本の読める店

読書日記(53)

Entry diary53

9月30日

今日は昼から飲酒の日みたいになっており大半の方がお酒を注文されていてなんとなく光景としていい。解放感がある。
と思ったらものすごい暇な土曜日になっている。7,8,9月は暇なのかもしれない、だから10月から、と思ったのは先月の終わりくらいだったか、その9月が、最後の週は本当に悲惨な感じで、終わろうとしている。これが10月からいきなりよくなるものだろうか。不安ばかりが募る。いくらか緊張すら感じる。

慄然とするほど暇。7時。仮に今から忙しくなっても取り返せないほど暇な前半だった。頭を抱えたくなるような重苦しい感情に見舞われて、とはいえやることもないので日ハムの本を読んでいた。

「何をやっていいのかわかりません。教えてもらえませんか?」
今シーズン序盤、西川遥輝は打撃不振に苦しみました。5月終了時点で、打率は2割4分。元々頑固な性格で、指導者のアドバイスを聞かないし、聞いても聞いたことで満足して実践していませんでした。ほんとうの意味で聞く準備ができていないわけです。
そんな西川が、ある日、わたしにLINEのメッセージを送ってきました。
「もう、自分でも何をどうしたらいいのかわかりません……」
個別に相談するというのは、深刻に悩み抜いて聞く準備ができているサイン。わたしはすぐにこう返しました。
「何をするかは合宿所に帰ってじっくり話をしてから決めよう。必ずできるから、すごい選手になれるから、自分自身のことを大切にしよう」
「ここまでの実力しかないと思うと悔しいです。よろしくお願いします」 白井一幸『北海道日本ハムファイターズ流 一流の組織であり続ける3つの原則』(p.127)

去年西川はこんなに苦しんでいたのか、と知ったら、そのあとの素晴らしい活躍、あまりに劇的な日本シリーズでのサヨナラ満塁ホームラン、それらを思って、なにか深い感慨というか強い感動というかに見舞われ、涙がこぼれるかと思った。目頭が熱くなった。

夜もけっきょく完全に暇なままだった。白井コーチの本はすぐに終わった。あとはずっとパソコンを見ていた。途中から慄然とすることもなくなった。無感覚になった。閉店するとすぐにビールを開けた。すぐにExcelで今月の数字をはじき出した。思った以上にひどい数字だった。もう一本ビールを開けた。

10月1日

めっちゃ暇。カレー仕込めばよかったなと思った。半端にやり始めて忙しくなったらことだと思ってやらないでいたら、夜だ。今からでも仕込めることは仕込めるが、明日でいいか。ダラダラしている。
途中でDeNA対広島の様子をうかがっていたところ、スコアを見ているだけで胸が熱くなるようだった。ロペスと筒香のホームラン、それから先発投手ウィーランドのタイムリーで初回に幸先よく4点を取っていた、そうしたら5点を返されていた、そうしたら今度はウィーランドが3ランを打って逆転した! しかしまた追いつかれた。するとウィーランドのヒット! 倉本のタイムリー!そして筒香の二本目のホームランで突き放した! という。ウィーランドはこの日5回7失点、3打数3安打4打点というわけのわからない成績だった。DeNAが3位を確定させた。それはうれしいことだった、一方、巨人が逆転してCSに出場して3本柱+畠で下克上みたいなことにもしなったら、それはそれですごいことだな、というのも見てみたいものではあった。そんなことはどうでもよくなるくらい、泣きそうになるくらい、惨めなほどに暇だった。小腹を埋めるためにパンを焼いたら間違えて強いワット数でやってしまい、焦がしてさらに惨めになった。カレーを仕込み始めた。

バスケスの『密告者』をいつ買おうか、本屋に行けるだろうか、Amazonではなく本屋で買いたいのだが、どうか、と思って、その流れで寺尾隆吉がバスケスのどの作品が凄いと書いていたのだったか、というのをやっと見てみる気になった。

