本の読める店

未来は俺等の手の中

Entry blog fuzkue310

おととい「ひまないちにちでした〜」と書いたばかりであれなんですけれど、前々からそうしようと思っていたので、一年前の今日12月11日のことが書かれたけれどお蔵入りにしていたやつをアップしますという。
「お、いい写真あったwww」と思ってのこの写真なんですが、こちらは先日読んだ『世界の終わりの七日間』の表紙です。最高だよ!
というわけで一年たって、さすがにここまでのことはなくなったので進歩進歩、というところですね。とか言ってたら今日そうなったりしたら大笑いというか。以下。

物語が動き出した。
その一日をこのように形容していいものかどうか僕にはわかりかねるが、2014年12月11日という日付けは僕にとって、記念碑的な、「あの日があったから今がある」みたいな一日になりうるものだったのではないか。あるいはただの終わりの始まりか。現実をありのままに見るならば明らかに後者だよね、というところでちょっと恐々とするところもあるけれども、簡単に振り返ってみようと思う。

2時ごろ買い出しと一杯のカフェラテの注入を終えた僕は店に行き、掃除や準備をしたのちに本棚や自分の机まわりの整理をして、なんかいろいろスムースな感じになったぞーなど、いい気分でいた。トーストを焼いて甘くして食った。なんとなく、久しぶりに聞きたくなってTHA BLUE HERBの「未来は俺等の手の中」を聞いた。「支持者 共感者 傍観者 ゴロツキ 音好き モノ好き その筋」どの部分も好きだけど昨日はここがすごく好き。そう未来は俺等の手の中。

4時。時間になったので開けて、領収書や売上伝票を、僕はExcelで管理しているのでExcelに打ち込む作業に没頭した。やろうやろうと思っていてずっとやっていなかったことで、いざやり始めたらちゃんと最後までやれたので、やっぱり一歩を踏み出すことが大切だよね、ということを改めて思った。5時。
TwitterやFacebookに今日も開いている旨を投稿したのちインターネットを閲覧する。ん?と思う。6時。
紅茶を飲む。3杯か4杯か飲んだ。あらら?と思う。7時。
蓮實重彦の『「ボヴァリー夫人」論』を引き続き読んだ。エンマとシャルルの類似の指摘。エンマはシャルルの振る舞いを反復する存在として描かれていると。素晴らしい推理小説を読んでいるような面白さ。記録更新?と思う。8時。
煙草を吸いに外に出る。日中は「今日は生温かい日だ」と思っていたが、夜はやっぱり寒い。9時。これほんとに?と思う。記録更新中の音の底に?東京に?宮古、京都、そして今日の札幌に?
いつも通りにブログを書いた。昨日は泥炭であるところのピートについて調べた。動画を見ると「ああピートっていうのは本当に土くれなんだな」ということが知れ、実りある学習となった。これほんとだ…と思う。10時。
いつもより早めの夕飯を食べた。野菜をたくさん摂取できて非常にいい。健康的なのか不健康なのかわからない生活をしている。了解したよ、と思う。11時。
11時半過ぎ。終わり。店を出る。ある種の清々しさがあるよね、と思う。OK余裕。未来は俺等の手の中。
ツタヤに行ってDVDを3本借りる。ずいぶん迷った末、友達に薦められたザル・バトマングリの『ザ・イースト』、トニー・スコットの『ドミノ』、クエンティン・タランティーノの『ジャッキー・ブラウン』を借りる。銃撃戦的なものが見たいモードなのだろう。12時半。『ザ・イースト』を見る。スコット・フリー・プロダクションの作品。ウイスキー2杯とポテチ。とてもよかったと思う。3時。『ドミノ』を見る。何年ぶりだろう。ウイスキー1杯と柿ピー。トニー・スコットはどれも好きだけどこの作品は馴染めなかった記憶がある。今回もやっぱり楽しみきれない。寝落ちする。4時半ごろ。

すでに察しはついているかもしれないけれども、なんと!という感じで、昨日は人っ子一人、お客さんが、来られなかった!なんてこった!
という一日でした。
これはさすがに初めての経験で、面食らうというよりはジワジワと残り時間が短くなっていく現実をボヤボヤと受け入れていく、みたいな。

なんかこう、このネタを昨日の今日のこのタイミングでっていうのはどうなのかなとかも思うというか、「あそこそうとう終わってるらしいよ」とか「気の毒だから行ってあげよう」的な感情なりリアクションなりを惹起しそうでそれはどうなのかなというか。
本当だったら大人気の繁盛店になったあとに「当初はね」みたいなものとして扱う方がいいような気もするはするのだけど、ホットなトピックだなあと思うと頭を占有されてしまって他のことを書けなくなるところに僕の未熟さが表れているなと思いつつ、書いちゃったよ。

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