本の読める店

会話のない読書会 ロベルト・ボラーニョ『ムッシュー・パン』

Entry blog fuzkue420

「会話のない読書会」は「同じ本を同じ場所で同じ時間を共有して見知らぬ人たちと一緒に読む」、という読書会です。
読んだあとに参加者同士で話し合ったりもせず、ただ黙々と、好き好きに飲み食いしながら本を読む、ただそれだけが、なんだかすごい濃厚かつグルーヴィーな体験に、なれ、みたいな企てです。
「読もうと思っていたところで」「これを機に読んでみようかな」「全然知らないけど試しに」等々、いろいろなスタンスの方が参加してくださったら楽しいな、と思っています。
(参考:開催後記:参加の方のご感想等

会話のない読書会06
日時 1月17日(火) 20:00~22:30
open19:30 / close24:00
場所 フヅクエ
読む本 ロベルト・ボラーニョ『ムッシュー・パン
(発売から間もないこともありこちらでもご購入いただけるようにします。ご希望の方はご予約の際にお申し付けください)
料金 1,500円
「2ドリンク」or「1ドリンク+つまみ/ケーキ」。
(+300円/500円で「1ドリンク+軽食/食事」に変更可。当日のお申し出で大丈夫です。)
定員 10名
予約 メール 、あるいはFacebookTwitterのメッセージから
内容 「読む本」を読みます。
適宜飲食物をオーダーしつつ、飲み食いしつつ、自分のペースで読みます。
この日から読み始めるでもいいし、この時間で読み終わるような箇所まで進めて来るでもいいし、再読するでもいいし、好きなように読みます。
途中で疲れたらしばらく他の本であるとかに退避可。外出しての休憩も可。映画館同様途中で帰るのはできるだけ我慢。
22時半で終了のお知らせ。
閉店時間までは残って読み続けてもいいし人と話してもいいしもちろん帰ってもいい、という感じです。

「会話のない読書会」第6回はロベルト・ボラーニョの『ムッシュー・パン』を読みます。
ボラーニョは僕は非常に大好き大好き作家で、きわめて大好き大好きなんですが、Amazonの「著者について」のところから引っ張ってくると

1953年、チリのサンティアゴに生まれる。1968年、一家でメキシコに移住。1973年、チリに一時帰国し、ピノチェトによる軍事クーデターに遭遇したとされる。翌74年、メキシコへ戻る。その後、エルサルバドル、フランス、スペインなどを放浪。77年以降、およそ四半世紀にわたってスペインに居を定める。1984年に小説家としてデビュー。1996年、『アメリカ大陸のナチ文学』と『はるかな星』を刊行。1997年に刊行された第一短篇集『通話』でサンティアゴ市文学賞を受賞。その後、長篇『野生の探偵たち』、短篇集『売女の人殺し』(いずれも白水社刊)など、精力的に作品を発表するが、2003年、50歳の若さで死去。2004年、遺作『2666』が刊行され、バルセロナ市賞、サランボー賞などを受賞。ボラーニョ文学の集大成として高い評価を受け、10以上の言語に翻訳された。

とのことで、大好き大好きで、おととしくらいから始まったコレクションも新しいのが出るたびに待ち遠しかったイベントみたいな心地で嬉々としながら本屋に向かう感じになっているので、新しいの出たらそりゃあやるでしょ読書会、みたいなところで、新しいの出るので、やります。
今回の『ムッシュー・パン』は1981,82年あたりに書かれて84年に出版された初期の作品(『Amberes』に次ぐ2作目)だそうです。
どんなのかは知らないので「楽しみですね!」くらいしか言えないので、こんなふうな雰囲気というかあれですよ〜というところで(訳者も同じ松本健二だし)僕のちょっと度し難く大好きな短編「センシニ」の書き出しを引用します。