2011年の『名声』では多くのファンを失望させたフアン・ガブリエル・バスケスは、『廃墟の形』において自らと完全に重なるコロンビア人作家を語り手に据えて、コロンビア現代史の汚点として残る二つの事件、ラファエル・ウリベ・ウリベ暗殺(1914)とホルヘ・エリエセル・ガイタン暗殺(1948)の真相を追究し、凄惨な暴力に貫かれた祖国の歴史に思いを巡らせた。 寺尾隆吉『ラテンアメリカ文学入門 ボルヘス、ガルシア・マルケスから新世代の旗手まで』(p.210)

『廃墟の形』は『地図と領土』や『HHhH プラハ、1942』とかと比べても「遜色ないどころか、スケールや迫力という点では両者を凌ぐとすら言えるかもしれない」ということだった。
激賞されていたのが『密告者』ではなかったという点は残念だったが、今回出たのが『名声』ではなくてひと安心だった。
それで刊行時期等を知りたくウィキペディアを見てみると、英語版とスペイン語版で情報が違っていた、『名声』に当たるであろう「Las reputaciones」は英語版だと2016年に、スペイン語版だと2013年が刊行年になっていて、また、『廃墟の形』(La forma de las ruinas )は英語版には記載はなく、スペイン語版だと2015年刊行。「2011年の『名声』」とはなんなのか。2011年は『物が落ちる音』で、2007年が『コスタグアナ秘史』、それで2004年が今回出た『密告者』(Los informantes)、ということだった。これはデビュー2作目くらいらしかった。『密告者』は前のやつなのか、というのでほんの少しトーンが落ちた自分を今ここに発見した、が、前の方が面白いかもしれないじゃないか。それになんであれ、500ページ超という大部の小説を読むことはけっこう楽しみな予定になっている。楽しみ。

10月2日

夕方までの通常営業は激烈に暇。ひととおり日記の読み直しと修正作業を終えた。終えたといっても穴だらけだろうけれど。一年分、A4で871枚。

夜は読書会。『高架線』。オーダーが落ち着いてから僕も読んでいた。なんかずっととてもいい、ずっとじわじわ喜びながら泣きそうになるようなそういう調子でいる。

こうして実際に職場に来てみたことで、三郎はやっぱりここでずっと働くことができなかったんだろうと思った。内装も、有線放送らしき店内のジャズ音楽も、制服も、出てくる料理や皿も、どれも統一感があって文句はないが、ならばこの店のどこかに誰かが何かを本気で考えたことによってつくられたものがあるかと考えたら、それはたぶんない。(...)
そのように思い始めると、その店の目につくすべてが、気に食わなくなってきた。内装も、メニューの書き方も、座布団も、料理も、料理を盛った皿も、あの日の三郎の真摯さに見合うものなんてひとつもないじゃないか。 滝口悠生『高架線』(p.81,82)

ご参加の方々が集まりだし、「それではどうぞ〜、読んでください〜」の無意味な掛け声が発せられる前の時間、一番手前のソファの方が開いている大きい本のページが目に入ってきて、それは真赤だった、菊池だった、次は胴上げの様子だった、明らかにそれは『Number』の広島特集号だった、「ナンバーwww」と思って、俺も買わないとな、コンビニかな、ポチりかな、どうしようかな、と思っていた。
すると読書会が終わって少しずつみなさん帰っていかれて最後のお一人になったその方が帰り際に「要ります?」というので「ラッキー!」と思っていただいた。巨人ファンとのことで、読んでいても悔しい思いがどうしても湧いてきてしまったとのことだった。しばらく野球の話をしていた。野球の話は本当に面白い、と思いながら話していた。

10月3日

湯船の向こうがすぐに木々のうわっている急坂というか崖で、その向こうが川だった、夜で川は見えなかったが轟々という流れの音は環境全体を飲み込んでいたからそのなかに僕も収まっていた。風呂の外縁のタイルの溝を、少しずつお湯が流れていく、半分の筒状になったところを、光をまとったお湯がずーっと通っていく。それは夜の空をカプセル状のエレベーターの上下運動が切り裂くような様子で、そのエレベーターは絶えず上がり続けている、そういうぐあいだった。光をまとったというか光になったお湯が上がって上がって上がり続ける。それで突然あらわれる奈落に落ちていく。その先は川だった。
それはツールバーをなくした状態のテキストエディタ上で文字を打ち続けていると書いたものが上に上に流れて最後にはデスクトップの海のなかに落ちて消えていくときに見たのと同じような情景だ、とそのときにも思っていたか。夏休みを取って箱根に行った。

