本の読める店

斎藤くんのこと

Entry blog fuzkue321

降りもしない雨雪が降る、降る、と言い募るのはやめにしてもらいたい。と、予報のせいで暇なんだと言わんばかりのこの態度。腹減った。
ところで前回、あ、いま腹鳴った。ところで前回、死んだ言葉がどうのこうのということを書いたわけなんですが、いい接客、わるい接客とはどんなものだろう、ということを最近僕なりに考えたりすることがあるのでそれ書こうと思ったら違うことが書かれました、ということが書かれたのが前々回とかでした。今日はだからその話題を書こうかという気にもなった気がして今このように打っているのだけど意外にその気にならないというか面倒な気になってきたところがあり、野球のことでも書こうかと思う。

僕は野球が好きで、北海道日本ハムファイターズが贔屓の球団です。がんばれ、陽岱鋼!といったあんばい。また、今も斎藤佑樹の復活というか覚醒か、覚醒を信じるというか願っている。笑うやつらを見返してやれ!といったあんばい。一方で斎藤を巡る栗山監督の言動には「うーん」とわりと思う。斎藤の発奮みたいなものへの期待よりも他選手のモチベーション低下であるとか「斎藤さんはいいっすよね〜」みたいなあれが起きないかが心配。といったあんばい。
と、そんな野球好きの私ですが、では熱心に野球場に通うなり、パ・リーグTVに加入して営業中に音声消した状態で必死に見るなりしているかといえばまったくそんなことはなく、「今日のダイジェスト」みたいなやつを見るくらいはときおりするくらいで。去年にいたっては1試合とて通して見ていない。野球場に行って見たのは六大学野球だけだ、おととしは高校野球の予選だけか。そんな調子だから、野球好きなんてまったくの嘘のようにも思えるのだけど、これが嘘じゃなくて、web閲覧時間の大きな割合を野球に関するニュースなりコラムなりを読むことにあてている。
僕はもしかしたら、野球の運動それ自体よりも、野球をめぐる言葉や数字の舞踏をこそ愛しているのかもしれない。いやそれは言いすぎだと信じたい。ノックも受けたい。あとMPCもおしえたい。

ところでなんでこんなことを書いているかといえば、なんでっていったらやることの枯渇に見舞われたからなんだけど、それはもういいので、というかみんな天気予報を鵜呑みにしすぎだよ!自分の目で空みろよ!というか寒波で大変なのって西日本の話じゃないの?なんでも東京のことだと思ってんじゃないよ!
というどうしようもない言い掛かりも済んだところで、いや基本的に日々暇なんですけど、そのなかでもせめての土曜、みたいな感じだったから、ここのところ「お、いいじゃん」みたいな土曜多かったから、誰がなんと言おうが今日はやっぱりすごい暇土曜なんですよ、それだけはわかってほしい、誰にわかってほしいかって言ったら、言ったら、誰ですかね、こういうの、暇ですよとか、そういうの、だれにわかってほしいんだろう、そんなことをいいはじめたら、だれになにをとどけたくてこれまでおびただしいといってもそんなにさしつかえのないようなもじすうをついやしてぶんしょうをかきつづけているのだろう。
と、そのように思ったりは一切しないんですが、ただ書きたいから書いているだけだし、なかにはなにか届く人、響く人もきっといるだろうみたいな根拠のない前向きさは保持しているんですが、でまあ、なんもやることがないぞ、っていうので今読んでいるのが平出隆の『ウィリアム・ブレイクのバット』という本で、これがめっぽう面白い。

せんじつ人間の方々と飲酒行為をおこなった際だった。
きわめて暗い店内で、友人というか知人というかの方が何かしら荷物を入れる袋状のものから一冊の本を取り出し、それを僕に手渡してきた。僕は「ほう、なんだろう」と思って受け取り、本の重みをこの手に感じ、表紙を眺め、開き、「装丁 - 緒方修一 本文・図版構成 - 平出隆」という字面を眺め、「緒方修一って見覚えある名前だなー俺が見覚えある装丁家ってくらいだしきっと有名な方なんだろうなーそれとも広島の緒方と巨人の村田をごっちゃにして既視感覚えてるだけかなー」と思ったあと、「平出隆ってヤクルトに似た名前の選手いませんでしたっけ、なんかユーティリティーな」とこれはその場に発し、お手持ちのスマートフォンで「平出 ヤクルト」で検索するも引っ掛からず。ちょっとまってね、今あらためて突き止めたく思うね。宮出隆自でした〜。わりと「hira」と「miya」の音もそうだし、「出隆」の並びもそうだし、かなりいい線いってました〜。
で、奥付っていうんだっけ、後ろのやつ、あそこを見て著者の経歴で「ヤクルト」とか書いてないか、書いていないにしてもどのような人なのか、情報を得ようとするのだがまるで頭に入ってこず、ああこれは俺はそれなりに酔っ払っているんだ、と思ったのだが、後日この本を読もうと取ったときに(借りたのかいただいたのかわかっていないのだけど手渡されたので所持している)、ああ、俺はよほど酔っ払っていたという部分がそれに集約されるといっても過言ではないというかそういうことかもしれない、と思ったのだけど、このタイトル、ウィリアム・ブレイクのバット、それを見てなお、野球に関することが書かれている本だとその夜は考えもしなかったのだ!
そもそも「バット」も「バッド」だと思っていたし、ウィリアム・ブレイクって誰だろうな〜ウィリアム・ブレイクのバッドってかっこいいタイトルだな〜「のバッド」っていう置き方もかっこいいしたぶん俺ブレイクっていうあれも好きだし、ウィリアムなんてストーナーだし、ぜーんぶ好き、すごいかっこいい、知らないけどなんとなく高橋源一郎っぽい感じの小説かな〜とかそんなふうに思っているだけで、いま見ているすぐ目の前にバットを持った人間の絵があるにも関わらず、なにひとつ、なにひとつとして気が付かなかった!きっと、「ヤクルト」であるとか「ユーティリティー」であるとかを発言する僕を見た人々は、野球に関する本であることに気がついていなかったなどとはよもや想像しなかったであろう!

という話でした。

なお、写真はそれではなく昨日読んでいたキルメン・ウリベの『ムシェ 小さな英雄の物語』で、ページのうえを踊る光がきれいだなーと思って写真を撮ってはみたものの、という様子です。

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