僕とセンシニが親しくなったいきさつは、どう考えても普通とは言えない。あのころ僕は二十代で、食うや食わずやの生活をしていた。ジローナの郊外で、妹と義弟がメキシコに引っ越したときに残していったボロ屋に住み、バルセロナのキャンプ場での夜警の職を失ったばかりだったが、そのせいでいっそう夜型になってしまっていた。友だちはほとんどおらず、することと言えば、ものを書き、外を長いこと散歩するくらいだった。出かけるのは午後七時、起きてすぐは時差ボケのような感覚で、自分がそこにいていないような、周りの現実から浮いているような、なんとなくたよりない感じが続いた。夏の間に貯めた金で生活していたが、ほとんど使ってもいなかったのに、秋が近づくにつれて減っていった。たぶんそれでアルコイ市のスペイン文学賞に応募する気になったのだろう。対象や国籍や居住地を問わず、スペイン語で書く作家。賞は詩と短編小説とエッセイの三部門に分かれていた。最初は詩で応募しようと思ったが、自分のいちばん出来のいい作品を送ってライオン(かハイエナ)のような連中と競わせるのは無粋に思えた。じゃあエッセイはどうだろうと考えたけれど、送られてきた募集要項を見ると、アルコイ市とその周辺、市の歴史、著名な出身者、市の将来像などについて書かねばならないことが分かり、そんなものが僕に書けるはずもない。そこで短編小説で応募することにして、すでに書いたものの中で(あまりたくさんはなかった)いちばん出来のいい作品を三部コピーして送付し、結果を待った。
受賞者が決定したとき、僕は誰ひとりとして民芸品など売っていない民芸品の市場に露店を出していた。僕は次点の三位に入賞して賞金一万ペセタを勝ち取り、アルコイ市は律儀にそれを支払ってくれた。その後まもなくして、受賞作と、最終選考に残った他の六作品を掲載した誤植だらけの冊子が届いた。もちろん僕の作品は受賞作よりも優れた出来だったので、僕は審査員に悪態をついてから、まあ世の中こんなものだよなと心の中でつぶやいた。だが僕が本当に驚いたのは、その冊子の中にルイス・アントニオ・センシニの名前を発見したことだった。彼はアルゼンチン出身の作家で、次点の二位、入賞した短編は、語り手が田舎へ旅立ちそこで息子に死なれるか、あるいは都会で息子に死なれた語り手が田舎に旅立つか、そのへんはよく分からないが、たしかなのは、平原、何もない平原、不毛の地とでも呼ぶべき場所で、語り手の息子が死に続けていくということだった。つまり閉所恐怖症的な物語で、いかにもセンシニらしく、広大な地理的空間が突如として棺おけの大きさにまで縮んでしまうのである。彼の作品は、受賞作よりも次点一位よりも、次点三位よりも四位よりも五位よりも六位よりも素晴らしかった。
なぜアルコイ市にセンシニの住所を問い合わせる気になったのか、自分でも分からない。僕は彼の長編小説をひとつと、ラテンアメリカの雑誌に掲載された短編をいくつか読んだことがあった。 ロベルト・ボラーニョ『[改訳]通話』(p.11,12)

もーなんかほんと好きだなーなんなんでしょうね、なんかすごい好きなんですよね。好きポイントでいつも思うのは「本のことが書かれていたり話されていたりする小説ってなんかけっこうそれだけでぐっとくるところある」みたいなことなんですけど、ボラーニョの小説はだいたい読んだり書いたりする人が描かれる気がしてそういうところでまず好きっていうのがたぶん強くあって、あとは金のない青年がなんかうだうだ働いたり働かなかったりしながら懸命に生きてる感じもキュンとするところがあって、あとはボラーニョ自身いろいろな国で生きてきたのもあって小説のなかの人たちも軽々と国境を越えるようななんかコスモポリタンな感じがなんか広がりあって気持ちいいみたいなところがあって、あとは非常にわりとこれキャッチーだよねというエモさを随所で見せてくれるのでぼくの心のやわらかい場所をしめつけてくる感がバチバチにあるんすよねーあー好きー好き好き好きーーー

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