お腹の調子がどうも朝から何かおかしいようなそんな気配があって昼ごろ箱根に到着してご飯を食べたら旧箱根街道に行って苔むした道でも散歩しようと思っていたがどうも怪しい、薬局で薬を購入したら親切で明るい人が対応してくれて気分がよかった、旧箱根街道は諦めるというか、苔むした道の途中で腹痛に見舞われたらことだからやめることにして旅館にすぐに向かった、箱根湯本駅から十五分も歩けば着いたそこは1600年であるとかに創業ということで伊藤博文が泊まったと書かれていた、他の人もきっと泊まっていた、そこにチェックインの時間よりも一時間早く着いて、近くをうろうろしようかと思ったがそんなに歩ける道もないということだった、露天風呂に続くらしい川沿いの遊歩道といわれるところに籐椅子が出ていた、そこに座ったらそこですっかり落ち着いた、川がすぐ目の前で、百日紅と楓が川に向かって幹や枝を突き出していた、その真下で道は苔むしていた、ナイスヴューだった、轟々と、川の音、山道を車が走りすぎる音、葉を通して注がれる光。その中で『高架線』を読んでいた。

私のことはどう思いましたか。
何がですか。
ひと目でわかりましたか。いい人だ、とか、肌合わねえな、とか。
この人にならどんなひどいことされても構わない、と思いました。
ははは。
嘘です。信頼できる人だと思いました。
ほんとに?
今話してて、そう思いました。
歩が戻ってくるまでの一分くらいで、私は田村とそんなような話をした。私はそれを忘れられません。 滝口悠生『高架線』(p.113)

10月4日

宿を出て箱根湯本から箱根登山鉄道に乗って彫刻の森美術館に行った、20年以上ぶりだった気もするしもしかしたら10年ぶりくらいだったかもしれなかった、定かではなかった、入った瞬間に気持ちが完璧によいヴューが広がっていた、彫刻作品を見ながら歩くことはこんなにも面白く気持ちがよいとはまったく知らなかった、ぐるっとまわって、途中でコーヒーを飲んで、最後に鈴木康博の展示室を歩いて、出た。そば屋に入ると僕は昨日読んでいた『高架線』でカレーうどんが出てきたためカレー南蛮うどんを食べた。それから大涌谷に向かうべきバス停のほうにいると、しばらくするとお腹が不穏な動きを再開した。
日本語を十分に理解できているつもりでも、バスを駆使するのはいくらか難易度があった、グーグルマップが言った通りではなかった、やってきたバスの運転手に聞くと苛立たしげな返答を得た、それでどうにか正しいバスに乗った、すると途中、早雲山駅前みたいなバス停で行列ができていた、みな、このバスに乗ろうとしていた、それで目一杯に入った、見、聞きしていた感じだと日本語を第一言語とする人はゼロに近かった、英語、韓国語、中国語、フランス語、様々な言語が聞こえて、こんなにもそうなのか、と思ってびっくりした。
しかし箱根のバスは日本語を解さない人間に対してはたぶん配慮がまったく足りていない、客も大変だしバスの運転手も大変だ、早急にどうにかしたほうがよかった、ともあれバスでぐるぐると山道を走っていくこと、たくさんの言語が飛び交っていること、それを僕は愉快に感じていた、大涌谷に着くころにお腹がたいへん不穏だった、止まってから、精算がまた大変だった、それは全部箱根のバス会社のせいだった、みな手間取っていた、それで出るまでに大変な時間が掛かった、僕は途中で「これは……無理だ……」と思ってすいませんすいませんとすり抜けていって体調悪いのですいませんと割り込みを、しかし日本語で言ってもしかたがないのでただ何か急いでいる人ふうにすいませんすいませんと言って、最後に運転手に対して体調が悪くて、とだけ言ってピッとやって出て、土産物屋のトイレに駆け込んだ、広々とした、清潔な、文句のないトイレで僕は気分がよかった、強い硫黄の匂いが建物の奥深くまで行き渡っていた。トイレから出るとあと10分で箱根湯本方面のバスの最終が出る、ということで、大涌谷に行ってトイレに行った、という思い出を作ることができたことを祝いだ。
バスは途中、また早雲山駅前みたいなバス停で大量の人を吐き出した、僕はこれはなんだろう、早雲山駅前の人気はなんなのだろう、と思ったら、箱根登山鉄道の終点というか始点というかが早雲山駅なのではないか、みな、行きたいのは箱根湯本方面で、本当はバスでそのまま行けるのだが、それがうまく伝わっておらず、早雲山駅から箱根登山鉄道に乗って箱根湯本に向かうのではないか、と推測したが、正しかったか。

