ってくださる方とお会いする、お話する、お願いすることにする、その後営業する。『密告者』は今日読み終わるだろう。あとたぶん30ページくらい。560ページ。こんなにすぐに読みきることになるとは思わなかった。慌てて柴崎友香の新刊をポチる。書店で買いたかったがやむをえなかった。

コーヒーを淹れ、残り数十ページ、いくぞ、と思い、昨夜寝るまで読んでいた箇所を探し出し、そして読み始めた。1ページ読み、さて次のページ、とめくった次の瞬間、俺の目に飛び込んできたのは「訳者あとがき」という文字だった! 終わった! 1ページで終わった! 僕は目を見開き口をわななかせて「たいそう驚いた人」の顔を作ったのち、胸中でゲラゲラと笑った。大笑いだった。"なんてこった、俺の旅路がこうもあっけなく終わってしまったなんて。でもそれもしかたあるまい。因果応報ってやつさ"と。
訳者あとがきを読んでいたらなんでだか、アレハンドロ・サンブラの『盆栽 / 木々の私生活』をまた読みたいような気持ちが芽生えた。チリの、たぶんバスケスと同世代の。静かな、うつくしい小説。これはもしかしたら少し、Los informantes、情報提供者、喋りだしたら止まらない人たちの止まらない語りを浴び続けて、静けさのようなものがほしくなったからなのかもしれない。全員が情報提供者だった、全員が語り続けていた。
しかし、それでいえば、滝口悠生の『高架線』だって同じだった。みな、情報提供者だった、みな、延々と喋り続けていた、しかし、そこにうるささは感じなかった。

体の疲れが取れないというか、疲れ続けているというか、疲れを感知する値が100だとしたら寝たり休んだりしても95までしか下がらなくて、少しのことで100を越える、そういう状態になっている気がする。なんで今日ヘトヘトになっているのかわからない、そういう疲れ方をしている。悲しい。iPadではないタブレットのほうが用途として正しいのではないかと調べていたがいろいろありすぎてわけがわからなくなって疲れて悲しくなった。頭の中がぐちゃぐちゃになっている。ゆっくりお風呂に入ってさっぱりした気持ちになって寝た。

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