本の読める店

やはり飲食店だったか

Entry blog fuzkue110

前回休んでからそろそろ一ヶ月が経とうとしていて、昨日の夜に「一ヶ月になるなあ、どっかで休んだ方がいいよなあ」とか思って、昨日の度し難い暇っぷりに不貞腐れたのかなんなのか、「なんなら明日休もうかな!」など思ったりもした。
「いやしかし」と思って今日も通常通りに営業がおこなわれたのだけど、祝前日というところなのか、祝という感じでおめでたい方々が来てくださったのか、ずいぶんまともに「今日は労働したぞ」と思えるような営業になったので、「開けといてよかったなあ!」と短絡的に喜んだ。

人間が、言い過ぎた、僕が健全な精神を保っていくためには労働の実感みたいなものがやっぱり必要なんだろうなと、そう思う。
16時から開けて24時の閉店まで、実際にはその前2時間、後1時間とかが準備や片付けやだから14時とかから25時とか24時半とかだろうけど、どうしても気分としては「俺が働く時間は16時から24時」みたいな営業時間の枠内で考えているらしく、そのあいだはお客さんが少なければやることもどうしたって少なくなり、仕込むべきものがあればまだいいのだけど、それすらもないと「あれ、俺今日やったのってコーヒーとかカフェオレとか何杯か淹れたってことくらい?8時間かけて?」みたいな、え、俺8時間のあいだ一体なにやってたの?みたいなことになりやすいというか。
こうやってブログを書くことだって業務なんだから、業務をやっていないわけではない、経理だってそうだし、やっていないわけではない、けれどもこの8時間の中で僕が労働としての実感を得られるのは実際に体を動かしてお客さんのご注文に対応した飲食物を提供することらしい。

ある程度の数のなんか要求があってそれに応じるという運動がおこなわれるということはとりあえずそれだけで幸せというか幸せだよなというか幸せ?幸せかわからないけど健やかな気分をもたらしてくれるよな、ということが、昨日と今日のこの精神的なギャップを見るとよく実感された。

とか言って、僕は怠惰で脆弱な人間なので忙しさが高じれば簡単に「しんどーこれしんどー」となるのは目に見えているのだけど、それはまた別の話というか、まあせいぜい「しんどー」って言えるほど忙しさが高じればいいですね、という話というか。

そういうわけだから、知っていたようで知らなかったというか気づいていないふりをしていただけかもしれないけれどもフヅクエはやはり飲食店ということらしかった。

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