セーターを着ていて、そのままロマンスカーに乗って新宿まで90分だった、75分くらいは寝ていた、よく寝た、着くと、そのままセーターを着ていてちょうどよい気候になっていて、だから一日いないあいだに東京は秋を深めていた。
いったん帰宅して荷物を少し置いて出ると金木犀の香りがずっと強くあった、丸善ジュンク堂に行って、フアン・ガブリエル・バスケスの『密告者』を買った、大学生くらいの女の子がずいぶん背の高いがっしりした体型の男の子に、「新書って知ってる? 新しい書ってことじゃないからね。新書ってこういう形のさあ」といくらか愉快そうな口吻で教えていて、その感じがなんだかとてもいい場面だった。購入してエレベーターでおりながら、昨日の筒状の光になったお湯を思い出したか。

お腹が完全に不安だったためサムギョプサル屋を提案されて怯んだが代替案もなかったのでサムギョプサル屋に向かった、僕は書店に行く用があったので10分遅れたが、着いたら来ておらず友だちはさらに10分遅れた、道に迷ったらしかった、その気持ちはわかった。僕は先にビールを頼んでプロ野球ニュースを見ると日ハムが3−0で勝っていて、開くと大谷が投げていて、見ると大谷が4番を打っていた、4番投手・大谷www と思って、大笑いをした、もちろん心のなかでだった、声は出さなかった、声を出したらことだった、ともかく笑った、栗山監督がメジャーの人たちに向けて、「そうそうそうそうなんですそうなんですこの選手はこれができるんですというそういうことなんですそうそうそうそうなんです」とデモンストレーションを展開しているかっこうだった。大谷がメジャーに行って、なにをやって、どうなるのか、とても楽しみだった。

サムギョプサルを恐る恐る食べて、友だちは立派なことを話していた、日本を、というような、そういう大きな言葉をリアリティを持って扱えるということが僕は想像がつかなくて、友だちも5年前だったら想像がつかなかった考え方を今自分はしていて人は変わるものだと思っていた、僕は想像がつかないし興味もない、興味があればそれはリアリティらしきものに近づくということだろう、今そういうことを僕はまるで考えられない、が目の前にいる友人がそういうことを言っている、それを好ましいこととして僕は思った、リアリティを持っているやつが、がんばってくれたまえと、卑下するでも尊大に構えるでもどちらでもないつもりで、思った、自分のこういった体験を踏まえて、それもあって、だから、日本を、日本は、というような話を僕はヘラヘラと、ときに吹き出すのをこらえるような顔つきをしながら聞いていて、僕が彼のその話を聞く態度として僕はヘラヘラしていたほうがずっと真面目だった、神妙な顔つきでそれを聞いていたらたぶんそれは不真面目だった。
腹も埋まってビールも3杯ほど飲んでもうよくて、たぶん箱根な、旅行な気分のなにか延長だったのだろう、いくらか外で飲酒をしたいと思ってフグレンに行って縁側のところに座って酒を一杯飲んで帰った。モンキー47を、飲んでみたかったが飲んだことがなかったジンを、飲んでみた、おいしかったが、一口ごとに喉が痛いような気になっていった、元気ですか、僕の体調は大丈夫ですか、そう思っていい時間になったので帰った。ただただゆっくりと過ごすいい休暇だった。

10月5日

お腹が不穏な動きを続けている。不安を覚えながら店を開けた。体調がとてもいい、とはとても言えない、という状態らしい。回復が待たれる。今晩は酒は飲むまい。今日の営業中に『高架線』を読み終えるだろうか。もしかしたらそうかもしれない。終わったら『密告者』を始めるだろうか。もしかしたらそうかもしれない。

