本の読める店

1800円の映画、1000円の映画

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先日友だちに強く薦められたためテアトル新宿で『私たちのハァハァ』を1800円で見た。
チケット買ったあとにメンバーズカードのことを知り、上映後それを1000円で買った。これがあれば1年間いつでも1300円、火曜金曜なら1000円、テアトル新宿、角川シネマ新宿、ヒューマントラストシネマ渋谷、近場だとその3館で使える。カードとともに1000円券をもらった。
その足で角川シネマ新宿に行き、さっきの券を使って『わたしに会うまでの1600キロ』を1000円で見た。
その翌々週くらい、先週火曜、ヒューマントラストシネマに行って『岸辺の旅』を1000円で見た。
今週はユーロスペースに行って『螺旋銀河』を1000円で見た(ユーロも会員になっているので)。
昨日は渋谷TOEIに行って『黒衣の刺客』を1800円で見た。
今日は新宿ピカデリーに行って『マイ・インターン』を1800円で見た。(昨日今日と日中が場所貸しであぶく銭と浮いた時間が発生したためあぶくの部分(定食屋2日やるより儲かった部分)を2日で使いきるぞみたいなことをやった)

なにが言いたいかといえば1800円と言われれば1800円で見る、だけど僕はテアトル系列の映画館ではもう1000円でしか見ないだろう、ということが最近発覚した、という話なんです。
その会員カードがなければ『私たちのハァハァ』を1800円で見たように『岸辺の旅』も1800円で見たはずだ。でも1000円で見られるので1000円で見た。
一方で『わたしに会うまでの1600キロ』は1000円のを持っていなかったら見ようと思っていなかったかもしれない。

びっくりしたぞこれ、と思ったっていう話なんですけれどねこれ。『岸辺の旅』を見に行ったときにそれを感じて、びっくり感覚だぞこれは、と思ったっていう話なんですけどね。
なんていうか、僕は自分が好きなもの、特に本と映画に関してはその作り手側や供給側の人たちにお金を還元したいぞっていう意識がけっこう強い人間のはずで、だから読む本はまず間違いなく新刊で買うし(フヅクエブックスでやっていることも同じような動機だし)、映画は、なんだろう、あれか、映画関係のクラウドファンディングで応援したいものがあればお金を入れるし(film about coffeeのみなとみらい上映のときとか、濱口竜介の新作とか、あと近日始まるバンコクナイツのにも参加するつもり)、というくらいだけど、何かに寄与したい、とわりと強めに思っている人間だという認識だった。
その僕が、テアトル系列の映画館にはもう1000円ずつしか払わないとは、一体なんたることだ。

とか思って一通りびっくりしたんですけど、いやこれ仕方ないなーというか、あ、これ仕方ないんだ、と思ったというか。だって火曜金曜って一週間が7日あるうちの2日って、打率で言えば.286とかのやつでしょこれ、開幕直後によく見る数字。ろくでもない年だったら打率10傑とかに入っちゃうっていう。そりゃこっち選ぶわっていうか、選んだつもりなくてもわんちゃんも歩いてたら棒というかバットに当たりそうっていう感じじゃないですか。というかなんというか。
いや、なんだろうな、
普段1800円の映画館で、週1回サービスデーがあってその日は1000円で、というとき、僕は1000円狙っていくぞ、みたいな感じにはそうならない人で、というのが、女性だったらレディースデーってわりと多くの映画館である感じだからあれかもしれないけど、男性観客は軽視されているのか割引サービス受けられることってあまりなくて、あるとしても映画館によっていろいろあるというか、新宿武蔵野館は何曜日だったっけな、ル・シネマでも意気揚々と前売り持って行ったらサービスデーに当たってそんなのあったのかとか思ったことがあったんだよな、しかしあれは何曜日だったっけな、とか、覚えていられなくて。だからそれ覚えて予定調整してみたいなコストを掛けるくらいだったら当たればラッキーくらいのところで1800円の心づもりでいるほうが楽で。
でもテアトル火曜金曜1000円って、ほらすぐ覚えちゃった、みたいな感じで、なんかこれ覚えやすくて、それにさっきも書いたように.286で高打率なので。1000円で見ても1800円で見ても同じ体験になるんだし1000円一択だわ、と。

モヤモヤっとしていた。いいのか、俺、映画に返さなくていいのか、俺、それで、と。
というときに、その日だったかその前の日だったか後の日だったかに、iOSなんちゃらになんちゃらされた広告ブロックなんちゃらがどうこうみたいな記事の中で、「事業者が悩めばいいことであり消費者がそんなことで悩む必要はない」みたいなことが書かれていて、「ほんとだよなー事業者が悩めばいいわな」と思ったんだった。

いや、その話を書きたかったんだっけな。事業者が悩めばいい、消費者に悩むコストを押しつけない、察するコストを押しつけない、だから僕も悩んで察させないで済む仕組みにした、というのも一つそうなんだけど、今回はそこじゃなかった気がするな。
あ、思い出した。
僕がテアトルグループの映画館に1800円ではなく1000円を払うのは800円分敬意が欠けているからではなく限りなくコストを掛けずに1000円を選べてしまう仕組みになっているから、ということで。書いたように1800円でしか見られなかったとしても見ていたはずなのに、1000円で見られるから1000円で見ることになったということで。
そしていったん1000円で見られるとなれば、限りなく「テアトルで掛かる映画は1000円の価値」という感覚になっていってしまうというか。 価値と値段にギャップがあって、でも次第に価値は値段に近寄っていくというか。
これは映画館にとって幸せなことなんだろうかというか。もちろん一方で、最初の方で書いたように見るつもりのなかった映画でも1000円ならばというところで見た『わたしに会うまでの1600キロ』という例もあるから一概には、なのだけど。

ところで昨日、その前夜にお客さんに教えてもらった、変わった値段の仕組みを持っている店に行った。月額数千円払ったら飲み食いし放題になる、みたいなやつで、けっこう簡単にペイできる感じで。もともとの価格設定はとても立派な金額で、「すごいなあ、この設定は格好いいというか男前だわ」というこわもてな金額で、僕が通うとしたらanjinみたいな月1,2回の贅沢枠で、みたいな金額で。でもその仕組みに登録して積極的に使っていったら、めちゃくちゃ使い倒してみたいな使い方でなくてもスタバで飲む一杯くらいまで一杯あたりの金額を落としていくというか希釈していくことができそうで。
と、キョロキョロと客席を見回した。この人は飲み食いし放題の人だろうか、そうだとしたらこの人の一杯は今いくらなんだろうか、とか。俺1000円で飲んでるこれをこの人は300円で飲んでるのかな。とか。俺これ朝からすごい贅沢だと思っているけどこの人にとってはスタバなのかな。とか。店はそれでも来店回数が増しさえすれば十分な利益出るのかな。出るとしたらそもそもの設定ってなんなんだろうな。俺の目の前の飲み物のこの1000円ってなんなんだろうな。とか。
というかそもそも「ペイ」とか「使う」とか果ては「使い倒す」とか、とてもなんていうか、贅沢枠的気分とは相いれない言葉が次から次へと出てくる感じというか。

などなど、お金って面白いというかいろいろだな、ということを、考える、昨今。

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