本の読める店

「静けさを楽しめる店」(読売新聞夕刊「こころ」7月2日)

Entry blog fuzkue207

ソーシャル・ネットワーキング・サービス・エリア51においては既報の通り、7月2日付けの読売新聞夕刊の「心の健康にまつわる様々な話題を硬軟とわずご紹介する欄」であるところの「こころ」というページにおいて「静けさを楽しめる店」という特集で、高円寺・アール座読書館、神楽坂・伊勢藤とともにフヅクエをご紹介いただいた。今日新聞が届いて記事を読んで、なんかいい記事でした。
で、先日のやつがあったばかりで、来月も一つある予定で、という感じで立て続けで、なんというか「フヅクエわりとなりふり構わず必死のセルアウト?」みたいに思われる向きもあるかな、杞憂かな、自意識過剰かな、というところで、そういった露出的なことについてどんなふうに考えているか書いてみようかと。

まあそもそもセルアウトも何もこちらから何かできるわけでもなくお話いただかないと何も始まらないからちょうど重なったというだけなんだけど、そしてそれはありがたい話なんですけど、ともあれ、なんか取材対象に対して敬意的なものさえ持ってくれているならわりとなんでもいいんじゃないのかなーみたいな気分はあって。なんかどういうふうに書かれるのかっていうのに興味あるし、紙だと記念品みたいな感じにもなるというか、家族や友人も喜んでくれそうな感じもするし、って完全に僕の気分の話になっちゃったけど。
というか何かに載ったってこんな店わりとよほどじゃないと来ないでしょ、というのが結構あって。ブルータス後ほんとうに何もなかったこともそれを支えているところもあり。
なんかで知って検索するじゃないですか、そしたらwebが出てきて、それで開いたらなんかテキストがあると。面倒くさいと。書き出しはこうだと。「ゆっくりと本を読みたい」いや別に読みたくないし。ほら離脱した、という。

僕自身なにかに載ってわーっとお客さん一時的に増えるような状況は怖いのでできれば避けたくて、でもまあそういうことで大丈夫かなーみたいな憶断に基づきわりとなんでもという姿勢で。でもその中でも引かれる線というか制限は設けていて、営業中の店内の撮影はなしにしている。今回のやつでもお客さんがいる光景を撮らせてくださいという話だったのだけどそれは固辞した。世間みたいなものから隔絶された感のある静かな場所でゆっくりした時間を過ごしに来た、と思いきや撮影隊がずかずかと入ってきた!みたいなのはこの場所においては到底ありえないと思っていて。(これはもちろん僕個人というかフヅクエとしての考え方であって、そうでない考え方を否定するものではいささかもない)

そのあれで言うと先月だったか先々月だったか、テレビの取材の打診があって、それもやはり同じ理由でお断りした。肩にカメラ担いだ人とマイク持った人が入ってくるとか。というかそもそもテレビは絶対なしでしょと、感覚的なものだけどそれは思っていて。なんか丁寧に扱ってくれなさそうな気がするし。丁寧に扱ってくれなさそうな気はじっさい気だけじゃなくて「ほんとにそうなんだな」ということを打診のメールのやり取りの中でも、後日にも確信することがあり、受ける気そもそもなかったけどそれにしても本当に受けなくてよかった、と思ったのだった。
と思っていたら「5時に夢中」というテレビ番組で読売新聞の記事が紹介されたらしく、orz、となった。まったく想定外の経路というか。

まいいや。
以上、今日も今日とて安定の壊滅的閑散だったフヅクエからお届けしました。

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