完膚なきまでに暇で、手の先がしびれている。空腹による症状だろうか、指が冷たい感じがする、タイピングもなんだかしにくい、腹が減ったが腹に何かを入れるのははばかられる、『高架線』が読み終えられた。愛。すばらしい。ほんとうにいい。やさしい。滝口悠生はほんとうにやさしい。

私は、話しながら、自分は柚子子のことをちゃんと話せていないなと思った。柚子子は、茶太郎や私の話のなかにいたような、それだけの人ではない。ちゃんとうまく話せはしないが、それだけは言っておきたい。 滝口悠生『高架線』(p.197)

この人の小説から受け取る感覚が僕はいつも気持ちがいい、できるだけ善良で気遣いがある、触れられてうれしい、手がしびれる、手がしびれているから『密告者』にはまだいかない、いや手のしびれは関係なくこんな中途半端なタイミングで始めたくない気がしたからまだいっていない、代わりに『Number』を読んでいた、広島、黒田、田中、菊池、お腹は引き続き危うい、ちょうど誰もいない時間、そんな時間は今日はたくさんあったのだが、その時間、つまり15時25分にお腹がアラートを出してきたのでシャッターをおろし、「15時40分には開けます!」と書いた紙を貼ってトイレにこもった、それ以降は小康状態、手がしびれ、寒く、それはだから空腹による、あたたかいものを食べたい、あたたかく汁っけのあるものを食べたい、ラーメン? 脂多め? 味濃いめ? そうかもしれないしそうではおそらくない、悲しみのようなものが立ち上がるがしかしなんの悲しみなのか、どうやってこの先ぼくは生きていこうか、その選択権は僕の手のなかにあるのか、それすら暗く打ちひしがれた日にはわからない、が、今日は暗く打ちひしがれた日では全然ない、ただぼんやりと体調が悪く、それが思考を悪いほうへ悪いほうへ促しているだけだ、というほど悪いほうに流れてもいない、ぼんやりと暮らしている、どうやってこれから僕は生きていこうか、という問いをポジティブに、発したい。

9月の振り返りブログを書こうとしたが何を書いたらいいかというところで止まって書けなかった。それで『密告者』を読み始めた。

10月6日

今週が三連休だということを知らなかった。忙しくなるといいなと思った。

早起き。9時には店に着き開店の準備をし、10時から打ち合わせ。numabooksの内沼さんと緒方さん。緒方修一さん。緒方修一さん! といったところだった。エクス・リブリス、ゼーバルトコレクション、ボラーニョコレクション、全部緒方さんのお仕事だ。という方に。なんとまあ。
内沼さんがあれこれ説明し、緒方さんと意見を交わしたり段取りを決めたりするのを僕はだいたい「見ている」という感じで木偶のように座っていた。
強度の話が出た。糊。今日学んだことは「天アンカット」という製本手法で、新潮文庫であるとかは上のところがギザギザしている、それは栞が入るため、ということだった。聞いていたときは「天安カット」かなと思っていたが、「天アンカット」、つまり「天・切らない」だった。
文庫サイズにするか、白水Uブックス的なサイズにするかまだ決めきれていない、どっちがいいのかなあ、とうんうん悩んでいたところ、最初にこうだと決めちゃうよりもいろいろやりながら考えたほうがいいでしょう、そちらのほうがおもしろいでしょう、と緒方さん。なんとなく最初に決めてあった方がやりいいのかなと思っていたところが僕の中にはあったので、装丁の方にそう言っていただけるとありがたかった。真っ赤なパンツを履かれていた。楽しみだなあ、と木偶のように思った。

暇。夕方から雨。『密告者』日和、になってしまいそうな予感。胃腸の調子が悪いということなのだろうということで薬を探したところ見つかった。富士胃腸薬。飲んだ。日が暮れるとどしゃどしゃと降り出した。真面目に仕込みをしていた。

夜。思ったよりもお客さん来られて少し安心した。安心のハードルが低くなっていることが気にかかるが。しかし雨なのにありがたい。けっきょく本は開いていない。腹が減って指がしびれてきた。

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