本の読める店

Frustration in my blood(システム変更前の苦痛の日々の素描)

Entry blog fuzkue135

「値段を決めることそれ自体を大げさに捉えているつもりはない」と先日書いたけれども、とは言えやっぱり変化ではあって、しばらくお金まわりのトピックがブログでも続きそうな気がするというか、今の一番の関心事になってしまっているから、仕方がなくて。

値段、つけよう、と決めたのが2月の頭だった、というのは前に書いた。ある夜、夜だったかな、なんでも夜のせいにすればいいってもんじゃないってのを僕たちは、僕たちって誰かはわからないけれども、僕たちはそろそろ覚えておくべき頃だろう。
ある夜か昼、だからある日、「あ、間違えた」と思ったのだった。これダメだったわ、と。

本当に不意なもので、その数日前には友人たちと飲みながら、「いや俺はこれやることに価値があると思ってるんすよ」云々、がやがやとした店内なのでそれなりに声を張るような感じで、だからそれは意気揚々に見えたはずで、そう話していたはずだった。俺はこの仕組みをわりと信じていると、これにはきっと何かがあると思っていると、そう数日前、僕は力を込めて言っていた。
それが突如これだ。

もう「ダメだ!」と気づいたその日なんかはそのことで頭がいっぱいというかパンパンというかで、その日のうちに先日のブログ記事と、メニューに挟んでいる「お支払い方法について」の紙のやつの下書きをがーっと書いて、値段もほとんど決めて、ということを猪突が猛進な感じでひといきにおこなっていたし、馴染みのあるお客さんにお帰りの際にその下書き見せて「この感じどう思いますか?」とか相談すらしていた。

もうそこからの日々は地獄というか、一度「今の仕組み、いやだ!いやだいやだいやだ!」となってしまったら、もうけっこう耐えられなくて、欺瞞だ欺瞞だ欺瞞だ欺瞞だみたいなこれは欺瞞だ欺瞞だ欺瞞だ欺瞞だみたいなこう、何に対する欺瞞かっていうと自分に対する欺瞞っていうところなんだけど、自分が良いことではないと判断したことをまだやっているということへの激しい違和感と嫌悪感で、もう2月残り全部休んじゃおうかなみたいな自棄的な気持ちになるし、本当に店を開ける気にならないというかお客さんを迎える気にならないというか嫌だ全部、全部放棄したい、みたいな、ガキですか、っていう強い拒絶っぷりがあった。

そうするともう、もろもろの都合というか「さすがに発売中のブルータスに載ってるあいだは変えるべきではないだろう」という理由から変更は3月になってからがいいねという、自分でそうと決めたことすらも守りたくなくなって、あーなんていうか社会との約束とか思い出せんときがあるなーつって、忘れちゃったなーなんかあったっけなー思い出せんなーなんもかんも思い出せんわーみたいな、本当にわりとこういうところ、不適合というか、脆弱だよな、社会性、やばいよな、と実感した日々だった。長いひと月だった。
なので少なくとも晴れて、変更、という感じではとてもあって、すがすがしい。

photo by 東間 嶺

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