本の読める店

6月1日

Entry blog fuzkue362

「自由を強調するより掟を強調する世界の方が、人間は知性が強くなる」というセリフが保坂和志の『季節の記憶』を読んでいたらあって、それを歩きがてら話している松井さんと中野さんはそのあとビールを飲む店に寄ってから家に帰った。
僕はそれを定食屋の営業がわりといい調子で終わったあとの午後にソファに腰かけて読んでいて、仕込みもあまりないようだから今日はゆっくり本でも読んで英気でも養って夜にでも備えようとしてコーヒーを淹れるためにケトルのスイッチを入れたところふいに天カセと言われるタイプの大きいエアコンの「フィルター清掃」のような知らせがここのところずっと表示されていたことを思い出して、どれどれと椅子を踏み台にしてエアコンに顔を近づけ、そのあたりでお湯が沸いて、カバーをおろしてフィルターを外して見るとしっかりと清掃時期であることを示す雰囲気が見えたため床に置いた。
掃除機の細い口を縦に縦に走らせると少しずつフィルターは明るくなっていったが、これだけで済ましてはなるまい、と思い片手に持って屋上にあがると蛇口から水を出して水と水の勢いと掃除用の歯ブラシできれいにして太陽がよく当たる場所になっていたこともあって室外機の前に立てかけて、するとウロボロス的な、尾を飲み込んだ蛇のような倒錯的というのか循環的というのかそういった状況になって頭がこんがらがったため屋上で煙草を吸って向こうを見たらいつものようにビルが林立していて晴れだった。
店に戻ってカバーがだらしなくぶら下がるぱっかり無防備にあいたエアコンの穴から風が送られ続けており、今度こそコーヒーを淹れてスーパーで買ってきた「まるごとバナナ」を食べたところ人生を通じて皮膚の調子が悪いことを思い出したため皮膚科に行こうかという気になり財布とお薬手帳をポケットに入れると歩道橋をわたって向こう側の病院に行った。気がかりだったのは開店時間までにフィルターが乾燥するかということで、もし乾かなかった場合、今日の営業はフィルターレスのエアコン、カバーはつけるからたぶん外からはフィルターレスであることはわからないエアコンを稼働させながらおこなわれることになろうと思って、それは走りに行ったジムに着替えのパンツを持って行き忘れたときの対処といくらか似ているところがあった。それを思ったのは病院がいつも行くジムの近くで辿る経路としてジムの気分になったからで、皮膚科に行くと処方箋を書いていただけたので感謝の意を表して隣の薬局に入ると薬を処方していただけたので感謝の意を表して帰ってきた。すると動き始めるべき時間になったため掃除機を掛ける等の通常通りの準備をおこない屋上に行きフィルターを見ると完膚なきまでに乾いていたためよろこんだ。
営業がおこなわれて隙間の時間にやることリストを書いて順ぐりにおこなっていった。煮物の野菜の下処理、瓶の煮沸それから玉ねぎのマリネ、氷の粉砕、カレーを仕込む準備として肉をヨーグルトでマリネしたりスパイスを必要量用意したり、塩もみしたカブを梅酢とごま油とかつおぶしで和え、明日焼こうかと思っているショートブレッドの準備として冷凍しているバターを必要量細かく切りボウルに入れて冷蔵庫に移し、さらになにかお菓子を焼こうと思いココナツのビスケットを焼き、出汁を取る準備をし、をおこなった。こういう様々な種類の仕込みをしているとなんの店なのかわからなくなる、といつも思うことになっていてこのときも思ったのだけれど、そこにはなにか衒いみたいなものがないか。それよりも「中野さんの家の中って、散らかりすぎてて”図”が”地”になっちゃってるから、掃除するのが難しいね」と美紗ちゃんが言ったように営業の隙間時間に様々な仕込みをやっているのか仕込みの隙間時間に営業をしているのかわからなくなるという方がずっと正しくて、区切りがついたところで外に出て煙草を吸ったら初台の駅前は人間が歩いていた。
暇な夜に毎日欠かさずにおこなうように今日も駅の出口のところに立って「カフェの半額券お配りしていまーす、様々なメディアに取り上げられる今話題沸騰中のカフェの半額券お配りしていまーす」と持ち前の物腰柔らかな口調でDMを配り仕事に疲れ暮らしに倦んで「だけどこのまま直帰するのもナ…」と思っている会社員風情の人間の入店を促すことにしようか、いっしゅん迷ったが今日はやめにすることにして店に戻ってこれが書かれている。
彼ら彼女らがなにをよりどころにしているのか僕にはわからない。なんせ誰とも特定されていないのだからわかるわけもないし特定されたところでわかる気もしない。だけど誰にでも何か救いになる希望の根拠がそれぞれにあるといいと思う。現在の僕でいえば希望の根拠は12時で店が終わったら今日届いたHi’Specのアルバム『Zama City Making 35』を聞きながら酒を飲むことで、それから希望の根拠は再来週あたりに日ハム横浜戦を見に横浜スタジアムに行って空の下でビールを飲むことで、それから希望の根拠は、希望の根拠は。ウディ・アレンの新作もそうか。それから、それから。グルーチョ・マルクス、ルイ・アームストロングのポテトヘッドブルース…それから、それから。フローベールの感情教育、マーロン・ブランド、フランク・シナトラ…それから、それから…それから…。こうやって生を繋いでいく。トレイシーの顔、そして横浜スタジアムの外野指定席。ロバート・ローズの打席になったらスウィート・スウィート・ナインティーン・ブルースを歌うおっさんがいる。ビールの紙コップの底をくりぬいたメガホンでへっへーいで終わる長々としたヤジを飛ばすおっさんがいる。彼らが陣取るライト側ではなくレフト側に僕は座ろう。それが今は大きな希望の根拠になっている。
こんなトーンで書かれている文章だからといって今の僕が暗い気分でいるわけではない、もとより暗い気分のわけではなかったうえに結局QSに近いところまで来ることができた。5回2/3で3失点といったところで、最低限の仕事は果たした。仕事を果たしたと言っても僕が何かをしたわけではない僕にできることは「101年堪え客待ちつづけ」ることであり「開かずの間」を「こじ開ける」「俺達」のなかにいつだって入ることはできず疎外感と無力感は募る一方かといえばそういうわけでもなく昨日が平日とは思えない日で今日は忙しいぞという休日より忙しかったような平日で8回1失点被安打5の奪三振8与四球0という快投と呼んで差し支えのない投球内容だったので今日は始まりの3時間ほどはこれはもしかしたら3回持たずにノックアウトだろうかいいことは続きはしないから仕方がないと思っていたが結局あるていど試合は作った。あとは打撃陣の奮起と、それからいつも負担を掛けてすまないけれどブルペンのみなさんにお任せして試合の途中ですが帰路についてあとで監督を始めチーム首脳陣から怒られた。怒られたといえば今朝の朝方は血まみれでどこかの店めいたスペースで僕は床に座り込んで誰かを暴力によって傷つけてしまったのか、一人で暴れただけなのか、とにかく説教された。

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